★この世で一番危険な仕事②
「どこだぁここ?」
俺はオリュンポス十二神の1人、運び屋ヘルメス。犬の糞からダークマターまで、俺に運べないものはこの世にない。そう思って生きてきたが、最近その自信が揺らぎつつある。なぜか? それはそう、あのお方が定期的に無茶な要求をしてくるからだ。
「またとんでもないもん運ばされるのかな、、、ぃやだなぁ」
俺はヘラさんに茨城の研究所らしきところに呼ばれていた。原子力うんたらかんたら機構とかいう謎のところだ。恐らくBL関連だと思うのだが、名前からして畑違いな気もする。何を運ぶのか全く想像がつかない。
研究所に辿り着くと受付の美人なお姉さんに丁寧に挨拶され、明らかに格式の高い豪勢な内装の通路を通り、その後エレベーターに乗って地下深くのVIPルームへと案内された。
「こちらにてヘラ様がお待ちしております」
「あっ、どうも」
俺はぎこちない笑顔を作り女性を見送ると、VIPルームの扉を叩いた。
「失礼します」
「入りなさい」
意を決して中に入ると、目の前には巨大なスクリーンがそびえ立ち、何やら複雑な数式と巨大な丸いタンクの図面が映し出されていた。
そしてスクリーンを観ながら高そうなソファーに座るヘラさんがこちらを振り返った。
「おー、よく来たわね。ここに座りなさい」
「あっ、はい」
俺は言われるがままにヘラさんの向かいの椅子に座った。
「あのー、今日はどんなお仕事でしょうか?」
「ふふん、アンタが来るのを楽しみにしてたわ」
ヘラさんは普段よりもやけに穏やかで、達成感のあるような満足気な顔をしていた。
「ヘルメス。今日はあるものをアンタに届けて欲しくて呼んだんだけど」
「な、なんですか?」
「アンタ、ダークマターを運んだ実績があるって本当?」
ヘラさんは眉間に少し皺を寄せ、俺を指さしながら聞いてきた。
「ダークマター? あっはい、一応、ありますけど」
「じゃあいけるわね」
「えーっと、もしかしてダークマターを運ぶ感じっすか?」
「ううん、違う。アタシの作った弁当をゼウスまで運んで頂戴」
「え? 弁当、すか? 弁当?? んー、ダークマターと何の関係が?」
「ついてきなさい」
「えっ。あっ、はい」
俺は全く話が見えずにヘラさんに誘われ、部屋の奥の扉からさらに奥へと案内された。
「これよ」
「えぇっ!?? なんだこれ!」
そこには巨大な地下空間が広がり、無数の電線と配管に繋がれた球形の鉄の塊が置かれていた。
推定15mくらいはあるだろうか。もしや先程のスクリーンに映し出されていたのはこれか? 一体なんなんだこれは。
「これはなんですか?」
「何ってさっき言ったでしょ。お弁当よ」
「お弁当??」
「気をつけて運びなさいよ。蓋を開けた瞬間に解放されるから」
「解放? 一体なんなんすかこれっ? 爆発とかするんすか!?」
「アタシの愛情がはじけるの」
「は?」
なんだぁそれ。意味不明すぎる。
俺は質問をせずにはいられなかった。
「えっなんすか。もしかしてー、これって兵器か何かっすか?」
「だから〜お弁当だって言ってるでしょ」
「まじっすか? な、何の弁当すか?」
「超高密度白米弁当。アタシの愛と圧力で超臨界点まで炊き上げたのよ。質量もすっごいの。名付けてビッグバン弁当ライス特盛」
「白、米? ちょっと待って、理解が追いつかない」
「釜の内部では臨界点に達した米が溶融して、原子崩壊と核融合を繰り返してるの、たぶん。知らんけど。もしかしたら内部圧力が高すぎてプルトニウムが生成されてるかも、キャハ!!!」
「やばすぎるでしょwwwプルトニウム!? 核? どうやって作ったんだよ!」
「いや〜我ながら、久々に本気出したわー。アタシの最高傑作ね。一世一代の思い、愛と夢と圧力。そしてありったけの白米をつめこめたの」
「つめこみすぎでしょwww。えっこれ、いくらかかったんすか?」
