第11話 誤解
翌日、ファルードン伯爵を除いた他の貴族の面々の見送りを終えた俺は王都に向かうため用事を全て済ますことにした。
王都へ向かうのはアンドリュー子爵の準備もあるため3日後に決まった。そういうことならばそれまでにやることやってしまう。
まずは早速借金の返済をするためにシンドバル商会の商会長であるラルドの元を訪れた。
今日は珍しく他の客、と言うより先ほど子爵のとこにいた男爵の一人が客としていた。
念のため失礼のないように挨拶をしておいたがどうやら男爵の方は俺のことを覚えていないようで軽くあしらわれてしまった。
まああれだけファルードン伯爵に媚を売っていたのだから俺のことを覚えていなくても仕方はないだろう。
それからしばらくの間、店内のものを物色しながら男爵の買い物が終わるのを待った。
本来男爵自ら買い物に来るなどあり得ないだろうが話が聞こえてきた限り、どうやら元々贔屓にしていたらしく今回自身の屋敷に帰るついでに立ち寄ったようだ。
しかし話している内容から察するに限り、あまり羽振りは良くないようだ。しかも言葉は濁しているが、わざわざきたのだから値引きしろと詰め寄っている。
ラルドも困ったようにしながら値引きをしていた。
元値からかなりの額を値引かれて購入しているようで男爵は満足げに商品を大量購入して帰っていった。
「すみません。お待たせしてしまって。」
「急に来たのはこちらの方ですから。それにしても随分とやられましたね。」
「ははは。実はそうでもないんですよ。元々値引かれるのは予想していたのでわざと高い値段を言っておいたんです。あそこの家は、ほうぼうから金を借りていて直に首が回らなくなりますからね。正直借りを作っておくほどの人物でもないですし。おっと…これは内緒ですよ。それで今日はどのようなご用件で?」
「さすがはこの国きっての商人ですね。今日は借金の返済と別れのご挨拶を。」
「もう返済できるとは、さすがと言うべきです。しかし別れというのは?」
俺は子爵とともに王都へ行くことと今後戻るかどうかわからないことを全て話しておいた。
彼との付き合いはそこまで深くはないがよく親切にしてもらった。流石に何も言わずに去るというのは失礼に当たるだろう。
借金を全額返すときちんと全額あるか数えるからしばらく待ってくれと言われ、奥の部屋へと案内された。
案内された部屋はおそらく貴族との取引に使うのだろう。
豪華な調度品がいたるところに置かれている。
それと従業員はいないのかと思っていたが数名のメイドがいたようで待っている間は彼女たちがもてなしてくれた。
30分ほど待った頃だろうか。
金額を数え終わったようでラルドが部屋へと入って来た。
そばには執事と思われる人物もいる。しかしなんだろうか。
執事にしてはなんというかガタイが良い気がする。
老紳士を思わせるような佇まいだがなんというか隙がない。
その佇まいはまるで絵画を見ているような印象を持たせる。
「お待たせしました。確かに金貨200枚受け取りましたのでこちらの契約書にサインをお願いします。それから王都へ行くのでしたらこれを。」
そう言ってラルドは一通の手紙を受け渡して来た。この街には綺麗な紙などそうそうないというのにこれはかなりしっかりとしたお高いものである。材質は羊皮紙だろうか。紙とは違い重みのあるものだ。
「これは?」
「王都には父の本店がありますから。そこの紹介状と私からの近況報告です。本店には誰か貴族の紹介が必要ですがこれがあれば自由に入ることもできるでしょう。」
「そんなものいいんですか?」
「もちろんですよ。それになかなか父に会いに行けない私のことも書かれているのでできるだけ行ってもらえると助かります。」
つまりは手紙を届ける代わりにお店紹介するってことか。
まあ別に悪い話じゃないので受け取ることにした。
どうせなのでどんな店かと聞いてみたら多くの工房を持っているので多くの貴族や著名な冒険者たちから贔屓にされているとのことだ。
