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第240話 友を助けるためには

「…何があったか一から話せ。」


 ミチナガはヘカテからの報告を理解できるはずなのに、頭が理解を拒んでいる。それでも理解するために一から報告をさせる。ヘカテは先ほどまでのもどかしい喋り方をやめて、言われた通り素直に報告を始める。


『ヘカテ・マクベスの故郷シェイクス国は隣国との境に山があって今まで戦火からは逃れていたんだ。それでも火の国のこの状況だから時折戦争の飛び火なんかが来たことはあった。だけど2ヶ月前、隣国から抗議の使者が送られて来た。内容は無茶苦茶だった。何もしていないことをしたと言って賠償として食料を要求して来た。もちろんそんなの要求飲めるはずがない。それで使者を追い返したら…その使者が盗賊に襲われて死んだ。』


 火の国ではそこら中に盗賊がいる。これだけ荒れている火の国なら当たり前のことだ。しかし今回の使者が盗賊に襲われて死んだのは間違いなく自作自演だ。使者を殺された隣国は殺したのをマクベスの故郷シェイクス国の仕業だとして猛抗議した。


 そんな言いがかりはあまりにも無茶苦茶だ。しかし今の火の国ならその言いがかりが通ってしまう。とにかくなんでもいいから隣国に攻め入って食料を奪いたいのだ。理由なんてなんでもいい、なんでもいいから戦争を起こして食料を奪う、本当にそれだけなのだ。


『ヘカテ・交渉を続けたけど結局2週間前、隣国が派兵したという情報が入った。そして1週間前から戦争が始まった。シェイクス国は戦争から逃れていたおかげで戦力は十分にあった。だからそう簡単に負けるわけがなかった。だけど……裏切りが起きたんだ。第3王子、第4王子、第2王女、第3王女、第4王女の5人の王位継承権を持つ王族がそれぞれ兵と食料を持って反乱を起こした。』


「っな!!王族が5人も反乱を起こした!?なんで!勝てる戦争だったんだろ!」


『ヘカテ・まず間違いなく勝てた。だけど…多分裏取引があったんだと思う。王位継承権があると言ってもこの5人では順位的にも王にはなれない。だから他の王族を殺して自分達が王になるために…。これ以上詳しいことはわからない。このゴタゴタが起きたのがちょうど今。そのゴタゴタで拠点が破壊されて僕自身も死んだ。眷属も残ってないからこれ以上の情報はわからない。』


 ヘカテは俯いた。本当にこれ以上は何もわからないようだ。しかしこのままではシェイクス国は滅びるだろう。内部崩壊に加え、外部からの攻撃が加わるこの状況でまともに国を維持することは難しい。こうなったらやることは一つだ。


「マクベスを救出しよう。故郷だなんだなんて言っていられない。もうシェイクス国には未来がない。助け出してこの国で匿う。それで問題はないな?」


『ヘカテ・…ごめん。問題あるんだ。マクベスが国から出ることはない…そんなことはできない。』


 ミチナガはまさか反論されるとは思っておらず呆然としている。そして思わず笑いが出てしまった。これ以外に作戦はないというのになぜ反論されるのか。一体なんの問題があるのか、それを問いただすとヘカテは言いづらそうに話した。


『ヘカテ・マクベスも……王族なんだよ。シェイクス国第6王子、それがマクベスの正体。ずっと言ってなくてごめん。使用人との間にできた子供だから王族ではあるけど、かなり立場は悪い。マクベスに王位継承権はまずない。だけど他の王族が離反している時にマクベスも逃げたら……。それにマクベス自身、故郷を守りたいって言って残る覚悟みたい。』


「そんな…じゃ、じゃあどうするんだよ!マクベスの命の方が大切だろ!自分を蔑んで来た人間ばかりの国だぞ!マクベスを説得してなんとか…」


『ヘカテ・それでも!……それでも…マクベスにとっては故郷なんだよ。大好きな母親のお墓もある。それを守るだけでもマクベスにとっては十分命をかける価値がある。それに…ボスの影響もあるんだ。ミチナガさんみたいにかっこいい大人になりたいって…自分の故郷を守れる男になりたいって…』


