第2話 最近の老害ってヤツは
オフの今日は、リリス、アナンタと一通り街を巡って、結局最後に行き着いたのはいつものファミレスだ。
このファミレスは地球の日本では有名で、その異世界(私たちにとっては地球が異世界なのだけど)大陸中央店がここである。
明瞭な明細に、大衆食堂以上の良心的な価格設定、宮廷料理に匹敵する高品質な味、衛生的な店内と、この世界には他に見ることが出来ないほど魅力的な店である。
「三人、禁煙席で」
アナンタが店員にそう言って、案内された席ですぐにドリンクバーだけを注文した。
そして、各々飲み物を持ってきて、一口飲んで一息つく。
「まえにさ、最近の勇者はって話してたじゃん?」
そこで、リリスが口を開く。
「そうっすね。うちの四天王五人組にも聞いてみたら、やっぱりそんな感じっぽいっす」
「私のところの副魔王もそんな感じで、何故か私に説教始めだして大変だった」
アナンタと私と応える。
うん、うちの副魔王って有能は有能だし、ベテランで安定感あるんだけど、説教癖がどうしてもね。
「ちょっと思ったんだけど、そういう最近の何々はって、なんか老害くさい言い方してない?」
リリスが、どこか苦々しい顔で言う。
「老害……」
「老害っすか……」
私とアナンタが思わず呟く。
え、そんなまさか。
そんなつもりなんて一つも無かったのに。
「そのなんていうか、最近の若者はって言い方に似ていたじゃん? 思い返してみると、そんな感じしたのよ」
ううむ、そう言われれば確かに。
いや、しかしだ。
「そこまで、年齢いってないし……」
そう、まだまだ、若手に入るはずだ。
それなのに、老害なんて、そんなわけは。
「妾もまだ若いよ。まだ、二百歳超えてないし」
「それ言い出したら、俺っちなんて、世界最古の邪龍っしょ? でも、見た目は若いっすよ?」
どこか自信ありげにアナンタが親指で自分を指し示す。
「いや、ドラゴンの見た目で年齢分からないんだけど?」
アナンタには悪いけど、幾つに見えるって言われて一番困るのがあんたである。
「妾にもわからない」
「酷いっすね。皆は若々しいって言ってくれているのに」
龍族同士ならわかるのだろうか。
私やリリスは、人間とあんまり見た目も変わらないタイプの種族だからなぁ。
「とりあえず、ちょっとさ、変な言い方すると老害ってことかなって思うのだけど、どう?」
改めてリリスが振ってくる。
うーん、どうだろう。
逆に、老害ってどんなことをしたら老害って呼ばれるのだろう?
「ま、自覚が無いのが老害かもしれないっすね。五月蠅い年寄りっていうのは、自分の価値観に凝り固まって、それが正しいって言い張り続けるんすよ。時代の流れとか新しい物を受け入れないってことっすよ」
なるほど、一理あるというか、そういう感じか。
「でもって、自分がした苦労を若い人間もさせることが教育だって信じていたり、年齢だけが上なら偉いって勘違いしていることじゃないっすか? やたら年長者とか経験者に逆らうなって感じの人いないっすか?」
「ふむ」
確かに、いる。
というか、あれか。
その感じなら、部活のやたら五月蠅いタイプの先輩とかOBも老害になるな。
いや、老害と言って良いのかも知れない。
「ぶっちゃけ、年上を敬えっていうのは正論だと思うっすけど、それは、普通は歳を取ればそれ相応のものを身につけているからで、ただ歳をとっただけでいつまでやっても仕事できない自称ベテランとか、クソみたいなマナーのじじいとかまで敬う必要なんて無いと思ってるっすよ」
アナンタの意見は、ちょっと過激な気がしなくも無いが、分からなくも無い。
ただ、そうかもしれないけど、世の中、表面上だけでも取り繕って置いた方が無難な事もあるわけでして。
「その特徴ドンピシャなのが、ちょっと前まで妾のところにいた……。定年退職してから、嘱託希望されて断ったけど。今時、まともにパソコンも使えないし、時代錯誤もいい化石で皆に嫌われていたから仕方ないよね……」
「そのへんは、変に口を挟まない方が良いかもしれないけど、とりあえず、老害って何かをまとめるとー。なんだろう? 老いて害をなすってことなら、価値観が古くて、新しい物を受け入れず、やたら年下に対して否定的ってことでいいのかな?」
「老害って言ってるだけで、やたらとなにかにつけて否定的な意見しか言わないことじゃないっすかね? 年下というか年上であろうと新参者に無意味に厳しいのも老害って気がするっす」
うーん、なんだろう、言われてみると、老害の定義ってなんだろう。
リリスが何か思いついたのか、スマホを手に取った。
リリスのスマホは、これでもかって言うぐらいにデコってある。
もう、機種が分からないぐらいにデコっている。
リリスらしいって言えばらしいけど。
「出たよ。老害の意味って、組織の中心人物が高齢になっても実権を握って、組織の若返りがされないことらしいよ」
「あ、なんか、私たちの使い方と本来の意味となんか違う?」
リリスの説明に、さらに老害とは何かって悩みそうだ。
いや、何かにつけて若者はとか新参者はとかって否定的な存在は、ではなんと呼べば良いのかってことだろう。
単なる、害だろうか?
