第218話 古城の怪物
幻術によって隠蔽されていた古城。そこは誰も住んでいないようにしか見えない。古城の前についたが、城門は古く、錆びついて開きそうにない。これでは入ることはできないとミチナガも諦めようとしたのだが、城門の横に朽ちた扉があった。
おそらく使用人などが使うためのものなのだろう。かつてはちゃんとした木の扉と鍵がついていたと思われる。今では腐りきって崩れ落ちた扉と鍵と思われる錆びた金属の塊が落ちている。慎重に警戒しながら扉のあった場所を通り、庭を抜けていく。
扉を抜けた先に広がる庭園は随分と手入れされていないのだろう。それに幻術の影響なのかまともな光が入ってこないらしい。庭にはかつては美しかったであろう植物たちの残骸のみが残る。この古城は完全に死に絶えてしまっている。ネズミ一匹まともに暮らせないだろう。
庭を抜け古城の門の前に辿り着く。門の扉は金属製で錆びついてはいるが、なんとか形は残っている。とりあえずノックをしてみるが、誰かが出て来そうな雰囲気はない。しかし逆に誰か出て来たらミチナガは失神するだろう。
ブラールたちに門を押してもらうが開きそうにない。使い魔たちに城の周りを一周してもらったが、他に入り口はないし窓ガラスもしっかりと残っている。窓ガラスを割って侵入するような不躾な真似はできない。そんなことをすれば盗賊と一緒だ。
仕方ないので諦めようかと思っているとアルケと社畜、それに名無しの使い魔数人が門に油を注したり磨いたりしている。人気を感じさせなかった門の扉はかつて栄えていた頃を思い出させるような荘厳で厳かな雰囲気を取り戻しつつある。
『アルケ・もうちょっと待ってよ。もう少しで終わらせるよ。』
「オッケー。」
ほんの数分でブラールたちでも開かなかった扉は俺でもすんなり開くほど軽くなっていた。なんでもアルケとウィザによって、扉にかけられていた重量軽減の魔法を使えるようにしたらしい。ウィザはこの重量軽減の魔法に興味津々だ。なんでも今魔導装甲車に使われているものよりもはるかに魔力効率が良いし、効果も高いということだ。
夢中になっているウィザを放っておいて扉を開いたミチナガは大きな声で城に入る旨を伝える。だが、予想通り返事はない。まあ中を見ればわかるが、どこもかしくも埃をかぶっていて人の住んでいる気配を感じさせない。
おっかなびっくり入ろうとするミチナガを差し置いて使い魔たちはズカズカと屋敷の中に入っていく。そしてすぐに屋敷内の清掃を始めてしまった。どうやらせっかく良い城なのにこんなにも埃をかぶっているのが我慢できなかったようだ。
まあ特に注意することでもなさそうなので放って城の中で休めそうな場所を探すと、1階に客室があった。ソファーなんかは半分朽ちているので使えそうにもない。すぐにスマホからブラールたちの分を含めた椅子を取り出す。
「ふう…これでしばらく落ち着けそうだな。魔導装甲車がダメになったから直るまでしばらくここで休ませてもらおう。…なんならここで一晩明かそうか。幻術で守られているから安全だろうしね。」
「そ、それはいいんだけどさぁ…なんというか不気味で……ほ、本当に大丈夫かなぁ…」
どうやらミチナガの提案にシェミエルはあまり乗り気ではないようだ。まあ確かにこの城は不気味だ。しかしそれは古びた建物ならよくあることだ。いちいち気にしていてはまともな旅は送れない。
時刻はまだ昼を回った程度なので今日はあまり移動できていない。しかしこういう休暇日を旅の途中に設けると疲れが貯まらず、快適に過ごせる。それにいたるところに埃をかぶっていたこの古城も使い魔たちの掃除によってかなり綺麗になっていた。
あまり大きくない古城ではあるが、内装は実に凝っている。今までは埃を被っていてよく見えなかったが、壁には細かい彫刻が入れられており、職人の情熱を感じる。こんな装飾は一体何人がかりで何年あればできるのだろうか。
『ポチ・一階の掃除は終わったよ。これから2階の掃除も始めるところ。それから魔導装甲車だけど部品のいくつかがパッキリ逝っちゃって直すのに時間かかっちゃう。早くても明日の昼前かな?』
「オッケー、じゃあゆっくり休ませてもらうよ。そういや何か面白そうなところあった?」
『ポチ・装飾以外に珍しいところはないかな?だけど今調べている限りこの城の装飾は数百年前のものみたい。しかも3種類ある。どれも年代が全く違うよ。』
「結構歴史ある城なんだな。少し休んだら見回ってみるか。」
そこから夕飯まで古城内を探索しながらゆったりとした時間を過ごした。ブラールたちも初めは警戒していたが、徐々に慣れて来てまったりと見学を始めた。見学をしてみると歴史を感じさせる調度品もあったりしてなかなか面白かった。
