第166話 魔導列車2
魔導列車出発の20分前、すでに駅周辺は大混雑だ。列車に乗り降りするものは一度に2000人近くいる。それだけの人数が一つの駅に集まるのだから大変だ。ただ乗車口と降車口は離れた位置に設置されている。これでも混雑はかなり緩和されているようだ。
しかし特に人数の多い格安車両の乗車口と降車口は大変だ。彼らは乗るときは早いもの順なので、良い席を取るために必死だ。降車口も混雑緩和のために駅員が大忙しで人を流している。
一般車両の乗客はすでに席が決まっているので優雅なものだが、それでも人数が多いので暑苦しそうだ。そしてそんな人々を俺たちは上から見下ろしていた。
「いや〜…特別車両は最高だな。ありがとよミチナガ。こんな経験もう今後は味わえないだろうからな。」
「喜んでもらえて何よりだ。それよりもまさか特別車両の客は時間になるまで特別室で過ごせるなんてな。しかもドリンスサービスつきだ。」
時間の30分前に着いた俺たちはその場で待とうとしていると駅員が現れ、特別車両の乗客ということで駅構内の特別室に案内された。リクライニングチェアに腰をかけ優雅に酒かジュースを飲む。ちょっとしたお菓子までついているという最高のサービスだ。
さらに列車に乗り込むのは出発の10分前で良いという。他の乗客は我先にと必死に乗り込んでいるのになんとも優雅だ。もうさっきから何回優雅って言ったっけな。まあ優雅だし最高だからしょうがない。
ちなみに魔導列車の一駅あたりの停車時間は30分だ。その間に乗り降りをするということなのだが、さすがに長すぎないか?もっとスピーディーにやれば10分くらいで乗り降りが終わりそうなものだけどな。
「皆様にお知らせします。出発の10分前となりましたので、これより魔導列車の方へご案内させていただきます。」
「お、もう時間か。おい全員起きろ。特にガーグはなんとかしろよ。酒飲み過ぎて途中で降ろされたら俺知らないからな。」
もうガーグにナラームは酒を浴びるように飲んでいる。タダだからって飲みすぎだ。特にガーグはまだまだ飲み足りないとまだ酒を飲もうとしている。もうどうしようもないのでマックに任せることにしよう。
案内されるまま進んで行くと床が動き出した。これにはちょっと驚いた。こんなエレベーターのような技術もあるんだな。どうやらここでは他の国では見られない様々な特殊技術が使用されているようだ。
まるでお上りさんのようにキョロキョロと見回していると通路が急にガラス張りになった。そこからは駅構内の全貌が見渡せた。
「で、でけぇ…これが魔導列車?もう客船レベルだぞ。」
ガラス張りの通路の眼下にはとてつもなく巨大な列車があった。横幅は20mかそこらはあるだろう。それに高さも20mは軽くありそうだ。なんという規格外の列車なのだろうか。というかこんなものがまともに動くのだろうかという思いの方が強い。
ガラス張りの通路の先には多数の改札口が並んでいた。そこに切符をかざしてやると再び足元が動き出し、列車の後方へ移動して行く。どうやらここで自身が乗る車両に移動させられるらしい。俺たちが乗るのは車両の最後尾から3番目だ。
車両は4階建となっており、1階と2階が格安車両、3階が一般車両、最上段の4階が特別車両ということになっている。ちなみに最後尾の車両は超特別車両となり、3階建で温泉やプールがついているとのことだ。なんとも贅沢な。
俺たちは自身の車両に到着したのちに、案内のもと自身の席へ移動する。混雑しないようにすぐに席に座る。座って驚いたが、その席は柔らかすぎもせず硬すぎもせず実に良い塩梅の最高の椅子だ。あとでメーカー調べてここの椅子を一つ買っておこう。
しっかりと座り心地を確かめ、辺りを見回してちゃんと俺たちが全員集合できていることを確認する。そしてウェルカムドリンクをもらったところで列車は動き出した。この魔導列車の動き出しは滑らかに滑るように発車するので動いたことに気がつかないくらいだ。
「おお、結構速いな…あ、ポチに社畜にアルケまで…みんな興味津々か。」
『ポチ・すごいね!あ、そこのお姉さん。僕にも飲み物を。』
『社畜・これが魔導列車であるか。いたるところに強化の魔法陣が描かれているのである。これだけの魔道具を用いているのにその魔力は一体どこから…気になるのである。』
『アルケ・魔法錬金の技術が高いよ。あんな装飾できないよ。』
その後もポンポンと入れ替わり立ち替わりで使い魔達がやってくる。こいつらも楽しんでいるようだ。しかし使い魔に飲み物を渡そうとしている乗務員は戸惑っている。
