第137話 動き出す
「おや、確かミチナガ商会の人だったね。今日はどのような用件かな?」
「は、初めましてアンドリュー子爵様。実は店長からこの方を連れてくるようにと…」
『名無し・こんにちは!ミチナガのとこの使い魔です!実はアンドリュー子爵にお願いがあって来ました。』
アンドリュー子爵の元にミチナガ商会の店員であるメリアとワープによって転送されて来た名無しの使い魔が来ている。用件はもちろん動画撮影のためだ。さらに場合によってはこの屋敷にこの使い魔の拠点を作りたいとまで考えている。まあそこまでうまくいかないだろと思ったら話がホイホイ進んだ。
「まさか他国で私の釣りの映像が流れているなんてお恥ずかしいですな。しかし釣りに興味を持ってもらえるのはとても嬉しい限りです!私で良いなら先生のために、釣りのために、一肌脱がせていただきましょう。」
『名無し・ありがとうございます!では早速なのですが、釣り道具の説明とかの映像もお願いできますか?それから試作品の釣竿を見てもらいたいんです。』
「おお!新作ですな。どれどれ…う〜む、硬いロッドですね。丈夫そうですが魚種が限られる…どうせでしたらいくつか柔らかいロッドをお願いできませんか?そちらの方がこの辺りでは使い道が多い。それから毛針用のロッドも欲しいですな。」
いくつか情報を出しながらすぐに新作の話し合いが進んでいく。もちろんミチナガ商会の店員メリアは全く何のことかわからない。というかさっきからこの目の前にいる使い魔が気になっているようだ。
メリアはもちろんミチナガのことを知らない。だからメリアにとっての店長とはムーンの眷属のことなのである。ナイトのことも知ってはいるが、あれは用心棒的なものだと思っている。だからこの目の前にいる使い魔は店長の仲間であるようだが、一体何なのか気になっているのだ。
そんなメリアの視線に気がついた使い魔はポコンと眷属を生み出す。メリアはそれに驚いたが、その眷属がクッキーを差し出してくれたのでお礼を言いながら受け取る。何とも不思議な光景だ。そうこうしているうちにある程度話がまとまった。
『名無し・それでは今まとまった話からいくつか試作品を作ってみます。それで…撮影はいつ頃できますか?』
「何なら今から撮りましょう。今日は毛針を作ろうとすでに準備をしていたところなんです。」
『名無し・良いですね!ではすぐに取り掛かります。』
すぐに場所を移動して撮影を開始する。メリアはどうして良いかわからずにいるのだが、とりあえず目の前の眷属が紅茶を出してくれたので紅茶を飲む。一体どこから出してくるのだろうと不思議に思うが、紅茶が美味しくてそんな些細な疑問などすぐに忘れてしまった。
それからしばらく撮影が続き、楽しくなってきたアンドリュー子爵は他にもどんどんと色々なことをやってみせる。その一部始終を全て撮り逃さないように使い魔はしっかりと眷属を配置して撮影している。
やがて一度休憩を挟むことにしたアンドリュー子爵はメリアの前に再び座った。メイドや執事が休憩用に飲み物を持ってくるが、お茶菓子は使い魔が提供している。手土産のつもりなのだろう。アンドリュー子爵はそのお茶菓子をつまみながらミチナガの近況を使い魔から聞いている。
「先生を世界貴族にですか。それは素晴らしい。もしも私の力が必要な時はいつでも言ってください。先生のためならばいくらでも助力しますぞ。」
『名無し・ありがとうございますアンドリュー子爵。その時は是非ともお願いします。』
「あの…すみません。その……ミチナガ様…というのはどのような方なのですか?うちの店長の…親?のようなんですが…」
メリアが当然思う疑問。しかしそれはまずかった。アンドリュー子爵のスイッチが入ってしまった。ミチナガによってどれだけ人生が変わったか、ただ釣りをするだけでなく道具も種類が増え、好きだった釣りがさらに好きになってしまったと。アンドリュー子爵のミチナガを褒める言葉は止まらない。
