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第125話 ナイト、ムーンへの感謝

 翌日、今日はゆっくりすると言ったナイトだったが、屋敷でゆっくりするのも性に合わないので街へと繰り出した。街に出ると多くの人から声をかけられる。昨日はかなり大勢に奢ったためナイトはこの街で一躍有名人になったのだ。その分金も多く使ったが。


 そんなナイトにムーンが行きたいところがあると言って連れて行かせた。そこはミチナガも世話になったシンドバル商会だ。ここには次の跡取りであるラルド・シンドバルがいたはずだ。そのシンドバル商会の場所に行くとなぜか店が開いていなかった。というより何も営業してる様子がない。


 どういうことかとムーンが聞き込みをするとどうやらあのシンドバル商会は一時期だけこの街で商売をしていただけで、もう他の街に移動してしまったらしい。そのため、元々あった店舗は空き店舗となってしまったようだ。


 せっかくなので挨拶にと来たのだが当てが外れてしまった。そこで他にやることがないかと考えていた時に思い出した。ムーンはその思い出した場所に移動するとそこには古びた教会が建っていた。ここはミチナガが孤児から腐葉土を買った場所だ。そこに行くと今日も子供達が元気に遊んでいた。


 そのまま少し見ていると子供達はこちらに気がつき何やら警戒している。おそらくナイトの顔が怖いのだろう。そんな子供達にムーンは近づき声をかけるが、子供達は文字が読めない。これでは意思疎通ができないので、ナイトを呼び通訳させる。


「あ…こんにちは。…前に…ゴミの山を金貨10枚で買った男の友人だ。」


「あ!あの虫も買ったにいちゃんか!」

「あ、あのおっさんって言ったらショボくれたにいちゃんの友達か!」

「あのおにいちゃんの友達なんだ!あのおにいちゃん元気?」


「あ、ああ。元気にやっているぞ。」


 どこかぎこちないがなんとか話をすることに成功した。さらにミチナガの友人ということで子供達も懐いてくれた。これにはナイトも嬉しそうだ。子供達はそのまま教会へと案内する。そこで子供達の世話をしている神父にも出会った。ミチナガの話をしたところ感謝の言葉を伝えられなかったとここで改めて感謝の言葉を伝えられた。


 どうせなので子供達とみんなで食事にする。もちろん食事はムーンがスマホ内のものを提供してくれた。大量に並ぶ料理に子供達も大喜びだ。なんとも賑やかに昼食をとると子供達ははしゃぎ疲れたのかそのまま寝てしまった。


 ナイトは今のうちに帰るといい、神父に多額の寄付をしていった。神父もあまりの額に受け取れないと言っていたが、修繕費に当ててくれとナイトはそのまま立ち去っていった。まあ確かに金貨1000枚の寄付は半端じゃない。それでもナイトの資産から考えると大したことではない。


 その後、ナイトは連日人と会ったため気疲れしたのか人気のない場所で一休みしていた。そんなナイトにムーンは緑茶を差し出す。ミチナガがユグドラシル国で見つけたものだが、ナイトはこれが気に入ったらしい。そんな緑茶をひとすすりすると恥ずかしそうに切り出した。


「感謝している…ミチナガに出会えなかったら…ムーン、お前に出会えなかったら俺はこの気持ちを知らなかった。」


『ムーン・こう言うのも結構楽しいでしょ。』


「ああ…」


 言葉少ない会話だがムーンはこれが嬉しかった。別に多くを語る必要はない。むしろ普段から多くを語らないナイトからこう言うことをはっきりと聞けるのはとても嬉しいのだ。その後はミチナガの話もした。ミチナガの名前を出せば色んな知り合いができると言うのが実に面白く感じ、尊敬の念を抱いた。


「ミチナガは…愛されているな。いいやつだ。」


『ムーン・だらしない時もいっぱいあるけどね。だけどいいやつっていうのは間違いないよ。』


「ああ…なあムーン。何か…欲しいものはないか?お前に何かしてやりたいんだ。」


 別にそんなものはいらない、そういってしまうことは簡単だった。しかしこれはナイトの不器用なりの感謝の気持ちを最大限伝えようとした考えた結果だ。それを無下には扱えない。そこでムーンは少し考えてからあることを思いついた。


『ムーン・じゃあお店が欲しい。この街にはミチナガ商会がないから作りたい。』


「そうか…じゃあ店を作ろう。しかしやり方はわからない。俺は金を出すしかできないがそれでもいいか?」


『ムーン・十分!』


 そこから商業ギルドに行き建物を買う。選んだ建物は元シンドバル商会のあった場所だ。立地も良いので即決だ。少し地価が高かったがナイトにとっては誤差の範囲だ。その後、人もそこで雇おうとすると近くにいた商人が忠告しにきた。


