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第225話 アンドリュー子爵の軌跡


 まさかのアンドリュー子爵が主役です。

「いやぁ、懐かしい。子供の頃以来ですな。あの頃とは随分変わってはいますが。」


『リュー・時間はかかったけどようやくルシュール領についたね。とりあえずルシュール辺境伯に挨拶に行こうか。』


 これはまだミチナガたちが白獣の村から海の街へ向かっている道中の頃、アンドリュー子爵がようやくルシュール領にたどり着いたばかりの話である。アンドリュー子爵は時折釣りの撮影を挟みながら魔導装甲車を走らせ、ようやくたどり着いたルシュール領に感激していた。


 すぐにルシュール辺境伯の元へ挨拶に向かい、久し振りの歓談を果たした。ルシュール辺境伯も会いに来てくれたアンドリュー子爵を大変快くもてなしてくれている。そしてその話の内容は今の旅の目的の話になった。


「そしてミチナガ先生が世界貴族の伯爵になったということで、私もこうしてミチナガ商会の仕事として釣りを楽しむことができるんです。先生にはなんと感謝して良いか…」


「本当に楽しそうで何よりです。まあ私たちの所属する王国は英雄の国と仲は悪くないので特に問題もないのでしょう。それにあなたはそこまで重要視されていませんしね。気楽に旅ができるでしょう。」


「この時ばかりは国王陛下にもただのバカと思われていて良かったです。」


 本来、アンドリュー子爵は英雄の国には所属していない、完全に他国の貴族だ。英雄の国の貴族であるミチナガの依頼を受けるなど言語道断なのだが、英雄の国とは問題も何も起こしていない上に、アンドリュー子爵は重要視されていないので好きに行動できている。


 その後、アンドリュー子爵はルシュール辺境伯との会話を終え、今日の宿であるミチナガ商会へと赴く。するとすでに使い魔経由で情報が伝達されていたため、歓迎の準備がされていた。ルシュール領のミチナガ商会の従業員であるメリリドやローナ、ティッチたちもそこにいる。


 歓待を受けたアンドリュー子爵は感激し、店員たちに感謝の言葉を伝える。店員たちもアンドリュー子爵の貴族らしくない態度に非常に気を楽にしてくれた。これには使い魔たちも嬉しそうだ。なんせ明日からはしばらくルシュール領での撮影が続く。


 そして翌日、まずは開店前のルシュール領でのミチナガ商会、ミチナガ食堂の撮影を行う。それに巨大キノコ工場の撮影に死の湖の撮影だ。一通りの撮影に流石のアンドリュー子爵もお疲れ気味だ。釣り以外は興味のないアンドリュー子爵にとって今日という1日はなんとも面倒に感じたことだろう。


 しかしアフターケアはしっかりとしている。翌日は朝日の出る前から移動を開始し、ルシュール領の最高の釣り場に移動する。実は昨日のうちに冒険者を数人雇って周辺のモンスターを討伐してくれたことを知ったアンドリュー子爵は感動している。


『リュー・ごめんね、本当は昨日行きたかったんだけど冒険者が騒がしくした後だから釣りには向いてなくて。それに今日は曇る可能性があったから釣りにはぴったりでしょ?』


「最高のコンディションですな!いやはや、そこまで考えてくれていたとは、このアンドリュー感服しました。」


 数日ぶりの釣り三昧にアンドリュー子爵は生き返る気持ちである。その日から数日は数カ所の釣り場を回り、散々釣りを楽しんだのちに次なる国へ移動を開始した。





 次の国へ入ったアンドリュー子爵は道ゆく人々がなぜか自分を注目することを不思議に思った。中には雄叫びをあげる男までいる。とりあえずミチナガ商会のミチナガが利用できるように整えられた特別室に案内された。


『ブラン・ようこそいらっしゃいましたアンドリュー子爵。長旅でお疲れかと思いますが、今国王陛下に知らせを出しましたので、今晩は国王陛下と食事をしてもらうことになるかと思いますがよろしいですか?』


