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第213話 ロッテンマイム子爵

「はい、以上で手続き完了です。長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。」


「いえいえ、他国の貴族が店を構えたいなんてなかなか無茶を言っていることはわかっていますから。それに色々と要望出しましたから時間がかかることは承知の上です。」


 商業ギルドの特別室。そこで何枚もの書類にサインをし、最終確認をして話を終わらせる。本日ようやくミチナガ商会がこの神剣のいる国、ランパルド国での商業権の許可が下りた。随分と書類の手続きに時間をかけられたがこれから得られるものは多い。


 この国は神剣の妻、剣聖の門下生が数千人はいるため、強者が多い。そのためモンスター討伐の質が高く、安定した高ランク帯モンスター素材の入手が可能だ。さらに神剣が時折、終末の地にてモンスターを狩り、その素材も出回るとのことだ。


 だからその素材を入手するために他国の要人が在留していることが多いのだという。ただ悪の組織みたいなのに、そんな素材が渡ると問題なのでかなり書類調査に時間を取られる。


「それでは店舗の購入の件ですが、お願いされていた場所の手続きが完了したのでこちらにサインを。それから購入金のお支払いは一括でということでしたので、今お願いできますか?」


「はい。ああ、それからいくつか必要なものがあるのでそれの購入もお願いします。」


 細々とした店舗設備の備品購入もしたため、結局丸一日かかってしまった。まあおかげで今後は面倒な作業はなさそうだ。それから数日間、毎日店舗の改装と従業員の教育で忙しくなる…と思ったのだが、それらは全て使い魔たちがやってくれるということなので随分と暇になりそうだ。


 そのため、週に1度のモンスターオークションが行われるとのことなのでそちらに顔を出しに行くことにした。何か面白そうな素材があればどんどん買い付けていこう。





「…ではこちらの商品は金貨5000枚で落札です。おめでとうございます。さて続いての商品は…」


『ポチ・次のやつもナイトが狩ってくれているから在庫あるよ。あんまり目ぼしいものはないね。』


「なんかつまらねぇなぁ…国や場所がこれだけ大きく変わっているんだからもっと変わったものあると思ったんだけど。」


『ポチ・まあ最近のナイトはいろんなところに足を伸ばしているみたいだからね。モンスター素材で手に入らないものがあったら言えばとって来てくれるし。正直出品者側に回ったほうがいいとは思うけど、まあそこまでお金に困ってないから今は研究、開発用にモンスター素材は確保しておいてほしいね。』


 もう帰ってしまおうかとも思ったが、まあどうせなので最後まで見学して行く。しかし他の客たちは白熱していて楽しそうだ。そしてついに最後の商品がやってきた。数枚の羽なのだが、会場のボルテージは上がっている。


「最後の商品になります。原初グリフォンの風切羽、飾り羽、尾羽になります。現在狩猟が禁止されている原初グリフォンですが、今回はたまたま毛繕いをしている個体を発見した冒険者が入手しました。それでは金貨1000枚から始めます。」


 これには会場の盛り上がりも凄まじい。あっという間に金貨1万を越してくる。すでに金貨100万だ。これは俺も買いなのかと思ったらこれも持っているとのことだ。


「あの白鯨を捕食したやつだよな?あの時に入手したのか?」


『ポチ・いや、今エンが原初グリフォンの巣で暮らしている。もう群の仲間になっているからあの程度の羽なら在庫に嫌っていうほどあるよ。毎日数百枚単位で入手できているよ。』


「マジかよ。あいつって確か白鯨に捕食されたものだとばかり思っていたわ。スマホに復活したかと思っていたけど、あの後生きていたんだな。まあ結果オーライだし良しとしよう。」


 結局何も買うこともなく、何の成果もなくオークションを終えることになりそうだ。すでにオークションは残り二人の争いになっている。しかし表情を見る限り片方は何とも苦しそうに値を上げている。もう片方は何とも涼しげな表情だ。


 これはもう勝負ありだな、と心の中で確信したその時、俺の予想通り決着がついて落札された。負けた方は何とも悔しそうな、今にも泣きそうな表情をしている。そんな男を見たポチはじっと固まったまま動かない。


『ポチ・照合完了。あの男、この国の南西で食糧生産をしている貴族だよ。この国の食糧生産の15%を賄っている。領民からの信頼も厚いし、繋がりもてたら間違いなくうちの得になる。』