「1350億円」
「何してんすかwwwwww」
「超高級でしょ! 高かったんだからぁ。海溝に沈めても余裕で耐える圧力設計なの」
「えーっと、深海用潜水艦かなんかっすか? ていうかなんでこんなヤバいもん作ったんすか?」
「ゼウスがね。白米炊け炊けうるさいから、本気で炊いてみたの」
「ゼウスが、、、へー」
本気とかいうレベルじゃないだろこれ。おいおい、またBLかと思ってたら危険物運搬とかいうレベルじゃない、今まで運んできたヤバい物を軽く超えてきやがった。
口には出さなかったが心の底から理解ができなかった。俺はただ引きつった顔で間の抜けた返事をしていた。
「あのね。ゼウスがね、アタシのことを飯すら炊けないただのババアって言ったの。アンタどう思う??」
「えっ。えー、まぁひどいっすね」
「は? 違うわよ! ゼウスはね、アタシのことが大好きだから発破かけて頑張らせようと応援してくれてるのよ!」
「えっ!? あ、はい」
「でね。アタシ、ただのババアって言われて、それを聞いて思ったの。このままじゃだめだって。本気でゼウスに振り向いてもらうために命をかけて飯を炊くことにしたの」
「命かけすぎだろwww」
「食材は厳選に厳選を重ねた国産のその年一番良いとされたお米グランプリ金賞の新潟県超得コシヒカリスーパーデラックスの米俵の中のさらに一番上質なものをふるいで選別し、お米鑑定士に一粒一粒確認させた物を使ったわ。さらに南アルプスの奥深くの秘境で採取した厳選されたミネラルウォーターを多段式濾過機で精製、調整した水を使っているわ。そしてこの圧力容器。MITと東大の共同研究費500億。設計費30億。材料費230億。その他諸々込み込みの総製作費1350億。現代の最高峰の科学技術をもとに核融合炉にもなりえる最高の炊飯器をついに完成させたの。これにさっきの最高の米と水、そしてアタシの汗数滴と吐息をフレーバーとしてブレンドし、極限まで高圧にして飯を炊き上げたの!ヒーハー!」
「マジッスか」
ヘラさんは目をカッと大きく開くと早口でまくしたてるように事の顛末を語った。この人、完全に狂っている!!!
「あれっ、白飯ってことはご飯だけすか? もしかしておかずも?」
「そんなのないわよ。白飯だけ」
「えぇ……」
こんな超危険な物なのに開けても結局白飯だけなの辛すぎるだろ。
「ちなみにこれ、開けたらどうなるんすか?」
「まー開けた瞬間に吹き飛ぶか、焼け死ぬか、放射能で被爆するか。神のみぞ知るって感じかしら? たぶんゼウス以外が開けると死ぬと思うから気をつけなさいよ。ヘタしたら地球が消し飛ぶかも、てへっ」
「ヤバすぎるでしょ……」
「まーアタシのゼウスならなんとかなるっしょ。だって全知全能だもの。それを見るのが毎回楽しみなのよねぇ〜ケヒャッ!」
「さすがのゼウスでもこれは無理じゃないすか?」
「は??? アタシのゼウスなめとんかこら???」
「いや、そういうわけじゃないですけど、、、それにこれをお届けするには相応のスペースといいますか。受け入れ体制が必要だと思うのですが?」
「それを考えるのがアンタの仕事でしょぉがっ!!! 仕事舐めちゃんの????」
「い、いえ!」
「ちなみに開けないとか逃げようって選択肢はないからね」
「えっ」
「余計なことは考えないことね? タイマーで今から48時間後に蓋が開くから、おちおち運ばないと死ぬわよ」
「なにぃーーーーっ!? 何でそんなすぐなんすか?!」
「だってもう反応始まっちゃってるんだもん。出来立てホヤホヤのアチアチのうちに食べてほしいじゃん?」
「アチアチとかいう次元じゃないwww」
「あーそれから! 適当に扱ったり、無理に解体処理しようとした瞬間、このスイッチで蓋を開けるから」
ヘラさんは口角を少し上げて微笑むと、手元のスイッチを指さした。
