第169話 初代勇者王
「えっと…これはどういう…」
「細かいことは良い。手紙に全て書かれている。半信半疑だがあいつのいうことなら嘘じゃないはずだ。世界樹を見せろ。」
ああ、機密事項とか言ったのに普通に手紙で知らせているのかよ。一応この場所は国家機密の宝庫ということで情報漏洩が起きないように何重にも防衛魔法がかけられている。
勇者神も国家機密級の話し合いを行う場合はこの研究所の一室を利用するほどだという。まあだからと言って世界樹について話したくはない。世界樹のことが知られて下手な騒ぎになりたくないからこそ俺は機密事項だと言って彼らに話したのだ。
それが今や国家の研究施設の職員のほとんどに知れ渡っている。一度紹介状の内容を確認する必要があったな。今から誤魔化すのは難しいだろう。だからと言って黙秘すれば推薦状も何もなくなる。もう諦めるしかないのかな。
「お主がこのことを秘密にしたいことも書かれておった。だが我ら研究者にとって成長した生きている世界樹は何よりも宝じゃ。決して王にも知らせぬ。我らだけの秘密にしよう。だから頼む。」
「…わかりました。まあ俺も色々と不用意に見せすぎたのが悪いですからね。ただ下手な騒ぎにしたくないのでよろしくお願いします。」
俺はスマホから世界樹を出現させた。その瞬間どよめきが起きる。誰もが頬ずりをするように世界樹を観察する。1時間ほど観察したところでようやくある程度満足してくれたようだ。
「ありがとう。良いものを見させてもらった。このことは内密にさせてもらおう。ああ、それから釣りの映像?というのが良いらしいが…それはなんだ?」
「ああ、それはうちの商会で扱っているものですね。それはいくらでも見せて問題はありません。今見ますか?」
「いや、ここを出てからにしよう。ここで見聞きしたものは自動的に封印措置が取られるからな。ああ、それから推薦状を書いてくれという話も書かれておったが、用意しよう。研究部門、開発部門の所長全員に書かせる。」
おお、それはありがたいな。書き上げるまでに時間がかかるということなので夕食でも一緒にどうだと誘われた。その時に推薦状を渡してくれるということなので、喜んで同席することになった。
ではまた後でその店で集合ということにしようとしたら、いつの間にか社畜がスマホから出て窓から開発部の方を眺めていた。そんな簡単に機密情報を観るんじゃないよ。
「ほら、行くぞ。」
『社畜・すごいのである。あれは新造の巨大エンジンなのである。おそらく魔導列車のエンジンである。遠目だと詳しいことはわからないである。も、もう少し近くに…』
「お?なんだ、お前の使い魔はエンジンについてわかるのか?」
『社畜・前に魔動車のエンジンの設計にも携わったのである。従来の10倍以上の動力を得られたのである。』
社畜の発言に他の研究者たちも興味を持った。そこからはどういうことなのか細かい部分を含めた話し合いが始まった。社畜の新型のエンジンは確かに従来のものよりも良い。さらにこの英雄の国までの道のりで魔導装甲車による実証実験も行われた。
「なるほどな、従来品よりも複雑にはなるが…それなら魔力消費を変えずに馬力を上げられる。魔導列車に組み込めば…」
「単純計算で魔力消費は半分だ。そして馬力は軽く1.5倍はいける。…おい!開発を中止しろ!新しい図面を引き直すぞ。ちっこいの!お前も加われ、お前から得た技術だ。代わりに国の機密技術を教えてやる。」
『社畜・面白そうなのである。我が主人どの、少しここの技術を盗んでくるのである。』
「あ…ああ、なんかよろしく。補佐つける?」
さすがに社畜一人だと大変そうなので名無しの使い魔を一人つけておいた。国の秘密技術を盗んでも良いものかと思ったが、所長たちは俺の機密を聞いたんだからお互い様だということだ。機密よりも新技術の方が大切だという。
この人たち後で絶対に怒られるよ。確信できる。まあ俺としては得しかないので特に文句は言わない。俺は彼らが勝手に言い出したことだから〜…ということで片付ける。それでいこう。これ以上は付き合うのが面倒なので俺はその場を後にする。
俺は研究所を後にしてカイドルとマクベスと合流する。今日の夜は王城の近くの高級料理店で集合なので時間までこの辺りをカイドルに案内してもらうことになった。これ以上王城にいる必要はないのですぐに王城から出る。
