第七話 神のカツアゲ
「ここが、ゴミどものいる人間界かぁ~w。いやぁ、今まで来たことなかったからなぁ! ――おっ! おるわおるわぁ~キモオタどもがくさるほどに」
秋葉原の中心街まで来ていたゼウスは、自分も彼らと同じような格好をしていることに気が付かないほどテンションが高かった。
だがあまりの人混みの多さに、それも長続きはしない。
「人多すぎぃ! なんなのこれ!? どうなってんのほんと、ウジ虫みてえに多いなwww何人いんだよこれ!」
休日の昼過ぎの時間帯に地上に降り立ったゼウス。気温は、30℃を優に越え、湿度も高い。強い日差しの照り付けるうだるような暑さの中、彼は人混みにもまれながら行く宛もなく歩いていた。
あのさあのさ、聞いて聞いて! なんかさ、よくわかんない緑と赤の光る『信号』ってやつがあるんだけど、それが緑になるまでこのくそアチィ中みんな待ってやがんのwww。まじ傑作なんだけど! そんでね、さっきバカじゃねぇの?って無視して渡ろうとしたら、わりと速いあの自動車とかいう乗り物にぶつかりそうになってさ、マジで死ぬかと思ったわwww。今の状態であれにぶつかったらガチでシャレになんねぇ気がする。ほんと人間て雑魚すぎ!!!
ゼウスはおどおどと周りを警戒しながら、横断歩道を渡って行った。
………………
「ここが秋葉原か。なかなかいいな!」
今まで天界から覗き見ることしかできなかった物が、今は手に取り好きなだけ楽しむことができる。そのことは彼にとって、想像していた以上に魅力的で心踊る出来事になっていた。
だが、手放しで喜べる状況であるとはいえなかった。能力を失った彼に更なる追い討ちをかけたものは日本語――特に『漢字』の壁であった。
(うえっ、また読めない漢字かよ! もう漢字多すぎてまぢわからん。ちょっと外国人に対して配慮が足らなくないこの国? 俺、日本語のスピーキングはネイティブクラスなんだけど、問題はライティングなんだよね。日本語って平仮名、片仮名だけじゃなくて漢字もあるからさぁ。もうほんといい加減にしてくだチャイニーズって感じなのよね……漢字だけにwぷふっww。正直な話、漢検4級の俺にはちょっと厳しいなこれ?)
人間界の予備知識はいくらか持ってはいたものの、多種多様な商品を前にしたゼウスにとっては好奇心というよりもむしろ不安な気持ちの方が勝っていた。
(へぇ~、こんなのもあるのか。すげぇな、鏡みたいなもんか?)
店頭に置かれたテレビに自分の顔が映し出されている様を見たゼウスは、その技術に感心すると同時に変わってしまった自身の姿に肩を落とす。
(ほんとに変わっちまったんだなぁ)
彼は行くあてもなく、人の流れの沿って歩き続けた。
………………
「あぁああぁああ喉乾いたぁ!!!」
こんなに喉が渇くなんておかしいぞ? やっぱりスキル封印されてんのかな? 仕方ない、芸がないけどどっかそこら辺のやつから飲みもんぶんどるかぁ!
――えっ? 犯罪じゃないかって? 何言ってんのアホかw。俺が法律だぁっ!!!と言いてぇところだけど、まぁ流石におれっちも罪悪感はあるよ? だから、いかにも迷惑かけてそうな奴からとることにするよ。それなら文句ないよね~? まさに悪をくじく正義の味方ってやつ? はぁ~、おれっちの配慮は『天界より高く冥界より深い』んだよな~。さぁ~て、どっかにちょずいてる奴はいねぇかなぁ?
ゼウスは再び街中を歩き出した。しばらく歩いていくと、秋葉原駅の近くを通りかかった。路上ではダンサーやコスプレイヤーのパフォーマンスが催されており、多くの人で賑わっていた。
「おぉ~なんかわらわら集まってやがんな! ま、それはどうでもよくて、、、どっかに適当な奴はいねぇかな?」
ゼウスが周りを見渡すと人だかりから少し外れたところに、お目当ての者達がいた。ウンコ座りをしているつるぴか頭で強面のサングラス男と、派手な髪色で細身の青少年だ。
(ん~~あっ! いたいたっ何あの髪色! 脳内お花畑かよクソワロwww。もう一人のグラサンは……なんかイカチイけど、まぁ余裕っしょ! ははっ、あいつらに決☆定!)