「そんな…じゃ、じゃあどうするんだよ……どうすれば…」


『ヘカテ・僕だけが戻る。僕がいれば食料補給もできる。食料さえあれば…なんとかなるかもしれないしね。』


「わ、わかった。じゃあ俺も…」


『ヘカテ・来ちゃダメだよ。ボス、これはね…もう生きるか死ぬかの戦いじゃないんだよ…わかって。それにボスがきたところで何もできない。』


 ヘカテはそういうと他の使い魔に連絡を取りながらどこかへ行ってしまった。ミチナガは一人部屋に取り残され、ベッドの上にただ座っている。その拳からは血が滲み出している。行き場のない怒りをどうしたら良いかわからずにただ呆然としている。


 ヘカテの最後の言葉。生きるか死ぬかの戦いじゃない、それはそのままの意味。つまり完全な死地に向かうということだ。生き残れる可能性はない。それでもその最後の瞬間までマクベスのそばにいてやりたいというヘカテの思いだ。


 そんな場所にミチナガを連れていくわけにはいかない。だからヘカテは冷たい言い方をしてでもミチナガに留まるように言った。それにミチナガが行ったところで何も変わらないというのは事実だ。


 ミチナガはこの時ばかりは自身の弱さを恥じた。恨んだ。憎んだ。しかしそれでもどれだけ恥じようと、どれだけ憎もうと、どれだけ恨もうと何も変わらない。変わらないがそれでもそう思わなければやっていられない。


 そのまま数時間、ただ座り込んでいた。他の使い魔達も今はそっとしておくべきだと言って誰も近づこうとしない。しかしすでに夕食の時刻も過ぎている。いつまでもこのままではいけないと勇気を出してポチがスマホから飛び出した。


『ポチ・も、もう…いつまでそんな状態なの?とりあえずご飯食べようよ。お腹が空いたら力も出ないよ?』


「…なあポチ。教えてくれ。…教えてくれよ。俺はどうしたら良いんだ?俺は…ここにいるべきなのか?」


『ポチ・…それはそうでしょ。ここにいるのが一番だよ。誰も責めない。みんなわかってくれるよ。』


「わかってくれない…わかってくれないんだ。……俺自身が!俺が理解してくれないんだ!!俺が行っても何もできないのはわかっている!それでも!それでも…」


 ミチナガは声も出さずに涙を流し始めた。その涙には何が込められているのか。それは一番長く共にいるポチならすぐに分かった。それを分かった上でポチは心を鬼にしてミチナガを引き止める。それがミチナガの使い魔として最も正しい行いだと理解して、信じているからだ。


「なあポチ…俺は…俺は約束したんだ…あいつの…マクベスの味方だって。どんな時でも助けてやるって…約束しちまったんだよ。なあ…俺は約束一つ守れないのか?……」


『ポチ・…あ……』


 ポチは正面からミチナガの瞳を見て全てを理解した。そして同時に思い出した。ミチナガという人間の弱さを、脆さを。今まで何もかも順調に行き過ぎて忘れていた。ミチナガという人間は本来、とても弱い人間なのだ。それは肉体の脆弱さだけではない。心の弱さもだ。


 かつて同じ異世界から来た悪王カイを殺した時には精神安定剤を飲み続けてようやく落ち着くまで長い日数がかかった。あの時はカイの蛮行を止めるという正義の心の元に立ち直ったのだ。自身を正当化する十分な理由があった。


 しかし今回はどうだ。自身を正当化する理由は間違いなくある。しかしそれは行っても何もできない、お前に何ができるのかという自身の弱さを持って正当化しなくてはならない。