「おいおい、商業ギルドで紹介される人をそのまま雇うとひどい目にあうから気をつけな。それから、そこの職員!気をつけろよ、この人話題のS級冒険者だぞ。下手なことしたら…お前の首だけじゃ済まないぞ。」


「…どう言うことだ?」


 その商人は実におしゃべりで色々商業ギルドの人材紹介の仕組みについて話してくれた。商業ギルドでは紹介料というものを受け取ることができるのだが、問題児であればあるほどその紹介料が高くなる。さらに問題児でも紹介できるという実績もできるので評価が上がるのだ。


「だから商業ギルドに人材を選ばせてみろ、それこそ元冒険者の荒くれ者ばっかり紹介されるぞ。まあ元冒険者は仕事のできる奴が多いともいうが、その分何か問題が起きた時は力で解決する節がある。問題起こされたくなきゃ宿屋の娘とかそんな経歴のやつを選びな。」


「そうなのか…参考になった。感謝する。」


「いいってことよ!昨日はあんたのおかげでタダ酒飲めたからな!それにS級冒険者とお近づきになれた方がでかい。」


 その商人はそこまで話すと仕事に戻ると何処かに行ってしまった。そこからはその商人のいうことを参考に人選を行う。時間はあるのでじっくりと選んだ。誰かさんのように人任せで人選を行うつもりは全くない。まあそれはそれで今もうまく行っているので問題はないのだが。


 そこである程度の人材も選んでおき、残りは明日面談をすることとなった。それから買い取った店舗の改装も行うので明日それもお願いしておいた。今日やることもすっかり終わり商業ギルドの外に出るとあたりはもう真っ暗だ。ずいぶん長居をしたようだ。今からアンドリュー子爵の屋敷に戻って夕食をねだるのも悪い気がする。


『ムーン・この近くに美味しい料理食べられるところあるよ。ロックスの酒場って言うんだけど。』


「わかった…そこにしよう。」


 ムーンの案内で行ったロックスの酒場には元気な女将が今日も働いていた。提供された料理は美味しくナイトも気に入ったようだ。そして気を良くしたムーンがまた全員に奢ってやるとまた大盛り上がりだ。たださすがにナイトにやりすぎと怒られてしまったのは反省しなくてはならない。




 翌日は店舗の改装と面談を行った。この作業はほとんどムーン任せで済んだのでナイトは久しぶりにゆっくりと休むことができた。ムーンはある程度の細かい話し合いも済み、店舗の一角に自分の家を建てた。そこはムーンの眷属で登録させておいた。


 しかしムーンの眷属で登録しておいてもムーン自身も使うことができる。そのおかげで久しぶりに里帰りすることができた。メッセージを通して他の使い魔達と会話をしていたが、顔を合わせるのは実に久しぶりだ。しかしムーンは軽く挨拶を済ませたらまた戻ってしまった。親友であるナイトを一人で待たせるのは悪いと思ったのだろう。


 あらかた話はついたので後の指示は眷属に任せておく。これでムーンがいない間に準備はできるだろう。そして4日後に新店舗をオープンすることとなった。4日後にしたのはアンドリュー子爵を釣りに連れて行き、帰ったらこのくらいの日程になると言う判断からだ。


 そして翌日、ついにきたアンドリュー子爵との釣り旅の当日だ。アンドリュー子爵はすでに大荷物で準備が完了しているが、そんな荷物ではさすがのナイトも運ぶのが大変だ。そこで荷物は全てムーンがしまっておく。荷物問題もすぐに解決だ。


 そしてナイトは背負い籠を背負い、そこにアンドリュー子爵を入れてしまった。これが最も安全な移動方法なのだと言う。さすがに背負い籠に入れられたらアンドリュー子爵でも怒るかと思いきや、これで釣り場に行けるとむしろ興奮が最高潮に達しようとしていた。


「それではナイトさん、よろしくお願いしますよ。」


「ああ…ではしばらく彼を預かる。決して危険には晒させない。」


 そう言うと跳躍し一瞬で消えてしまった。その移動速度は時速100キロを優に超える。そんな移動にアンドリュー子爵も耐えられないかと思いきや、思いの外居心地が良さそうだ。アンドリュー子爵はこの移動でナイトの技術力の高さを理解していた。それを背負い籠の中にいるムーンと話し出した。


「移動に余計な力が入っていませんね。ジャンプをしているのにカゴの中に伝わる上下運動がない。さらに魔力でカゴを覆うことによって風や寒さから守っている。魔力コントロールも良い。とても優秀だ。」


『ムーン・でしょ!まあこれも徐々に覚えていったんですよ。』


 ナイトは前まではもっと移動が荒かった。それに移動速度ももう少し遅かった。何かを運んで移動する際の速度は100キロ行くか行かないかくらいである。しかしムーンと旅をすることでその移動にも気を使うようになり、歩法が矯正された。魔力コントロールもムーンのために覚えたものだ。


