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第192話 海のある街

 何度か嗅いだことのある匂いだ。それにべたつくような空気。それに遠くにかすかに見えた光を反射する存在。これは間違いない。


「おお…海だ…」


「あれが海ですか…なんというか小さ…え?まだ大きくなる?」


 馬車からわずかに見えた海の広さだけだと勘違いしたミラルであったが、徐々に丘を登って行くと目に見える海は大きくなる。その圧倒的な広さをみたミラルたちは驚きと興奮が入り混ざっている。


「い、一面水が…すごい……」


「まあ世界の陸地よりも海の方が広いからな。それに海はしょっぱいんだぞ。」


「…私は世界地図を見たことがあるので海が広いというのはなんとなく知っていました。しかし目で見るのとでは全く違いますね。それからそんな嘘には引っかかりませんよ。しょっぱい水なんてあるわけないじゃないですか。」


 あ、海を知らないとそういう反応になるんだ。もう少し嘘と真実を入り混じりにすればよかったかも。だけど…もしも俺の知っている海と違ったらどうしよう。真水の海なんてちょっと怖い。


 海が見えたので、もうすぐたどり着くのかと思ったが、まだまだ時間はかかり街にたどり着いたのは夕方だった。もうすぐ日が沈み夜が来るのだが、オレイルは丁度良いとばかりに俺たちを急いである場所まで連れて行った。


 そこはちょっとした高台。俺たち以外にも大勢の人々が集まっている。なぜここに連れて来たかというとそこからは水平線に沈む夕日が見える。海に反射した夕日は一本のオレンジ色の道のようだ。


 砂漠に沈む夕日とはまた違った美しさがあるため、ミラル達はただその夕日を眺めていた。俺自身、海に沈む夕日に見入っている。こういう光景はなんとも心を安らげてくれる。俺たちは夕日が完全に沈むまでその光景を眺めていた。



「随分ゆっくりしましたけど、この後も任せてください。うちの組合で運営している宿があるんでそこに泊まって行ってください。」


 そう言って案内されたのはそれなりに立派な建物だ。しかも一部分は改装中でまだまだ良くなっていく随分力の入ったものになっている。中に入ると内装もしっかりとしている。そして女将もいるのだが随分と元気そうな女将だ。


「あら!オレイル、あんたやっと帰って来たのかい。それにそちらはお客さんかい?」


「道中でよくしてもらったんだ。女将さん、悪いんだけど組合員割とかできないかな?」


「まあよくしてもらったなら仕方ないね。じゃあ組合員割するけど部屋はどうすんだい?オススメは夕日の見える最高の部屋さ。お値段は割り引いて一人金貨1枚!」


 一泊一人金貨1枚はなかなかの値段だ。ちなみに料理もよくなるらしい。ただ普通の部屋もあるのでオレイルはそっちにした方が良いとしきりに進める。普通の部屋は組合員割引で、一人銀貨1枚で済む。


「ちょっと色々聞いてから決めたいんだけどいいですか?まず俺たちは氷国に行こうと思っているんです。そこへの船はいつ頃出ますか?」


「氷国?あの国へは定期船なんてないよ。普通は近づけない国だからね。行くなら船乗りを雇わないと。日数的には順調に行っても船乗りの準備もあるし4日はかかるよ。」


 これは予想外。まあ確かに普通は寒すぎて近づけない場所だ。地球でいうなら南極に行くようなものだ。定期船を出したところで乗る人はいない。これはまた頑張らないといけないな。


「じゃあここで10日間くらいゆっくりするか。せっかくの漁師町だしな。それでいいか?」


「構いませんよ。私たちはあなたの護衛ですから。」


 その割には色々と注文が多かったような……まあ口答えはしないけどね。俺もこの町で海の魚を集めておきたい。そうすれば俺のスマホのアプリ、釣りバカ野郎で海の魚を入手できるようになる。


