第117話 まだ続く問題
襲いかかる汚職衛兵と裏組織の人間たち。そんな彼らとマックたちの戦いは実にあっけなく終わった。明らかにマックたちが強いのだ。まあマックたちは今でこそC級だが、俺のこの護衛依頼さえ終われば晴れてB級の冒険者だ。B級冒険者というのはそれなりの実力者だ。それがそこらの衛兵に負けるはずがない。
しかし目の前の衛兵を倒すとまた別の衛兵が現れる。さらにガラの悪い男たちも集まって来る。なんせ今確実に悪役は俺たちだ。裏組織の人間とそれに加担する衛兵が続々と集まって来る。さすがのマックたちでも多勢に無勢となると厳しい。そんなマックたちの限界が近づいた頃、大勢の衛兵が駆けつけてきた。
「これはなんの騒ぎだ!全員武器を捨てろ!」
「よくきてくれた!こいつらを取り押さえるのを手伝ってくれ!」
完全にお終いの合図だ。大勢倒れる衛兵に今も戦うマックたち。完全にこの国で悪役となってしまった。これから先は牢獄暮らしとなるだろう。
まあそれが全部俺の演技じゃなかったらね。
「ここで他国の貴族が襲われているという情報が入ったのだが…これは一体どういうことだ?」
「ああ、それ俺のことだ。俺がブラント国の貴族。なんかこいつらがうちの私有地に勝手に入ってきたんだよね。しかも駆けつけた衛兵は賄賂受け取って俺に危害を加えようとしてきたし。これ立派な国際問題だよ?」
「も、申し訳ありません。お、おい!すぐにこいつらを捕まえろ!加担した衛兵もだ!」
そこからは大捕物だ。続々と今まで意気揚々と俺に襲いかかってきた男たちが青ざめながら捕まっていく。それにしても結構な数の衛兵も捕まったな。いやぁ…満足満足、ゴミ掃除の完了だ。こっそり孤児院の子供に頼んで衛兵の屯所に行かせてよかった。
ひと段落すると駆けつけた衛兵は俺に謝罪を繰り返している。まあ彼らは決して悪くはないのだ。まあだからと言ってここは素直に許してはいけない。これは立派な問題なのだからちゃんと最後までやってもらわなくてはいけない。
「うちはちゃんと商業ギルドを通してこの土地の買い付けを全て記録してもらっている。それなのに変な連中が湧いてしまったのはまあ許そう。しかしだ、それに衛兵が加担してこちらを逮捕しようとするのは流石にまずいんじゃないか?」
「お、おっしゃる通りです。」
「これは立派な国家間の問題ですよ。こちらの国王陛下にも報告させてもらいます。」
なんとか俺のことを諌めようとするが俺はそれをきっぱりと断る。これ以上の話がしたいのならもっと上の人間に出向くように伝える。そこまで言うと後日捕まえた衛兵たちから話を聞いた上でもう一度謝罪に来るとのことだ。
ぞろぞろと大勢の捕まったものたちが去っていく。その様子を俺はただ眺めている。マックたちは疲弊した様子で地面にへたり込んでいる。やがてその場に誰も衛兵がいなくなった時、俺はマックたちとハイタッチをする。
「いやぁ…上手くいくもんだな。お疲れさん。」
「お前が言った時はそんなことあるわけないって思ったが…やるな。」
まあ俺自身驚いている。ここまでトントン拍子に行くとは思いもしなかった。この手のバカは扱いやすくて結構好きだ。
ことの始まりは俺が孤児院を買収し、今後のことを考えていた時から始まる。マザーに情報を集めさせた数日間は実に面白かった。なんせその数日間で色々面白いことがわかった。そのわかった情報を参考に使い魔たちと話し合いを行い、作戦を立てた。そしてその作戦を一つ一つ実行していったのだ。
まず、第一段階として孤児院に来た子供と話をした。しかしただの話ではない。それにただの貧しい子供じゃない。その子供は裏組織に内部の情報を集めるように送り込まれた密偵だ。俺はその子供と誰にも怪しまれないように話をしたのだ。
