第190話 現状維持か降格か
『本来は呼び出して話をするべきなのだが…それでは時間もかかる。早いうちに報告が必要だと思ってね。』
「ありがとうございます陛下。」
とうとう来てしまった勇者神のこの森の価値に関する査察の結果発表だ。この結果発表次第で俺の運命が大きく変わる。せっかくもらったこの世界貴族の地位がなくなってしまうかもしれない重要な話だ。
『まずは学術的な話からしよう。この森には数多くの新種、さらには危険性も低いため調査、研究のやりやすさもある。しかも精霊が住む森ということで非常に価値は高い。評価はSと言えるだろう。』
「ありがとうございます。」
『しかし商業的な価値は低い。確かに物珍しい果実などは存在する。調査次第ではさらなるものが出てくる可能性もある。しかし現時点では特に目立ったものはない。薬草なども珍しいものなどは少ない。まあそれでも評価するのなら…Bといったところだろうか。』
「はい…」
『精霊がいるということで今後モンスターの心配はないだろう。安全性はS。この評価だけで言えばかなりのものだ。しかし君がやったことは重大な国家の危機につながる。魔力の膨れ上がりかたは異常だった。もしもあれが暴走していたら…あまりにも恐ろしいことだ。』
この森の評価はかなり高い。しかしそれ以上に俺の失態がある。差し引きしても俺の軽率な行動による失態の方が大きいのだ。せめて商業的な価値がもう少し高ければもう少し考慮する余地はあるのだろう。
『さて…このまま今回の沙汰を申してもいいのだが…何かあるか?』
「で、では陛下。私の個人的な調査報告をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
俺は必死にこの森の価値を上げるために様々な報告をした。この森の地下にある多量の魔力が溶け込んだ地底湖の話、綺麗な羽根に透き通るような声で鳴く鳥、他にも様々な報告をしたがどれも満足してもらうことはできなかった。
『話はそれだけか?確かに興味深い話だが、その程度は発見できることも考慮している。残念だが…』
「それから菌を発見しました。」
俺は苦し紛れに嘘をついた。この菌はこの森で見つけたものではない。この間のバベルの塔の報酬だ。しかしそれでも助かるためにはこれしかなかった。勇者神もこれには少し興味を持ったようだった。
「この森は特異的な誕生をしました。それに伴い菌類も特別な誕生をしています。」
『なるほどな。確かにわかる。その菌はどんな菌だ?』
「その菌を用いることで子牛を用いることなくチーズを作ることが可能になりました。」
『なに?』
俺がバベルの塔の報酬で得たチーズ作成の知識と菌、それはちょっとした革命だ。実はチーズを作るためには牛や山羊、羊などの子供の胃袋が必要なのだ。まあ厳密にいうと胃袋にある酵素が必要だ。
そのため、チーズを作るために何頭も子牛や子羊を屠殺した。そんなことは地球でも1960年代前まではごくごく当たり前のことだった。しかし1960年以降に日本でとある菌が発見された。それが今回勇者神にも報告した菌、リゾムコールだ。
畜産をやるものには子牛や子羊を屠殺することはそこそこの痛手だ。育てれば十分な金になる可能性があるのにその可能性を潰すことになるのだ。しかしこのリゾムコールを培養できればその痛手はなくなる。そして培養方法も俺はチーズ作成知識と共に入手した。
しかし俺が売り込みたいことはこれだけではない。これは売り込むことのとっかかりだ。
「以前報告致しましたが、この地はかつて異世界人が築き上げたオリンポスの跡地。その土地に私の能力によって生まれた使い魔が精霊として居着いています。この土地は私の元の世界、異世界の影響を強く受けています。故に調査次第ではこの世界では発見できないものが発見できる可能性が大いにあります。」
『なるほど…その価値を今回の査定に加えてほしいと。確かにその菌は役に立つ。さらにこの世界ではあり得ないものを生み出す可能性があるということか。なるほどな、それは考慮する価値があるだろう。』
俺の心臓は跳ね上がるように脈動している。これ以上の隠し球はもうない。つまりここまでの結果でうまく勇者神をやりこまないといけない。あとは神に祈るだけというやつだ。先ほどから汗が止まらない。そんな俺を前に勇者神はゆっくりと考えている。
『ふう…ここまで材料が出来上がれば……なんとかなるかもしれないな。顔をあげろミチナガ伯爵。随分と頑張ったようだな。これだけの情報さえあれば皆を納得させられるだろう。よかった。』
勇者神の顔にも安堵の表情が出ている。一体どうしたのかと思うと勇者神は愚痴のように話してくれた。
実は俺の今回の伯爵位には多くの貴族達からの反発があったらしい。今までは直接文句をいうことはなかったのだが、今回の俺の一件で他の貴族達から俺を降格か除名しろと言われたらしい。
勇者神としても任命したのにこんな短期間で降格も除名もできないと思った。しかし騒ぎが大きくなりすぎて何かしないと大きな問題につながると感じていたのだ。
そこで森を調査して何か他の貴族達を説得できる材料を探していたのだが、誰もがぐうの音も出ない説得材料がないのでどうしようもなかったらしい。
『正直君を男爵まで降格させて事態を収拾させようと思っていたのだが…これならなんとかなりそうだ。しかしこういうことはちゃんと連絡するように!次は庇えないかもしれないぞ。……君には期待しているんだ。無茶はしないでくれ。』
「も、申し訳ありませんでした……」
まさかそんな騒ぎになっているとは思いもしなかった。どうやら俺は伯爵という上位の貴族位で喜んでいたが、多くの敵を作ってしまったようだ。こんな元砂漠という辺境だから気がつかなかった。もう少し情報をちゃんと収拾したほうがいいだろう。
俺のために勇者神は色々頑張ってくれているようだ。俺はこの恩に報いなければならないのに、無駄に問題を起こして迷惑をかけてしまった。なんと詫びていいのかわからない。
『それから!……嘘をつくときは表情に気をつけたまえ。君はまだまだ商人として甘いところがある。細かいところも気をつけないといつか痛い目にあう。』
「あ…気がついて…じゃ、じゃなくて!ごめんなさい!あ!も、申し訳ありません。じゃなくてなんのことでしょ…」
『テンパるのも良くないぞ。それに私は王だ。人を見る目を養わなければやっていけないからな。すぐにわかるさ。』
この勇者神には何一つとして勝てる気がしないな。ちょっとくらい勝てるところがあれば良いと思ったのだが、どうやら無理のようだ。
『そういえばミチナガ伯爵は北のほうに行くという話をこの使い魔くんから聞いたのだが?』
「は、はい。幻の果実というものを見に行きたくて…」
『ならとっとと行きたまえ、君の失態をなんとかする過程で他の貴族達がちょっかいかける可能性がある。誰にも気がつかれないようにこっそり魔導列車に乗って行ってしまえ。戻ってくるまでに全て片付けておこう。』
「ッハ!ありがとうございます。」
『お土産を忘れないように』
「は、はい!わかりました。」
この借りはでかいな。いつか返すことができたら良いのだが、相手が相手なだけに難しいだろう。それでもやれるだけのことはやってみよう。しばらくの俺の目的はこの優しくて偉大な勇者神に恩を返すことだ。