「はははは、国王陛下とですか。もしそうなるのなら一向に構いません。とはいえ私は他国の貴族、しかも子爵程度ですからな。今知らせを送ってその日の夜になど食事が叶うはずもない。まあ今日はゆっくりさせていただきます。」



「初めましてアンドリュー子爵。私はこの国の国王ブラントだ。君のことはよく聞いているし、よく知っている。あえて嬉しいよ。」


「こ、これはブラント国王陛下。は、は、はは…初めまして。アンドリュー・グライドと申します。ま、まさかお呼びいただけるとは…」


「ん?昼頃に知らせが来たのだが…違ったのかね?早とちりしてしまったか?」


「い、いえ…まさか知らせを出したその日の夜になど…会えるはずもないと思っていまして…」


「おや、知らないのかな?この国でミチナガ商会は一番の大商会である上にこの国を救った恩人だ。そんなミチナガ商会からミチナガの友人で会って欲しい人がいると言われればすぐにでも会うさ。それにかの釣りバカアンドリュー子爵だからな。断る理由が見つからん。」


 ミチナガ商会のこの国での位置付けに驚愕し、自分自身が釣りバカということまでよく知られていることに驚きを隠せないアンドリュー子爵はこの事態を飲み込めず、あたふたしている。そんなアンドリュー子爵を見たブラント国王はわかりやすく説明するためにアンドリュー子爵に窓の外を見させた。


「見えるかね?あの一際大きい美しい建物が。あれはこの国とミチナガ商会で共同建設した娯楽施設だ。買い物もできる。食事もできる。泊まれる。巨大浴場にも入れる。劇場まで見られる我が国きっての名所だ。」


「そ、そんなものが…さすがはせんせ…ミチナガさんです。」


「そしてその劇場ではアンドリュー子爵、あなたの映像も流れている。私も見たことはあるが、なかなか人気のある目玉映像の一つだぞ。アンドリュー子爵の釣り紀行といえば満員御礼になるほどの大人気だ。」


「わ、私が!そ、そんなことが…」


 アンドリュー子爵はそんなことになっているとはつゆ知らず、全く気にしていなかった。ルシュール領でもそうだったが、自分の釣りをしている映像を好んで見てくれる人間などユグドラシル国にいる人だけだと思っていた。しかしそれが満員になるほどの大盛況だというのだから驚きだ。


 そこでアンドリュー子爵は気がついた。街ゆく人々が自分の顔を見てくることを。そして声を上げて驚いた理由も。全ては劇場で放送されていた自身の映像が原因だったのだ。この国でアンドリュー子爵はそれなりの人気者であることを認識した。


「街で特に気にしなかっただろ。もしかすると…明日のミチナガ商会は大混乱かもしれないな。何せあのアンドリュー子爵が泊まっていることを知られてしまったんだからな。」


「は、はは…か、からかわないでください。私のことを知っている人が多いからといってそんなことになるわけ……」


「ふむ、君は少し自分のことを過小評価しているようだね?まあ明日知ると良い。とりあえず今は食事にしよう。明日に備えて…な。」


 アンドリュー子爵は汗を一つ垂らすと再び食事に戻った。心の中でそんなことあるわけがない、人気者でわーきゃー言われたとしてもせいぜい数人、いっても10人程度だろうと見積もっている。しかし心の奥底でどこか…どこか大勢の人々から称されたい、そう思ってしまう自分がいた。


 アンドリュー子爵は貴族の中でも変わり者で、戦えもせずに祖父の功績だけで貴族になっている人物だ。ルシュール辺境伯とつながりを持てているのも祖父のおかげで、自分自身で得られたものといえばミチナガとの繋がりくらいのものだ。


