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第127話 ドワーフ街

 教会を出発し、途中昼食を取ってから魔動車で向かうこと数時間。ようやくドワーフ街というところが目に入った。そこは至る所から煙の巻き上がる職人達の住む街だ。魔動車の窓から顔を覗かせると鉄を打つなんとも心地の良い音が聞こえる。


 俺の真似をしたのかリリーも同じように窓から顔を出してドワーフ達に声をかける。リリーの声に気がついた数人のドワーフがこちらを向くと重たそうな体で駆けて寄ってくる。なぜこっちに来ているかはわからないが、あんな小学生くらいの身長で丸々と太った体型では走るのも一苦労だろう。


 リリーはいつまでも元気よく窓の外に顔を出して声をかけている。そして声をかければかけるほどドワーフ達は集まってくる。その表情はやはり走るのが辛いようだが、どこか嬉しそうな表情も見え隠れする。やがて魔動車は大きな建物の横に止まった。


 そしてリリーが魔動車から降りてくると駆け寄って来たドワーフ達に埋もれてしまった。大丈夫かと心配になったが、ドワーフ達は皆咽び泣いてリリーと会えたことを喜んでいる。評議会の議員であるリカルドは完全に無視されている。それほどリリーには人気があるようだ。どういうことか、こそこそとリカルドのそばに寄って行った。


「リリーちゃん大人気ですけどこれはどういうことなんですか?」


「それはリリーの母、私の妻がドワーフ達と仲が良かったからだ。元々ドワーフ達はこの国でも浮いた存在だった。あまり他人とはうまくやっていなかったのだ。しかし妻がその間を取り持った。それのおかげでドワーフ達と友好関係が築け、こうした魔動車などがグレードアップしたのだ。」


 リリーの母はドワーフ達の無理難題もたやすくこなし、ドワーフ達の信頼を勝ち取ったのだという。そのおかげで庶民であったにも関わらず、貴族の地位を得てリカルドとも結婚できたということだ。魔帝クラスの実力を得たのもこのドワーフ達のおかげらしい。一体何をやらせたんだよ…


 それからリリーが揉みくちゃにされること1時間。ようやく解放されたリリーは髪の毛がめちゃくちゃにされていた。よほど撫で回されたのだろう。すぐにメイドさんが綺麗に整えるとようやく目の前にある大きな建物に入ることができた。


 その建物の内装はどれも小さくドワーフ仕様だ。ただ天井だけは高く造られているので狭さは感じない。そこの部屋の奥には11人のドワーフ達が酒を飲みながらこちらを待っていた。ようやく建物に入って来たリリーを待ってましたとばかりに群がって来て頭を撫で回す。せっかく整えた髪もまた整え直しだな。



「グスタフさん、皆さん。お元気そうで何よりです。ようやく連れてくることが叶いました。娘のリリーです。」


「ああ!本当にどれだけ待ったことか!母ちゃんのマリアにそっくりだな!髪は白くなっちまったが目やなんやらはマリアそっくりだ!こいつは大物になるぞ!」


「人間の子はでかくなるのが早えな!背なんか俺と変わらねぇぞ!」


「そいつはオメェが小せえだけだ!」


 ドワーフ達は声が大きく、口は悪いが気の良さそうな奴らだ。そして誰もがリリーに会えたことを喜んでいる。よほどリリーの母、マリアはドワーフ達によほど好かれていたのだろう。是非とも会って話をしてみたかったものだ。


「それで!護衛やメイドならわかるがそこのひょろっこいモヤシは一体誰だ!」


「彼はミチナガくん。商人なのだが今回リリーを治してくれた張本人だ。」


「ど、どうも初めまして。ミチナガと」


「おお!オメェが治してくれたのか!そいつは悪かったな!ありがとう!」


「やるなぁオメェ!オメェは恩人だ!何かあったらすぐに言え!なんでもしてやっから!」


 リリーを救った恩人ということで俺の人気もうなぎ上りだ。ドワーフ達から感謝されてどんな要件でも叶えてくれるとまで言ってもらった。本来こんなことはあり得ないらしく、職人肌の気難しいドワーフ達に仕事を頼むためには多くの日数と酒が必要らしい。


 苦労せずに信頼を勝ち得た俺は本当に運が良いらしい。まあこれもリリーの母マリアのおかげなのだ。本当にリリーを救えて良かった。やはり人助けというのはしておくものだ。にこやかな雰囲気のまま話を進めることができた。リリーが何も言わなかったここまでは。


「ミチナガくんはすごいんだよ!リリーね、大きくなったらミチナガくんと結婚するの!」


「「「あ゛?」」」


 その瞬間、一気に空気が変わった。にこやかな雰囲気とは一体どこにあったのだろう。まだ部屋の片隅くらいには残っているかな?それか床下くらいには…ダメだ、殺気で充満しちゃった。この感覚、可愛い孫を男に取られるおじいちゃんが出す殺気みたいな感じか?