「今まで何人か王城まで案内したことはあったが、お前みたいのは初めてだ。なかなか面白い体験をさせてもらったぞ。」
「それは良かったです。それで…今はどこに案内してもらっているんですか?」
「せっかくこの国に来たのにあそこに行かないのはダメだからな。ああ、見えたぞ。この国最大の観光名所、初代勇者王のオリハルコン像だ。」
カイドルに案内された先には大きな像が建てられている。その周囲には多くの人々が手を合わせている。その像は一生朽ち果てることのないようにオリハルコンで表面を塗装されている。それが初代勇者王ツグナオ・カナエの像だ。
俺がその像を見ているといつの間にか隣でカイドルが手を合わせて祈っていた。俺も慌てて同じように祈る。しばらくしてから目を開けるとカイドルは満足そうに頷いていた。
「やはりいつ見ても心が洗われる。ミチナガ、初代様の話は知っているか?」
「あ〜…すみません。本を買ったんですけどまだ読んでいる途中で…初歩的なことしかわかりません。」
「そうか!ならちょうど良いかもしれんな。もうすぐ…お、来たな。あそこで子供向けに初代様の紙芝居が始まる。大人にも人気でな、あの語り部はなかなか上手いぞ。」
大きな荷物を持った老人が現れ、何やら準備を始めると多くの人々が集まる。子供向けとは言っていたが、大人の方が割合的には多そうだぞ。すると準備を終えた老人は帽子を脱いで挨拶をする。
「本日も多くの皆様に集まっていただき感謝します。それではしばらくこのジジイの語りをお聞きください。初代勇者王様の物語の始まりでございます。」
その老人は語り出した。決して大きな声ではない。しかしよく通るいい声だ。誰もが口を閉ざし老人の話を聞き逃さないようにしっかりと聞く。初代勇者王、叶恵継尚の物語を。
異界から来たツグナオは何もない森の中に現れたという。その手には古ぼけた一本の剣を携えていた。その剣がツグナオの持つ力、遺産だ。
バリバリの戦闘系の能力、ツグナオ自身そう思った。しかしツグナオはその剣を振るう力がなかった。それもそのはずだ。ツグナオは利き手の肩と肘、さらに左足の膝を壊していた。小学生の頃に交通事故に巻き込まれた後遺症だという。
だからツグナオはその剣を杖のようにして歩いていたという。そしてツグナオがこの世界に来た時、世界は動乱の最中であった。のちにも語られる100年戦争の真っ最中だった。毎日のように戦争が起きていた。1つの戦争が終われば次の2つの戦争が始まるほどだ。
そんな最中に現れたツグナオは戦争で戦った影響で怪我をしたと思われていたため、人々から優しく接しられたという。毎日のように戦争で傷つく人々がいるこの世界では戦争で怪我をして帰って来たものは優しく接しられる。
そんな好遇を受けたツグナオはその恩を返そうと毎日誰かのために働いた。雨漏りで困っている老人の屋根を直し、子育てで疲れ果てている母親の代わりに子供の面倒を見た。そして食べ物がないと貧困にあえぐ子供には自分のわずかしかない食料を分け与えた。
時にはツグナオの生き方は馬鹿にされた。こんな時代にあんな馬鹿みたいな生き方をしていたら長生きはできないだろうと。しかしツグナオはそんなことは気にもしなかった。己の生き方を貫いた。
なぜそんな生き方をしたのかはのちに語られた。ツグナオはかつて本で、漫画で見たヒーローに憧れたのだ。馬鹿らしいことだとは思う。しかしそれでもこの世界で自分が自分らしくあるために、物語の中のヒーローのように頑張ろうと思ったのだ。
ヒーローはどんな困難でも自分を曲げない。弱者を助ける。自分がどんな苦境に立っていても助けを求めるものがいるのならば這いつくばってでも助けて見せると誓いを立てたのだ。
そしてそんな生き方をしているツグナオに徐々に人々は憧れて行った。馬鹿だなんだと散々言って来たが、ツグナオの光に魅せられていったのだ。そしてそんな困難な時代にツグナオは一人の女性と出会い結婚した。後の初代勇者王の妻、ガンガルド・エリッサである。
エリッサは鬼人族という戦闘種族であった。エリッサは戦争に巻き込まれ片腕を失っていた。すでに戦闘種族としての誇りは失っていた。そんな時に出会ったツグナオに、エリッサはその生き方に惚れてしまったのだという。