「例えば先生に教えていただいたこのスプーンというルアー。このルアーなんて普通は魚が釣れると思わない。しかし先生に言われた通りにやってみると面白いように魚が釣れる!見てみなさい、ただの曲がった金属の板を着色しただけです。」
「ほ、本当ですね。これで魚が釣れるなんて面白いですね。」
正直興味はないが相手は貴族なのでとりあえず話を合わせる。渡されたスプーンルアーを手に持ってにこりと微笑む。するとアンドリュー子爵はガバリとメリアの手を掴む。貴族に手籠めにされるとメリアは恐怖したがアンドリュー子爵の視線は別の場所にあった。
「お嬢さん、この爪は一体どうしたのかな?」
「え?あ…あの、ごめんなさい。その…うちのお店お給料が良いから最近女性に話題の爪を装飾する化粧道具を買ったんです。似合わないですよね…遠方の民族が使うものらしいんですけど、何かキラキラするのが入っていて…」
「つ、使い魔殿。これは…使えるのでは?」
『名無し・間違いなく使えます。ラメ入りのルアーは王道ですから。早速買いに行きましょう!』
ルアーにはラメ入りのものが多い。それはキラキラと光るラメが魚たちの好奇心を刺激するからだ。日本でも自分でルアーを自作する際にラメ入りのマニュキュアを使うことがある。アンドリュー子爵は釣りばかりに興味が集中しているため、こんなものには気がつかなかった。
「お嬢さん!あなたのおかげで素晴らしい発見ができた。感謝します。」
『名無し・ありがとうメリアさん!後で発見報酬として特別ボーナス出すように伝えておくから!』
「え?え?え?な、何が何だかわかりませんが…お役に立てたのなら…何よりです。」
「とりあえずすぐに買いに行きましょう。おい、馬車を用意してくれ。それからお嬢さん、買った場所まで案内してほしい。」
すぐに移動してその女子に話題の店に男のアンドリュー子爵がズカズカと踏み入り、使い魔によりミチナガ商会との直接取引が成立し大量購入が決定した。これで新しいルアーの作成ができるようになるのだが、代償としてアンドリュー子爵の女装趣味という噂が密かに広まった。
それからメリアはというと今回の報酬として特別ボーナスと昇給も決定し、しばらくのちに勤務態度の良さから店長代理に昇格した。さらにちょっとした化粧で人生が変わったということで化粧に興味を持ち、化粧品の開発まで始めてしまった。そしてしばらく後にミチナガ商会の一部店舗で化粧品の取り扱いと化粧講座をすることになる。
ミチナガや使い魔たちだけでは決して手を出そうとはしない化粧品、美容品の販売部門をメリアは立ち上げ、後の美容部門の総責任者として活躍することとなる。しかしこれはまだ先の話、今回のことはまだこの物語の序章だ。ただ序章が釣具の色つけを発見した時のことというのはいかがなものだろうか。
時と場所は変わり、ここはとある屋敷の前。冒険者に依頼を出してミチナガがここまで使い魔を運ばせた。使い魔がある名刺を出すとすぐに謁見が叶った。ここはウィルシ侯爵の屋敷だ。ミチナガは今回完成したアンドリュー子爵の釣り具紹介動画を見せに行ったのだ。
その映像を観たウィルシ侯爵は大変満足している。ミチナガからの当日に全て説明するのではなく、ちょっとした予備知識を入れておこうという考えなのだが、この計らいをウィルシ侯爵はいたく感激した。
「実に素晴らしい映像だったと伝えてほしい。全く…このアンドリュー子爵という人物は本当に釣りが好きなのだな。観ていてそれが伝わってくる。ますます釣りがやりたくなったな。…そうだ。使い魔とやら、もうしばらくこの屋敷に滞在できるかな?」
『名無し・大丈夫ですよ。この冒険者の方々はこれで帰りますが僕はいつ帰っても問題ありませんから。』
「そうか、それは助かる。どうせだから他の人にも見せたいと思ってな。私の知り合いは毎日引きこもっている者が多いから少しは外に出させるためにこういったものに興味を持たせよう。呼んでも来ないだろうからこっちから行くか。馬車を出してくれ。引きこもりたちを連れ出すぞ。ははは…」
ウィルシ侯爵は何の気なしに動き出す。これが後の大騒動に繋がるとは全く知らずに。