まあそうか。この使い魔は普通別料金だよな。とりあえず金貨を1枚渡しておいたらその後はニッコリと使い魔にも飲み物や食べ物を提供してくれた。
『アルケ・車両の前に展望デッキあるよ。』
「お、そんなのがあったか。じゃあちょっと行ってみようか。」
いつのまにかその辺を探索している使い魔からそんな情報が寄せられた。どうせなので近くにいたマクベスも誘って一緒に行ってみた。途中、乗務員に聞いてみると、アルケの言っていた展望デッキとは、どうやら列車が襲われた時に兵士が戦うための場所らしい。
平常時は一般開放もされているということなので早速登ってみる。風除けの魔法が施されているらしく、車内にいる時と気温などは変わらない。しかし眺めは最高だ。周辺を一望できる。
この辺りは農耕地帯のようで畑が広がっている。遠くには山々も見えるな。実に良い気分だ。しばらくそこからの景色を楽しんだのちに再び席に戻る。マクベスはもう少し眺めていたいということだったので、同じく景色を楽しみたいと言ったピースを預けてきた。
席に戻る道中は座っている他の乗客に目を向ける。間違いなくほとんどが貴族だろう。なんともゴテゴテとした服装の人々が多い。あそこの静かに酒を飲んでいるのは軍人かな。その隣は俺のような商人みたいな感じだ。すると一人の男性乗務員が目に止まった。その姿に俺は思わず凝視してしまった。
「お客様?いかがなされましたか?私に何か?」
「あ、いや別に…ただ強そうだなぁ…って思って。」
「ありがとうございます。私はこの車両の護衛を任された車両警備隊ですから。皆様の安全を守るためにはこのくらいの力は必須です。」
最近、俺はそこそこ目が鍛えられていると思う。なんとなく強い弱いの判別ができるようになってきた。まあ俺からすれば誰もが強いのだが、その中でも格が違う人間がわかるようになってきた。まあ全部が全部わかるわけではない。
しかし決して俺の眼力がすごいのではない。普通の一般人なら誰でもわかるようなこいつやべぇ、という人がわかるようになってきたということだ。つまりこの世界に徐々に慣れてきたということだ。
これはちょっと嬉しくもある。ちなみに俺がやばいとわかるのは魔王クラス以上だけだ。つまりこの人はそういうこと。
しかし列車の警備隊に魔王クラスを配置するなんて、どれだけ豊富な人材なのだろう。俺も早いところ魔王クラスの護衛を雇いたいものだ。しかし魔王クラスの人間はほとんどが貴族の召しかかえで雇うことは難しい。
例えばだが、魔王クラスの冒険者などは、そのほぼ全員が誰かしら貴族のお抱えだ。フリーの魔王クラスの冒険者というのはまずいない。そのせいで冒険者ギルドではS級のモンスター討伐依頼がこなせないらしい。
だいたいS級のモンスター討伐依頼というのは国家クラスの案件だ。俺のようにナイトがホイホイ倒して素材をゲットできるというのは珍しい。しかも俺はS級のモンスター素材を冒険者ギルドに売り渡している。だから冒険者ギルドで俺はVIP扱いになっているのだ。
しかし冒険者ギルドというのにモンスター討伐ばかりなのはいかがなものだろうかと少し思ったことがある。だがこれには理由があるらしい。そもそも冒険者ギルドを創設したのは冒険神という魔神だ。
初代冒険者ギルドのギルドマスターであった冒険神は未踏破区域であった地域の地図を作成し、未知を既知に変えた。初めのうちはそんな冒険神に憧れ、多くの冒険者が集まったという。しかし多くの人間が未知を既知に変えればやがて未知はなくなる。
そんな時に現れたのが狩神という魔神だ。狩神は多くのS級やSS級のモンスターを討伐して売り渡したという。そのおかげで当時のモンスター製品事業が大きく進歩した。そしてそれに習うように今の冒険者たちはモンスターを討伐するようになったという。
冒険神と狩神は今でも冒険者ギルドで尊敬と憧れの対象として語り継がれている。それから今でも未踏破区域を探している冒険者というのがいるらしい。そんな彼らは冒険家と呼ばれる。だが人数も少なく、あまり知られていない。だがそんな彼らは誰もが魔王クラスの実力者だという。
未知に挑戦するというのはそれだけで大変なのだ。実力がなければ生き残れない。かなりシビアなことだが冒険家たちはそれが生きがいなのだという。冒険家と呼ばれるのもこれが理由だ。冒険こそが彼らにとって家なのだ。
そのうち会って話がしてみたいものだがまあ難しいだろうな。彼らはナイトと同じように人前にはそうそう姿を現さない。だけどナイトだったらそのうち会うかもしれないな。その時は使い魔経由で話だけでもしてみよう。