「じゃあ4人で10泊、2部屋もらおうかな。どうせだから一番いい部屋で。」


 俺は金貨40枚をスマホから取り出して女将に手渡す。これにはオレイルも女将も驚いたようだ。俺としてはここまでお忍び中ということで随分とコソコソとしていた。しかしここまで来たらもう隠す必要もないだろう。あとは船に乗って移動するだけだ。


「み、ミチナガさん…もしかして結構なお金持ち?」


「まあね。あ!そうだよ。オレイル、漁師仲間に連絡とって氷国まで送ってくれる人いないか探してみてくれない?」


 オレイルはおどおどしながらもそういうことならということで先輩漁師に聞いてみてくれるということだ。何から何まで順調だ。




 翌日、俺は久しぶりにゆっくり眠れた。しかも布団がふかふかで最高の寝心地だった。本当は今日一日はだらだらと過ごしたいのだが、せっかくなので町に繰り出して魚介類を見て行くことにした。


 護衛のために連れて来たミラル達も漁師町というのは初めての体験なので周囲を見回している。ただその表情は険しい。その表情は周囲の危険を感じ取ってというわけではない。俺自身、表情は険しくなっている。


 表情が険しくなる理由、それは匂いだ。早朝の多くの魚介類が並ぶこの時間帯は町中が生臭くなるのだ。道沿いに多くの魚屋が並ぶのだが、正直どこも酷い。


「み、ミチナガ…少しこの辺りから離れないか?正直…私にはきつい。」


「ミラルは嗅覚が優れているからな…正直俺もキツイ。だけど色々と見て回りたいし…やばいどうしよ…」


 この生臭さは予想外だ。俺自身、築地などに行ったこともあるのである程度の生臭さには慣れている。しかしこの匂いは異常だ。まあその理由だが、温度管理の問題だろう。店先に魚介類をそのまま並べているのだ。氷などの冷蔵処理は一切なしだ。


 これでは匂いもすごいだろう。気温も高いので魚も、ものによってはすぐにダメになってしまう。これでは刺身なんて食べることは不可能だろう。それどころか普通の魚も生臭くて食べられないと思う。


「やっぱもう帰ろう。これじゃあ色々買って帰っても意味ないだろうし。だけど昨日食べた魚は美味しかったけどな…」


 昨日の夕飯に出た魚介類は普通に美味しかった。しかしこの街の状況を見る限りあんなに美味しい魚は食べられる気がしない。急いで宿に戻ると生臭さが服にまで染みついているようだったのですぐに着替えまでした。


 すると帰って来た俺たちの元にオレイルがやって来た。どうやら先輩漁師達を集めてくれたらしい。すぐに俺はオレイルに案内されて行く。するとそこにはいかにも海の男という男達が数人ほど集まっていた。


「あんたがミチナガだな!俺の名はゴードラン!このゴードラン組合の組合長だ!氷国に行きたいらしいな!金はかかるが持っているのか!どうだ!」


「その点は問題ありません。いかほどで連れて行ってくれますか?」


「ッハ!ざっと金貨20万ってところだ!なんせ2週間の航海になる!それにあんたらが帰るまで待たなきゃならんからな!」


 金貨20万というとかなりの大金だ。しかし2週間の航海は命の危険と隣り合わせだ。妥当な金額とも言えるが、多少はふっかけられているな。うまく交渉してみたいところだ。


「なるほど、ではいくつか聞きたいのですが護衛艦はつきますか?海上でモンスターに襲われた際には対処可能ですか?」


「護衛艦など付かん!モンスターが現れたらそちらで対処してもらおう!」


「なら金貨20万は高過ぎです。せいぜい金貨100枚程度でしょう。」


「ふざけるな!こっちは素人を乗せて命の危機があるんだぞ!嫌なら乗らなくてかまわん!」


「ま、待ってくださいよ組合長。ミチナガさんにはよくしてもらって…」


「黙れオレイル!ワシに指図する気か!」


 急に俺をのけ者にして怒鳴り合いが始まった。こうなると収拾がつかない。ただ聞き捨てならないのは俺のことをたかが商人とバカにする言葉が入っているところだ。どうやら俺の身なりから多少金のあるボンクラ商人と思われているらしい。まああながち間違ってはいないけど。


