第194話 氷国へ
「それでは後のことはそいつらに任せてあるんでよろしくお願いしまーす。」
「いってらっしゃいませ!漁港組合長!」
あれから数日。俺はミラル達と共に船に乗り込んでいる。今日は待ちに待った氷国への出発日だ。あれ?漁港の話は?という人もいるだろう。しかしそんな時間はないのだ。なんでも後10日ほどで氷国の幻の果実が生り始めるというのだ。
俺のこの漁船ならば速度がかなり出るので1週間でつけるかもしれないということだ。そういうことで俺たちは大急ぎで出発した。ちなみに漁港の再建はすでに始まっている。今日も大規模な工事が続いている。なるべく大急ぎで行なっているがしばらくはかかるだろう。
それから俺は漁港再建に莫大な投資をしたためこの漁港の組合長になった。他の小さな組合は反発しようとしたのだが、俺の組合に入れば獲った魚全部買い取るよといったら全ての組合が俺の傘下に入った。
やはり貧乏漁港というのは金にものを言わせればどうとでもなるのだな。それから細かいことは使い魔達に任せてある。10人ほどの使い魔が残っているので指示などに不安は残らないだろう。
船は高速で移動していく。俺は船酔いには強いので全く問題ないのだがミラルとギギアールはどうやらダメなようだ。先ほどから船のヘリに力なく捕まっている。
「頑張れよお二人さん。これから1週間はこのままだからな。」
「そ、そんな…」
「じ、地面…戻して…」
『リョウ・次はそっちね。ああ君、暇ならこっちに行って。』
漁港では町の住人総出で漁港の工事に取り掛かっている。人手はすでに300人。周辺の道路整備も同時進行で行なっているのでかなりの一大事業だ。ただ漁師達も漁をしていないので食糧不足が起こっている。
そのためミチナガ商会も展開を始めて、食料の販売を行なっている。しかし町の人たちはそこまでお金を持っていない。なので漁港の工事は給料を日払いにして財政を少しでもよくしようとしている。
ミチナガ商会で仕事を作り食料をミチナガ商会で買ってもらうというなんとも悪どそうなことをしている。しかし町の活気は間違いなくよくなっている。だから文句を言う人もいない。結果良ければ全て良しだ。
『リーシ・そっちは順調?こっちの人員回そうか?』
『リョウ・うーん…数人もらおうかな?製氷所の予定地はもういいの?』
『リーシ・ユグドラシル国の方で製氷機作ってもらっているけど、ものが大きくなりそうだからしばらく手がつけられない。こっちはしばらく休業する。』
『ハトバ・じゃあこっちに人頂戴。船着場なんだけど今の強度だと船が接岸した時に耐えられないから結構手を入れなくちゃ。』
どうやらかなりの大工事になるようでまだまだ人が足りないようだ。しかもある程度ものができたら少しずつ漁も始めないといけない。やることが多すぎて毎日ちょっとした話し合いをしないとうまく仕事が回らないのだ。
そしてここは漁港のそばに新しくできた建物。そこの中では大勢の料理人達が一堂に介して魚を捌いている。その手つきはまだまだといったところだが、間違いなく腕前は上がっている。
『ウオ・この魚は柵取りが終わったらこれを使って包みます。それから2日ほど寝かしてやると味がさらによくなります。では次行きます。』
この店は念願のウオの店だ。魚料理に関しては一人前になったウオはこうして大勢の料理人に魚に関する知識を与えている。魚は新鮮さが全てではない。ちゃんとした保存方法で数日間寝かせることによってさらに味が良くなるのだ。
そして保存方法を学べば店で無駄に魚を痛ませ腐らせることもなくなる。美味しい魚を毎日提供できるようになるのだ。料理人達は皆一心不乱にその技術を学んでいる。新しい魚文化が根付くのも時間の問題だろう。
そして海へ来たことで全店舗のミチナガ商会に大きな動きがあった。今後、海の幸を安定供給できるようになればミチナガ商会の目玉商品になる。そのため、いつでも販売を開始できるように売り場の調節と魚介類専用のショーケースの用意を始めた。
さらにまだ親しみのない海の幸に馴れてもらうために調理レシピの開発、さらにミチナガ商会の運営するレストラン及び食堂で提供できるように準備を始めている。いつでも来いと言わんばかりの準備態勢だ。
そして海の幸、海の魚と言えばこの男がもっとも食いつく。釣り貴族ことアンドリュー子爵だ。アンドリュー子爵についている使い魔のリューから実物の海の魚を見せてもらうとそのテンションは正直気持ち悪いことになっていた。
「これが!これが海の魚!ハァ〜〜〜…なんとも…なんとも言えませんなぁ!いやぁ〜…もうこれは…ハァァ〜」
『リュー・アンドリューさん、ちょっと落ち着いて。とりあえずどんな味か試食させますから…お、落ち着いて!』
現在アンドリュー子爵のいる場所はルシュール領まであと数週間といった所の森の中の川辺だ。ミチナガはルシュール辺境伯の転移の魔法で早く移動できたが、転移がないと随分と時間のかかる道のりとなっている。
そして森の中で海の幸を食べたアンドリュー子爵は海への憧れをさらに大きくする。未だに海を見たことのないアンドリュー子爵にとって海とは桃源郷のようなものだ。海の幸を食べたアンドリュー子爵はその日一日上の空といった状態だった。
そして翌日も心ここに在らずというアンドリュー子爵をなんとか現実に引き戻してリューはいつもの準備に取り掛かる。
