★ゼウスとヘラの日常~その3~
〜天界某日〜
「おっ、このポーズエロいなぁ」
俺は天界お色気特集創刊号を片手に、ソファでくつろいでいた。
この雑誌、創刊号とは言いつつ実際は少しずつ名前を変えて発行を続けているだけだったりする。小賢しいが息の長いグラビア雑誌であることは確かだ。俺のように日々退屈している者にとっては、こんな物でも少しばかりの潤いと喜びを与えてくれる。定期的にヘパイストスから送られてくるが、まぁ、ヘラに見つからないように隙を盗んではひそかな楽しみとしている。
「ねぇーねぇーぜうすぅ」
「ふぁっ!? おま、どっから! 急になんだ!」
完全に油断していた。何てことだ! 気がつくとヘラは俺のすくそばに立っていた。
「急にって、さっきからここにいたわよ」
「は? え?? いや、こわっ!」
「またエッチな雑誌見てたでしょ?」
「お前、、、」
「まー、今回は特別に浮気ポイントは加算しないであげる」
終わった。そう思ったが、ヘラは目を少し細めるだけで、珍しくお咎めはなしだった。
「へー、今日はやけに寛大じゃん。何かあった?」
「いや〜ネット番組見てるんだけどさ! 面白いから一緒に見よーよと思って来たの!」
「ネット番組? あー、お前が最近ハマってるあの摩訶不思議なやつか。全然知らねぇけど、何の番組?」
「365時間テレビ」
「365時間!? 何それクソ長くね?」
「んーとね、365時間ひたすらマラソンするチャリティーイベントなの」
「馬鹿だろwww。地獄の罰ゲームかな?」
「キャッチコピーは”金と暴力は全てを救う”」
「とんでもねぇなw。作ったやつ馬鹿だな〜まぁ観るやつはもっと馬鹿だが! 興味ねぇわ〜何が面白いの?」
「えー! 観てて楽しいわよ〜滑稽で。いつ力尽きて死ぬかを見るんだけど、愚かな人間の醜い最後をつまみに酒がすごい進むの、でゅふへへ」
「お前サイコパスかよwww。つーか、そんな番組ほんとにやってんのか?」
「そう! すごい人気なのよ」
「世も末だなw。お前そういうの楽しめちゃうのは、サイコパスか心が病んでる証拠だぞ」
「えー面白いのに」
「サイコパスかよ。お前、トロッコ問題みたいな悩ましい問題でも即答しそうだな」
「トロッコ問題ってなぁに?」
ヘラは首を可愛らしく傾けた。
「お前なら知ってそうな話だが。いいか、例えばだぞ。ここに二股に分かれたレールがある」
「うん」
俺はソファーの背もたれを地面に見立て、ジェスチャーでヘラに説明する。
「片方の線路上に1人いて、もう片方の線路上に100人いる。今、二股の方向に向かってトロッコが恐ろしいスピードで向かっている。当然、トロッコに当たれば人間なら余裕で死ぬよな?」
「ふむ」
「ただ、どちらにトロッコが行くかをお前が切り替えられるとする。つまりどちらを助けるかはお前次第だ。こういう場合、お前ならどっちを犠牲にするか?」
「んー、100人のほうかな」
「は? なんでだよ。犠牲者が100人になるんだぞ!」
「たくさん死んだほうが見てて面白そうじゃん」
「いや、サイコパスやめろwww」
「ていうか100人も101人も変わらないから、もう片方の一人は最後にアタシが殺すか!」
「いや、中国的な発想やめなさいwww。いいかい。一応、人にはそれぞれ人権というものがありましてですね」
「あれ? 人って殺しちゃいけないんだっけ??」
「あたりめーだろwww。お前にはびっくりさせられるわ〜」
「え〜だってこの世に一人残されたら可哀想ぢゃん? 全員まとめてあの世に送ってあげたら、きっと寂しくないよね?」
「お前……おっ、そうだな」
こいつ、、、"本物"だ。
呆れ果てた俺は、それ以上彼女に突っ込むことを諦めた。
〜次の日〜
「んねぇーねぇんぜぅすう〜」
「あーん? なんだよ??」
「スリーハンドレッドシックスティファイブって知ってる?」
「なにそれ?、、、365じゃねえーかw。また365シリーズかよ」
「違う違う! 昨日のは365時間テレビ。今日のはスリーハンドレッドシックスティーファイブよ」
「何でもいいけどよ。ぁんだよそれは? またマラソンでもするんか?」
「違う違う。んとねぇ〜、簡単に言うとテロ組織と捜査官とのバトルを描いたアクションドラマよ」
