第145話 植物展2
「待たせてしまってすまないね。もう夕食どきから随分遅れてしまっただろ。」
「大丈夫ですよ。おかげで料理の試行錯誤が随分できましたから。」
ルシュール辺境伯及びエルフの一団は9時過ぎになり、ようやくやって来た。もう来ないのではないかとリカルドは言っていたのだが、待った甲斐があった。一通り挨拶をすませると早速食事が始まったのだが、ここで問題が起きた。
「え、そんなに偏食なんですか?」
「ええ、エルフは偏食家が多いんですよ。彼は根菜類を一切食べませんし、彼はフルーツしか食べません。ですから食事は自分たちで用意したものを食べますよ。」
「い、いえ…何とかしてみましょう。」
一人一人に合わせた料理か。シェフにそのことを伝えるとそのくらいなら何とかなると頼もしい回答が来た。しばらく待つとすぐに食事を持った使い魔たちが現れたのだが…
ミチナガ『“おい、ただの生野菜と生のフルーツじゃんか。”』
シェフ『“エルフはあまり調理されるのを好まないってルシュール様が言ってたの聞いたからあえてだよ。なんか信仰の関係とか色々あるらしいから。”』
まあそういうことならそうでいいけど本当か?と、思ったらエルフたちの表情を見る限りまんざらでもないようだ。リカルドは俺のことを何やってんだって表情で見ているけどまあ問題無い様だからいいだろう。すると1人のエルフが微笑んだ。
「人はどうにも調理をしたものを提供したがるが我々にはこの方がありがたい。よくエルフを理解している。ルシュールの影響かな?」
「ええ、以前ルシュール様から教えてもらいまして。どれも新鮮なものを用意しました。そのフルーツはアマラードという村で今季初収穫した南国のフルーツです。」
「アマラード…火の精霊のいる村か。通りで果物から精霊の力を感じる。ん?…このベリーは…森の精霊の力…それも強い力を感じる。」
『シェフ・それは森の大精霊の恵みをいただいたものです。冬の寒さにも耐え、甘みを増したものとなっています。』
「おお!大精霊様のか。大精霊様とつながりがあるのかね?」
「ええ、うちの使い魔の1体が弟子入りしたんです。」
どうせなのでドルイドを呼んでみるとすぐにやって来てくれた。現れたドルイドは何というか…雰囲気が違う様に感じた。修行の成果でも出ているのだろうか。するとエルフたちはドルイドを見た途端席を立ち上がり、頭を下げた。その中にはルシュール辺境伯もいる。
『ドルイド・…頭……上げる…我が名は…ドルイド……森の大精霊…弟子なり……』
「エルフ、トゥルーリヤ氏族氏族長、トゥルーリヤの森の守護に当たらせていただいているトゥルーリヤ・エンデウスと申します。この場で出会えたことを、精霊の導きに感謝いたします。」
あまりの出来事にぎょっとしていると、ドルイドはエルフたちを席に着かせた。俺はあまりの事態にどういうことなのかルシュール辺境伯に聞くとエルフには精霊信仰が根強くあるらしい。ドルイドは強い精霊の力を持っているため、彼らにとって信仰する対象となる様だ。
「精霊とは自然の一部です。精霊がいるかいないかでその土地の価値が大きく変わります。精霊のいる土地は特別な環境になり、栄えるでしょう?だからこうして精霊信仰は根強くあるんです。」
「我々エルフは半精霊となることを大きな目標にしている。半精霊となればエルフの中で永遠に語り継がれるほどだというのに…このルシュールは半精霊になる事を辞め、力を求めた。」
「まだそれを言いますか…半精霊になれば確かに良いかもしれませんが、それは大きな危険を伴います。それこそ完全に精霊と化してしまえばもう人間ではいられなくなる。存在も自然に溶け込んで消えてしまう危険なものなんですよ。私はそんな危険を冒す気はありません。」
半精霊となるためには50年近くの特別な修行が必要で、成功する確率は10%にも満たないという。それでもエルフの多くは半精霊になるための修行をしているとのことだ。そういや前に妖精の隠れ里でルシュール辺境伯を半端者って妖精が言っていたけど、この半精霊のことなのか。
しかしそんな危険なものだとは知らなかった。うちのドルイドは大丈夫か?まあドルイドの場合、大精霊の力を体内に貯蓄してそれを行使するだけだから平気なのかな?今もおそらく修行の一環で体内に大精霊の力を保持しているのだろう。
「ああ、半精霊といえば精霊蜂の蜂蜜があるんですけど食べますか?多少なら用意できますけど。」
「おお!それは良いな。精霊蜂の蜂蜜が嫌いなエルフなどいない。」
そういうことなら早速出そう。毎日少しずつ精霊蜂からもらっている蜂蜜が多少溜まっているのだ。俺も今日ようやく食べられるかもしれない。瓶ごと取り出して小皿に取り分けて渡してやるとなぜかエルフたちの動きが止まった。そしてこちらを凝視して来たではないか。
「これは精霊蜂の蜂蜜ではない。」
「え!?いやいやいや…そんなわけないですよ。本物ですって。俺嘘なんか…」
「いや、これは確かに精霊蜂のものではない。これはどういうことだ。…ルシュール。」
「わかりました。」
そういうとルシュール辺境伯から発せられた何かがこの部屋を覆い尽くした。おそらく結界か何かだろう。俺を逃げられない様にするため?一体何をされるんだろうか。
