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オバケの使命

作者: 鈴木那由多

 人間のみなさんはご存じないだろうが、人間は死後、皆一様にオバケになる。オバケというと想像しづらいだろうか。有り体に言えば幽霊の事である。


 オバケになってしまった者は、ある使命を果たした後、極楽浄土へ行くか、再び新たな生命として生まれ変わる事ができるとされている。


 そして、そのある使命とは、人を本気で驚かすことである。これが意外と難しい。


「今日こそは、驚かせてやる」


「意気込みは買うが、あまり喋ってくるな。勘付かれるぞ」


 そうなのだ。あまり早いうちに幽霊の気配を悟らせると、ビビッてしまって人が逃げてしまうのだ。

 それだと本気で驚いたことにはならず、意味がない。


「そうだな。それにどうやら本日最初の獲物がかかったようだ」


 ここは廃病院。雰囲気は最高に抜群である。


 我々はいまその病院の最上階である4階から、若者の集団が入口を通過するのを確認した。


「イケイケの兄ちゃんたちか……。まあ、最善は尽くすとしよう」


 互いに見つめ合い、意気投合する我々3人の幽霊。

 幽霊の使命を果たすまでの付き合いということで協力してきたが、なかなか思うような成果が出せず、いつしか妙な信頼関係が出来上がっていた。


 そんな我々のコンビネーションをもってして、奴らを恐怖のどん底に陥れてやるのだ。


 だが、先ほど落胆したのには理由がある。イケイケの彼らは当然好奇心旺盛のイケイケ真っ盛りなので、オバケの我々を見ても好奇心が勝り、驚いてくれない可能性が非常に高い。


 とはいえ、心霊スポットを訪れる可能性がもっとも高い年齢層であることもまた事実。


 これをチャンスと思えないようでは、幽霊失格である。


「ふむ。ではさっそく仕掛けていくことにしよう」


 我々が向かった先は、1階の奥にある手術室。そこには未だに散乱したメスやらビーカーやらが置いてある。

 それを少し動かしたり、音を出してやる。

 それだけで幽霊の存在を知らしめるには十分である。


 まずは場を温めるという事。それが非常に大事である。

 まあ、驚かさせる側としては背筋が凍るような寒い状況かもしれないが、幽霊には幽霊の事情があるのだから仕方ない。


「じゃあ、私からいかせてもらうわよ」


 と、我々の中で最も若くして命を落としたと思われる、陰気な女性の幽霊が言った。

 この幽霊社会の中では、いたずらにお互いに死因は探ってはならない、という暗黙のルールが存在する。


 とはいえ、幽霊は生前の命を落とした瞬間の姿で幽霊になるので、なんとなく死因が連想できてしまう。


 この女性ならば、手首に生々しい大量のリストカット痕。首に縄できつく縛ったような跡。なかなかに苦労した人物のようだ。


 そんな女性だが、今日は自分から一番手を名乗り出た。


 幽霊になって間もない頃に知り合ったが、こんなに積極的な彼女を見るのは初めてかもしれない。


「キャーーーーーーーーー!」


 ここで予想だにせぬ出来事が起こってしまった。

 鳴り響く断末魔のような叫び声。当然それは先ほどやってきた若者グループの声である。

 このクラスの叫び声であるならば、おそらく完全に驚いているものとみて間違いない。

 となると、やったのは先ほど先行していった彼女だろうか。


 残りの我々もすぐさま現場に急行する。


「フフ……。短いオバケ人生だったけど楽しかったわ……。ありがとう」


 オバケとしての使命を果たし、姿が消滅しかかっている彼女がそこにはいた。

 そして近くには本気で驚いている若者集団。これは間違いなく彼女がオバケとしての役目を果たしたのだ。


「メスをちょっとカチャリって音出しただけで、すぐ驚いたわよ。だから貴方たちも今日できっと卒業でき……」


 ほぼ言いかけたところで、彼女は完全に消滅してしまった。


 彼女が極楽浄土か、生まれ変わるのか、どちらを選んだか分からないが、今度は楽しいものであって欲しいと切に願おう。


 取り残された我々。だが、残ってしまったという寂しさよりも、今は先ほど彼女に与えられた勇気の方が勝っていた。


「今日はなんだかイケる気がします! ここで奴らをガツンと驚かせてやりましょう!」


 残された我々二人の内、僕じゃない方が言った。


 こいつは冴えないサラリーマン。会社ではいわゆる窓際族に該当し、家庭内でも隅に追いやられるという負け犬っぷりを発揮している。そして、とうとうその境遇に耐え切れなくなったこの男は、会社の屋上から飛び降りて自殺したのだと言う。そしてその飛び降りっぷりもなかなかのもので顔面から地面に着地したようで、とても顔面が見られたものではない状況になっている。


 どうしてこの男に関して詳細に知っているかと言えば、この男が知り合って間もない頃、自分から暴露したからである。別に知りたくもなかったが、オバケ界ではあまり楽しい娯楽もないので、暇つぶし程度に聞いていた。ただ、それだけである。