方法は簡単、使い魔たちが始めたお勉強の一環として個人面談をしたのだ。子供達一人一人に知り合いの孤児でまだここに来ていない子はいないかとか、どんなことを知りたいかを聞いていった。そんな世間話をカモフラージュにして密偵の子供と上手く話をした。このひときわ気の強そうな子もそうだ。
「さて、君が密偵だということは十分わかっている。俺から金を盗もうとしている裏組織から送り込まれたのを知っている。」
「…だったらなんだ。俺を殺すか?」
「いや、殺しはしない。それに君は死ぬことを恐れていない。一番恐れているのは誰にも知られずに飢えることだ。苦しむことだ。その場でポンっと死ねたら君にとって本望だろうね。俺は君を雇いたい。ちょっと嘘の入った情報を組織に伝えて欲しい。全部嘘ではないから怪しまれないと思うよ。」
密偵の子供は黙ったまま何か考え込んでいる。しかしこんな子供ではそんなに頭が回らない。なんせ考えるためには知識が必要だ。どういう理由からその結果に至るかという理由の部分の知識がこの子にはない。あったとしても裏組織の人間が怖いとかそのくらいだ。
「伝えて欲しい内容はこうだ。俺はただの他国の商人でこの辺りに店を新しく構えようとしている。そのために土地の買収を進めようとしている。ただしこの辺りの土地の値段は安いからここにしようとしているだけで値上がりするようなら他に行ってしまう。それだけだ。」
「…本当にそれだけでいいのか?」
「ああ、それだけで十分だ。それからうちのこの白いのをこっそりと組織の内部のわからないところに置いて来てほしい。報酬はこれから毎日この孤児院で15時におやつの時間を作ることだ。毎日甘いお菓子がみんなで食べられる。どうだ?君の判断でどうなるかが決まる。」
子供は甘いものと言った瞬間に目を輝かせた。そしてその程度のことならとすぐに引き受けてくれた。これと同じやり取りを他の数人の密偵の子供にする。全ての密偵にやらせる必要はない。数人くらいがちょうど良いのだ。そのくらいの方が信じやすい。それに大した嘘はない。嘘はこの土地が買えないなら他に行ってしまうというところだけだ。隠している部分はあるけどね。
そしてそこから商業ギルドを通して土地を購入して行った。結構な金額を使ったが、それでもおそらく安く済んだ方だろう。こんな裏路地のような場所に住んでいるのは裏組織の人間ばかりだ。値段を釣り上げに釣り上げて金を毟り取ろうとするだろう。
しかし多少の釣り上げはあったが法外な吊り上げはなかった。子供達の情報操作のおかげだろう。下手に釣り上げて俺が他の場所を買うと言いだしたら彼らの儲けは無くなってしまう。だからなんとか俺が買うギリギリの値段で土地を売り、俺が全て買い終わってから金を巻き上げようと考えた。
まあその方が一番儲けられるだろう。そして実際に今こうして巻き上げようとやって来た。しかし彼らは肝心の情報を掴んでいなかった。それは俺が他国の商人であるとともに他国の貴族であることだ。
俺自身普段から貴族らしい振る舞いなんてしていない。というか自分でも貴族だなんて思っていない。だからこそ彼らも全く気がつかずにこうしてノコノコとやって来たわけだ。哀れなものだな。こんな俺だってそれなりの貴族の一員なんだよ。
まあ今回の件はブラント国にも迷惑をかけるので事前にブラント国王へ連絡と取っておいた。するとこれはチャンスかもしれないとむしろ喜んでいた。いくつか相談に乗ってもらい一計も二計も策を講じてくれた。それがどうなるかはまだわからないけどね。
それから数日後、今度は衛兵ではなく騎士団がやって来た。やって来た騎士が言うには俺に評議会へ謁見するように連絡が来ているとのことだ。断ることもできないようなので護衛としてウィッシとナラームについて来てもらう。