 だからアンドリュー子爵は自分を低く見積もっている。明るいように見えるが実はネガティブな男なのだ。しかしアンドリュー子爵は大きな間違いをしている。自分自身で得られたミチナガとの繋がり、それはアンドリュー子爵の凡庸な日常を軽く吹き飛ばせるほどの大きな繋がりだということを。



「アンドリュー様--!」

「釣りバカー!あ、バカはまずいか。釣り貴族ー!」

「馬鹿野郎!こんな朝からうるさくしたら失礼だろ!」

「じゃあお前はなんでここに来てんだよ!大丈夫だって、釣り人は早起きだから」


 ミチナガ商会の開店する1時間も2時間も前。そこにはアンドリュー子爵を一目見ようと100を超える人だかりができていた。アンドリュー子爵はその光景をまるで夢でも見ているかのように何度も瞬きをしながらじっと眺めていた。


 するとそこに従業員とともに使い魔もやって来た。すぐにアンドリュー子爵に謝罪をするのだが、この騒ぎを止めるために窓を開けて手でも振って欲しいとお願いをされてしまった。


『ブラン・申し訳ありません。きっと手を振れば満足してくれると思うんです。』


「…良いのか?私で……私なんかで…本当に良いのか?」


『ブラン・アンドリュー子爵が良いんです。アンドリュー子爵じゃないとダメなんです。少しでも良いんです。お願いできますか?』


「あ、ああ…本当に…本当に良いんだな?」


『ブラン・お願いします。少しで良いんです。あ、今窓を開けますからそしたらお願いします。』


 ブランは連れて来た従業員に窓を開けさせ、アンドリュー子爵へ窓際に近づくように再度お願いをする。アンドリュー子爵はふらふらと窓へ近づき、集まった人々へ姿が見えるようにする。


 すると外はもう朝の早い時間から大歓声の嵐だ。国中に響くほどの大歓声は止むことがない。さらにアンドリュー子爵がブランに言われた通りに手を振るうと大歓声はさらに沸き起こる。もう止まる所を知らない。そんな中、アンドリュー子爵は涙を流しながらつぶやいた。


「私は…私はそんなにすごい人間じゃない……そんな私を…そんな私だというのにこんなにも喜んでくれるのか。…ありがとう。ありがとうミチナガさん……私は先生に出会えたことを生涯誇りに思います……生きていてこんな日が来るなんて…ああ……私は幸せ者だ。」


 アンドリュー子爵は心の底から感激している。ミチナガと出会い、人生というものがどんどん好転して来た。しかし今日という日は人生最高の日だ。今日のために生きていたと思えるほどだ。感動のあまりアンドリュー子爵は集まった人々の元へ赴き、一人一人握手までしだした。


 これには集まった人々も大喜びだ。アンドリュー子爵は今日という日が永遠に続くよう心の中で祈り続けた。……しかしアンドリュー子爵の思いとは裏腹に、同じような日々が続くことはなかった。


 人々に惜しまれつつ、アンドリュー子爵も惜しみつつブラント国を出発した一行は次なるアマラード村の温泉で旅の疲れを癒した。そして再び出発すると今度は何と誰もが憧れる精霊の森へ、ミチナガの友人ということで森の手形付きで入ることができた。


 一国の王ですら叶わないほどの待遇で森の最深部である、あのミチナガが森の大精霊に渡した桜の古木が植わる池にたどり着いた。ここでアンドリュー子爵は景色を堪能するだけだと思ったらなんと森の大精霊が出迎えてくれた。


「は、初めまして…アンドリュー…グライドです……」


『よく来た。我が友、ミチナガの友人アンドリューよ。お前のことは我が弟子のドルイドからも聞いている。釣りが好きなのだろう?私も久しくやっておらぬが共に嗜もうか。』


 そういうと森の大精霊は一本の竹を生み出す。柳竹という絶滅危惧種の竹の一種なのだが、非常にしなやかで丈夫だ。その柳竹の先から糸を垂らし、森の大精霊との釣りで共演を果たすという偉業を成し遂げた。


