第174話 勇者神への謁見
『ポチ・ほら、もう少しピシッとして。ああ、ここのところ曲がっている。あとは…もう大丈夫かな?じゃあ行こう。』
「お、おう…」
これから勇者神への謁見だ。そしてその場で今回の世界貴族が決定するかもしれないし、決定しないかもしれない。なぜなら年によっては世界貴族合格0人という時もあるからだ。現にこの1年は誰も合格していない。
王城の正門に魔導装甲車を乗り付けると俺はそこから降りる。周囲には多くの兵士たちが並んでいる。遠くの方には見物に来た国民もいる。あまりの緊張でガチガチに固まりながらもなんとか足と手を動かす。右手右足同時に出ているが気にしている余裕もない。
ちなみに2次審査の合格者は5人。ラルドも無事合格したらしい。他にも3人の強敵がいる…いや、敵ではないか。誰もが仲間でありライバルでもあるな。合格者数が決まっていないので全員不合格も合格もあり得る。
ラルドに話しかけて和もうかとも思ったが、そんな雰囲気ではない。これだけの大観衆に囲まれては下手に動けない。そのままほとんど記憶もないまま進んで行くともうそこは玉座の間だ。そしてその玉座には勇者神が座っている。
今代の勇者神はまだ若く見える。30かその辺りだろう。しかしその威厳や風格は異常だ。勇者神を前にしたらブラント国王だって霞んでしまう。いや、ただの一平民に見えてしまうだろう。それほどのオーラが出ている。
俺は規定の位置まで進むとごくごく自然に跪いた。この人の前ではこうしていることがごくごく自然だと認識してしまう。これが魔神第2位、人類の導き手、世界最高の英雄の一族、勇者神アレクリアル・カナエ・H・ガンガルドその人である。
「よくここまで来てくれた。顔を上げてくれ。」
その言葉に従う、というよりもそう言われたらそうするしかない、そうしたいのだと自ら思い顔を上げる。命じられるということのはずなのにそれがまるで自分の意志であるかのようだ。すごい、この世にはこんな人間もいるのだ。
「皆良い顔をしている。この中からこの国の貴族を選ぶ必要がある。誰もがなれるわけではない。限られた人間だけだ。そうでなければこの国は貴族だらけになってしまうからな。」
ちょっとしたお茶目な部分を出しながら、早速今回の各々の推薦状を確認して行く。誰も彼も世界貴族の伯爵や侯爵からの推薦など名だたる人物ばかりだ。そんな中俺の推薦状を読んだところで少し勇者神は笑った。
「これは珍しい。ブラント国の国王からの推薦か。それに…賢人リカルドか。彼が復帰したという話も聞いていた。この二人の推薦は初めてだな。それに我が国の研究所の所長全員の推薦か。ああ、フィーフィリアルの推薦状もある。あのフィーが推薦するとは…ああ、そうか。君がそうなのか。」
なんか賢人リカルドとか聞こえたけど気のせいだよな?子煩悩リカルドだろ。それと君がそうなのかっていうのはおそらくゴブリンの件だろう。その件の報告者として俺の名前が挙がっているはずだ。
「ん?それに…このウィルシ侯爵というのは…ああ、ユグドラシル国の侯爵か。しかし…知らないな。誰か知っているものはいるか?」
「ッハ!陛下、そのウィルシ侯爵という人物はこの国の技術者の間では恩人として知られております。魔導列車が完成したのもウィルシ侯爵が私財を投げ売ってまで貸していただいた金貨によるものでございます。」
なぜか側近の人からウィルシ侯爵の説明が始まってしまった。誰に金を貸してそれにより何が発明されたかなどを説明して行くたびに感心するような息が漏れる。
俺も聞いていたが、ウィルシ侯爵の影響はえげつなかった。この国の研究の基礎部分の完成はウィルシ侯爵がいなければかなり先延ばしになっていただろう。それこそ10年か20年は発展が遅れていた。
「まさかそれほどの人物がいたとは…報告に上がって来たことはなかったな?」
「その…金を借りたなんだというのはやはり声を大きくして言えることではございません。実は私の父親も借りていたようで…おかげで私は勉学に励むことができました。」
「つまり今ここにいるのはそのウィルシ侯爵のおかげということか。なんと素晴らしい人物だ。本来は私がやるべきことを彼が代わりにしてくれていたんだな。この国がこれだけの人材に恵まれたのはウィルシ侯爵のおかげではないか。ミチナガ子爵、報告書にはウィルシ侯爵からの数多くの推薦状や紹介状があったということだが、誰へ宛てたものか教えてくれ。実に興味深い。」
なんかちょっとした娯楽気分になってしまっている。だが俺としても身分的な問題で使えなかった推薦状があるので、どうせなら紹介しておきたい。この1か月余りの間で数多くの人々に会いに行ったのだから。
推薦状をもらった人物を紹介して行くと一介の研究員ばかりだと思っていた人物たちは結構な功績を挙げた人物ばかりであった。