「じゃあ、そういう意味だと、アナンタのところってヤバくね?」
「俺のところっすか?」
「だって、あんたが創立者で、最高権力者のままじゃん?」
リリスの指摘に、なるほどと思う。
そうだ、大陸邪龍と呼ばれる彼は、辞書通りの意味なら老害となる。
「確かに最高責任魔王っすけどね? でも、四天王とかは定年退職したら入れ替えてたりするっすよ? いまの四天王だって、五人中三人は元勇者だったりするんすよ?」
「いや、そもそもなんで四天王が五人いるわけ? 補欠?」
そういえば、私も気になっていた事をリリスが指摘する。
「うち、完全週休二日制っすから、五人いる方が勇者担当のシフト組みやすいし、負担が少ないんすよ。勿論、古参連中が四天王とはとか言い出して、五月蠅かったっすけど、そこはもう、色々と説得して回ったすよ?」
「ふーん」
聞いた割に、リリスはそこまで興味が無かったようだ。
聞かなきゃ良いのに……。
「とりあえず、最近の○○はって言い方だけど、じゃあ、それはなんなのだろうね?」
「うーん? 害? 違うな否定者? 」
リリスが、眼鏡をちょっと付け直しながら色々と呟く。
「ま、どこだろうと、否定的な事しか言わない人はいるっすよ。それでいて、前向きに生産的な事は言わない人。これは、地球だろうとこっちの世界だろうとかわらないっす。意志と知性のある生物がいる限り、それだけはかわらないっす。環境の善し悪しはあっても、環境変えたら上手くいくなんて幻想っす。人そのものはかわらないっす」
結構チャラとしていそうで、やはり、世界最古の邪龍だけあっけ、落ち着いた意見である。
「それって空気読めないかな?」
「あー、老害よりもそっちっすかね?」
「じゃあ、今の女神ズがやっていることを、肯定してみるわけ?」
それは、どこかけだるそうにリリスが言う。
「それはそれで難しいっすよね……。今の女神がやっている事って、業務上過失致死、下手すると殺人っすよ? それは肯定できねっす」
「そこだけは抜きにして、ニートや引きこもりに能力与えて勇者にする理由を考えてみましょうか?」
自分で言ってみてなんだけど、これはなんか、難易度が高くないだろうか。
しかし、これが出来なければ、ただの否定者になってしまうのではないだろうか。
肯定するに足りる理由とは、なんだろうか。
「うーん、ニートとか引きこもっていたってことは、つまり、何かしら傷をおったってことではないでしょうか? 例えば、いじめにあったり、ブラック企業で働いて精神を病んでいたり。そういう傷を負った経験があるから、優しいとか?」
「んー。傷つけば人に優しくなるとは限らないよ? 逆に他人全部を恨んで、力を持ったら見下す可能性もあるし……って、これじゃだめか。否定意見だしちゃった」
リリスがそう言って、紅茶を一口飲む。
「とりあえず、仮定として、人に優しいし、報われなきゃ人が報われてなかったから、こっちの世界で報われるようしたとしましょう」
我ながら、結構無理のある仮定だとは思うのだけどね。
「うんうん」
「……なんでまた魔王軍を報われる出汁にされなきゃならないのかってことにならない?」
「妾達、魔王から見ると、女神と転生者ってなにしているんだってことにしかならなくない?」
これは、もう、駄目だ。
魔王から見る限り、やっぱり勇者っていうのは、基本的に否定するしかないわけか。
「そもそも、魔王軍って、それはそれで、生きていく必要あるから組織になっているわけでね……それを否定されたら戦うしか無いよね……」
そもそも、なんで勇者が魔王軍に刃向かってきているのかからして、謎が多いのでは無いだろうか。
いや、財産とか領土を奪うため、つまり、人類側に寄与するためなのだろうけど。
こちらからしたら、ただの山賊と変わらないわけでして。
ある意味、勇者を倒すというのは、魔王軍側における防衛行動なのだけど。
「どのみち、勇者が魔王を倒して、崇められるって、そういう夢物語は物語の中にしかないんじゃない? 世の中、そうそう単純じゃないよ」
「そうね」
「いくら何でも、現実と物語の区別ぐらいしてほしいしょ?」
リリス、アナンタが感慨深そうに頷く。
結局、老害とは何かってことの答えは、ハッキリしないな。
ただ、言えることは、立場が違えば否定するしかないこともあるってことか。
「非難を正当化するってなんだか、情けないことになったけど、まぁ、一応、人の立場になって考えてみるというのが大事なのだろうね」
なんとなく話をまとめるとそうなるのでは無いだろうか?
「そりゃそうっすよ。上になるほど、利害関係を調整しなきゃらなら無いのはどこも一緒っす」
「でも、ダブルスタンダートにならないようにはしておきたいよね」
アナンタ、リリスもこれ以上は話を広げる気も無くなってきたようだ。
私たちにも立場があるからね。
それに人の考え、思いを百パーセント察するなんて無理だけど、努力するべきなのは常識だとは思えるし。
「私、飲み物おかわりしてくる」
「あ、妾も行く」
と私、リリスは立ち上がってドリンクバーへと向かう。
「今度、勇者が来たら話だけでも聞くべき? 妾のところって、大体は、防衛戦の師団に袋だたきにされて帰って行くけど?」
「私のところも最近は、古河君のところでやられちゃうからなあ。身分隠して、話だけでもしてみるべきかな?」
「うーん?」
何というか、結局、ファミレスで駄弁っているだけじゃ答えは見つからないのかもしれない。
まぁ、真剣に答えを出すために駄弁っているわけでもないけどね。