第109話 酒造りの男
夜はさらに更け、酔いが回り顔が火照ってきた頃、もうそろそろ終わりの合図が近づいてきた。だいぶ夜も更けてきたしだいぶ呑んだ、俺もさすがに眠くなってきた。ドルイドはいつのまにか大精霊に何かを話しかけている。やがて何かの話がついたのか大精霊が話しかけてきた。
『商人ミチナガよ。お主の使い魔がわしに弟子入りしたいそうだ。わしも長く生きたが使い魔を弟子にとったことはない。良いかな?』
「ドルイドがそう望み、あなたがそれを許してくれるのなら私は何も言いません。こいつらは自由ですから。」
大精霊は良き日だと楽しそうにしている。すぐにドルイドは家の建設を始める。作るのは桜の木の下にしたようだ。どんな家にするのかと思い見ていたら石をくりぬいたものを家にするようだ。さらにその上に石灯籠をのせてやり風景を壊さないようにする。
池に桜に石灯籠、さながら日本庭園のようだ。大精霊もなかなか気に入ったようでさらに酒を飲んでいる。ちなみにもう俺の残りの精霊水の日本酒は尽きてしまった。だから大精霊が自分で持っていた酒を飲んでいる。一体どれだけ溜め込んでいるのだろう。
『そうだ、桜の礼にお主をあれに紹介しよう。』
そういうと大精霊は再び腹のあたりから一輪の花を取り出した。その花からは鈴のような綺麗な音色が響いている。
「これは?」
『その花を持ち、音を鳴らしながら進めばたどり着く。この酒を造った者のところにな。興味がなければ行かなくても良い。』
何と!この最高にうまい酒を造ったものに出会えるのか。それは行かなくては。そしてその製法やら何やらを教えてもらおう。他にもうまい酒があるならそれもいろいろ教えてもらおう。
『それではそろそろ眠り起きると良い。楽しかったぞ…』
そういう大精霊の声が俺の頭の中で反響し木霊のように響き渡る。すると俺は何だか気持ちよくなってそのまま意識を失ってしまった。
「おい、いい加減朝だぞ。移動するから起きろ。」
「ん?…あれ?」
すでに周囲は明るくなっている。朝だ、確かに朝だ。しかも俺は普通に布団の中に入って寝ている。俺は寝ぼけたまま頭をリフレッシュさせながら朝食を食べる。
「なあ、昨日の夜何かなかったか?俺がそこら辺散歩に行った時。」
「あ?何寝ぼけたこと言ってんだ?お前昨日は最初に寝ただろうが。その後だって俺たちはちゃんと見張りまでしていたんだ。お前が気持ちよく眠れるようにちゃんと頑張ってんだぞ。」
あ、あれ?そうだっけ?俺の記憶では…あれ?俺散歩に行ったけどその時マックたちは誰もいなかったような。そういえば俺が一人で散歩なんてできるはずないよな。暗い森の中を一人で散歩するのなんて無理だ。そう思い当たりを見回す。するとそこには池があり、その中央には。
「なあ、あの桜はここについた時からあったか?」
「ん?あの木は桜っていうのか。なかなか綺麗だよな。俺たちも見張りの時は眺めていたぞ。というかここについた時からって…むしろなかったらびっくりだ。あの桜が綺麗だからここで一晩明かそうって言ったのはお前だっただろ。」
な、なんかいろいろ記憶がごちゃごちゃになっているような。だけど確かにそうだな。あの桜が綺麗だからここで野営しようって言った気がする。だけどあの桜は俺があげたものなはずだ。もうわけがわからん。
「ん?お前がその手に持っている花は何だ?随分綺麗だな。」
「え?」
マックに言われて手を見ると確かに花を持っている。とても綺麗な花だ。これはあの大精霊からもらった花だ。
「あ〜…もうわけがわからん。まあいいや、出発しよう。今日は寄るところがあるんだ。」
「時間は少ないがまあ少しなら良いだろう。できるだけ手短に済ませろよ。」
ウィッシがそう言い、出発の準備をする。いつもと同じように馬車の荷台に乗ろうとするが、少し考えたのちに御者台に座ることにした。二人乗れるので問題はないのだが、俺がここに乗るのは初めてなのでどういう風の吹き回しなのかマックたちは驚いている。
「いいっすけど…気をつけるっすよ。」
「はいはい、あ、出発するのはちょっと待ってくれよ。」
俺は花を軽く上に持ち上げて左右に揺らす。特に何も変化はないがこれで良いのだろうか。使い方がよくわかっていない。ケックが出発して良いか戸惑ってしまったので、何事もなかったように出発させる。俺はふとその時、背後から声をかけられた気がした。しかし振り向いてもそこには桜の木と池があるだけだ。それに石灯籠か。あれ?あんなに苔が付いていたっけ?