「へぇ…いつの間にそんな情報集めたんだ?」


『ポチ・僕たちだっていつもスマホの中にいるわけじゃないんだよ。街中に散らばって情報収集しているんだから。それよりもあの男が帰る前に早く。名前はロッテンマイム子爵。』


「へいへい。」


 その場からすぐに立ち上がり。服装の乱れを整えながら早足で駆けて行く。そしてロッテンマイム子爵に近づくと護衛の人間に止められたので、身分を明かして話をさせてもらう。


「ミチナガ伯爵…と申されましたね。わざわざお声をかけていただき恐縮ですが今宵は疲れてしまいまして…帰って休息をしたいのです。」


「申し訳ありませんロッテンマイム子爵。実はあなたの噂はかねてより聞いておりましたので是非とも会ってみたかったのです。それにしても今のオークションは随分と力を入れておられましたね。あのように熱くなる方とは存じませんでした。」


「ははは…これは恥ずかしいところをお見せました。いえ…苦労をかけた妻にあの飾りバネを使った髪飾りでも…と思いましてね。私の不甲斐なさで妻は随分苦労しましたから。だが人には分相応というものがある。私にできる贈り物をこれから選ぶつもりですよ。」


「それは素晴らしい。奥様のためにここまでやれるとはかなりの愛妻家なのでしょうね。私にはまだ縁もなく、一人旅をさせていただいております。それでその旅なのですが、実に苦難の連続でして…恐ろしいモンスターに襲われることも度々あります。そんな時に入手したものですがいかがでしょうか?」


 俺はスマホからすっと原初グリフォンの飾り羽を取り出す。それを見たロッテンマイム子爵はわなわなと震えている。そして俺の両手をバッと掴み売ってほしいと懇願してきた。


「もちろんお譲りするつもりです。ですが少しだけお願いがございます。実は私の本業は商人でして…是非ともあなたの領地で出店と取引をさせていただけませんか?私はまだこの国に来たばかりの身でして、頼れる人間が少ない。後ろ暗いところのないロッテンマイム子爵に是非とも後ろ盾になっていただきたいのです。」


「その程度のことお任せください。このロッテンマイム、このご恩は忘れません。ああ、どうせでしたらこの後食事でもどうですか?」


「おや、帰って休息なさるのでは?」


「ははははは。このお話をしてから体の奥底から力がみなぎって来ます。さあさ、どうぞどうぞ。」




「ではこの領地を賜ったのは3代前からということなんですか。」


「ええ、ですが元々食糧生産の低い土地でして…それにモンスター被害も多い。私の代になり、ようやく生産効率が安定して来ました。なかなか贅沢もできなくて子供の頃は蒸かした芋ばかりかじっていました。何とも情けない話です。」


「しかしそんな領地をここまで良くしたその手腕はお見事です。それに情けない話なんかではありませんよ。私の知る方で借金まみれで没落寸前から国有数の資産家になった人物もいますから。」


 なぜかミチナガの周りにはウィルシ侯爵のような元貧乏貴族が多い気がする。まあそういった貴族の方が付き合いやすいのだろう。金や身分を鼻にかけた人間というのはミチナガの性格上、仲良くするのは難しそうだ。


「着きました、ここが私の城です。他の方と比べると小さいものですが私にとっては代々受け継いで来た大切な我が家です。」


「城も素晴らしいですが、綺麗に整備されたお庭ですね。実に良いところです。私は庶民の出ですのでやはり城というと緊張してしまいます。綺麗なお庭には心休まりますよ。」


「庶民の出から一代でここまで出世なさるとは何とも素晴らしい。それにこの庭は妻が大切にしておりまして、褒めていただき私も誇らしく思います。」


 確かにロッテンマイムの城は大きくはない。使用人が10人もいれば手が余るほどだろう。しかし門番や衛兵の数が多い。これだけの人間を雇っているというのは領地に危険が多いというのもあるが、それだけ金があるということにもなる。


 ちなみにこれだけ多くの衛兵などがいる理由はモンスター被害が多いので有事の際に手が足りなくならないようにするためだ。多くの衛兵を訓練し雇っているのだから常に仕事を与えなければならない。仕事がなければ衛兵だって飯が食えなくなってしまう。


 だからこうして余分に城を守る衛兵が多いのだろう。さらに厳重な衛兵に守られた城の中には予想よりも多くの使用人が働いていた。さらにロッテンマイムの妻も出迎えに来てくれた。