 それは決して強くなるためではなく友のために覚えただけだ。しかしそれが却ってナイトの動きのアラを削り、その能力を引き上げた。魔力コントロールも以前に比べ数段上がっている。ナイトも気がついていないが、ミチナガと初めて出会った時に比べその実力は格段に上がっている。


 他にも食生活に精神面の充実もその実力を大きく引き上げている。一体ナイトのいまの実力はいかほどのものか。それはまだ誰にもわからない。




「おお!ここがその湖ですか!なんと美しい…さ、早速釣りの準備を。ムーンさん、よろしくお願いします。」


 出発から4時間後、目的地に到着した。そこは凍える森の中だが、その寒さによって森も湖も白銀に染まる幻想的な風景を作り出している。アンドリュー子爵は釣りの準備を完成させると釣りをしようとするが一つの問題に直面する。


「み、湖が完全に凍っています!これでは釣りができませんぞ。」


「む…すまない。失念していた。」


 今は真冬だ。そのため完全に湖が凍ってしまっているのだ。これでは釣りにならない、なんてことはない。ムーンはみんなで湖の中央まで移動させるとそこに大きなテントを張った。作りは簡単で大きな布を一本のポールで持ち上げたものだ。


 ワンポールテントと呼ばれるものだが、まだ作りが良くない。そんなちゃんと作っていないので急造品だ。そんなワンポールテントを張るとみんなで中に入る。中は風が吹いていないだけなのにとても暖かく感じる。さらにナイトに頼んで熱系の魔法でテント内部を温める。内部温度が上昇すれば居心地は最高だ。


 さらにナイトに頼んで氷に穴を開けてもらう。ナイトにとってこんなことは朝飯前だ。貫手一発で綺麗な穴が空いた。それを3つ作るとムーンは小さな釣竿を取り出す。この釣竿は普段使い魔達がスマホ内で釣りをする時に使うものだ。


『ムーン・氷上釣りと言って独特な釣りができるんですよ。』


「なるほど!これは初体験です。氷の上で釣りとは…わくわくが止まりませんな!」


 仕掛けも針の小さいものを用意したがこれが良かった。開始すること5分ほどでアンドリュー子爵の竿にアタリがあった。引き上げて見ると小さなワカサギのような魚がついていた。しかしワカサギと違い真っ白な純白の魚だ。


「こ、これはまさか雪魚!雪深い場所にしか生息しないと言う魚です!臆病な性格で釣ることは不可能だと思っていましたが…なるほど、氷の下にいるせいで警戒心が解かれているんですな。」


 そこからは雪魚の連続ヒットだ。あれよあれよという間に100匹以上釣り上げている。ここまで釣り上げたらもうやることは決まっている。その場で天ぷらにして食べるのだ。ムーンはすでに用意が済んでいる。


 まずは小麦粉に卵を溶かした水を入れる。水はこの寒さでキンキンに冷やしてある。そして軽くかき混ぜるのが衣を美味しく作るコツだ。そして出来上がった衣の中に塩で滑りをとった雪魚を入れる。衣はあまりつけすぎず丁寧に。


 そして衣のついた雪魚を熱した油の中に入れるのだ。雪魚から出る水分で油がはねるがそこはご愛嬌。カラカラとなんとも心地よくなりそうな音を立てながら雪魚があがっていく。


 雪魚は小さいのであまり揚げすぎてはいけない。1〜2分ほどで油から上げてやる。そして熱いうちに塩をかけるのだ。そうすることで塩がちゃんとくっつく。そしてムーンは熱いうちにアンドリュー子爵に渡す。アンドリュー子爵もそれをテンポよく受け取るとそのまま食す。


「こ、これはたまりませんな。釣りたて揚げたての雪魚、身の脂の乗り方は最高です。しかも内臓の苦さがそれをさっぱりとしたものに変えてしまう。これほどの贅沢はありません。」


 ムーンは満足そうにそれを見ている。しかしアンドリュー子爵は知らない。この場所に到着してから今までの行動を、全て周囲に散会させているムーンの眷属達で撮影していることを。今もなお撮影し続けられていることを。


 しかしそんなムーンも知らない。とりあえず撮ってみた動画なので使えるかどうかわからないと思っているこれがカントクの心を射抜いてしまったことを。すぐに次回作を求められていることを。


 そして今はまだ誰も知らない。これが一つの伝説の始まりであることを。この世界の運命さえも変えてしまう大きなきっかけの始まりであることを。まだ誰も知らない。




 ナイト、ムーン編は一旦お休みです。またそのうち。

 次回からは再び隔日投稿に変更となります。

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