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第191話 お忍びの旅の始まり

「け、ケツが…い、一回休まない?」


「さっきの休憩からまだ10分も経っていないので却下です。」


 勇者神との会談の数日後、俺は馬に乗って英雄の国を目指していた。氷神の治める北の国へ向けて新たなる旅を開始したのだ。本当は魔導装甲車で行きたいのだが、目立たないようにマントを羽織って馬に乗っている。


 それから俺の護衛についてきたのは白獣の戦士3人だ。本来は5人の予定だったのだが、あの森が出来てしまったため、そちらに人員が必要になったのだ。戦力が少ないと盗賊などの根城ができてしまう恐れがある。


 そして俺は馴れない馬に乗っているため、もう下半身はガタガタだ。尻は痛いし足も痛いし、内臓もキツい。馬に乗るだけで満身創痍だ。本当は馬車に乗って行きたいのだが、そうすると時間が倍以上かかるのでミラルに却下された。


 ちなみに俺の護衛はミラル、ケイグス、ギギアールの3人だ。女性1人だけでは色々大変だろうということでミラルの他にギギアールがついてきた。俺はケイグスと仲良くやっていこう。これからの旅では男の肩身は狭いだろうな。


 ミラルは白狼、ギギアールは白蛇、ケイグスは白亀の獣人だ。戦い方はミラルが前衛、ギギアールが後衛、ケイグスは俺のそばで完全防御という流れだ。特にミラルとギギアールのコンビネーションはバッチリのようで、どんな敵も瞬殺できるとのことだ。


 しかも全員魔王クラスということで、なんとも頼もしい。俺が命の危機に怯えることはそうそうないだろう。そしてその日の夜、俺はベッドの上で悶絶していた。


「か、身体が…痛い……特に尻がやばい…」


『ポチ・ちょっと確認するね〜……あー…お尻の皮がベロンベロンに剥けているね。内腿も少し剥けているよ。筋肉も張っているしこれは明日無理かも。』


「ま、まじでか…けどよくわかる……もう身体限界…」


今日の早朝から40分ごとに10分休憩を挟んでいたが、かなりの時間馬に乗っていた。馬に乗り馴れていない俺がこうなるのは無理もない。特に最後の3時間くらいはもう辛すぎて逆に馬から降りられなかった。


 すると部屋で一人悶絶している俺の元へギギアールがやってきた。人に見られても問題ないようにフードを被っていたのだが、俺の部屋に入りフードを外すと、俺は思わず唾を揉み込んでしまった。


 なんというか…艶かしいのだ。蛇の獣人ということだからなのだろうか、肌艶や目つきが蛇寄りだ。その鋭い目つきに俺はドキドキしている。何か声をかけられたのだが、ちゃんと聞こえなかった。するとギギアールは寝ている俺の背中に触れた。


「じっとしていてくださいね…」


「ひゃ、ひゃい…」


 思わず声が裏返る俺にクスリと背後から笑い声が聞こえる。一体俺の背中で何が起きているのだろうか、俺はこれから何をされるのだろうか。心臓の激しい鼓動でベッドから飛び跳ねそうだ。ギギアールの触れる手が肩から肩甲骨へ、腰へ、そして足の方へぬけていく。そして


「はい、終わりましたよ。ちゃんと回復できたはずなのでもう起き上がれるはずです。」


「…へ?あ、いや…うん…そうだね。あ、でも筋肉痛が残っているんだけど…」


「あまり私の魔力を消費させすぎたらいざという時に動けませんから。それにミラルからそれくらいの筋肉痛は自然に治るから治さなくていいと言われました。ああ、夕食にするのでこの宿の一階に集合だそうです。」


 うん…なんか知ってた。だって俺だもんね。俺は筋肉痛でふらつく体でなんとか食堂にたどり着いた。そしてミラル達と合流し、共に食事を開始したのだが、これはまずいのではないだろうか。


 なんせ食堂には他にも大勢の客がいる。大勢の人の目に晒されれば間違いなく目立つ。俺だけならば平気でもミラル達白獣は目を引く存在だ。俺は不安げに周囲を見回すが、誰もこちらに気がついた様子はない。


「そんなに周りを見ていないで早く食べたほうがいいですよ。今日はゆっくり休むべきです。」


「え?ああ、そうなんだけど…な、なんで3人ともフード外しているのに目立ってないの?明らかに目を引く存在でしょ。」


「認識阻害と改変を混ぜ合わせた結界魔法です。今周囲の人々からはただの観光客が食事をしているようにしか見えませんよ。」


 なんという便利な魔法。そんな魔法初めて聞いたのだが、確かにその効力は本物だ。いかにも絡んできそうな泥酔客も俺たちを素通りしてその先の客に絡んでいる。まるで自分たちはそこにいないかのようだ。


「すごい魔法だなぁ…これも白獣の長い歴史の中で作られた魔法?」


「いえ、これは預言によって得た未来の魔法です。神隠し…という異世界人が作った魔法です。」


 異世界人やるじゃん。かなり便利そうな魔法まで作っちゃって。これで秘密裏に動くことが可能だ。未来人に感謝しながら俺はみんなと楽しく食事をとった。





「お、お尻が割れちゃう…い、いや…これはもう割れた。お尻がシックスパックになってる。や、やばい…」


 あれから数日間、俺は毎日乗馬で悶絶していた。筋肉痛で体はガチガチでお尻の皮は毎日治っては剥けていたので随分皮が厚くなったと思う。もう途中からは拷問と変わりなかった。しかしそんな日々ももうお終いだ。


 とうとう英雄の国に戻ってきたのだ。ここからは魔導列車による優雅な旅だ。もう金なんて知らない。一番いいところでゆっくりと休んでやる。そう思っていたのだが俺の夢は儚く砕かれた。