「あのー!今は俺もいるんですけど!」


「うるせえ!よそもんが口出しすんな!」


 一人の漁師が俺に拳を振り上げた。どうやらかなり気の短い男らしい。今までの俺では怯えて逃げ惑っていたことだろう。ただし今は違う。拳を振り上げて来た男をケイグスが突き飛ばした。


 軽く突き飛ばしただけに見えたのだが、突き飛ばされた男はまるでスマホをベッドに放り投げるような、そんなゆったりとした速度で数メートルほど飛んで行った。これには他の漁師の男達も驚いて動きを止めている。そんな中ゴードランが額に血管を浮かび上がらせて近づいて来た。


「テメェ…なんのつもりだ…俺たちとやるっていうのか?」


「そっちこそ俺たちを無視して騒ぐなよ。」


 先ほどまでのゴードランの口調とはまるで違う。淡々としたドスの効いた口調だ。これはもう一触即発の事態。しかし喧嘩はなるべく避けたい。ミラル達ならなんの問題もないが、ここで騒ぎにしたくはない。だから最終兵器を使う。俺はスマホから一つのものを取り出す。


「本当ならお忍びのつもりだったんだけどな。改めて名乗ろうか。ミチナガ商会の商会長、そして世界貴族セキヤ・ミチナガ伯爵だ。ほらこれ勲章。まさかこの漁師町の漁師の組合のトップがこんなのだったとはな。勇者神様にも報告しておかないといけないかもな。」


「せ、世界貴族…は、伯爵……」


 俺がちゃんと名乗るとゴードランの表情は真っ青を通り越して土気色に変わって来た。そこからは先ほどまでの態度が嘘のように変わった。地に額を擦り付けながら俺に謝罪する。正直こんなことをされてもなんか嫌なのですぐに止めるようにいうのだが、一向に頭を上げようとしない。


「ま、まさか貴族様だとはつゆ知らず…も、申し訳ありませんでした!」


「まあお忍びだから知らなくて当然なんだけど。まあそんなことより貴族じゃなくて商人だったら毎回こんな対応なのか?あまりにも酷くはないか?」


「そ、その…商人にはあまりいい思い出がなく……」


 するとゴードランは言い訳のように今まで商人にやられたことを語り出した。曰く商人に魚を卸したら道中で腐ってダメになったと言われて返金を求められた。曰く海の魚は美味くないと風評被害を被った。


「実はその影響でこの町は財政が厳しく…し、しかし今度この近くに線路が造られるんです!そうすればこの町の財政もよくなる!だ、だから勇者神王様にはどうかご内密に…な、何卒……」


「う〜ん…正直俺は商人の言い分もわかるな。今朝町を歩いて来たけど魚の保存方法が酷いもん。この宿の飯はうまかったけど何か違いがあるの?」


「この宿では美味い魚が食べられるように生きたまま保管するんです。死んだ魚だと昼を過ぎた頃にはダメになってくるんで…」


「ちゃんと保存方法考えろよ。氷でシメてやるとかさ。」


「冷やした方が良いというのはわかるんですが…そ、そんな財政はなくて…」


 魚が温かくなってダメになるというのはちゃんと分かっているんだな。だけどそれ以外にもやれることは色々ある。財政難もあるけど知識の問題もあるんだな。しかし俺がそんなことどうにかする必要はない。


「いや待てよ?さっき線路が通るって言ったな?」


「は、はい。あと二ヶ月ほどで通ると言う話です。」


 線路が通って魔導列車が来れば間違いなくこの町は人気が出る。海を見たいと言う理由で来る人は多いはずだ。そしてうまい魚を提供できるようになれば…間違いなく金になる。


 魚介類の保存方法を確立してやればいいだけだろ。ならいける。日本人の魚介類に対する技術をなめるなよ。



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