第206話 襲りくる恐怖
「く、くるし…な、なんか圧迫感半端ないんだけど…」
『ピース・だ、大丈夫?そ、その…みんなで衝撃和らげようと思って。』
目を開くとそこには車内を埋め尽くす使い魔たちがいた。どうやらエアバックの役割を大量の使い魔たちで行なっていたようだ。しかしそのおかげで衝撃というのはだいぶ緩和された。こいつらもちもちしていて気持ち良いんだよな。
とりあえずこれ以上の横転などはないようなので使い魔達をスマホに戻す。車内を確認してみるが今の所異常はなさそうだ。あれだけの横転だったというのに凹みすらない。本当に丈夫な車体だよ。
ゴリン……ゴリン…ゴリン………
「な、なんだ?」
これからどうしようと悩んでいた時に突如聞き馴れない音がした。その音は車体を響かせながらなっているようだ。まるで何かを削っているような、えぐっているような音。そう、これはまさに
「装甲車の鉄板をえぐっている?…い、いやいやそんなまさか。15cmの極厚の鉄板だぞ。それに防御魔法だって仕込んで……」
しかしどれだけ聞いても聞き間違いではない。この魔道装甲車はあの巨大ダンゴムシにかじられている。しかも徐々にかじる音の数が増えてきた。複数の箇所から音が響いてくるのだ。
それでもどんなに齧ろうがこれは強化した鉄板だ。ダンゴムシごときに穴を開けられるわけがない。今はこの状況からどうやって移動するかだ。まあ救援が来るまでここで待機しておくのもありだな。ゴリンゴリンうるさいけど。
とりあえず一旦落ち着こう。それにこの緊張感のせいで口の中がカサカサだ。ここは少し悠長にお茶でも飲みながら作戦を立てよう。スマホから湯呑みを取り出しお茶を注ぎ、一口飲むと口の中も気持ちもスッキリする。
湯呑みを台の上に置いて魔道装甲車の中を歩きながら作戦を立てる。しかしこれと言って良い作戦が思い浮かばない。外の状況が分かれば良いのだが、下手にどこか開けるとそこから何かやられそうだ。
「ダメだ…もう一杯飲んで考えよう……あれ?湯呑みどこいった?」
確か台に置いたはずだ。台はどこにある?しかし探しても台らしきものはないし、湯呑みもない。下に落としたかと思い下を向くと何か溶けた物体があった。そしてそのまま視線を上げていく。そこには何か棒のようなものがあった。
その棒はなぜか動いている。目をこすりもう一度よく見てみる。それは触手だ。分厚い装甲に穴が空いてあのダンゴムシの触手が入り込んでいるのだ。さらに腐食液を垂らしている。湯呑みは腐食液によって溶けてしまったらしい。
「う、嘘でしょ?ま、まじで言っている?」
ゴリン…ゴリン…ゴリン…ゴリンゴリンゴリン
徐々に他にも小さな穴が空いてくる。そして空いた穴を広げるように齧り続けている。このままではあと10分もあればこの魔道装甲車は破壊される。いや、その前にあの垂れている腐食液でミチナガ自身が溶かされる。
その事実に気がついたミチナガは恐怖で思考が停止する。そこからはやたらめったらにもがくが、どれも自分に悪影響を与える。とにかく救援を求めようと打ち出した数発の信号弾はダンゴムシによって遮られ、車内に煙と光を撒き散らす。
煙と光のせいで目は塞がれ涙が止まらない。呼吸もまともにできなくなってきた。苦しい、苦しい苦しい。息もできず、目も開けられず、恐怖に襲われながら死ぬのだろう。歯をガチガチと打ち鳴らしながら自身の最後を待つ。
しかし待てど暮らせど、なかなか最後の時が来ない。だがダンゴムシの魔道装甲車をかじる音だけは聞こえる。残りわずか数分がなんとも長く感じる。一歩ずつ確実に近づく死。やがて5分ほど経った頃だろうか、穴だらけになった魔道装甲車の中にはすでに煙は無くなっていた。