ゼウスは彼らのもとへと向かうと、いきなりけんか腰で話しかけた。
「――――よぉおおぉおぉおぉおおおっゴミ虫どもぉ、元気ぃいっw??? 突然なんだけど、何か飲みもんよこせや、あ? コラ?? 分かったかカス???」
「あぁ”? 誰だお前?」
「なんだてめぇ?」
突然の呼びかけにも動じることなく、二人は声を荒げながらゼウスをにらみつける。一方のゼウスはというと、その行為が気に入らなかったのか眉を吊り上げサングラスの男に詰め寄った。
「あ? 何ガンつけてんだコラ? いいからっ! こっちは超のど乾いてんだよっわかるぅ!? 早く飲みもん渡せやオラァッ!!!」
ゼウスはサングラス男の胸倉を右手でつかむと、荒々しく持ち上げた。
「調子こいてんじゃねえぞグラサンハゲ野郎がぁああっ!!!」
「はっ!? おいてめっ、なにすんだおいっ!?? ぶっ殺すぞっ!!!」
「何だこのオタク急にっ!? 完璧頭イカレてんじゃん、兄貴にケンカ売るとかw」
チャラい男は気づいていなかったが、サングラスの男はゼウスの力に面食らっていた。彼の体重は80kgを越えており、片手で持ち上げるにはかなりの力が必要だからだ。
(くそっ、何だこのデブっ)
サングラスの男はゼウスの力にひるんだが、必死に腕を振り払おうと抵抗した。
「離せってめぇぶっ殺すぞっ! ――おいっ!!」
「はっ!?? なにお前w。一般人のくせして全知全能の神であるこのゼウス様に歯向かうとか、マジウける~。――――殺すぞ?」
人間に反抗された事が気に入らなかったゼウスは、怒りの形相でサングラスの男を睨み付けた。
「ぐっ、ゼウスだぁ~っ!?? お前、何か知ってるっ!?」
サングラスの男は、意味がわからないといった様子でもう一人のチャラい男に聞く。傍で見ていた彼は、その言葉に一瞬考えを巡らせるも思い当たる節がない。
「……いや? こんなイカレたやつ全く知らないっすよ兄貴。もしかしてあれじゃないっすかw? ほら、今流行りのユー〇ューバー! 初めて生で見たわ~こいつの写真ネットに投下しようずw」
チャラい男はスマートフォンを取り出すと、カメラの連写機能でゼウスを撮影しだした。
(は? なんだこのくそがき、なんか俺に向かってカシャカシャしてるんだけど)
チャラい男の方に気を取られよそ見をしていたゼウスは、サングラスの男の拳が自分の顔に向かって来ていることに気づかなかった。
「死ねやおらぁっ!!」
「――ッガァッッ! ……は?」
サングラスの男の鋭くキレのある右フックは、見事にゼウスの左頬に炸裂し大きな損傷を与えていた。彼の唇からは血が滲み出し、やがて雫となって地面にポタポタと落ち始める。
「ハッハァー! このデブ威勢がいいだけでただの雑魚じゃんwww。兄貴、もう一発かましてやってくださいよ!」
チャラい男は膝をついたゼウスを見ると、勝ち誇った顔をしていた。
(なんか、普通にグラサン野郎のパンチ痛いし、口の中血の味がするんだけど? ねぇねぇ、天空神の俺を殴るとか、まじ激おこぷんぷん丸不可避系なんだけどwww。――――つぶす!!!)
