表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
257/573

第248話 失敗と覚悟

「う、嘘だろ?あれだけ攻勢だったのに1万ちょいしか倒せてないのか?」


 随分とよも更けた頃に今日の戦果報告が行われたのだが、あまりにも予想外の結果にミチナガはたじろいでいた。それもそのはずだ。今日だけで3万は敵兵を減らす予定であったというのにたったの1万ちょっとしか倒せていなかったのだ。


 何かの間違いではないかと再度確認させようかと思ったが、もうこんな時間では確認の仕様がない。そもそもこんな時間まで戦果報告が遅れたのは火炎瓶を使いすぎたせいで、日がくれた後も炎が収まらなかったからだ。火炎瓶の使い方も少し考える必要があるだろう。


「残念ですがこの報告に間違いはないかと思われます。かなり苛烈に攻撃しましたがやはり敵の上方からの遠距離攻撃だけのため、敵兵が数人固まって防御結界を張れば倒すのは困難になります。しかし1日でこれだけ減らすことができたのは素晴らしいと思います。」


「素晴らしいとは言ってもな…直に敵の増援が来るんだぞ。それも4万もな。このまま合流したら9万の軍勢だぞ…」


 一人に指揮官の報告に対して思わず愚痴ってしまう。しかしミチナガの言っていることは間違っていない。このままでは戦局はさらに悪くなる。時間をかけて不利になるのはこちらなのだ。


 明日からの作戦を立てなければならないのだが、誰も口を開かない。それもそうだろう。良案などあるのならば今日もやっていたはずだ。そんな中一人の指揮官が発言をした。その発言は良案ではなく、さらに最悪の事態を知らせていた。


「きょ、今日と同じ作戦が使えないというのはどういうことだ?」


「こんな状況でもここは火の国です。昔から火に対する信仰が厚く、火の魔法を扱うものが多くおります。そしてそれと同時に火の恐ろしさも知っております。ですから火の魔法に対抗する防衛魔法も多くございます。おそらく明日からは火払いの魔道具が戦場に投入されるでしょう。結界内から火を弾き出す魔法です。それが使われればもう今日の策は使えません。」


 強力な火に対する防衛魔法を生成する魔道具らしく、火魔法はまず使えないと考えるべきだという。ただメリットとしては敵も火魔法を使えないので敵の魔法攻撃は随分少なくなるという。まあこちらも使えないので火の国同士の戦いではメリットにもデメリットにもなるあまり意味を持たない魔道具だ。


 ただこの現状で武器を一つ減らされるのは辛い。特に火炎瓶はいざという場面では敵の進行を止めることができる。炎の熱と煙の有害物の二つが集団戦では大きく活躍する。しかしこれが使えないとなると今までどおりの純粋な戦いになる。


 勝つ見込みがどんどん少なくなる。さらにスマホを確認したミチナガは全く気がついていなかった部分を使い魔達によって自覚させられた。それは味方の残存兵力についてだ。


「今日の戦いでこちらも500人が死亡した。指揮官諸君に聞きたい……城壁の防衛には最低何人必要だ?」


「8000…は必要と考えております。ただ敵のこの猛攻から考えると…1万はないと兵も疲弊し、厳しいかと…」


「つまり…残り8000の兵士がやられた時点でこの防衛戦は瓦解するということか…」


 防衛戦において兵士が一定数を下回ればその時点で負けが確定する。城壁を守るのにほんの数百人や数千人では意味がない。城壁そのものがもう少し小さければ必要な人数も減ったのだろうが、シェイクス国はそれなりに大きな国だ。


 この防衛戦にも終わりが見えてしまった。その終わりは勝ち筋ではなく、負け筋であるのだが。知れば知るほどどんどん窮地に追い込まれている現実を知らされ悲壮感が漂い始める。ただそんな中唯一の希望を一人の司令官が打ち出した。


「敵は9万の大軍勢になろうとしています。そしてその全員に食料を行き渡らせなくてはいけない。しかし火の国は全体的に慢性的な食糧不足。兵士は通常よりも多くの食事が必要です。それならば…」


「食糧不足に陥り長期戦はできない。なんとか守り抜けば敵が疲弊して撤退する…そうだな、それにかけてみよう。明日も防衛戦でなるべく時間をかけて戦うようにしよう。時間が我々の味方をしてくれる。」


 少しでも光明が見えたということでその場は解散することになった。しかし光明が見えたはずだというのに皆浮かない顔をしている。ミチナガも部屋に戻りベッドの上に寝転がると何も話さない。使い魔達も何も言わない。


