第140話 周年祭
あれから1週間が経った。ウィルシ侯爵は3日間毎日のように釣りをして皆でバカみたいに騒ぐととても満足した様子で帰って行った。その際に使い魔と眷属を何体か連れて行ってもらった。ウィルシ侯爵と数人の貴族はこれでいつでもアンドリュー子爵の動画が見られると喜んでいた。
ただそれだけでは俺に旨味がないのでいずれウィルシ侯爵の領地などで使い魔たちに店を開いてもらう予定だ。俺が一度も訪れたことのない土地で店を開くと言うのは実に不思議な感覚だが、使い魔たちに任せておけば問題ないだろう。なんだかんだあいつら俺より優秀なとこあるし。
俺はというと今日も書類整理だ。まあこれでも少しずつやる分が減ってきた。教会前の道路工事はすでに完了し、現在は俺の店と子供達の学び舎と宿舎の建設だ。それからブラント国での道路工事と牧場建設の書類も来ている。それら全ての書類整理をこなしている俺ってすごい!うん!だから少し休みたい!
「それにしてもやっぱり雪のせいで建物の方は建設遅れてるなぁ…元々道路が完成するまで人の出入りが難しかったし…この調子だとやっぱり……この辺りが完成するの俺がこの国出て行ってからか。なんか悲しいな…オープンセレモニーみたいなのだけはやってから出発したいな。」
「ミチナガせんせー!シスターが呼んでるー!」
「シスターが?わかった今いく。それからちゃんとノックしろって言ってるだろ?」
シスターに呼ばれるなんて一体なんなのだろうか。シスターを探すとハジロも集まっている。それにマック達までいるではないか。一体何事だ?
「ああ、ミチナガさん。どうやらもうすぐ大晦日のようですよ。こちらでは周年祭というお祝い事をする日のようです。」
「あ、もうそんな時期なんですか…。葉白さんも初めてですか?」
「ええ、なかなか賑やかに1週間かけてやるお祭りのようです。その件でシスターがお話をと。」
「すみませんミチナガ様、お忙しいと言うのに。周年祭はこの世界の始まりの日から1年が経ったという実に喜ばしい日を祝うものなのです。人々にとってはこうして1年生きることができた、また翌年も幸せな1年が訪れるように祝うのです。それで子供達にも何かしてあげたいのですが…お願いできませんか?」
なるほどね、そんなに良い日なのならば何かうちでもやろうじゃないか。すぐに許可するとそれは喜んでくれた。それでその周年祭は一体なにをするのか聞いてみると特に決まってはいないようで楽しく飲み食いをするだけだそうだ。
「1週間丸々祝う必要はないのです。どこか一日だけで良いので…何か特別なものを…」
「まあ1週間毎日やると途中からありがたみも何もなくなりそうですからね。…年末と年始だけ、計2日間やりましょうか。だけどなんかそれだけだとつまらないな…何か…何かないかな…」
「俺ら冒険者なんかだと周年祭は食えるモンスターの狩猟依頼が増えて稼ぎ時だ。だけどそれくらいで後は普通に飲み食いするだけだぞ。そこまで気にする必要はないんじゃないか?」
「私達は年末と言ったら大掃除でしたよね。それにクリスマスもありますか。お正月には初詣に…お年玉ですかね。」
「大掃除…クリスマス…正月にはお年玉……いけるか?…やってみるか。シスター、周年祭はいつ頃から始まりますか?」
「後2週ほどです。すみません、お忙しいと言うのにこんなギリギリで…」
確かにギリギリだが、俺も随分と忙しかったからどちらにせよ手をつけるとすればこれからじゃないと無理だもんな。スマホを使って使い魔達と連絡、及び会議をする。色々話し合った結果、まあできないことはないようなのでお試しでやってみよう。
「ミチナガさんは何か妙案でもあるようですね。一体何をするんですか?」
「ちょっと原点回帰ですかね。それといろいろくっつけたのをやってみようと思いまして。ああ、シスター。周年祭の1週間の間、子供達の予定は全て借りますよ。よろしいですか?」