そして結婚した同時期に運命の出会いをする。その出会いは路地裏の一角、ゴミだめの上だったという。今にも死にそうな子供を見つけたツグナオはその子を拾い、我が子のように育てた。真っ黒な髪に真っ黒な瞳、そして出会った時に煤にまみれて全身黒かった子供はクロと呼ばれた。
これが後の黒騎士。初代勇者王、最強の騎士との出会いである。クロの剣の師匠はツグナオの妻、エリッサである。余談ではあるがクロはその際の訓練の影響でエリッサを目にすると体が固まったようにまっすぐ立ったという。
やがてツグナオとエリッサの間に子供が生まれた。その子供はとても強く、とても勇敢に育った。ツグナオのように優しい心を持ち、エリッサのように強く、勇敢な心を持った。その子は16で成人すると世界各地を巡り戦争を終わらせた。後の2代目勇者神ファラス・カナエ・H・ガンガルドである。
そしてファラスが世界各地で武功を挙げ、ツグナオに金貨を送り始めた頃から物語は大きく動き出す。大国同士の全面戦争が激化を始めたのである。その戦争はとてつもなく大きなもので、住む場所を失った人々は逃げ惑ったという。
そしてその頃からツグナオは覚醒した。逃げ惑う人々を束ね始めたのである。人々が安心して暮らせる安住の地を作り出したのだ。衣食住に困らぬようにツグナオは毎日奔走した。
しかしそんなツグナオをよく思わない人間は数多くいる。そしてある国がツグナオを殺すために3万の兵を集め、ツグナオが作った安住の地を襲わせたのだ。
ツグナオの元には戦争から逃げて来た人々が多い。だから戦うことのできない人々ばかりだ。それでもこの地を守ろうと千の兵士が立ち上がった。そしてそれを指揮するはクロである。
1000雑兵と3万の正規軍。結果は火を見るよりも明らかであった、筈であった。結果は3万の兵の大敗。1000の雑兵が強すぎたのだ。いや、クロが強すぎた。たった一人で2万の兵を倒してみせたのだ。そしてこの戦を境にクロは黒騎士と呼ばれるようになった。
それからも多くの国がツグナオを攻めた。しかしその度に黒騎士に返り討ちにされる。しかも敗れたものの中にはツグナオの軍門に降るものもいた。そんなことを10年も続けたある日、息子のファラスは久しぶりの帰郷を果たした。
しかしそこには元いた町はなかった。あるのは大国だ。ただの小さな町が巨大な大国すら凌駕しそうな超大国に変貌していた。そしてファラスの父親、ツグナオは国王として崇められていた。
そしてファラスが帰還したことで、今の世にも語り継がれる13英雄が誕生した。そしてそれから10年、たったの10年で終わることはないと言われた100年戦争は終わりを迎えた。
誰もがツグナオを崇めた。長きにわたる戦争を終わらせた真の英雄として。しかしその頃にはツグナオは70歳、すでにツグナオの体はボロボロであった。100年戦争が終わったが、ツグナオの人生もまた終わりを告げようとしていた。
そして最後の時、13英雄に妻のエリッサ。さらに最後の時を国民に知らせるために当時駆け出しであった記者のフレイドが立ち会っていた。そして13英雄の懐には1本の短剣が忍ばされていた。それはツグナオの死後、すぐに後を追えるようにである。
しかし13英雄はその短剣を使うことはなかった。ツグナオの、最後の一言がその短剣を使うことをやめさせた。
「私はもう直ぐ死ぬだろう。日々困難であったが、実に充実したよい生涯であった。死した後は本でも読んでゆっくりしよう。若き記者よ、頼みがある。そして友たちよ、皆にも頼みがある。」
その場にいる誰もがツグナオの最後の頼みを聞いた。それは臣下としてではない、英雄としてではない、兵士としてではない、ただの一人の友としてその頼みを聞いた。
「己が紡ぎし物語を聞かせておくれ。皆の天にも届くその物語を私に聞かせておくれ。私はそれをゆっくりと聞きたい、ゆっくりと知りたい。だから若き記者よ、彼らの物語を私にもわかるように、後の世にもわかるように記してほしい。多くに語り継がせておくれ、この国に住む我が子らが、いつか私の元に来た時に彼らの話を聞かせてくれるように広めてほしい。英雄たちの物語を…本にして語り継いでおくれ…」
誰もがツグナオの最後の言葉を聞いた。誰もがその願いを断ることはしなかった。ツグナオはその場で約束させると実に満足したようにその生涯を終えた。