移動するための馬車に乗り込もうとしたところ、馬車を引く馬がいない。もしやと思い乗り込んでみると中に運転手らしき人がいるではないか。ウィッシたちが乗り込み扉を閉めると馬に引かれず動きだした。
「すげぇ…自動車あんのか…」
「初めて乗りましたか?これは魔動車と言いまして魔力を消費して動くものです。西側のドワーフたちと作り上げたものです。私は運転手のリッカーと申します。よろしくお願いします。」
「よろしくリッカーさん。西側のドワーフというとそっちの方にドワーフの国があるんですか?」
「おや、ご存知ありませんでしたか。この国は東西南北の4つと中央の国を含めた5つの国をまとめた国です。この国は国王はおらずそれぞれの都市の代表からなる民主国家ですよ。」
あ、なんかいくつかの国に分かれているっていうのは聞いたな。この世界では珍しい民主国家って聞いたけど、結局貴族みたいな階級がはっきり分かれているようじゃまだまだ民主的とは言えないだろ。
道中暇なのでリッカーとウィッシとナラームとの4人でお喋りしながら移動して行った。しかし路面には雪が積もっているのになんの問題もなく移動できるんだな。今度ドワーフたちにも会いに行ってみよ。
それから4時間ほど移動したらようやく中央の国にたどり着いた。中央は貴族たちが住んでいるので本来入国審査が厳しいらしい。今回は騎士団に連れられての入国なので何事もなくすんなりと中に入ることができた。
それからさらに2時間移動すると世界樹の真下にたどり着いた。そこに大きな建物がある。どうやらそこが評議会の会場らしい。随分と立派な建物だな。
しかしそんなことよりも気になったのは世界樹だ。遠目から見た時にはただ冬なので葉が落ちてしまっただけだと思っていたがそうではない。俺の目には枯れているようにしか見えない。事情を聞こうと思ったところ魔動車が止まった。すると突如扉が開いた。
「着きました。どうぞこちらに。」
そのまま連行されるように連れられて行く。前後左右ガッチリと騎士たちに固められている。ウィッシとナラームもこの状態にかなり体が強張っている。こんな状況でも側から見れば護衛されているように見えるんだろうな。
しばらく歩いて行くと一つの部屋に案内された。そこは円柱状の部屋で天井が見えないほど高く手すりがついている。何事かと待っていると地面が動き出した。どうやらこれはエレベーターのようだ。この国結構発展しているな。もっと色々情報収集したいところだ。
上がりきったその先はまるで法廷のようだ。俺を取り囲むように大勢の人間がいる。おそらく彼らはこの国の代表である評議員なのだろう。こちらを吟味するような視線が気持ち悪い。居心地悪いまましばらく待っているとあちらの代表が口を開いた。
「此度の件は全て把握している。ブラント国の騎士、ミチナガ商会のセキヤ・ミチナガ。お前はこちらが全て悪いと思っているようだがくだらん。たかが貴族の最下級の騎士ごときが他国の衛兵に手を出すなどもってのほかだ。これはれっきとしたこの国に対する攻撃だ。英雄の国によって決められた国家法違反だ。恥を知れ!」
「恐れながら申しますと私は」
「黙りなさい!あなたの話なんて聞くだけ無駄よ!いやらしい平民上がり!」
俺の反論を聞く価値もないと他の評議員が遮る。それを皮切りにあちこちから罵声が飛び交う。あまりの事態にウィッシやナラームだけでなく、俺らをここまで連れてきた騎士たちまでもが萎縮している。このままでは話し合いも許されず、俺だけでなくブラント国にも迷惑がかかる。
まさかまさかの大ピンチだ。まさか一切の謝罪もなしに最下級の騎士だと言い、全ての責任をこちらに押し付け、国家問題にしてしまうなんて。ウィッシとナラームもどうしようもなくその場で震え出してしまった。下手をすれば死刑だってありえそうな勢いだ。