「ダメに決まっています。ここは一番下の料金で行きますよ。」


「だ、だけど…ほ、ほら!俺って貴族だし!伯爵だし!」


「今はお忍び中です。」


 みんな、一つちゃんと覚えておこう。男は女には勝てない。特に口喧嘩は絶対に勝てない。素直に降伏するのが得策だ。俺はこの20分でよくそれがわかった。


 俺たちは大勢の人々がいる密集地隊で人の波に流されるように進んでいく。そして気がついた頃には列車のすぐ側まで来ていた。後は空いている場所を探して無理やり乗り込むだけなのだがこれが意外と大変だ。皆が我先にと席を取るのでなかなか座れないのだ。


 それでもなんとかミラル達が頑張ってくれたおかげでまとまって座ることに成功した。ここからは座っているだけなので楽なはずなのだが、想像以上の地獄だった。


 まず第一に座り方は体育座りか荷物の上に座るしかない。全身筋肉痛の俺には苦行でしかない。さらに満員のため熱気がすごいのだ。この蒸すような暑さはなんとも言えない。おまけに匂いも酷い。


 だがこの地獄にはさらに上があった。それは魔導列車が発車した時だ。列車の揺れがきつく、筋肉痛に響くのだ。おまけに車輪に近いため音も酷い。みんなはこんな苦行なのによく乗れているな。


 そんな苦行の中2時間、3時間も経つ頃には俺もだいぶ慣れて来てすっかり眠ってしまった。前日までの乗馬の疲れのおかげだろう。疲れていればどんな環境下でも眠ることは可能なのだ。


 そして気がつくと外は暗くなっていた。どうやら随分とぐっすり眠ったらしい。ただ体の疲れは取れた気がしない。しかしこれだけ暗くなったということは次の駅あたりで終点になるだろう。そしたら次の駅の周辺で宿を取らないといけないな。


 そんな中ふと周囲を見回すとなんだか苦しそうにしている男を見つけた。息も荒くなっている。おそらくだがこの列車の暑さで軽い熱中症にかかっているのだろう。見かねた俺はその男に水をくれてやると男はそれをすぐに飲み干した。


「ありがとうな。どうも人混みに慣れていなくて…ああ、何か礼をしないと。」


「たかが水一杯だ。それよりももう一杯飲んどけ。まだ顔色悪いぞ。」


「すまない…」


 男は俺からもう一杯水をもらうとそれもすぐに飲み干した。そして落ち着いて来た頃にお互い簡単な自己紹介をした。男の名はオレイル、なんでも漁師らしい。俺はお忍びということでミチナガ商会のことを内密にして、ただの商人ミチナガと名乗った。


「漁師っていうことは…もしかして海の漁師か?」


「ああ、とはいえまだまだひよっこだけどな。今回はちょっとした帰省でな、両親に海の魚を届けて来たんだ。うちで作った最高の干物だぞ。」


「おお!そいつはいいな。俺も今氷国に向かうつもりだから海の方に行くんだよ。」


「本当か!ならうちに来てくれ。できるだけサービスするぜ。ああ、どうせなら街のことも教えようか。」


 それからオレイルと喋くっているとその日の終点の駅にたどり着いた。すぐにミラル達と共に降りるとオレイルも付いて来た。せめてものお礼にいい宿などを紹介してくれるらしい。


「ついて来てくれ。この街は何度も来ているからよく知っているんだ。最高の宿を紹介するぜ。お仲間さんも全員泊まれるくらいの部屋は余っているはずだ。」


 案内されるがままついて行くとなんとも簡素な建物にたどり着いた。正直賑わっている宿とは言えない。中に入るとそこの切り盛りは老夫婦が行なっているようだ。しかもオレイルと老夫婦の会話を聞く限りどうやらその老夫婦は元漁師のようだ。


 なんだか売上の貢献のために騙されて連れてこられた気がする。なし崩しのまま部屋まで案内されるとそこまで綺麗というわけでもない。特に良い点もない。料金も安いわけでもない。正直やられたという気持ちが強いがまあ今更仕方ないので諦めよう。


 そして夕食、夕食もこの宿で用意してくれるということなのだが、その料理だけはすごかった。満漢全席のような豪華絢爛な料理というわけではない。どちらかと言えば質素な料理だ。しかし一つ一つが俺には実に魅力的に見えた。


「ここにあるのは全部海の魚か?干物に…これは海藻を使った料理だな?海の幸を食べるのは久しぶりだな…」


「ここから海までは2〜3日かかるからな。普通は海の幸は食べられない。だけどここは元漁師ってことで独自の流通ルートがあるんだよ。まあ普通の人はあまり喜ばないんだけど…気に入ってくれたようで何よりだ。」


 これはなかなかに嬉しい。海の魚を食べるのなどこの世界に来てから初めてだ。ただ干物などは保存の観点から塩味がきつめだ。魚介類の輸送ルートはまだまだ確立されていないんだな。もっと新鮮な魚介類も食べたかったが、それは海に着くまで我慢しよう。


「海の方に行くなら明日も俺と一緒だな。ここから歩いて10分くらいのところに乗り合いの馬車が来るんだ。それに乗っていけば海に着くぜ。」


「そうなのか。じゃあ当分一緒に行動するな。よろしく頼む。ミラル達もそれでいいよな?」


「ああ、問題ない。」


「よろしくな獣人のお嬢さん達。」


 ミラルとオレイルは握手をした。白獣ということで驚かれるかと思ったが、そこはミラル達の魔法で見た目をごく普通の獣人の色に変えている。白獣ということを隠すために色々と魔法を編み出しているんだな。


 さあ、いよいよこの世界初の海とのご対面が近いぞ。


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