 なぜ何も言わないか、それは光明など一つも見えていないからだ。敵が食糧不足に陥る可能性はある。しかしそれは撤退することには繋がらない。食料がないのならば奪うしかない。そして奪う相手は目の前にいる。


 つまり食糧不足になったら敵は猛攻を仕掛けるだろう。いくら犠牲が出ようと構うことはない。犠牲が出れば出ただけ食い扶持が増える。まるで奴らはイナゴの軍勢だ。食料を食い散らかし、村を、国を滅ぼして奪うものが何もなくなった時にようやく力尽きる。


 ミチナガは起き上がり窓の外を見る。戦時下ということで街の明かりは少なくなんとも薄暗い、活気のない街だ。きっと平時ならばもっと賑わいを見せているのだろう。もっと良い時に来たかったという気持ちはある。しかし今となってはどうしようもない。


 戦争に勝てば活気のある街に戻るだろう。しかしそれは……


 ミチナガは何も口にしない。決して口には出さない。出したところで悲壮感が生まれるだけだ。なんの生産性もない。悲しみを生み出すことだけにしかならない。


 ミチナガは一瞬後悔した。なぜここに来てしまったのだろうと。しかしその後悔はすぐに消えた。ミチナガはマクベスを助けるために、友を守るためにやって来たのだ。その行為を自身で貶めてはならない。恥じてはならない。


 そして一度決めたのならばそれは必ず成し遂げる必要がある。途中で諦めたらその時に本当に後悔することになる。その後悔はきっと一生自分自身を苦しめることになる。だからもしもの時は自身の命をかけてでも成し遂げると覚悟した。覚悟できてしまった。


 ミチナガは自分のことを笑った。漏れるような吐息で己を笑った。いつから自分はこんなにも簡単に自分の命を使うことができるようになったのだろうか。死ぬかもしれないという、死を恐れる恐怖は薄まっていた。


 ミチナガが死んだらどうなるか、それはいろいろ考えた。ミチナガ商会のこと、セキヤ国のこと。白獣から、深山から託されたこと。それらすべてがダメになる。そう思っていた時もあった。しかしミチナガは考えてしまった。考えてしまったのだ。本当にそうなのかを。


 そして一つの結論が出た。それは決して思いたくもなかった結論。それはいくつかの事実を元にミチナガが死んだ後、このスマホがどうなるか考えればわかる。


 このスマホと同じ他の遺産は元々の所有者が死んでも残り続ける。それは勇者神の神剣や、トウショウの金槌、ヤマダの零戦から見ればわかることだ。


 それでも新しい所有者がいなくては、遺産は誰にも使われず眠り続ける。しかしこのスマホの場合は違う。このスマホには自立して動く使い魔達がいる。さらに意思の疎通もできる。つまりミチナガがいなくてもセキヤ国もミチナガ商会もなんの問題もないのだ。


 その事実はミチナガを苦しめた。結局のところ、白獣も深山もミチナガに未来を託したわけではない。このスマホの所有者に託しただけだ。だから…だからスマホの付属品として付いて来たミチナガのことはどうでも良い。誰だって構わなかったのだ。


 誰も自分に期待なんかしていない。どうなったって構わないのだ。このスマホの所有者がまともなら誰だって良いのだ。すでにこのスマホはかなり課金をした為、完璧に近い状態だ。もう引き継ぎはいつでもできる。搾りカスのミチナガの必要性はなくなった。


 だったら、だからこそミチナガは自分にできることを、自分の意思でやりたいことをする。そしてそれはマクベスという友を助けることだ。守ることだ。ミチナガは誰にも必要とされていないかもしれない。


 それでもマクベスは自分を必要としてくれている。ミチナガという人間の価値はマクベスが生き残ることで初めて残る。マクベスの人生の中にミチナガという人間がいたと残り続けてくれる。ならばミチナガはこの命を賭すことができる。


 そう思えば一つの後悔も残らない。自分に誇りが持てる。自分の生きた証がありありと残せる。そう思えば死を恐れる心など忘れることができる。堂々と生きていける。


「脇役には脇役なりの生き様があるってもんよ…」


『ポチ・ボス?なんか言った?』


「ん?いや、なんでもないよ。腹が減ったなって。とっとと飯にしようぜ。たまには鰻重…ひつまぶしとかもいいかもな。」


 ミチナガは少しの間全てを忘れて楽しい食事をとる。今この時だけは全てを忘れて楽しく生きよう。きっとこの戦争も後1〜2週間で終わる。そしてその時がきっとミチナガの人生の終わりの時でもあるのだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