貰っていってしまおうかと思ったが、今までここに住んでいた人々の歴史などを考えるとなんだか気が引けてしまった。まったりと城の中を見学しているといつの間にか外は真っ暗になっていた。どうやら幻術の影響で月明かりのような弱い光は散らしてしまうようだ。
明かりを灯す魔道具をいくつか使って部屋を明るくさせ、夕食とする。今夜は少し薄ら寒いので暖かいシチューだ。しっかりと煮込まれ、口の中でほろほろとほどける牛肉はなんとも美味い。それでいてブロッコリーなどの野菜は後入れでシャキシャキ感が残っている。
付け合わせはパンで、こちらもミチナガ商会の商品だ。ソーマとともに開発したパン用酵母で作られたこのパンはハードタイプのしっかりしたものだ。外はカリッというよりザクッという感じだ。それでいて中はモチモチ。顎が疲れるようなパンだが、麦の香りと甘みがしっかりと感じられる。
ふわふわのパンも良いが、こういうパンは食べている感じが強く割と好きだ。割と簡単な食事だが、こういう方が疲れなくて良い。毎日コース料理のようなものを食べていると気疲れしてしまう。だからこれで良い、良いのだが…
「ごめんシェフ、シメにおにぎり貰って良い?やっぱ米食いたくなっちゃって…」
『シェフ・はいはい、ボスはいつもそうだから用意しておいたよ。塩おむすびと漬物ね。』
「わかっているねぇ。いやぁ…やっぱパンも美味しいけど米は落ち着くんだよなぁ…」
漬物と塩むすびを交互に食べるとなんとも言えぬ幸せな気分になる。やはりこれが一番落ち着く味だ。ほっこりと落ち着いていると使い魔たちがぬいぐるみを持ってやってきた。
『ピース・い、今4階の掃除していたらこんなのが出てきました。見てもらえますか?』
「ん?どれどれ…随分と良い作りだな。縫い目が一定だし縫い目をあえて見せることでぬいぐるみの表情が良い。実に良いものだな。それで…これがどうしたんだ?」
『ピース・その…おかしくないですか?これ…すごく新しいんです。他にもたくさんぬいぐるみがあったんですけど、どれも新しいんです。』
そう言われて気がついた。確かにそれはおかしい。この屋敷の一階はまるで何十年と人が入ったような形跡はなかった。しかしこのぬいぐるみは最近作られたもののように新しい。魔法により保管の魔法がかけられていた可能性もあるが、埃もかぶっていなかったという。
「つまり上階には何かが住んでいる?ぬいぐるみは盗んできたか作ったか……あれ?外が明るく…」
ふとぬいぐるみから顔を上げると外が随分と明るくなっていた。どうやら月明かりに照らされているようだが、おかしい。先ほどまでは幻術の影響で月明かりは届かなかった。すると一羽のコウモリが使い魔たちの開いた扉の隙間から部屋の中へと入ってきた。
部屋に入ってきたコウモリは部屋の手すりにつかまり逆さまのままこちらをじっと見つめてくる。赤く光る眼光に思わず息を飲む。捕食者に観察されているような、緊張感で汗がにじみ出てくる。
「この屋敷の住人がいたようだな。初めましてコウモリさん、私はミチナガだ。この辺りの幻術の影響で乗ってきたものが壊れてしまい一晩泊めてもらいたい。ノックをしたのだが、誰も出なかったので勝手に上がらせて貰った。せめてものお詫びに城の掃除をしておいた。」
『シェフ・ボス…コウモリ相手に何言っているの?頭やられちゃった?』
「い、いや……なんというか怖くて…恐怖を紛らわせるためにも…といいますか…」
【人間にしては殊勝なことだな…】
『ピース・こ、コウモリがしゃべ…』
目の前でコウモリが口を動かして喋り出した。あまりにも不気味な光景にブラールたちは武器に手をかけ警戒を強めた。しかしミチナガはそれをすぐにやめさせた。ミチナガの最弱ゆえの嫌な予感。それは目の前のコウモリがブラールたちよりもはるかに格上だと思ってしまったのだ。あまり正確ではないミチナガの嫌な予感は珍しく、ものの見事に的中した。
突如部屋のあちこちの隙間から大量のコウモリが飛来し、最初に飛んできたコウモリの元へ集まり出した。やがて何百というコウモリは一つにまとまりだし、突如弾けた。衝撃により目を閉じたミチナガが再び目を見開くとそしてそこには一人の人間がいた。
「ミチナガという人間の殊勝な態度に免じてこの屋敷に入ったこと、一晩泊まることは許してやろう。だが…それを盗んだ罪は重いぞ。」
「そ、それって……このぬいぐるみのことですか?す、すみません。うちの使い魔たちがとても良い作りのものがあるということで…ぬ、盗むつもりはありません。ちゃんとお返しします。」
すぐに使い魔経由でぬいぐるみを返す。現れた男はぬいぐるみを大切に抱えた。よっぽど大事なものなのだろう。静寂が訪れる。ミチナガの、ブラールたちの耳には自身の心臓の鼓動の音しか聞こえない。激しく脈打つ心臓はここから逃げろと激しく訴えていた。
しかしそんな中、使い魔たちは男の元へ集まり出していた。そして男をじっと見つめている。男もそんな使い魔に気がついたのか使い魔を見つめ返している。
