第262話 帰国
ミチナガのセキヤ国への帰国はなかなかに時間を食った。と言うのもシェイクス国では毎日のように国の復興のため、セキヤ国軍も働き詰めであった。つまり疲労が蓄積していたため、長時間の移動がキツくなっていたのだ。
もちろん移動には魔道装甲車を数台用意して、その後ろにセキヤ国軍が乗れるように荷台を取り付けた。おかげで歩いたり、馬に乗ったりするよりかはだいぶ楽なはずだ。それでも悪路と疲労のせいで車酔いを起こすものが多数現れ、こまめな休憩をとった。
野営も行わなければならないため、夕方には移動を終わらせてテント設営もおこなった。様々な影響があるため本来移動できるはずの距離の6割ほどまで減ってしまった。これにはセキヤ国軍もミチナガに申し訳ないと当初は思っていたのだが、すぐにその思いは消えた。
と言うのもミチナガが変に嬉しそうであったからだ。そもそもミチナガとしてはもっとゆっくりしたい気持ちがあるのだ。シェイクス国では働き詰めで、セキヤ国に帰ってからも働き詰めになることは間違い無いだろう。
つまりミチナガにとってはこの移動時間が唯一の休みになるのだ。そしてその休みが増えるのだからミチナガは嬉しくなる。そして嬉しさのあまり毎日のように夜は呑んで食っての大騒ぎだ。もちろん襲撃に備えて酒を呑むのは少量に控えている。それでも楽しいものは楽しい。
そしてそんな大騒ぎをしているともちろんそれは周囲に伝わり、様々なものたちが現れる。こっそりと忍び込み、食料を盗もうとする少年。飢えのせいで自分の赤ちゃんに与える母乳も出ないと泣きながら食料を求める母子。村中から金になりそうなものを集めてなんとかこれで水を売ってくれと頼みにくる村長。
中には食料を奪うために襲撃に来る野盗もいる。500人ほどの盗賊団までやって来た。しかしセキヤ国軍は大半がすでに国に帰っていても1万人は残っている。そして彼らの中にはミチナガを守るために残った精鋭もいる。500人ほどの盗賊団が来ても無傷で快勝できる。
そしてミチナガは食料を盗みに来た少年も、子を思う母親も、水を求める村長も、野盗も、盗賊団も全てきっちりと話を聞いて、求めているものを無償で差し出した。さらに今後のことも親身になって相談に乗った。
食料を盗みに来た少年は隠れ家に大勢の子供を連れており、皆行くあてもなく毎日なんとか食料を食いつないでいた。ミチナガはそんな彼らに食料と危険な状態にある子供に適切な処置を受けさせ、セキヤ国へ連れ帰ることにした。
食料を求めていた母子には母親には十分な食事を与え、赤ちゃんには栄養失調気味であったので使い魔達が必死に色々調べて毎日つきっきりで看病した。看病してから2日後にちゃんと泣き出した時には皆で嬉し泣きをした。
水を求める村長には村まで水を運んでやった。そして2日間待つのでもしも付いてくるなら来てくれと言った。そして2日後に村長は周辺の村々の人々まで連れて来た。さすがにその時にはミチナガも目を丸くして驚いた。
ボコボコにした野盗達は話を聞いて食料を与えると何処かへ消えていった。しかし大半のものたちはそれから数時間もたたないうちに自分たちを使って欲しいと頼み込んで来た。ミチナガが仕事なら山ほどあるから毎日汗だくになるまで働かせてやると言うとニッコリと笑って喜んだ。
500人の盗賊団は、その頭と2時間ほど酒を飲みながら話していると話が弾み以前は一国の騎士団長だったと打ち明けた。ただ遠征中に国が滅び、行くあてもなく彷徨っているうちに盗賊になってしまったのだと言う。
ミチナガがセキヤ国は10万人を超える国だが、まだちゃんとした騎士団がいないと言うと盗賊団の頭は騎士団がいかに重要で必要なものなのかをミチナガに説いて聞かせた。そしてミチナガがあまりにも熱く語る盗賊団の頭に、「じゃあうちで騎士団作れ」と言うと大泣きして喜んだ。
その翌日には500人の盗賊は500人の騎士団に変わっていた。まあ見た目はまだ盗賊らしい小汚い格好であったが、その面構えだけは騎士のようである。毎日休憩時間になると少しでも勘を取り戻すと言って訓練に励んでいた。
これにはセキヤ国軍も感化されたのか、休憩時間になると必ず訓練するようになってしまった。休憩時間が訓練の時間に変わり、移動時間が休憩の時間になると言う当初とは真逆のことになってしまった。
そしてそんな調子で毎日毎日来るものの話を聞いて食料を与えていると人数はどんどん増えて行く。そんな調子ではいつまでたってもセキヤ国にはつかない。結局、急げば10日の道のりを1月以上かけてようやくセキヤ国へとたどり着いた。
随分と長い移動休暇…いや、途中からは毎日やって来るものたちの話を聞いていたため休暇にはあまりならなかった気がする。それでも随分と満喫したミチナガはようやくたどり着いたセキヤ国の見張り台にいる兵士に手を振る。
その兵士は要所要所に報告を行い、やがて先に戻っていた大勢のセキヤ国軍が城門を開き、急いでやって来た。使い魔たちを使わなくてもちゃんと行動できていることを喜ぶミチナガと使い魔たちであったが、彼らはそれどころではないようだ。
「おかえりなさいませ!ミチナガ国王陛下!」
「ご苦労様。あ〜…もうちょっと気軽で良いよ。肩の力抜いて…」
「いえ、そんなことよりも…この大人数はなんでしょうか?……確か残っていたのは1万ほどのはず…」