 とはいえ、この冴えないサラリーマンでさえイケる気がする程、今日の連中は驚きやすさに関しては最高といえる。


 今日というチャンスを逃してはいけないだろう。


「おい、ここの病院なんかおかしいぜやっぱ。すぐ帰ろう。いますぐ帰ろう」


 イケイケ集団の内、最もビビりと思われる男が言った。


 まあ、こうなるよな。だがしかし、我々が驚かせるまでは付き合ってもらうぞ。


「このチャンスは滅多にこないぞ、奴らを逃がすな」


 この冴えないサラリーマンに言い聞かせるのと同時に、自分を鼓舞したいという意味合いで言った。


 このまま逃がしてしまうのはあまりにもったいないからだ。


 とはいえ、最早怪奇現象としか思えない現状(実際問題、怪奇現象なんだが)を前に、イケイケの彼らも撤退する事を選んだようだ。


 追いかける冴えないサラリーマン。

「まてぇー! まてぇー!」


 今日のおっさんは一味違う。その躍起になって追いかける様はまさしく一流のオバケであるのか様。ここでとばかりに若者集団を追い詰める。


 ここで、若者集団の一人がその声のする方を向いてしまう。すると当然、あのぐちゃぐちゃになったサラリーマンの、顔とも呼べない顔を目撃してしまう。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 もはや下半身に力の入らなくなったその若者は、その場に倒れこの世の物とは思えない程の絶叫をあげる。


 これほど気持ちよく驚いてくれると、オバケとしても感無量である。


「いままでありがとう。これで僕もようやく楽になれるよ」


 オバケの使命を果たしたサラリーマン男も、晴々とした表情で姿を消滅させていく。


 こうして、残ったオバケはとうとう自分だけになってしまった。


 さて、僕もこの目の前で倒れている男を驚かせて、さっさと上がりを決め込むことにしよう。


「……あれ、いない」


 どうやら先ほどの男は、決死の覚悟で立ち上がり、一目散で逃げ去ってしまったようだ。


 畜生。あんなサラリーマンの消え去る瞬間など見ている場合ではなかった。


 さて、逃げ足の早い集団はいなくなり、唯一先ほどここにいた男もいなくなってしまった。どうするか。


「あれ……。みんなどこ?」


 そこへ一人の若い女性が通りかかる。


 よく見れば、先ほどの集団で真っ先に驚いていた子だった。そういえばあの逃げ去った集団の中に彼女はいなかった。どうやらこの感じだと驚いている間に、置き去りにされてしまったのだろう。


 これはチャンスだ。


 往々にして、ただでさえ廃病院という怖い場所設定、真夜中という暗い状況、そしてひとりぼっち。

 まさに驚くしかあるまいといった状況である。


 これはもらったも同然。この女の子には申し訳ないが、オバケにはオバケの使命があるので、かわいそうだが、ここで驚いてもらうとしよう。


「うらめしやー。うらめしやー」


 きょとんとした表情の彼女。

 あれ、おかしいな。ちゃんと聞こえているはずだが。


「うらめしやー。うらめしやー」


「…………」


 こうなったら、直接オバケの姿を見せるしかあるまい。突然、謎の人物が姿を現したら驚くだろう。


「ばあ!」

 ばあ! というこの登場の仕方はいささかチープ過ぎたかもしれない。だが、これは何と言って登場するかは重要ではなく、オバケが突如姿を現すということがなにより大切なのだ。

 そして、僕は絶妙のタイミングで、彼女の目の前で姿を現すことに成功した。


「…………」


 なぜ無言になる。はやく驚くがいい。いきなり知らない人間が突如現れたんだぞ。驚くだろう。

 いや、むしろ恐怖のあまり声も出なくなったという可能性がある。

 ……だが、しかし。その場合僕はオバケの使命を果たしたことになり、姿が消えてなくてはならない。だけど僕の姿は依然としてオバケのまま、消える兆しは見えない。


「うらめしやー」


「この近くにご飯屋なんてあったかしら」


 ああもう!

 なんで通じないんだ!

 しかもこの感じだとわざと言ってるんじゃない。分かってない。

 恨めしいという言葉が伝わってないのだ……。


「ねえ、幽霊さん。私の仲間がさっきまでこの辺にいたはずなんだけど何か知らないかな」


「…………」

 

 今度はこちらが黙る番だった。半透明のこの僕を見て何も動じていない。オバケとしては一番やってはいけない部類に入る。


「ねえ、僕オバケなんだけど。怖がってくれない?」


「えー? だって、普通の人みたいなんだもん。全然怖くないよー」


「いやいや、半透明じゃん? 浮いてるじゃん? 怖くない?」


「んー? そうかな? だって見た目普通に人だし」


 まあそうなのだ。僕は幽霊だが、先ほどの二人のように目立った外傷はない。突然の心臓発作により死んでしまったので、見てくれはただの人と言われれば確かにそうなのだ。


 いや、だがしかし、オバケとしてやっている以上、驚いてくれないというのは少し傷つく……。


「てかさ、夏の思い出に心霊写真とってもいいかな? きっとみんなにも自慢できると思うんだよね。ちょうど自撮棒あるし」


「……いいですよ」





 その夏、全然怖くない幽霊がいるというウワサが瞬く間に広がり、怖くない廃病院としてその名を轟かせることとなった。


 僕はというと、怖すぎず、怖すぎなさすぎずをモットーにその病院で今もニンゲンにフレンドリーなオバケとして、来る人を楽しませている。


 こんなオバケの使命があってもいいだろう。

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