「おかえりなさいあなた。そちらはお客様ですか?」


「ミチナガ伯爵だ。オークション会場で仲良くなってな。夕食にお招きしたんだ。」


「初めまして関谷道長伯爵です。英雄の国で伯爵を賜ったのですが、今は旅の途中でして。旦那様とは仲良くさせてもらいました。随分と奥様のノロケ話も聞かせてもらいましたよ。」


 奥さんは何だか恥ずかしそうにしている。ロッテンマイム子爵も照れている。すぐに俺の食事も用意してくれるとのことなのだが、奥さんは足取りが軽やかだ。


 すぐに案内された食事会場でワインを飲みながらロッテンマイムと話をする。食事がいくつか運ばれてくるのだが、実に話が盛り上がり食事どころではない。これには奥さんもこんなに楽しそうな夫をみたのは初めてだと心良くしている。


「そうだミチナガ伯爵。妻に似合いそうなものは何かないですか?今日は実に気分が良い。妻に贅沢をさせてやりたいのです。宝石とかはありませんか?」


「宝石…ですか。」


 ミチナガが表情を硬くする。それもそのはずだ。ミチナガは宝石関係の取引が弱い。スマホで鉱山ガチャはあるのだが、ここから出るのは金属類の鉱石ばかりだ。ダイヤやルビーなどはほとんど持っていない。しかしそれ以外ならいくらでもあるのだ。だから宝石以外のものにシフトチェンジする。


「うちは宝石の取り扱いは少ないのですが、化粧品や服飾品ならば独自のブランドを有しています。そちらで奥様が気にいる物を出しましょう。」


 ミチナガはすぐに使い魔を取り出して用意をさせる。すると3分ほどで全て用意が完了した。これにはロッテンマイムも驚きを隠せない。俺はすぐに使い魔達に奥さんの体の採寸をさせて服装から化粧まで全てコーディネートする。


『名無し・それでは目を閉じてください。アイラインはキツくならないよう柔らかい印象を持たせて…』


『名無し・唇はもともと綺麗な形してるね。塗りすぎないように…それからチークも入れないと。』


『名無し・髪型は巻いちゃおうか。ふんわりとボリュームアップさせて…』


『名無し・服は大人の妖艶な感じが溢れるように…こんなアクセント入れてもいいかもね。大きさも少し変えないと…』


 全部で4体の使い魔がコーディネートをしているのだが、全員名無しのためミチナガ以外には見分けがつきにくい。ミチナガとロッテンマイムは別室で色々とやっている奥さんを、酒を飲みながら待っている。


 それから15分ほど経った頃だろうか。ようやく準備の完了した奥さんが扉の外で待機しているとのことなので、酒を飲む手を止めて扉の方へ向く。使用人の表情を見る限りうまくいっているみたいだ。


 そしてゆっくりと扉が開く。そこからゆっくりとこちらに進んでくる奥さんはまるで別人、ということにはならない。しかし美しさは段違いに上っている。持ち前の美貌を際立たせた良いメイクとコーディネートをされている。うちの使い魔達は随分と優秀だな。


 メイクをしたら別人になってしまうみたいなこともよくあるが、やはりこういった良い部分を際立たせるメイクの方が間違いなく良いと思う。そしてそれはロッテンマイムも同じだったらしく、すっかり奥さんに見とれてしまっている。


「どうですか?うちのコーディネートは。奥さんもさらに美しくなられたでしょう。…ロッテンマイムさん?」


「え?ああ…ええ。そ、そうですね。う、うん。実に良いと思います。」


 ロッテンマイムと奥さんはお互いに恥ずかしそうに見つめ合いながらふたりの世界に入り込んでしまっている。うん、これはお邪魔虫はとっとと退散した方が良さそうだ。俺は酔ったし疲れてしまったと言って寝室に案内してもらう。





「ああ、おはようございますミチナガ伯爵。よく眠れましたか?」


「おはようございますロッテンマイム子爵。ええ、ずいぶんよく眠れました。ロッテンマイム子爵は……あまり眠れなかったようですね。顔を洗うときは首も洗った方が良いですよ。」


「あ…あははは……これはお恥ずかしい。はははは…」


 首についた口紅の赤い色。どうやら昨日は随分と楽しんだようだな。



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