『リュー・ほら今日の釣り動画を撮りますよ。ここの川すごくいい感じでしょ?』
「はぁ〜…確かにいい感じですな。ふむ…これは実に良い。」
どんなに上の空でも釣りになればその顔つきは変わる。毎日のように釣りの動画を撮っているが毎回見せ場というものが必ずある。アンドリュー子爵には天性の俳優の才能がありそうだ。今のところ動画を見ているウィルシ侯爵はどの映像にも満足してくれている。
こんな平和的な日常と発展を続けるミチナガ商会だが、1箇所だけ大変なところがある。それは勇者神の他貴族の説得だ。ミチナガをすぐに降格、もしくは除名するべきという声に対してミチナガの功績を教えて降格も除名もできないと説得する。
しかしミチナガが世界樹を用いて砂漠に大量の魔力を込めたのは、多くの貴族に知られている。なんせ勇者神でさえも冷や汗をかいたほどの魔力量だ。もしもあの魔力が暴走していたら大惨事どころではすまない。
ミチナガの功績と失態を合わせて考えても貴族の中には納得できないという者もいる。これは説得には時間がかかる。それでも勇者神の手腕のおかげで初めよりは大分騒ぎも落ち着いてきた。
だが毎日のように同じことを繰り返しているとさすがの勇者神も疲れてしまう。無駄な仕事が増えて疲労の色が見え始めた勇者神のもとに一人の使者がやって来た。それは勇者神の傘下の王族からのものだ。
一年に一度は必ず傘下の領地を収める王族からの報告が来る。ただ勇者神の領地は広すぎるため、なかなかその全てを完璧に知ることはできない。かつてカイの洗脳による国の乗っ取りも対処できなかったのはこういった理由からでもある。
できれば遠方の領地からの使者は年に数度来てくれると助かるのだが、負担が大きくて難しいのが現状だ。今回きた使者から報告を受けたが、どうやらその領地周辺の他国同士が少し怪しいらしい。戦争の火種ができつつあるのだ。
戦争はない方が良い。しかし今回の戦争が起きそうな国は勇者神の領地とは関係ない。故に手出しすることはできない。しかしそれでも戦争が起きれば難民などが援助を求めて来る可能性が高い。なるべく動向に注目したいが、こまめに報告に来るのは難しいだろう。
「そうだ。使者よ、この使い魔を連れていってはくれないか?そうすれば情報がこちらに伝わって来る。」
「陛下、それは私の一存では決められません。一度帰り王の判断を仰がねばなりません。」
勇者神は使い魔経由で動向を逐一知ろうと考えたのだが、さすがに使者が勝手に決めることはできない。それに各領地は各々の収める王に任せてあるので勇者神は強く命令することはないという今までのしきたりがある。
一度帰り王の判断を仰いでからとなると次に一体いつ来てくれるのか分からない。最悪の場合1年後という可能性もある。しかしこればっかりは仕方ないので秘密裏に諜報部隊を送り出して対応することにする。
そして使者が勇者神の謁見を終え帰ろうと思うと、途中の廊下で一人のメイドに抱きかかえられた勇者神の元に残っている使い魔のユウと出会った。その使者は使い魔のことなど全く気にもとめずに軽い挨拶で終わらせようと思ったのだが、使い魔の方が呼び止めた。
『ユウ・すみませんお忙しいところ。少しでもお話ししたいと思い先回りしておりました。私はこの度伯爵位を賜ったミチナガ伯爵の使い魔です。是非ともご挨拶をしたく、呼び止めてしまいました。』
「ええ、お噂は聞いております。世界貴族でいきなり伯爵になった素晴らしい方がいると。」
『ユウ・そのようなことを仰って頂けて感謝いたします。しかしまだ貴族としては新参者。そこで少しでも他の王族の方々ともお知り合いになればと思いまして。それで私どもは商人でございまして我が商会でしか取り扱っていない商品もございます。その一つを贈り物として受け取ってはいただけませんか?』
「そういうことでしたらわかりました。ありがたく頂戴いたします。我が王にも伝えておきます。」
『ユウ・ありがとうございます。それではこちらの商品を帰りの馬車に積み込んでおきましょう。使い方の説明書も内包しておきます。』
使者の帰りの馬車に積み込んで使者の方とお別れをした。そしてそれから2ヶ月後、その使者は再び勇者神の元へ謁見に来ていた。
「王から以前の話を受けるようにと急いで参りました。かの使い魔を引き受ける件、是非ともお受けいたします。」
「おお!それはありがたい。王にも早い判断感謝していると伝えて欲しい。」
勇者神もこれには驚きだ。片道だけで1ヶ月近くかかるのにたったの2ヶ月で会いに来てくれたということは王がすぐに判断を降してくれたということだろう。勇者神は満足した表情で使い魔のユウの眷属を送り出した。
しかし勇者神は知らない。これは勇者神の願いのもとにやって来たことではないことを。あくまで勇者神の依頼は口実のためのものでしかないことを。
「我が王がお待ちですので大急ぎで帰ります。…新作はあるんですよね?」
『ユウ#1・もちろんです。ちなみにどのシリーズがお気に入りですか?』
「私は冒険者のモンスター討伐記録が好きですね。王はアンドリュー子爵の釣り旅シリーズがお気に召したようです。」
ここにまた一人、ミチナガ商会の映像事業の虜になったものが出たようだ。眷属のユウも贈り物がうまくいったとほくそ笑んでいる。
漁師町の方はいずれ使い魔編で。