「意味不明すぎます! なんでこんなことをするんですかっ?」
俺は恐るべき悪魔の所業に震え声で思わず聞いてしまった。
「うふふ、それはね。ゼウスにアタシのガチの本気の愛を全力で伝えるためよ」
「全力すぎるでしょwww。地球の運命も左右しちゃってるよ! どうしてそこまで愛を貫けるんですか? ゼウスは浮気ばかりしてるし、それに今は人に転生して以前の面影も力もないんすよ? ゼウスの魅力って一体??」
「ゼウスの魅力? それをよりにもよってこのアタシに語らせるつもり?」
「あ、じゃあいいっす」
「聞けよオラ!」
「は、はいっっ!」
「ゼウスはねぇ〜なんて言うんですかねぇ? あぁ〜尊い、あぁんぁ〜すぐに言語化出来ない自分を殴りたい。我、ゼウスを想うゆえに我あり的な? あぁ〜やばい! ゼウスのこと考えてたらスイッチ入れちゃった」
「はぁああ!?」
「冗談よ。押しちゃいそうになったけど」
「さすがにアカンでしょ。あれ? でもここで開けたらヘラさんも巻きこまれるから、よく考えたらここではスイッチを押せないのでは?」
「あのさぁ。このアタシがこんなもんで死ぬと思ってんの? そう思ってるんだとしたらアタシも舐められたものね」
「失言でした」
「さっきの続きだけど! なんていうかぁ。ゼウスにはね。あらゆる可能性があるの」
「可能性ですか?」
「そうよ。旦那さんにもお父さんにもお兄ちゃんにも恋人にも何でもなれるの」
「は、はぁ」
「ゼウスはね。一言でいうと神なの。そして絶対的正義であり、ゴッドオブジャスティスなのよ。意味分かる?」
「えぇっと、ですね」
「分かれよオラ!」
「あっはい! 分かりました!!!」
「分かったの? ふーん、分かったんだぁ? じゃあどういう意味?」
「えっ?」
「どういう意味かって聞いてんの」
「えっ。えーっと、ゴッドオブジャスティスってこと、っすよね?」
「ぜんっぜんっっ違うっ!! あんた話聞いてた? つまり、ジャスティスオブゴッドゼウスエターナル。要約するとゼウスしか勝たんなのよ」
「そんなの今初めて聞きましたよ」
「頭で考えてるようじゃまだまだ三流以下よ。地球に降り立ったゼウスを五感で感じとり、どこにいても何をしているか推し量る。そこから二流よ」
「二流が既にむずくて草。というかですね、もはや運ぶより来てもらったほうが早いのでは?」
「そんなのつまらないじゃない。呼んだら警戒して来るだろうし、それにサプライズであの街にこの新兵器をぶち込むから面白いのよ。スリル満点で痺れるでしょー?」
「兵器って言っちゃったwww。もはやテロ、国家転覆レベルの話でしょこれ。国家転覆罪は即処刑になる重罪っすよ?」
「アンタねぇ。人間ごときがアタシを殺せるわけないでしょ。ちょっと考えたら分かると思うけど、アタシは星を一瞬で破壊できんのよ。ビンタ一発食らってみる?」
「遠慮しておきます。あ、あのーちなみに、もし運べなかったらどうなりますか?」
「そんときは死んでもらう」
「ちょwww極端すぎる! 何で生きるか死ぬかの2択なんすか? いや、開けても死亡、開けなくても死亡で完全に詰んでるじゃんこれ!」
「大丈夫よ。これを届けてくれるだけでいいんだから」
「全然大丈夫じゃないwww」
ごめんゼウス。俺、お前のこと、誤解してた。こんなヤバい人と結婚して、一緒に暮らしてたんだな。何とかしてこの兵器を止めなければ日本が、、、いや、地球が大変なことになる! それに何よりゼウスを守らなきゃ! とにかくゼウスにこのことを。
「言っておくけどヘルメス。届ける前にゼウスにネタバラシしたら、その瞬間にこのスイッチを即押すからね。キヒヒ」
ごめんゼウス。俺、自分が一番可愛いからさ。地球とかお前のこと守れそうにないよ。ごめぇんね?
仕方がなかったんだ。だって自然災害には抗えないのだから。
………………