そんなことを特に気にもせずに出発すると、なぜか馬がケックのいうことを聞かずに目の前の巨木に向かって突進をし始めたではないか。あまりのことに全員から悲鳴が上がる。そしてもう木にぶつかるそう思った時、不思議なことに木々がグネグネと曲がりだし馬車を避けていく。
「え?え?どういうことっすか?」
「わ、わからん…こういうことはウィッシに聞いて。この花の持ち主は俺だけど。」
馬車は全く揺れることなく滑るように森の中を進んでいる。一番詳しそうなウィッシに話を聞こうとするが放心状態で俺が手に持っている花を見ている。仕方ないのでしばらくそのままウィッシが正気に戻るのを待った。やがて多少落ち着きを取り戻したウィッシが口を開いた。
「それは……森の手形か……だとすると……森の大精霊に会ったな?」
「あ、ああ。なんかいろいろみんなとの記憶がごちゃごちゃになっているけど、俺は昨日すぐに寝ないであの池のそばに行って大精霊に会った…はずだ。」
なんか正直自信がなくなるが確かに出会ったはずだ。俺は昨日のやり取りをかいつまんでマックたちに説明する。すると全員が大口を開けて驚いている。
「森の大精霊に出会えるなんてすごいラッキーなことだぞ。」
「特にその花…おそらく森の手形といわれるものだが、それは大国の王でさえ見たことのないものだぞ。俺もおとぎ話でしか聞いたことがない…」
「そ、そうなのか。これを持っていればすごくうまい酒を作っているやつに会えるらしい。今はそこに向かっているみたいなんだ。」
「うまい酒だと!よし!急げ!」
ガーグがかなり食いついてきたな。普段は戦闘以外、割と静かなのに。酒とか女とか金とかそういうのこいつら大好きだからな。まあ俺も嫌いではないけど。そのまま1時間ほど移動すると開けた場所に出た。そこには小さなボロボロの小屋が建っていた。
「多分…ここでいいんだよな。ちょっと行ってくるからみんなは待っといて。」
いきなり大勢で押しかけたら警戒されるかもしれないからな。とりあえず小屋の扉をノックする。するとトントンと叩いた途端扉は外れそのまま倒れてしまった。いやいや、あまりにも脆すぎるだろ。もっとしっかりとした小屋をたてろよ。すると足元の方から声が聞こえてきた。
「なんだ〜?また酒がなくなったのか?ったく大精霊さまは相変わらず飲む速度が早い…って誰だお前。」
地下から現れた男は俺の顔を見た途端警戒を強めた。俺はどうしたら良いものかと焦っていると不意に男の視線が俺の手に移った。視線の先には森の手形の花がある。俺は持ち上げて軽く鳴らしてやる。
「手形持ちか。ってことは大精霊さまに気に入られたってことか。つまりは客人だな。…外にも誰かいるな。」
「えっと、俺は商人で外にいるのは俺の護衛なんだ。来させても良いか?」
男は勝手にするように言う。すぐに顔を外に出してマックたちを呼ぶ。マックたちは全員警戒しながら小屋へと近づいてきた。男は先に地下に降りてしまったので俺もマックたちと合流してから跡を追うように地下へと降りて行った。
地下は結構深く、50段ほどの階段が続いていた。その階段を降りると小さい部屋があった。上の建物と違って生活感が感じられる。おそらくここが男のメインスペースなのだろう。男はその部屋にあるロッキングチェアに座っていた。
「他に椅子はねぇから適当に地べたに座るか立ってな。それで?何の用…って言っても酒の用しかねぇか。」
「ああ、商人だからな。昨日の晩にあんたの作った酒を飲んだんだが、あれは最高に美味かった。それに今は最高の景色も見られるぞ。あんたも早いうちにこの森の中央の池に行ってみな。あれは最高だから。」
「そいつは良いことを聞いた。是非ともその最高の景色を見せてもらおう。じゃあ他にもいろんな酒を見せてやろう。ちょっと待ってな。」
そう言うと男は横の扉を開けて入って行った。ちらっと見えたが奥にはかなり広い空間があるようだ。おそらくそこが醸造所なのだろう。辺りをキョロキョロしていると肩を叩かれた。叩いた主はマックだ。
「お、お前、あれがどう言うやつか知ってんのか?あれはエルフとドワーフのハーフだ。禁断種だぞ。」
「え?なにそれ。」
「決して交わっちゃいけない種族が交わってんだ。危険だ、今のうちに逃げるぞ。」
禁断種、それは決して相入れてはいけない種族。この世界では禁忌として恐れられている。もしも禁断種が生まれた場合は産んだ親と生まれた子を殺さなくてはならないほどの禁忌らしい。その理由は悪魔が生まれるとか災いが起こるとかいくつかあるようだが、ちゃんとしたところはわかっていない。
そんなことを話しているうちに男がこの部屋に戻ってきた。その手にはいくつもの酒瓶を持っている。試飲の準備を始めているが空気がピリついている。おそらく今の話を聞かれたのだろう。小声だったが耳が良いらしい。
「なあ、あんたってドワーフとエルフのハーフなのか?」
だから俺はごくごく普通に聞いた。別にハーフだからなんだとかそう言うことは関係ないだろ。いや、ハーフだとかっこいみたいなことはあるか。この男も高身長で筋骨隆々、それでいて色は白く金色の髪をしている。割とイケメンの部類に入るだろう。…腹たつな。
「ああ、それもハイエルフとハイドワーフの禁断種中の禁断種だ。恐ろしいか?」
「そうなのか、俺はこの世界の人間じゃない。異世界人だ。ここにいる誰とも似通ってもないし近い種族でもないと思う。恐ろしいか?」
「……いや?お前みたいなヒョロイのは全く恐ろしくないな。」
「誰がヒョロイのだ。筋肉むきむきだからってなめんなよ?俺だって恐ろしくないぞ。……ただ叩いたりするなよ?骨折れちゃうから。」
「そうか……っふ…ふはははははは!!」
男は大声をあげて笑い出す。俺もその笑い声につられて笑ってしまう。マックたちはその様子を困惑しながらただ眺めている。どうやらこの男と俺は仲良くやれそうだ。