「ええ、よろしくお願いいたします。」
それから色々と準備と仕事をこなすこと2週間。ついにきた、周年祭だ。どんな感じかと思っていたら結構なお祝いのようだ。すでに1週間前から街の雰囲気がガラリと変わりお祝いムードだ。そんな中、俺は子供達を教会の一箇所に集めていた。
「えー…今日から街では周年祭が始まっています。君たちには今まで関係ないことだったかもしれませんが今日からは違います。とはいえ全員にこれから1週間ご馳走を出すわけではありません。知っていると思うけど俺は商人だ。だから商人という立場としてこの周年祭をみんなに迎えてもらいます。上級生の皆さんは今日から露店を開いてもらいます。そして売り上げの一部を年初めにみんなにあげます。下級生の子達は今日からこの教会と街中の掃除をしてもらいます。頑張った子にはちゃんとお小遣いをあげます。」
俺が考えたのは子供達に働いてもらってその頑張り分だけお小遣いをあげるというものだ。まあ普通に働いてもらうってことだな。単純な施しだけではなく、将来のために働き方を少しずつ教えていくのだ。
この子達は孤児なので普通に働いたことがない。というか働かせてもらえるところなんてない。孤児というのは信頼がないからな。だからこうやって少しずつ俺のところで色々と実践的に学んでもらおう。
正直こんなことをしても子供達は喜ぶか分からなかったが、反応はすごい大喜びだ。今まで人生の中で自由に使えるお金なんてなかったからな。それがもらえるというのは嬉しいのだろう。その場で早速班分けをして一つの班につき1人の使い魔、または眷属を貸し出した。
商品の提供と売り上げの確認などは全て使い魔達に任せる。俺はノータッチだ。まあ子供達に危害が加えられそうになった時は色々手を出させてもらう。なんせ俺はこの国の子爵だからな。ちょっとした問題はすぐに片がつけられる。
そこからの子供達は早い。すぐに街へと繰り出して行った。下級生と呼ばれるのはまだ10歳未満の子供達だ。彼らにはすぐに掃除にとりかかってもらう。教会の掃除と街の掃除をする2つの班だ。あらかじめ使い魔達と打ち合わせをしていたので行動は早い。
さてと、これで静かになったな。じゃあ俺はまた書類の整理でも始めるか。俺も周年祭で遊びたいけど仕事がたまりすぎて遊べない。なんとか年末年始くらいは遊べるように頑張らないと…
「よし、俺らはこの辺にしようぜ。使い魔先生、いいですか?」
『ポチ・他の商店の邪魔にもならないし…うん!問題ないよ!早速準備しよう。』
8人組の子供達は急いで準備を始める。商品が汚れないようにシートを広げ、のぼりを立てる。そこにはミチナガ商会周年祭記念支店と書かれていた。どんな商品を売るかは子供達次第だ。お菓子ばかりを売るものもいれば工芸品のようなものばかりを売る子もいる。
「じゃあ何売る?俺は食い物が良いと思う。安定して売れるぞ。」
「確かに…工芸品とかは単価が高いけどなかなか売れそうにないなぁ。」
「わ、私、お菓子売りたい!いろんな子に美味しいお菓子食べて欲しいの。」
「お菓子は売れそうだけど一つ当たりの値段が高いぞ。…原価ギリギリにすると売り上げ悪くなるし…」
「私はお菓子賛成。原価ギリギリで行ってみようよ。こんなお祝いなんだから子供だって楽しみたい!」
「…それなら実演販売とかどう?値段安くても俺らの腕ならそんなもんだからってことで理由つけられるよ。」
「この前授業でやったやつか!確かに下手にいちゃもんつけられずに済むな!」
「使い魔先生!どうでしょうか?僕たちだけでもやれますか?」
『ポチ・なんとかなるでしょ!みんなの意見を尊重するよ。じゃあ早速それで用意しよう。』
早速準備を始める。この時のために色々と簡易的な調理台なども買い揃えておいた。ポチは子供達でも簡単に、かつお安くできる甘いお菓子を考えた。そこでポチが思いついたのはクレープだ。生地はこちらで作ってしまい、焼くのだけを子供達に任せる。