「ミチナガくん。この場は完全に結界で覆われました。外部には一切情報は漏れません。それから誓約の魔法もかけました。この場で得た事を外部には決して話すことはできません。だから聞きたい。これは一体なんですか?私たちもこんなものは初めて見ます。これは…モンスターなどで言えば上位種という感じですね。ですが精霊蜂の上位種など聞いたこともありません。」
「えっと…俺にもどういうことか…ちょっと待ってもらえますか?」
俺はすぐにスマホを操作して使い魔のビーに連絡を取る。するとすぐにビーがスマホから出て来てくれた。そしてそこには精霊蜂がついて来ていた。大きさは使い魔と同じくらいだ。白くもふもふとした綿毛がついており、気品に満ち溢れている。
その出て来た精霊蜂を見たエルフたちはわなわなと震えている。その表情が表すものは驚愕、まるで…そう、例えるならばUFOが目の前に着陸して宇宙人が気さくに挨拶して来たら俺もきっとこんな表情を取りそうだ。そのくらいあり得ないという驚きがエルフたちから感じ取れる。
「そ、そんな…まさか……だが…あり得ない…しかし…」
『ビー・こんにちは。養蜂家のビーです。ご用がある様なのでこちらの方に来てもらいました。女王蜂の代理の方です。私は通訳も努めますのでよろしくお願いします。』
「聞きたい…あなたの種族は…」
『ビー・人からは精霊蜂と呼ばれる。我々を表す言葉はあなたたちの方が詳しい。我々にとって種族とは関係ないものだ。だそうです。』
まあ種族なんて人間側が勝手につけたものだからな。喋れるからってインコにあなたの正式名称はって聞いても知らないだろうし。人間だって正式名称答えてくださいって言われても困ることあるだろ。聞かれたことはないけどね。
「そ、そうだ…確かにその通りだ。そのお姿を近くで見させてもらってもよろしいですか?」
『ビー・構わない、だそうです。ああ、こっちから近づいてくるのでその場で待っていて欲しいとのことです。』
精霊蜂はそのまま飛んでエルフたちの元に近づく。するとなぜかは知らないが何人かが泣き出してしまった。うっすらと涙を流すのではなく号泣だ。咽び泣いている。やがて精霊蜂は飛んだままこちらに戻って来た。
「ありがとう…本当にありがとう。そして言いたい。我々の知識ではそれは精霊蜂ではない。その上位種、いや、起源種と呼ばれるものだ。名前すら残っていないほどの太古の昔に存在していたと言われるものだ。確証はない。だがそうだと我々の中の何かが訴えかけて来ている。」
「太古の昔にはこの世界には生物はほとんどおらず、精霊だけが暮らしていたといいます。やがて世界に生物が多く住むようになった時、暮らしていた精霊たちは世界樹の中の国に移動したと言われています。そしてその精霊は…聖霊と呼ばれ、他の精霊とは一線を画す存在と言われていました。ミチナガくん、この精霊蜂は…いや聖霊蜂はそういう存在なのです。」
今の話を聞いてどういうことなのか理解した。つまりはあれだ。精霊蜂を世界樹の中の聖国で育てたことによって進化してしまったのだ。より上位の存在に。そんなことになっているとは全く知らなかった。
俺は本来の精霊蜂を見たことがない。まだ世界樹がない頃にスマホの中へ精霊蜂が来た時は巣を作っている作業中で俺も特に気にしていなかった。だから俺が知っているのはこの進化した状態の聖霊蜂と呼ばれる状態なのだ。しかしまさかこんなことになるとは思いもしなかったわ。
「そんなことになっているとは全く知りませんでした。そのような知識をありがとうございます。」
「いいんですよミチナガくん。まあそこから言えることは…世界樹、持っていますね?」
「あ〜…あははは…きょ、許可はもらっていますよ。……見ますか?」
その瞬間大きくざわついた。そんなことはあり得ないと他のエルフたちは思っているのだろう。ルシュール辺境伯だけは何か感づいていたのだろう。特に動揺した様子はない。ちょっと握りこぶしが先ほどよりも固く握り締められ、手を震わせているだけだ。
俺はスマホから世界樹を出現させる。なんかこうして何度も世界樹を出し入れして来たのでコツを掴んで来てしまった。華やかな感じに世界樹を出現させるとエルフたちは呆然としたまま立ちすくんでいる。そしてやがて1人、また1人と世界樹に祈りを始めた。
自然を愛し、精霊を愛し、信仰するエルフたちにとって世界樹とは神に等しい存在だ。その祈りはなんとも厳かで荘厳だった。すると世界樹はその祈りに応えるかのように一本の枝葉を落とした。
『ドルイド・……枝葉…供える……感謝…』
「えっと…その枝葉をあなたたちの国で供えて欲しいそうです。あなたたちの気持ちに応える感謝の気持ちだと言っていますね。ドルイドは植物の気持ちがわかるんですよ。」
「おお、そのようなことを仰っていただけるとは…我らトゥルーリヤ氏族、その任、確かに任されました。一族の家宝として…いや、エルフの国宝として未来永劫守り抜くことを誓います。」
その途端トゥルーリヤから何やら虫のようなものが発生する。それはよく見ると文字のようにも見えた。そしてその文字のようなものは発光すると消えて無くなってしまった。しかし何かを感じる。このトゥルーリヤの誓いは必ず果たされるだろう。今の現象はきっとその誓いを確約するために自身に課した約定なのだろう。