 その後、半日ほど釣りを続けると小さな小魚が数匹釣れた。アンドリュー子爵も初めて見た魚なのだが、金貨ほどの大きさで光の当たり具合によって七色に輝くというなんとも神秘的な魚だ。


 宝石魚の一種なのだが、名前はない。なぜならこの精霊の森にしか住んでおらず、森の大精霊の許可を得なければ立ち入れぬ池でのみ生息する。しかもこの柳竹の非常に柔らかく、しなやかな竿でしか当たりがわからず、釣り糸も森の大精霊が生み出すものでしか釣れない。つまり人類史史上初の大発見である。


『久しぶりにやると面白いものだ。記念にこの番いをやろう。我が弟子の力を借り受ければ育てられる。それから…この苔を持っていけ。水の中に入れてやればこれも落ち着く。』


「ありがとうございます、森の大精霊様。これほどまでの歓迎を受けて私は感謝の言葉もうまく出せません。」


『気にするな。それより行くと良い。まだ旅の途中なのであろう?旅を終えたらまた来ると良い。また釣りをしよう。』


「あ、ありがとうございます!!」


 森の大精霊に気に入られたことを大喜びするアンドリュー子爵は再び出発する。もうすぐ目的地であるユグドラシル国だ。ウィルシ侯爵たちに出会うことは心から待ち遠しい。


 アンドリュー子爵一行が魔導装甲車を走らせ移動して行くと、ようやく巨大な枯れた世界樹が目に入った。ここまで見えればユグドラシル国へは今日中に着く。しかしアンドリュー子爵はユグドラシル国を目の前にして魔導装甲車を停めてしまった。


 なぜ魔導装甲車を停めてしまったか。それは目の前に現れた光景のせいだ。何とユグドラシル国の門にずらりと兵士が旗を掲げて待機しているのだ。どうやらどこかの国王クラスがやって来る日に来てしまったようだと少し焦っている。


「今日はここで野宿にしよう。さすがに今はいるのはダメだ。なに、野宿は慣れたものだ。」


『リュー・それはダメだよ。だってあれはウィルシ侯爵とリカルドさんが用意してくれたんだから。それじゃあ急ぐよ〜』


「な、何を言って…」


 そういうとアンドリュー子爵の制止を無視して使い魔のリューは魔導装甲車を走らせ出した。これはまずい、国際問題になりかねないと冷や汗を流すアンドリュー子爵はついに旗を掲げる兵士たちの元までたどり着いてしまった。


 すると突如、大量の楽器による演奏が始まる。アンドリュー子爵は一体何事かまるで事態を飲み込めない。すると魔動車に乗ってウィルシ侯爵、リカルドが現れた。アンドリュー子爵はすぐに魔動車から降りて二人へ挨拶に向かう。


「よくぞ、よくぞ来てくださいましたアンドリューさん。ああ、ウィルシです。以前使い魔君たちの映像でお話ししましたね。」


「え、ええ…ウィルシ侯爵。し、しかしこれは一体……」


「申し訳ない。私はウィルシ侯爵を止めたのですが、我慢できなかったようで…ああ、私はリカルドです。まあ政治的問題でウィルシ侯爵の私兵のみで歓待するというわけにもいかず、私の方からも少し派兵しました。」


 そう、この国賓のごとき歓待は全てアンドリュー子爵のために用意されたものだ。そして招かれたアンドリュー子爵はユグドラシル国の重鎮から研究員に至るまで全員と挨拶を交わした。もうこのユグドラシル国において、アンドリュー子爵の扱いは一国の国王となんら変わらない。むしろそこらの国王よりも歓待されているほどだ。


 こうしてアンドリュー子爵の凡庸な日常は崩れ去った。毎日毎日が想像を超える、なんとも非日常な日々が訪れるのだ。昨日より今日、今日より明日の方が良い日になる。そんなアンドリュー子爵の冒険はこうして始まった。


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