クレープの生地は砂糖少なめにし、なるべく材料費を安くする。一度に使う量なんてたかが知れているのでそこまで原価は高くならない。そしてトッピングは街でも普通に買えるフルーツやジャムなどだ。使う量を減らせばかなり原価を抑えることができるだろう。
それから多少値段は高くなるがカスタードクリームや生クリームも用意しておいた。多少金持ちの親をターゲットにした商品も用意しておくことで幅広い層に人気が出るだろう。早速子供達にやらせてみると思いの外うまく焼けている。
実は授業で調理実習なんてものも始めている。授業に取り入れた調理実習は結構人気だ。自分たちで食事を作るというのは結構楽しいらしい。何人かは将来の夢が料理人になることだということなので授業外でもシェフに特訓をつけてもらっている。
早速焼いたものに子供達は思い思いのトッピングをしてそれを頬張っている。なんとも幸せそうだ。だがこの分の料金はしっかりと売り上げから引いている。これは授業でもあるが、本気の商売なのだ。甘いことは言えない。
しかし今こうして食べたことで子供達はしっかりとその味がわかった。自分たちが売っているものがどういうものかわかったことで子供達は売り込みがしやすくなる。早速準備を終えると売り込みを始めた。
「ミチナガ商店周年祭の記念展ですよ〜!特別価格でご提供しています。」
「一枚銅貨2枚です。トッピングは別料金でお好きなものが選べます。いかがですか〜」
子供達が売っているということで何人かの大人はこちらを見るだけでどこかに行ってしまう。子供ではろくなものを売れないと思い買ってくれないのだろう。そんな中一組の老夫婦が子供を連れてやってきた。
「若いのに頑張るねぇ、うちの孫と変わらない。一つ貰おう。トッピングも選べるのか…何かオススメはあるかな?」
「予算とお好みによっても大きく変わりますが…少々値は張りますがこちらの生クリームとベリーを合わせたものは美味しいですよ。ふんわりとした食感と甘酸っぱさが病みつきになります。」
「ではそれを貰おう。」
すぐに用意し、トッピングも乗せる。よくある日本のクレープのように手巻き寿司のような包み方をしたクレープではなく中に入れて折りたたんだものだ。包装を簡易的なものにしてなるべく費用を抑えるためだ。
老夫婦に渡すとすぐに孫に渡した。孫は怪訝な表情だが、一口食べるとその美味しさに目を丸くした。そのままあっという間に丸々ひとつ食べてしまった。
「おじいちゃん!もう一個欲しい!お願いお願い!」
「あらあら、そんなに美味しかったのかしら。おじいさん、どうせでしたら私たちも。」
「そうだな、ではもう3つ貰おう。今と同じのを頼む。」
「ありがとうござます!」
そこで子供が良いサクラになってくれたおかげで徐々にお客さんが集まってきた。昼過ぎにはちょっとした列もできたりした。子供達は大忙しだがどこかやりがいを感じているようだ。やがて日が沈む前に店じまいをして教会に帰って行った。
「俺たちが一番売れたんじゃないか?」
「「「だね!」」」
教会に戻り、みんなと話をして知ったのだが、その日クレープを売っている班は他にも10組ほどあったという。皆実演販売をやってみたいということで皆クレープを売っていたのだ。売り上げはどこも順調のようだ。
それから1週間、皆思い思いの商品を売ってお金を稼いだ。子供達は自分たちの売っているものがお金を払って嬉しそうに買われていくのを見てとても不思議な気持ちになったという。それは孤児のままでは決して感じることのなかった感情だ。
やがてこの経験は子供達に大きな影響を与え、将来を大きく変えることとなる。子供たちの人生がミチナガとの出会いによって大きく変わったのだ。やがてその子供達の大きく変化した人生は、ミチナガの人生にすら大きく影響を与えることになるのだが、それはもう少し先のお話。