「へー、面白いのか?」
「うん! 人間界で今大人気なの!」
「ふーん。まー、観てもいいぞ。ただし、つまらなかったら寝ちまうからな。ちなみに時間はどんくらい?」
「えっとね、1話365分の365話シリーズ」
「いや、長すぎワロタwww。毎日6時間見ても1年かかるじゃねぇか」
「一緒に観よーよぉ」
「年が明けるわwww」
「えぇー、アタシは3日で観たけどなぁ」
「は!? 目潰れるわ!……おいちょっと待て3日?? つけっぱなしにしてても90日以上かかるじゃねぇか。無理じゃね?」
「モニター20台で5倍速同時視聴すればいけるわよ」
「お前の頭の中どうなってんだよ。まじきちぃ、、、」
「えー、スリーハンドレッドシックスティーファイブ一緒に観よぉよ〜」
「失明するわwww却下!」
「えぇ〜。ゼウスと一緒に観たかったなぁ」
ヘラは見るからに残念そうに肩を落とした。
「おめぇさ、もうちょっと気軽に出来るやつ勧めてくれよ。そしたら俺様も付き合ってやらんこともないぞ」
「ほんと! えーっと、じゃあしりとりしよー」
「は? え、なに? しりとりだぁ〜〜ん??? なんで高貴な俺様がそんなガキの遊びしなきゃならんのアホらし!寝る!」
「そんなこと言わないでさー。ねーねーぜうすぅー。しりとりやろぉよん!」
「は? やだよめんどいくさいもん」
「え〜やろぉよぉ?」
「やりたくないおぉぉおおんっ」
「しりとりしてくれなきゃ、アタシ死ぬから!」
「ちょwwwメンヘラやめろっw! しりとりにどんだけ命かけてんだよ」
「アタシこう見えてもしりとり全国大会3連覇中なのよ」
「知らねぇよwwwwww。しりとりに力いれすぎだろ! 明らかに力の入れどころ間違ってるよ!」
そんなんやる暇があったら、美味しい米の炊き方の1つでも習得してこいこのメシマズババア!って言うと、チョークスリーパーされるから言わない。
「えー、しりとり楽しいよ。これならゼウスも一緒にしてくれるかなってアタシ密かに腕を磨いてたの」
「いやいやなんでそんな力入れてんだよ。つかそんなスネた顔するなよ」
「だってゼウス最近全然遊んでくれないんだもん。やー!」
「ぴーちくぱーちくうっるせぇーなー。じゃあ一回だけだかんな!」
「やったー! じゃあ、最初は〜し・り・と・り、んふ♡」
ヘラは何が楽しいのか満面の笑みになると、俺にしりとり勝負をしかけてきた。こいつどんだけしりとり好きなんだよ。あーめんどくせ! 即終わらすか。わりぃなヘラ。俺様は忙しいんだ。
俺はりから始まり、んに終わる言葉を思い浮かべ
「えーっと。じゃあ、りんぷん」
と言った。
「あっ、ゼウス!」
「あ! あー、んがついちまったわ〜負け! いやぁわりーな、俺しりとり弱いんだよすまんすまんwwwじゃあこれで終わ――」
「ンゴロンゴロ保全地域」
「は?」
「きだよ〜。次、ゼウスの番ね!」
「……は?」
「だからー、ンゴロンゴロ保全地域」
「なんだぁてめぇ適当な!」
「あるわよ」
「へ?」
「だからあるのよ」
「いやいやご冗談でしょう?」
眉をひそめる俺を見たヘラは、自分の部屋に駆け足で向かうと何やら辞典らしきものを持ってきて広げた。
「ほれっ」
「は? デタラメだろ〜さすがに。そんなんあるわけwww本当にあるンゴ、、、! え、なにお前こわっ!!」
「へっへ〜ん物知りでしょ? 次、きだよ!」
「えぇ、、、き、き〜きんかん! あ、また!w。いやーすまんねぇこれ、すまんこw。俺やっぱしりとりだけはクソよぇえんだよなぁwww! ほいじゃこれで」
「ンジャメナ」
「ん?」
「ンジャメナ」
「なんて〜??」
「ンジャメナ。ねぇ。次、ゼウスの番だよ!」
何だこいつチートかよ。永遠に終わらねぇじゃんこれ。
「……ナン」
「ン責めか〜ゼウスやるねぇ! んとねー、アタシはねー。ンムクジアンダギー!」
ヘラは俺の知らない言葉をあげると、目を輝かせながら俺の返しを期待していた。何がン責めだよ、意味不明すぎるだろこいつ。もはや調べる気にもならん。こいつのことだからどうせ合ってんだろ! だめだ、このしりとりサイコパスおばさん何とかしなきゃ。
俺は、戦慄していた。そして、激しく後悔した。この戦いを始めてしまったことに。
………………




