第128話 魔剣
翌朝、俺はズキズキと痛む頭と荒れている胃の痛みに耐えながら起き上がり水を一杯飲んだ。昨晩はリリーの復活ということで大勢で飲み明かした。俺はなんとか弱い酒で済ませたのだが、それでも何杯も飲んだせいで完全に二日酔いだ。
今はドワーフ街の中心部にあるリカルドとマリアの別邸の一室だ。ドワーフ達から友好の証として送られたこの別邸は内装の細工が細かく、ドワーフ達の職人としての技術と遊び心がうかがえる。この机の側面の彫り物の丁寧さと細かさに至っては思わず息を飲む。
窓を開けて外を見ると今日はなかなか鉄を打つ音が聞こえない。それよりも女性の怒号がよく聞こえる。どうやら俺のドワーフ殺しのせいで今日はドワーフ達も二日酔いのようだ。昨日は様々なドワーフ達に求められて大盤振る舞いしたからな。
昨日のことを思い出しながら外を眺めているとメイドが部屋へと入って来た。どうやら朝食の準備ができたらしい。俺は案内されるままついていくとすでに俺以外は全員集まっているようだ。俺と目があったリカルドは愛想笑いを浮かべる。どうやらリカルドも二日酔いのようだ。
そんな中リリーは朝から元気に俺に手を振っている。本当に元気だ。あの後何度もねだってドワーフ殺しを5杯も飲んだとは思えない。しかもグラスじゃなくてジョッキで。しかも5杯飲んでようやく耳がうっすら赤くなる程度にしか酔わなかった。もうこれは完全に酒豪だな。
ちなみに他のドワーフはジョッキで5杯も飲んだらもうその場で寝てしまった。というか5杯も飲めるのはごく一部だけだった。もうリリー最強。そのあまりの強さに他のドワーフも笑うことしかできなかった。何人かはマリアのことを思い出して震えていたけど。
「ねーねーミチナガくん。ミチナガくんは今日なにするの?」
「ん〜…とりあえずドワーフの腕前を見てみたいな。街をぶらぶらしてみるかな。」
「じゃあリリーも行く!」
さすがにそれはと思ったらリカルドも同行するとまで言いだした。しかもこの街のドワーフ一番の腕利きを紹介してくれるとのことだ。それは実にありがたい。まあ本音は娘と離れたくないからだろうけどね。
その後朝食をとり終えた後に馬車で移動した。向かった場所はひときわ広く大きな建物だ。観察してみると鍛冶場と販売所が隣接しているようだ。それ以外にも様々な施設が一体化されているようだが、それ以上は中に入らないとわからないだろう。
店の名前はグスタフ金物店。グスタフって確か昨日会った11人の中の一人だな。リカルドが初めに名指しで挨拶していたから覚えている。その店の従業員はすぐにこちらに気がつき、裏門から中へと入れてくれた。
「リカルド様、リリー様、それからミチナガ様もようこそいらっしゃいました。グスタフさんはもう奥で作業にあたっていますよ。見ていきますか?」
「ああ、よろしく頼む。」
案内されるまま中に進んで行くとそこでは大勢のドワーフが一斉に鉄を鍛えていた。これだけの人数の鉄を打つ音を近くで聞くとあまりのうるささに他の音がなにも聞こえない。リリーもたまらず耳をふさぎながら歩いている。俺もリリーの真似をして耳をふさぎながら移動すると少し楽になってきた。
耳をふさぎながらさらに奥に進むとそこでは数人のドワーフ達が見学する中、昨日であったグスタフが脇目も振らずに鉄を打っていた。見た感じ長剣だろう。まだ研ぎあげてもいないのにその長剣からは美しさが感じ取れる。
俺はスミスをスマホから出して見学と同時にカメラ機能で録画をさせておく。何か役に立てば良いのだが、おそらくレベルが違いすぎて今の状態ではどんなに見てもよくわからないだろう。それからしばらく見学しているとリリーは飽きてしまったようだ。
仕方ないので俺はスミスに残りの見学と記録を任せて、リリーと共に作業場の外に出る。全く本当に仕方ない。俺は決して飽きてはいなかったんだけど、リリーのためなら仕方ないな。あ〜立ちっぱなしで疲れた。
「あら!リリーちゃん!こんなところでどうしたの?」
「こんにちは!パパとミチナガくんと一緒に来たの!」
外で洗濯をしていた女性のドワーフの人たちに見つかりリリーは抱き上げられ、撫でられ、膝の上に乗せられおしゃべりを始めてしまった。女性はこうなってしまうと長い。俺はそのドワーフの女性達にリリーのことを任せて少し移動する。向かった場所は販売所の方だ。
どんなものがどのくらいの値段で売られているかそれを知りたかったのだ。店内に入るとそこには所狭しに剣や鎧などが並べられていた。中には包丁のような家庭的なものも見られる。多くの鍛治師がいるので商品もバラエティーに富むのだろう。
