第170話 カイドルの雑談
「これにてお終い。最後まで聞いてくれてありがとう。」
語り部が語りを終えると万雷の喝采だ。多くの銀貨や金貨が語り部の前に置かれた箱に入れられていく。かくいう俺も金貨を1枚入れておいた。実に良い話を聞かせてもらった。実に良い語り部であった。
「どうだった?よかっただろ。」
「ええ、ありがとうございますカイドルさん。この語りは毎日やっているんですか?」
「いや、あの語り部は14日に1回だ。運が良いな。」
なんでも毎日違う像の前で語り部をやっているらしい。この王都には初代勇者王の像があるが、この国を囲むようにある12の国にはそれぞれ初代勇者王の時の13英雄の像が立っているので毎日国中をぐるぐる回っているということだ。
「あれ?でも13英雄ってことは1英雄分足りないんじゃ…」
「ああ、2代目勇者神様はここの王城の反対側に飾られている。向こうもすごい人気だぞ。あの語り部は昨日、あっちでやっていた。」
「なるほど、それと…いくつか聞きたいことがあるんですけどいいですか?ああ、長くなりそうなのでそこらへんの喫茶店で。…ほら、マクベス行くぞ。いつまでも泣いているなよ。」
「だ、だって…だって…良い話で…」
マクベスはずっと静かだと思ったら泣いていたのか。とりあえず喫茶店に移動して紅茶でも飲みながらいくつか疑問に思った点を聞いて行く。
まずはエリッサとツグナオの怪我についてだ。なぜ魔法のあるこの世界で怪我が治らなかったかだ。自然治癒もあるのだから腕がなくなってもこの世界なら普通生えてくる。当然の疑問だ。
しかしこれには理由がある。相手が上位者の場合、切られた際に強い魔力波を受ける。その魔力波によって自身の魔力が負けてしまい、回復阻害が起きるのだ。そうなると切られた腕などは元には戻らない。
しかしエリッサの場合はそれから20年後くらいに治療してもらったので腕は元に戻ったとのことだ。ただツグナオの傷はなぜか治すことができなかったという。これだけは原因不明だ。
「そして今でも国王陛下の名に入るHとはヒーローということで戒めの名だ。人民のための王であることを忘れぬように、やさしき王であり続けるために自分を戒めるための名だ。」
「その戒めの名が広まっているから勇者神ヒーローなんて呼ばれるんですか。ああ、それからなぜ初代は勇者王なんですか?2代目は勇者神なのに。」
「ああ、それは初代様が弱かったからだな。魔神と呼ばれるほどの実力はなかった。まあ一説によると死の間際はその影響力だけで魔神の地位についたらしいが、真偽のほどはわからん。2代目様は強いし影響力もあるから初代様の剣を受け継いでからは直ぐに魔神になったぞ。」
初代は実力不足で魔神にはなれなかったとのことだが、魔帝クラスではあったらしい。それだけでも十分偉業だ。
そしてなぜそこまでの影響力を持てたかといったらやはり遺産の剣の影響が大きいだろう。息子のファラスが戦争で儲けた金を仕送りし始めてから強くなったとのことだから、俺と同じように金貨で能力を解放して行くタイプの遺産だ。まあそれ以外の方法は知らないけどね。
おそらくだが、異世界から来た人間の中で一番成り上がった人物だろう。しかし100年戦争を終わらせて小さな町を今でも続く超大国に変えるとかどんだけだよ。そんなことを聞くと俺ってまだまだなんだと自覚させられる。
「すげぇなぁ…」
「本当に素晴らしいお方だよ。この国に住む人間は誰もがこの話を聞いて育つ。だからこの国の治安というのは世界有数、いや世界一安全だと言えるだろうな。そしてその影響で周辺国も安全…と言いたいところだが奴隷問題が起き始めているのが現実だ。」
「ああ、俺も数人奴隷を解放したことがあるけど…この国では割と珍しいことなんですか?」
「…内密にしろよ?実はこの国をよく思っていない超大国がある。法神のとこだ。奴らは神を信仰する。しかし俺たちは英雄信仰だ。俺たちは奴らからしたら異端だ。だから奴らは何かしらの嫌がらせをする。魔神同士の戦争はまた100年戦争を起こしかねないから、こそこそやってくるんだ。」