ただ地位的なものはやはり低いようで推薦状としての価値は低い。しかし名前を聞いた勇者神は満足そうだ。
「ウィルシ侯爵がいなければ今、名をあげたものはいなかったかもしれない…か。そう考えると恐ろしいな。時間を取らせて悪かったなミチナガ子爵。これでもう全部かな?」
「その…実は1通だけ残っているのですが、相手の名前もわからないようなのです。」
「ほう?面白そうだ、是非読んでみてくれ。……時間がない?少しくらいはいいだろ?こういう娯楽も時には必要だ。」
急かしに来た側近からお小言をもらったようだが、話を聞くのが楽しくなっているようだ。もう娯楽とか言っているし。まあ俺は言われた通りに手紙を読み始めることにした。
「名もなき農民へ。かつてあなたは子を助けたいと言いお金を借りていったのを覚えていますか。別に催促するつもりはありません。ただその子が助かったのかだけ知りたいのです。私の金貨であなたの子の命が助かったのならそれで良いのです。ただ、もしもあなたが言ったように、私の子は将来12英雄にもなれるという言葉が実現しているのなら彼に力を貸して欲しい。以上です。」
「…農民にまで金を貸していたのか。しかし確かにそれだけでは誰に宛てているかわからんな。何かわかるものは書かれていないのか?」
「その…ネックレスをしていたそうです。革の紐に鉄の矢尻のようなもので…窪みがあってそこに赤い石がはめ込まれていると書かれています。」
「鉄の矢尻に赤い石だと…まさか!」
勇者神は急に玉座から立ち上がった。すると人混みの中から一人の男が現れた。その男はかなりの長身で3m近くはある。さらにその手には身の丈ほどの槍が握られている。そしてその男は突然語り出した。
「かつて…私が子供の頃に病に侵された時、父は高額な薬をどこかから持って来たことがあった。母はどこかから盗んで来たとばかり思っていた。私自身、そう思っていた。金貨数十万はするほどの薬だ。農民の父が用意できるはずがない。だが…そうか……父は…私はその方に助けられたのか。」
「ギュリディア…今の話は本当だと思うか?」
「父は死に物狂いで働いて最後は事故で亡くなったのでその話は知りません。ただ…彼の言う通り、この赤い石のついた矢尻は父からの遺品です。そして父は私を英雄にすると言って仕事を手伝わせずに槍を持たせました。今ここに立てているのは父の指導と…一人の優しき貴族によるものです。」
ギュリディア、その名前はこの国が誇る12英雄が一人、剛槍の魔帝ギュリディアで間違いないだろう。つまりその子を助けるために先代のウィルシ侯爵に頭を下げ、金を借りた父親の夢物語は現実になったのだ。
「陛下、必要ならば私も書きましょう。彼への推薦状を。それが命の恩人に対して多少でも恩返しになるのならばいくらでも書きましょう。」
「…こんなことはいつ以来だろうな。12英雄2人の推薦状を得たものなんて…」
「2人じゃないですよ陛下!」
急に背後から声が聞こえた。とっさに振り向いてしまった俺はそこに立つ7人の人間を目にした。その7人はぞろぞろと歩いて来て一人は俺の横で止まり、残りの6人はそのまま勇者神の元まで歩いて行った。
「陛下、任務は完了しました。まあその報告は後回しにしておきます。とりあえずはこれを。」
「これは…お前たち全員からの推薦状か?」
「ええ、今回の任務はミチナガ商会の尽力無くしてはあり得ませんでした。まあ最後の最後に邪魔は入りましたけどね。まあとにかく、これが俺たち6人の総意です。」
唖然とした表情で勇者神は12英雄たちから推薦状を受け取る。そんな中、俺は隣に立っているこの男にこっそり声をかけた。
「お疲れ様ナイト。それに久しぶり。」
「ああ…」
『ムーン・お久しぶりですボス。人がいっぱいいるからナイトも緊張しちゃっているね。』
まさか12英雄の6人と一緒にやってくるとは思わなかった。しかし本当に久しぶりだ。映像やムーンを介して連絡は取っていたけどこうして出会うのは久しぶりだ。しかしなぜだろう。初対面みたいな感じがする。なんかナイト、以前よりも雰囲気も違うし体も大きくなってない?
「待たせたな。さて、この世界貴族の制度が始まって以来の大事件が起きた。12英雄のうち7人の推薦状を持って来た男はこのセキヤ・ミチナガが初めてだ!これだけのことをして…皆に問う!私の考えていることに異論あるものはいるか!」
勇者神は両手を広げてその場に集まった全員に問いかける。しかし誰一人として異論を唱えようとするものはいない。全ての決定権を勇者神に委ねている。
「異論はないな!では勇者神アレクリアルの名を持って宣言する。この場を持ってセキヤ・ミチナガを世界貴族、伯爵位に任命する!」
どよめき、万雷の拍手喝采、その全てが同時に起きた。まるで王城を揺らすほどの大歓声だ。そしてその大歓声の中、俺は勇者神の元へ近づき再び跪く。そして正式に任命された。
世界貴族セキヤ・ミチナガ伯爵の誕生である。