「おいおいおいおい…小僧…俺らのリリーちゃんを取るっていうのか?」


「舐めた真似してんのお?おい…あれもって来い。」


 そう声をかけると奥からドワーフがグラスと酒樽を持ってやって来た。そしてテーブルに何やら用意を始めたではないか。い、一体何を始めるんだろう。


「俺たちゃあよ。酒も飲めねぇ奴は信用できねぇのよ。さあ飲み比べだ。席につけ。」


「ま、まじで?……り、リカルドさん…」


「これは…頑張れ…私も昔やった。大丈夫だ10杯も飲めばなんとか認めてくれる。逃げたらドワーフ達の信用を失うぞ。二度と口も聞いてくれない。」


 そこまで酒が飲めることが重要なのかよ。だけどまあ10杯か。それならなんとかなりそうな気がする。運ばれて来たグラスはそんなに大きくはない。というかショットグラスだ。10口分で終わるのならなんとかなるかもしれない。俺は意を決して席に着く。


「よし、いい度胸だ。なんかこそこそ話していたがまあいいだろう。10杯飲んだら許してやる。マリアがリカルドを連れて来た時もそうだったからな。よし、じゃあ持ってこい!」


「え?……ちょっと待って!なんでジョッキ持ってくんの!そのグラスは!ショットグラスで飲むんじゃないの!」


「あ?これは今何杯目かわかるようにマッチ棒入れるグラスだ。まさかこんなので飲むわけがないだろ。これじゃあ飲んだ気がせんわ。」


 まさかの奥からジョッキが運ばれて来た。しかもこのジョッキでかい。500mlペットボトル1本入れても余裕がありそうだぞ。しかもそんなのになみなみに酒が注がれていく。俺が顔を引きつらせていると隣の対戦者のドワーフはそれを一気に飲み干してしまった。


 俺も意を決してジョッキを手に取り顔に近づける。するとその瞬間目と鼻に強烈な刺激が走った。俺はあまりの痛みにジョッキを戻し、目と鼻を擦る。この刺激は一体なんなんだ。いや、明らかにアルコールによる痛みだが、脳が理解を拒否している。ようやく目を開けるとジョッキの酒がほんの少し減っているように見える。


「おいおい、何してんだよ。早くしねぇとみんな蒸発しちまうだろ。せっかくのドワーフ名物度数99%のスピリットなのによ。」


「きゅ、99%…スピリタス超えちゃった…」


 おかしいだろ。もうそんなの人間の飲み物じゃねぇよ。なんだよスピリットって。これがドワーフ達の魂とでも言いたいのか?それともこれ飲んだら魂抜けちゃうとでも言いたいのか?とにかくやばい。こんなのジョッキで10杯も飲んだら間違いなく死ぬ。


 そのまま呆然としているとドワーフ達はこの酒を作るのがいかに大変か語り出した。本当は100%アルコールもできたのだが、どんどん蒸発して保存がきかないし飲みにくいので99%で止めたらしい。そしてそんなことを聞いているうちにどんどん酒が蒸発していった。このまま全部蒸発しないかな?…


 そんなことに淡い期待を寄せていたら話が長くなったと言って蒸発した分の酒を注ぎ直した。いや、それ注ぎすぎ。元々の量より5mmは増えている。しかし本当にこのままじゃあまずい。絶対に飲めるはずがない。しかし飲まなければドワーフ達との話も今後できなくなる。俺は必死に打開策を考え、一つの可能性を見出した。


「この勝負少し待ってくれ。ここは私の商人としての条件を足してほしい。私は様々旅をして様々な酒を知っているし持っている。だからそちらには私の用意した酒を飲んでほしい。」


「まあそいつはかまわねぇが…どうすっかな。俺甘い酒とか苦手なんだよ。そういうので攻められたら参っちまうな。」


 対戦者が嫌そうな顔をしていると、俺は甘いのでもなんでもいけるという他のドワーフが選手交代をして来た。これから改めて飲み直しだ。俺の分は注がれたままなので、俺は新しく運ばれて来たジョッキにスマホから取り出した酒を注ぐ。


「お?随分と綺麗な色だな。俺たちの好きな琥珀色だ。これは飲みやすそうだ。じゃあお先に。」


 そう言ってドワーフはジョッキの酒を流し込むように口へ傾けた。そして半分ほど飲んだ頃だろうか。ジョッキを机に戻すとそのまま突っ伏すように倒れてしまった。隣からでもわかるほど耳を赤くさせている。息はしているようなので死んではいなさそうだ。