「あ〜…色々やっていたら増えちゃってさ。今は…5万人くらい?戸籍やらなんやらは作ってあるから通しちゃって大丈夫。ただ住居が足りないよね…避難民一時収容施設の方を使えば大丈夫かな?」
なんとミチナガがシェイクス国からセキヤ国に帰るまでの1月の間に4万人以上の避難民が集まった。これには使い魔たちも移動手段を確保するのに奔走したが、なんとか足りた。そして今度はセキヤ国の役人たちが4万人の避難民の処理に追われることになる。
さすがに一度に4万人もの避難民が来たことはなかったので色々と設備が足りない。ここからは使い魔たちと協力しながら4万人の避難民の処理を行う。そんな中、何事もなかったように何処かへ向かうミチナガを役人の一人が止めようとするが、その役人を使い魔が止めた。
「み、ミチナガ陛下にも書類をこなしてもらわないと…今も溜まっている書類が山ほどあって……」
『ガンマ24・ごめんね。その書類は僕たちがやっておくから。ボスにはボスの…やらなくちゃいけないことがあるから。』
「えっと…先ずはここでいいんだよな?」
『ポチ・ここであっているよ。……大丈夫?』
「ああ、もう大丈夫だ。1月以上の間に心の整理はできた。…じゃあ行こうか。」
ミチナガは一軒の家の戸を叩いた。しばらくするとその家の家主と思われる一人のお歳を召した女性が現れ、ミチナガの突然の訪問に驚き、その場で平伏しようとした。ミチナガはそれを止めてとりあえず家の中に上がらせてもらった。
「粗茶しか出せず申し訳ありません……しかしまさかミチナガ国王陛下がうちに来られるなんて…息子も喜ぶと思います。」
「お茶まで出してくれてありがとうございます。……その…息子さんに挨拶してもよろしいですか?」
「えぇ、もちろんです。」
ミチナガは挨拶する許可を得て息子の前に行き、そして手を合わせて5分ほどお祈りをした。息子の生前の写真を使い魔たちが提供したのか、数枚の写真が飾られている。
家主の、母親の息子は今回のミチナガ救出のためにセキヤ国軍としてシェイクス国まで赴き、そして戦死している。その遺体は先に帰ったセキヤ国軍によって丁重に持ち帰られ、すでに火葬まで行われている。まだ20代後半の若い男だ。死ぬには早すぎる。
「すみません長々とやらせてもらって。それから…言うのが遅れましたが……その…申し訳ない。私のせいで息子さんが……」
ミチナガは床に頭を押し当てながら謝罪する。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。ミチナガは1月以上かけて今回の戦争の戦死者のことを、心の整理をして来たつもりであった。しかしいざ、こうしてその家族を目の前にすると、すぐに謝罪の言葉が出てこず、ここまで手間取ってしまった
罵倒される覚悟はできている。罵られて殴られる覚悟もできている。そしてそんな覚悟をしたミチナガの肩を亡くなった息子の母親はそっと触れた。
「顔をお上げください。一国の王がそんな簡単に頭を下げてはいけません。ミチナガ陛下。私はあなたを恨んでおりません。息子の死は悲しみました。しかしこれはあの子が決めたこと。戦争に向かうというのは死を覚悟しなければなりません。息子もこうなる覚悟はできておりました。息子はいなくなってしまいましたがミチナガ陛下、あなた様はここにこうしている。息子は命をかけてやり遂げたのです。私は息子を誇りに思います。我らの恩人を、我らの王を守ったのですから。」
亡くなった息子の母親は笑顔でミチナガにそう告げた。自身の息子が亡くなったというのにこの母親は気丈に振る舞っている。ミチナガは一瞬そう思った。しかしこれは心からの言葉だ。
この母親にとって亡くなった息子は、命をかけて恩人であり国王でもあるミチナガを守り抜いた誉高き英雄なのだ。だからいつまでも泣いて悲しむのではなく、よくやったと褒めて、あの世に送り出してやるのだ。
「息子は…ミチナガ陛下に泣いてもらえるほど気にかけてもらい喜んでいます。少し前までそんな暮らしはあり得ませんでしたから。これほど嬉しいことはありません……ですがミチナガ陛下。少しだけ言わせてください。」
「…はい。」
「息子の分まで生きてください。息子があの世でも誉高くあれるように良い王様になってください。ミチナガ陛下が偉大であり続ければ…息子は……亡くなった全てのものは報われます。」
「…はい………はい……」
それから10分ほど滞在したのちにミチナガはその家を出た。ミチナガは人に見られる前に何度も服の袖で顔をこする。そしてしばらくしてようやく落ち着いたのか真っ赤に腫らした瞳で前を見た。
『ポチ・ちゃんと謝れたね。』
「…ああ。」
『ポチ・慰霊碑をつくるっていう話も喜んでくれたね。』
「…ああ。」
『ポチ・……怒られなかったね。』
「………ああ。」
『ポチ・頑張らないとね。』
「…ああ……良い王様になろう。彼らの分まで…彼らが失望しない立派な王様になれるように頑張ろう。……さて!次行くぞ。まだまだ行かなくちゃいけないところは山ほどあるんだ。」
『ポチ・そうだね。だけど無茶しちゃダメだよ?時々変な無茶するから。』
「大丈夫だよ。俺は彼らの分もしっかり生きて…笑って泣いて怒って楽しむ。そしていつの日か彼らに会ったらお前らのおかげで生きられたって感謝の言葉を述べよう。」