法神、魔神第3位で法国の法王だ。かなりヤバイ奴らしく、宗教統一戦争という名の他宗教の信者の大量虐殺など、悪逆非道の数々を並べていったら吐き気を催すほどだ。神のお告げだと言って国ひとつ滅ぼしたこともある。
そんな法神は嫌がらせとして超危険なモンスターを内密に誘導してこの国に送り込んでくることもある。討伐するのは簡単だが、少なからず被害が出る。文句を言おうにも証拠は一切残さない。奴隷問題も法神のとこのやつらによるものらしい。
「その上なんでもやばい研究をしているらしい。人体実験に合成獣の作成…禁忌と呼ばれることをどんどんやっている。だがあくまで噂だ。証拠はない。だが…十中八九間違いない。…証拠さえあればいつでもやってやれるんだけどな。今手を出したらうちが完全に悪いことになるから手を出せずにいる。」
「うわぁ…そうなんですか。以前あの国には近づくなって言われたけど理由がよくわかった気がします。」
俺の中で絶対に訪れない国というリストができてその堂々1位に法国が載った。俺が間違って法国の近くに行かないように簡単な世界地図を見せてくれた。それは10人の魔神の勢力図を表すものだ。
「お前が今いるのはここ、勇者神の本拠地だ。そして大きく勢力図を伸ばして…ここから海になる。海は勢力図がよくわからなくなっているが、魔神第5位の海神のものだと思っておけ、そして北方には魔神第7位の氷神、それからこの辺りの小島は監獄神の監獄だ。監獄神は犯罪者じゃない限り安全だ。罪の裁定者や裁きを下すものなんてやばい組織を束ねているが、はっきり言って法神と比べれば超絶まともだ。」
なんだかものすごく監獄神を擁護する。話を聞くと今代の監獄神は犯罪の被害者を中心とした組織を形成し、犯罪者は決して逃さないというのがお決まりらしい。たとえ相手が魔帝クラスであっても容赦無く捕まえて裁きを下すのだという。
そしてそんな彼らは被害者であるため、目が澱んでいたり暗い雰囲気の人間が多いらしい。しかし以前カイドルは話したことがあり、話してみると意外といい奴らだったという。ただ復讐を為すというその一点のためだけに生きているのでやばく見えるだけだという。
「もしも何かあった時は奴らを頼るといい。世界各地にメンバーが散らばっていてな、日々犯罪者を捕えているらしい。何か犯罪に巻き込まれた時は頼れば喜んで助けてくれるぞ。」
「めっちゃいい人…覚えておきます。それで…問題の法神はこの国から南東の方向ですか、間に一国ありますね。それに海もある。ただ…領域が広いですね。」
「奴らは神の試練だとか言って不毛地帯でも暮らしているからな。それに神の力とかで砂漠を畑に変えているらしい。真偽は不明だ。あの国に入って帰って来た知り合いはいないからな。」
ちょいちょい恐ろしいことを挟んでいる。この国にいる兵士は誰もが法神が嫌いらしい。まあそれもそのはずだ。法神の嫌がらせでこの国の兵士は少なからず命を落としている。
「ちなみに間にある国は魔神第9位の神魔のところだ。神魔は王ではなくその王の娘だが自由奔放だ。俺も一度会ったことがある。ちなみに神魔の国には法神も手を出さない。正確には一度手を出して神魔に大聖堂を吹っ飛ばされた。法神もやった証拠がないと暴れたが、神魔を相手にする馬鹿はいない。」
「前にも聞いたことあるんですけど…神魔ってそんなに強いんですか?」
「やばいぞ…なんせたった一人で魔神とその軍勢を凌駕する力を持っているからな。だから法神も手を出さない。神魔が本気を出せば法神の国は滅びかねない。だから法神は迂回してうちにちょっかいを出す。」
その後も色々と法神に関する愚痴を色々聞いたところで、時間が来たようだ。カイドルに案内してもらって研究所の所長たちと会うことを予定していた店まで到着した。
そこで到着早々また色々と質問攻めにされたり、逆に質問攻めにしてやったと思ったら質問攻めを食らうという酷い目にあった。飯はうまいが随分と疲れる会合だ。まあその成果として全所長から推薦状をもらうことができた。
これでとりあえずの目的は果たせただろう。まだ他にも推薦状がもらえそうな貴族がいるようなのでこれから1ヶ月間は色々回らないといけないな。
次回ナイト編です。