しかしミチナガは恐怖にうずくまったまま動かない、動けない。もうダンゴムシの魔道装甲車をかじる音はない、目をくらませた光も呼吸を遮る煙も何もない。しかしミチナガの頭の中では今でもあの音が、あの光が、あの煙が繰り返し襲ってくる。
そんな時ミチナガに何かが触れた。おそらくダンゴムシの触覚だろう。そんなもの見たくない。しかしいつまで経っても触れ続けている。痛みはない。ミチナガの頭の中では殺すなら早く殺してくれと訴え続けている。
しかしいつまで経っても殺されないことを不思議に思いふと目を開いた。するとそこにはダンゴムシの姿はなく、人の姿があった。
「あの〜…だ、大丈夫ですか?き、聞こえませんか?」
「え?あ?えっと…え?」
「遠くから救難信号らしき煙が見えたので来たんです。」
ミチナガの苦し紛れのあの救難信号は意味があったのだ。ミチナガは助かったことを喜ぶというよりも緊張の糸を緩めることができたことによる全身の脱力で立ち上がることもまともに話すこともできなくなっていた。
「落ち着きました?」
「え、ええ…すいません。本当にありがとうございます。もう少ししたら立てると思うんで。」
使い魔達に用意してもらったミルクティーを飲みながら心を落ち着かせる。もうかれこれ10分ほど休んでいるが腕の震え、足の震え、声の震えが治らない。体に力がまるで入らない。死の恐怖というのはこの世界で嫌という程味わったが、これだけは治らないようだ。
「しかし無事で良かったです。この鎧転蟲は単体では危険度A級ですが集団になるとSS級まで跳ね上がるようですから。」
「自分でも…生きているのが未だに不思議です。すみません、手を貸してくれますか?もう立てそうなので。」
助けに来てくれた男の手を借りてなんとか立ち上がり、虫食い状態の魔道装甲車から出る。するとそこには数十、数百を超える数の巨大ダンゴムシの死骸があった。俺は死んでいるとわかっていても体の震えが止まらなかった。
するとどこからともなく何か物音が聞こえた。この物音は今でも頭の中で響いている。思い出したくなくても思い起こされる。これはあのダンゴムシの近づく音だ。追加のダンゴムシがやって来たのだ。
「ああ、どうやら仲間の死骸から漏れ出たフェロモンに集まって来たみたいですね。ちょうど良かった。妻に最近増えて来たから狩っておいてくれって頼まれていたんですよ。」
「頼まれたって…こ、この数はやばくない?に、逃げないと…」
全方位から巨大ダンゴムシが襲いかかってくる。その数はこの場にある死骸の倍以上の数だ。しかしミチナガはその場で再びへたり込んでしまい、立ち上がることができない。
仲間の死骸をジャンプ台に使い数百の巨大ダンゴムシが襲いかかってくる。その光景は絶望でしかない。しかし巨大ダンゴムシは見えない壁に当たると真っ二つになり絶命していく。おそらく、いや、間違いなくこの目の前にいる男が何かやったはずなのだが、ただ突っ立っているようにしか見えない。
そして気がつくと数百を超える巨大ダンゴムシは全て絶命していた。1分もかかっていない。この目の前にいる男の魔法か何かだろう。そうでなくては説明がつかない。しかし魔法の知識に乏しい俺には男が何をやったか全くわからない。
そんな時ふと、一つのことを思い出した。とある剣を携えた男の話だ。その男は刀を携え、戦う時でも構えることもなくただ立っている。しかしその男の剣は生物には知覚することができない。その剣は万物を切り裂く。故にその男は史上最強、天下無双の剣豪としてこう呼ばれる。
「…神剣………」
「え?ああ、そうです。ロクショウ・イッシンと申します。すみません、名乗るのが遅れてしまって。もう片付いたので帰りましょうか。」
なんとも軽い言葉。しかしこれがミチナガと世界に3人しかいない神の字が先に出る魔神第10位神剣との出会いだった。