 ミチナガはかつて世界に誰も味方がいないと思っていたマクベスに対して自分が味方になると言った。しかしそれがどうだ。味方になるとは言ったが力がないのでどうしようもないから諦めます。そういう理由の元に己を正当化させる。そこに正義はない。かと言って悪でもない。何でもない。本当になんでもないことなのだ。正しくもなければ悪くもない。


 ここで助けに行かなくてもそれは別に誰からも責められないだろう。マクベスだって絶対に理解してくれるはずだ。誰もが理解してくれるはずだ。自分では何もできないという無力ささえ理解していればいいだけだ。


 しかし無力で何もできないという事実一つでミチナガは壊れてしまう。ここまで順調に店を作り、貴族になり、国王にもなった。自分にはなんでもできてしまうという全能感から一転、友を守ることができないという無力感を味わう。


 その落差はかなりのものだ。しかしそれでも理解しようと思えば理解できる。しかし理解してしまったら…今までのミチナガが壊れてしまう、何かが変わってしまうとポチは察してしまった。しかしそれでも死ぬよりかは良い。死ぬことなんかよりは全然良いのだ。


 しかしそれでもポチはミチナガのことが好きだ。それは今のミチナガが好きなのであって、他のミチナガではない。ここで行かないと決断してしまえば今のミチナガはきっと…死んでしまうだろう。もう2度と会えることはない。今と同じミチナガは永遠に消えてしまうだろう。


 ポチは震える足を動かしてミチナガに近づく。そしてその手を取って、その瞳を見つめる。


『ポチ・行きたいんでしょ。なら行こう。ただ死んじゃやだよ。僕たちはボスを、ミチナガを守ることが一番なんだから。約束して、死なないって。絶対に無理はしないって約束して。』


「…本当に…良いのか?だって……」


『ポチ・約束してボス。ボスが死んだら絶対に許さないからね。無茶はしない。それにもう戦争が終わっている可能性もある。そしたら諦めて帰るからね。約束、指切り。』


 ポチは手を差し出す。正直どこが小指だかよくわからないがそれでもミチナガは小指を差し出した。


『ポチ・ゆーびきーりげーんまんうっそついたら針千本のーます、指切った!……ボスは無茶をしない。そして僕たちはボスを守る。頑張って守る。良いね?』


「…ありがとう…ありがとうなポチ……こんな無茶言って…」


『ポチ・本当だよ。普段なら僕達が無茶言ってボスを困らせるのに。困ったボスのことは僕達が守るよ。じゃあ夕食食べて、ゆっくり休んでその顔をどうにかできたら作戦を立てようね。ほら!いったいった!!』





 夜も更けた頃。ミチナガは子供のように泣き疲れたのかぐっすりと眠っている。これなら朝まで起きることはないだろう。使い魔達はスマホから飛び出して空いている部屋へと移動する。


『シェフ・なかなか無茶言ったな。どうするんだ?本当にやばいぞ。』


『ポチ・もう決めたことだよ。反論は無しでお願い。やれることをやる。それだけだよ。ミチナガ商会の全資産を確認。こんな時だからナイトの資産も使わせてもらう。そのお金を使って準備を整えて。社畜、プロジェクトホープはどうなってる?』


『社畜・…プロジェクト第一段階は完了である。第二段階はまだ半分ほど…まだ使うのは無理である。』


『ポチ・それでも多少は使えるでしょ。とにかく数を揃えて。いくらかけても構わない。プロジェクトはこの時のために進めて来たんだ。』


『ピース・あの!…その…ナイトさんとヴァルくんに頼めば…』


『ポチ・多分だけど…ボスが嫌がると思う。提案はするけどね。わがままなうちのボスのことだからなんとなく察しちゃうよ。全く…面倒だね。』


『シェフ。まあそこが気に入っているんだろ?お前も…俺たちも…もの好きなもんだ。』


『ピース・ほんとだね!みんな…ボスが大好きだもん。…頑張ろうね。絶対に守ってみせよう。』


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