正直そんな店に俺が行っても良いものかと思ったがまあ何事も経験ということで済ませておいた。
「しかしお一人で商売を続けるというのはなかなか危険が伴いますよ。誰か護衛を雇うべきでは?」
「あいにくそんなお金はありませんからね。私もそちらの執事のような方を雇いたいですよ。」
その瞬間何か空気が凍りついた気がした。
何かピリピリしている。それにメイドさんたちも何か先ほどまでと雰囲気というか纏っている空気の質が変わったような気がする。
「さすがですね。うちの執事に気がつくのはそうそういないのですが…」
「あ、あははは…執事さんもメイドさんもとてもしっかりしているようなので…」
さらに空気が凍りつく。
いや、凍りつくというよりかざわつくというような。
なんというか今すぐここから逃げ去りたい思いでいっぱいである。
「メイドまでに気がつくとは…侮るつもりはありませんでしたがここまでとは。彼らはうちの中でもきっての実力者で他人にそうそう実力がバレないようにしているのですが…」
「は、はぁ…まあ確かに執事さんなんてガタイいいですもんね。メイドさんも強いのには驚きましたけど。」
そこで何かおかしな雰囲気になる。
俺なんかおかしなこと言ったっけ?なんなのこの状況。どうしたらいいの?
「もしかして…気づいていませんでした?彼らが実力者であるということ。」
「そ、そうなんですか?今まで執事やメイドさんに会ったことはなかったのでアンドリュー子爵のとこもそうですがこの街の執事やメイドさんはしっかりした方が多いんだなって…」
別に俺は漫画の主人公でもないんだから一目見てあいつ…強い!みたいなことはできない。
ただ佇まいがしっかりしていてあんな人が身の回り世話してくれるといいなぁと思うくらいである。
何かよくわからないが思いっきり勘違いされているようである。
「すみません。何やら思い違いをしていたようで。確かにアンドリュー子爵の方々は元々腕に覚えのある方々が多いと聞いたことはありますね。普通はもっとごく普通の人ですよ。」
「へぇ、そうなんですか。私なんて剣の素振りを数回しただけで腕が上がらなくなるほど貧弱なので腕の立つ方々が周りにいて羨ましいです。お金に余裕ができたら腕の良い方を雇いたいものです。」
そこでマッスルポーズをとっても腕に全く力こぶができないのを見せて笑いを取る。
その姿を見て少しは場が和んだようで一安心した。それから他愛もない話をちらほらとしてからお暇することにした。
なんせ後商業ギルドにも挨拶に行かなければならないからな。
「ではこの辺で、またいずれ機会がありましたらお会いしましょう。」
「その時はまたうちの店をご贔屓にしてください。」
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「クリストフ。彼を見てどう思った?」
「失礼ながらただの凡庸な男にしか見えませんでした。力量を隠している雰囲気もありませんし何より魔力も感じられません。」
「……メイドたちはどう思った?」
「我らもクリストフ様と同意見でございます。我らの実力に気がついたかとも思われたあの発言は本当にたまたまだったようで、こちらが勝手に思い込んでしまったように思われます。」
「うん…やはりそうか。ではこれまでの季節はずれのラディールの納品にソウ草の良品質の納品。さらに今まで誰もできなかった生きたままの魚の納品は一体どうやって…やはり誰か協力者がいるのだろうか。」
「そうかと思われます。我々の調査でも宿からの移動は一切見られず、多くの商人の調査でも入手どころが判明しませんでした。やはり考えられるのはSランククラスの冒険者か未だ世に知られていない強者でしょう。今後は王都へ行くということですのでお父上にお任せするべきかと。」
「全く…なんて謎の多い人物なんだ。一見ただの凡庸な男にしか見えないが私には彼に特別な何かを感じる。それを知るために色々と近づいて来たが……ここまで私の目をかいくぐる男など生まれてこのかた初めての経験だよ。セキヤ・ミチナガ…一体彼は何者なんだろうな。」