本気でキレたゼウス。彼は続けて打ち出したサングラスの男の右ストレートを軽やかにかわすと、全神経を集中させた右腕で彼の胸倉をつかみ、そのまま思いっきり地面に叩きつけた。
「神々の王の怒りを知れやぁっ!!! 『スーパーゼウス投げ』だぁおらあああぁああっ!!!」
「――――――ぐっアガぁあっ!!!!! ッウッ……ウ~~ン?」
「あっ――兄貴!!!」
サングラスの男は背中から地面に激しく叩きつけられると、あまりの痛みに意識を失ってしまった。その横で呆然と立ち尽くすチャラい男の顔は、みるみる青ざめていく。彼は信じられないといった様子で、口をあんぐりとさせていた。
「まじか、あの兄貴がまさか一発で? うそだろ、こんなのってないよ!」
「神に逆らうからだバーカwwwはぁっ、はぁっ。そんなことよりぃ、おい! んなぁクソガキィ!! 早く飲みもんもってこいや、あ? 10秒以内に持ってこなかったらお前死刑確定ね! はい、10…9…8――」
「あ、あ、あわわわううわぁあああっ! い――今、買ってきますぅぅ!!!」
チャラい男は必死の形相で、数十メートル先の自販機の所まで飲み物を買いに行った。
(……ほう。あの機械でああやって買うのか。お、戻ってきた)
チャラい男は汗まみれで、ひどい顔をしていた。整えられていた髪も、急いで走ったことにより使い古したホウキの様にボサボサになっていた。
「おうおう、おせーぞタコ! チンコついてんのお前? あ?? 30秒もタイムオーバーしてんだけどwwwwwwえっ? どうしてくれんの!? タイムイズマネーって知ってるかな?」
まるでどこぞのチンピラみたいな口調でゼウスは、彼を脅し責め立てた。
「すみませんっすみませんっっ!!! あ、あのこれっ!! こ、これでよろしいでしょうか?」
チャラい男は、おそるおそるミネラルウォーターをゼウスに差し出した。飲み物を買ってくるという要件は満たしていたはずだが、強欲なゼウスは更なる要求をしだした。
「はぁ!? 水とかなめてんのwww? いいわけねえだろうがあぁん! 普通なぁ、こういう時は『コーラ』とかいうシュワシュワしたやつもってくんのが常識だろうがぁああ! あ? つぶすぞ、いやまじで」
「え、えぇっ!!?? あ、はいいぃっコ、コーラですね!? す、すみません、ちょっと待ってくださいぃっ」
男は泣きそうな顔になると再度自販機へ走っていき、コーラを買ってきた。
「はぁ……はぁっ、あのぉこれで、いいすか?……はぁっ」
「~ったく虫けらの分際で、このゼウス様を手間どらせやがって~」
ゼウスは彼からコーラを手渡されると、満足そうにほくそ笑んだ。
「これこれ~やったねウヒッ! あっ、お前らもう用ないからさっさと俺様の目の前から消えてどうぞwww。ばいばぁ~~い」
「はいっ! すみませんでしたぁっ!!! ……あ、兄貴大丈夫っすか?」
チャラい男は白目をむいて倒れているグラサンの腕を肩に回して支えながら、足早に去って行った。
………………
「いや~、『善い行いをした後』は実に気持ちが良いなぁ? さてさて、ふむふむ。これがヘラが通販で頼んでたコーラってやつかぁ~。あいつクソブサイクでゲロマズな飯作る上に、ほんとドケチだからなぁ! やっと初めて飲めるぜぇおい!!! まじうれぴ~~なっつ☆」
ゼウスはもう我慢できなくなって、急いで蓋を開けた。
――――シュワァァアッッチッッ!!!
「うぃ~いいね~~www。んじゃ早速――――ゴクリんこ! ゴクリんこ!! んあ”ああぁぁっんっあぁんっ!!! このコーラとかいう飲み物うんめぇ~~っ!!! こんな美味いなら、毎日飲むわ『コラァー』なんつって」
喉の渇きが癒えたゼウスはすっかり気分を良くすると、そのまま一気に全てを飲み干した。
「ゴクッ、ゴクッうっぷぅはぁ~美味かった!」
勝利の美酒に酔いしれるゼウス。
しかし疲れは確実に蓄積し、疲労の色は濃くなっていた。
(気のせいか? なんか体がさっきより重くなってんよ~。こんなんで疲れるとか、人間てまじ非力だなぁ?)
ゼウスは体の変化に戸惑うと不満な表情を浮かべる。しかし、そうはいっても自分が最強であると信じて疑わない彼は、すぐに笑顔になると余裕をかましだした。
「まぁ、力の大半が失われていてもよぉ! 人間ごとき下等生物は、イチコロなんだよね~ごめんね強すぎてwww。マジで『敗北ってのを教えて欲しい』んですけどwww。誰か教えてくんねぇかなぁマジで? 俺っちの無敗神話継続CHU! やはり全知全能の俺、最☆強!! イェア!! チェケラッチョ!!」
ゼウスは、かつてないほどに調子に乗っていた。
(さぁ~て喉も潤ったことだし、次は何すっかなぁ? おらわぁ~っくわくしてきたぞコレ~)
彼は更なる欲望を満たすため動き出す。
果たして彼の野望を食い止められる者など存在するのだろうか。
………………