どうせなのでシェフの眷属と親方の眷属を呼び出して包丁やノコギリなどの仕事道具を買うことにする。ものは間違いないので買っておくのは良いだろう。店内を隅々まで見て行くと手裏剣や刀まであるではないか。ロマンあふれる武器の数々に俺もどれか欲しくなるが、俺では全く使い物にならないので買うのはやめておく。
しばらく熱心に見ていると店員の一人が近づいて来た。どうやら俺のことを冒険者か騎士になりたいと思って武器を買いに来た人間と勘違いしたらしい。なんとか誤解を解くとそこからは随分と話が盛り上がってしまった。この店員のドワーフはなかなかに気さくな男のようだ。
「そうか!あんたはリカルドが連れて来た客人か。じゃあ例の酒もあんたが持って来たんだな。俺は鍛治がてんでダメだが、酒と接客は出来んのよ。あ!そうだ。どうせだから奥の部屋に案内してやるよ。特別だぞ。」
「奥の部屋もあるんですか。そこには良い商品が?」
「ああ、とりあえず付いてきな。」
案内されるがままついて行く。カウンターの裏を通り、鍵のかけられた部屋に入る。するとそこには数々の商品が先ほどとは違い丁寧に並べられている。素人目でもすぐにわかった。そこにあるものは全てさっきまでとは格の違うものだと。
「すげえだろ。ここにあんのはみんな魔剣だぜ。手前側が旧魔剣、奥が新魔剣だ。」
「魔剣ですか。しかし旧や新というのは一体なんですか?」
魔剣についてなにも知らない俺にそのドワーフは一から説明してくれた。魔剣とは魔力を込めることでその魔剣ごとの魔法を使える剣のことだ。例えば燃える魔剣や消える魔剣など様々ある。普通に魔法を使うよりもより強力な魔法が使える上、武器としても優れているので魔剣一つで持ち手の強さが跳ね上がるのだ。
そして旧魔剣と新魔剣。この二つが重要だ。旧魔剣とはそれなりに作り手も多く、数多く作れる魔剣だ。属性の力を込めた魔石を鉄に混ぜ合わせて作る旧魔剣は簡単に製造でき、強い力を発揮できる。しかし旧魔剣は使いすぎると混ぜ合わせた魔石が消失して行く。すると結果的にスカスカの剣に変わってしまい、そこらの木の棒並みに脆くなってしまうのだ。
だから昔は魔剣に頼りすぎた剣士は早く死ぬとずっと言われてきた。実際、魔剣の力だけに頼り戦って来た冒険者などは20代で皆死んでいる。そのあまりにも高い死亡率にかつて、冒険者は魔剣の使用を禁ずるという御触れまで出た。
しかしそんな時代の最中にある一本の魔剣が生まれた。その魔剣は決して折れることはなかった。それどころか今までの魔剣を優に超える力を持っていた。しかもその力のバリュエーションは豊富で持ち手の力を最大限に発揮するものだった。
「その新魔剣を造った男はトウショウと言った。その腕前は本物だ。そのトウショウに負けるわけがないと挑んだ当時最高の腕を持っていたドワーフも彼の前では全く歯が立たなかった。それどころか彼の腕前に感服し弟子入りを志願したという。ちなみにうちの親父のグスタフもその弟子の一人だ。」
トウショウ…刀匠か。もしかしてその人日本人じゃね?ドワーフも唸るほどの腕前ってことはもしかしたら人間国宝クラスの人かもしれないな。なんか情報があればよかったんだけど、もうトウショウが死んでから100年は経っているらしい。というか。
「グスタフさんのお子さんだったんですか。」
「あれ?言ってなかったか?グルクスってんだ。6人兄弟の末っ子でよ。出来損ないのせがれだ。」
そういうとグルクスは楽しそうに笑う。そういえばグスタフは100年前に死んだ人の弟子ってことだけどドワーフって結構長命なんだな。そのあたりも聞いてみると大体300年は生きるらしい。グスタフは今213歳なので最も油の乗った最高の時期らしい。
「まあいつまでも話してんのもなんだから見てってくれ。良い勉強にもなると思うぞ。」
「そうさせてもらいます。あ、でもまだ初心者なんで色々教えてくれますか?」
「もちろんだ。じゃあまずはこれからだな。こいつはな…」
そうして始まったグルクスによる魔剣講座は昼飯で呼ばれるまで続いた。かなり長時間聞いていたが全く飽きることはなかった。説明も丁寧だし、わかりやすい。それに俺の見立てだがグルクスの目利きは本物だ。本当に良い観察力だ。会話の内容は全て親方とシェフの眷属によって記録されている。後でスミスに聞かせてやろう。
次は普通に隔日更新です。