「お、おいドイス!どうした!お前がそんなもんで酔っ払うわけないだろ!…お、おい!何飲ませた!なんでこいつはこんな幸せそうなツラして酔いつぶれてんだ!」


「いやぁ…よく半分も飲めましたね。飲み干すんじゃないかと心配しちゃいましたけど、まあこれで私の負けはなしですかね。」


「そんなことはどうでもいい!一体何を…なんだこの香り…この酒から匂ってくるこの香りは…お、思わずヨダレが溢れてくる。」


 そのドワーフは思わずジョッキの中身を一口飲んでみる。するとなんとも幸せそうな、夢見心地という表情をしている。一口飲んだだけで顔が赤くなっている。他のドワーフ達も気になり出したようだ。


「この酒の名前はドワーフ殺し、飲める人間が限定されるほど強い酒です。耐性のないやつじゃ1週間は酔っ払いますよ。」


「ば、バカな!ドワーフ殺しだと!そんなの幻の…伝承でしか聞いたことないぞ。数百年前に滅んだ酒だ。あまりの美味さにドワーフ達が酔いつぶれて死ぬまで飲んだ酒。作り手もその香りに我慢できず浴びるように飲んで皆死んだ伝説の酒だ…そ、そんな酒が…」


 そこまで言うと皆物欲しそうにジョッキに残った酒を見つめている。仕方ないのでマッチ棒を入れる予定だったショットグラスに注いでやると手を震わせながらそのグラスを持った。そしてまるで少年のような純粋な瞳で眺めてからそれを一気に飲み干した。


 飲んだものの反応はそれぞれだ。あまりの酒の強さにそのまま倒れこむもの。あまりの美味さに呆然とするもの。まだ飲み足りないとグラスを舐めるものまでいる。これで俺の酒飲み勝負もうやむやになったと内心喜んでいると。ジョッキの方のドワーフ殺しを差し出して来た。


「この勝負は俺たちの負けで良い。最後に締めてくれ。勝者は相手が飲み残した酒を飲み干す。これがドワーフ流の飲み比べ勝負の締めだ。一口飲んだのは許してくれ。」


「え?…ちょちょちょ…俺はそれ飲めな……だって、まだジョッキの半分は残っているよ?そんなの…」


 ドワーフ達はさぁと俺にジョッキを近づけてくる。彼らも本当はそれを全部飲み干したいのを必死にこらえているのだろう。いやいや、飲んでくれていいのに。全く問題ないのに。


 締めてくれとジョッキを差し出すドワーフ。そしてそれを本気で嫌がる俺。両者のやり取りはどちらかが諦めるまで終わらない。そう思った時、第3の終わりがその小さな手でジョッキを奪い取った。


「ミチナガくん嫌がっているでしょ!ミチナガくんいじめないで!こんなの!…」


 リリーはその小さな手で持ったジョッキを口に近づけ一気に飲み干してしまった。しかし飲んだのはドワーフ殺し、ガーグですらスプーン一杯を水で薄めたもので1週間二日酔いが続いた。ドワーフ達だってショットグラスで飲んだだけで顔を赤くしている。


 そんなものをジョッキ半分も飲んでしまえばどんなことになるか。並の人間ならその場で急性アルコール中毒にかかって死んでしまう。大慌てでリリーからジョッキを奪い、声をかけるとリリーはびっくりした表情でこちらを見ている。


「これすっごく美味しいね!もっと飲みたい!」


「り、リリーちゃん?これ飲んでなんともないの?」


「うん!とっても美味しかった!」


 リリーは顔色一つ変えずドワーフ殺しを飲み干してしまった。耳も赤くなっていない。呂律だって問題ない。むしろもっと欲しいとせがんでくる。俺はどうしたものかと振り返るとそこにはがたがたと震えるドワーフ達がいた。


「ま、マリアの血だ…やっぱりこの子はマリアの子だ。」


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


「女傑マリアの再来だ…」


 俺は後に知った。かつてリリーの母、マリアに対して同じようにドワーフ達が飲み比べをしたことを。その際にマリアはドワーフ100人抜きを達成し、良い塩梅に酔ったマリアはそのまま飲み続けて街の酒の備蓄の半分を飲みきったことを。


 そして俺たちが悪かったとドワーフ達は三日三晩謝り続けたことを。その一件以来しばらくドワーフ達は断酒することになったことを。そしてそれ以来しばらくマリアの魔帝の二つ名が酒豪女傑になったことを。そしてさらにしばらくの後にリリーが母の再来になることを知ることになるのだ。




 もう直ぐ平成最後の2月が終わります。なので明日も更新しときます。

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