「……何か用か?」
『ピース・そ、そのぬいぐるみさんはお兄さんが作ったんですか?』
「ああ…私の友人リッキーくんだ。」
ミチナガはあっけにとられて何も言えずにいる。しかしブラールたちはあまりのギャップに吹き出しそうになってしまった。男はそんなブラールたちへ睨みを効かせる。あまりの形相にブラールたちはまるで心臓まで止まったのではないかと思うほど動きを止めていた。
『ピース・じゃあ他のぬいぐるみもお兄さんが?』
「ああ、皆私の友人だ。大切な我が友だ。」
見た目からは想像もできないほどのギャップだ。なんとも恐ろしい、それこそ睨むだけで人を殺せそうな風格をしている。まるで氷のような男だ。だというのにぬいぐるみに対しては優しい笑みを浮かべている。
『ピース・とても上手ですね!うちのボス…あそこにいるミチナガさんも良い表情だと褒めていました。』
「そうか。人から感想を聞いたのは初めてだ。昔から手先は器用だ。ここの壁の彫刻も私がやった。10数年は良い暇つぶしになったな。」
「そ、それだけ良い腕をしているなら職人として働けば良いのに…」
ミチナガがそういうと男はこちらを凝視する。それにどこか怒りや苛立ちを感じさせる。思わずたじろいだミチナガはその場で尻餅をついてしまう。
「この私に…王たるこの私にそんな真似をしろと?下民のごとく働けというのか?」
「す、すいませ…」
『ヨウ・ちょーっと待ったぁ!それは違う!』
突如現れた使い魔。このヨウは他国で事業をやっているという話を聞いていたが、一体何故この場に現れたのだろうか。するとヨウはズカズカと進み男の前に立った。
『ヨウ・下民のように働きたくない?それは違う!一生懸命働く者に下民も上民もない!君は何も理解していない!』
「ほう…この王たる私に意見するか。良いだろう聞いてやろう。」
『ヨウ・じゃあ前置きはさておき…こちらをご覧ください。』
そういうとヨウは一枚の大きな紙を広げた。それは何かの設計図のようにも見える。しかしよく見ていくとそれは一つの土地の開発計画書だ。
『ヨウ・実は今ヨーデルフイト王国で開発計画が立っているんだけど、随分難航しちゃって…ホテル業や観光業をやったところで人が来なくちゃ意味がない。だから人を呼ぶための一大計画として巨大テーマパークを作ろうと思います。ジェットコースターに観覧車にゴーカートなんかも楽しいよね。総建設費金貨数十億枚の超ビックプロジェクト。まあ資材なんかはうちで用意するからもっと半分以下まで費用抑えられるけど。』
「おいおいおいおい…そんなの俺聞いてないぞ。どんだけ予算かけんだよ。」
『ヨウ・こういうのはちまちまやっちゃ意味ないんだよ。大丈夫、ちゃんと今後の予算考えてやるから。まあ続けるね。実はこの巨大テーマパーク事業も一つの点で難航しているんだ。それはテーマ。こういうところは目玉になるキャラクターなんかが必要なんだけど、それがなかなか決まらない。だけど今連絡受けてビビッときたね。そのリッキーくんたちをメインキャラにしていこうと思うんだ。一つ一つの遊具をリッキーくんたちが案内してくれる…どう?』
「…なぜそんなことをする必要がある。私は…」
『ヨウ・リッキーくんたちはずっとこのお城に閉じ込めておくの?あなたはリッキーくんの友達であり父親でしょ?子供たちを世に羽ばたかせてあげないの?』
「子供…リッキーくんが……私の…」
『ヨウ・リッキーくんはあなたを笑顔にさせるように世界中の子供も大人も笑顔にしてくれる。それだけの力を持っているよ。なのにずっとこのお城に閉じ込めておくの?リッキーくんはなんて言っている?』
「リ、リッキーくんは……リッキー…」
『ヨウ・想像してごらん。リッキーくんは、君の子供たちは世界中の子供たちを笑顔にするんだ。大人だって笑顔になる。世界中を笑顔にしてくれるんだよ。そうなったら…君の子供達はあなたになんていうかな?僕は思うよ。君の子供たちだけじゃなくて世界中の人々がきっと感謝するって。』
「お…おお……そうか…わ、私は……何を考えていたんだ…その通りだ。リッキーくんたちを…みんなを私だけのものにしてきた。しかしそうじゃない…私はこうなることを望んでいたんだ。数百年生きてきてやっとわかった…私は……私は国落としの怪物になりたいんじゃない……今日この日のために生きてきたんだ。」
「おい、今国落としとか物騒なこと聞こえたけど。この人絶対やばい人だって。」
『シェフ・言わないでおこう。かなりやばい人だと思うけど、下手に刺激しないほうが絶対に良いから……』
パンはバター多めの塩パンが好きです。それからふわふわタイプよりもモチモチ系のハードなパンが好きです。
だけどやっぱり米が一番美味しいし、落ち着きます。
と、いうことで作者の好みを主人公に押し付けました。書いていて腹が減ります。