第四十一話 目くそ鼻くそを笑う①
「ただいま……ぬわぁあああああん疲れたもぉおおおおん」
ゼウスは無人であるにも関わらずそうつぶやき、玄関で立ち尽くす。
「ふぅ、御珍光が使えなかったらやばかったなぁ。ってか、ちんこが光るとか俺の特殊能力意味不明すぎだよな。我ながらキモイ技持ってるわw。それにしても、なにこれ? もうこれメガネって呼べる代物じゃないよ! メガネ破壊とかいうレベル超えてんぞこれwww」
壊滅的に変形した眼鏡を外した彼は、頭の中で文句をぶちまける。
――――は? 何ですかー、これ??? 俺様はただ単にメガネを作りに行っただけなのに。なんも悪いことしてねぇのに、なんか前かけてたやつよりもひどい有様になっててワロタw。見てよこれ。鼻にかけるところのパーツは片方ぽっきり折れてるし、レンズも片方なくて、もう片方はひび入ってる。フレームもめちゃくちゃに曲がったし、もはや原型とどめてねぇwwwうぇww。おかげで帰る時にいろんなやつにじろじろ見られたわ! まぁ、見られてたのは店を出た直後からだけどな! あれは、俺様のメガネがかっこよすぎてつい振り返って見ちゃう的なやーつだと思うが。
「そもそも、このメガネ不良品だろ! 圧迫感やばいし、動くとずれるし、誰だよこれ選んだ馬鹿wwwいや、俺だけどさwww」
ゼウスは手元のメガネを見つめながら、さらに文句を言い続ける。
「もはやモ○ハンの部位破壊よりひどいよこれ? 勝負にも試合にも勝ったと思ったけど、よくよく考えたらこっちのメガネ破壊の損害も計り知れないほどデカい件について? お気に入りのもえみTシャツもこのザマだし、ハイコストノーリターンの不毛な戦いすぎだろwww。肉を切らせて骨を断つっていうけど、こちらも肉だけじゃなくて骨にヒビ入ってるレベルの重症なんだよなぁ。あーあ、これじゃあ愛しきもえみちゃんの御尊顔がきちんと見れない問題がありますねぇ。これは由々しき問題ですぞ!」
とめどなく文句の言葉が溢れてくるゼウス。だが疲れていた彼は、ひとしきり文句を言うと
「風呂入るか」
と、服を脱いだ。
………………
「いやぁ疲れましたなぁ。ガチで動いたの久しぶりだわ~ったく、まさかあのクソ鍛冶屋がケンカふっかけてくるとはなぁ~っぷぅぃ~」
ゼウスは風呂上がりに頭を拭きながら、コーラを飲んだ。
「ハーデスニキが言ってたけど、俺以外の奴らはやっぱり簡単に地球に来れるんだなぁ。くそっ、俺様はこんなに苦労してんのに! どいつもこいつもふざけやがって!」
ゼウスは飲み干したコーラのペットボトルを握り潰すと、深呼吸をして目を閉じた。
「ふぅ……こんなときはもえみちゃんにい~っぱい励ましてもらうんだっ! ふへへど~れ~にしようかなぁ~水着回にするか~うーん、8話だったかぁ?」
ゼウスが気分転換にDVDをセットし、アニメを見ようとしたその矢先のことだった。
――――ピンポーン。
「あ?? 誰だよこのクソ疲れてる時に。空気読んでくれない??? もしかして管理人か? もしもあのクソババアだったら今度こそ息の根を止める必要があるなこれ。俺様の基本的人権の尊重のために!」
ゼウスは断固たる決意と共に、大股で胸を張りながら玄関に向かった。
「一体どこのどいつだよ? あぁんっ!?」
「あっ、どうも~夜分遅くに大変申し訳ありません!」
「はぁん?? なんか聞いたことのある耳障りな声だなぁ?」
ゼウスが勢いよく扉を開けると、そこには先ほど戦ったヘパイストスが頭を下げていた。
「夜分遅くに申し訳ありませんです~。あの~私、この度隣の204号室に引っ越してきた『鍛冶 へパイ』というもので――――はっ!? なっななななっなんでこんなとこにお前がおんねんゼウスッ!?」
彼は頭を下げて謝意を示した後、顔を上げてゼウスを見ると表情を一変させた。
「それは俺のセリフだわ! なんでてめぇがいんだよヘパイストス! しつこいぞお前wwwww」
「ワイも聞きたいわwwwどうなっとんねん!!!」
ヘパイストスは困惑の色を顔に浮かべ、
「お前、こんなとこに住んどったんか?」
と玄関を全体的に見渡した。
「へっ、わりぃかよあぁん?」
「いや、別に悪いとは言っとらんやろが」
「おめぇのせいでこちとら、すげぇひどい目にあってんだぞ!」
「ワイだってお前の金玉攻撃で死にかけたんやぞっ!!!」
「そんな汚ねぇ金玉なんかさっさと潰れちまえwww。つーかさ、襲撃してきたその日のうちに逆襲しに来るとかさ、まじありえんてぃ~じゃね? 常識ないのかな君? さすがに日を改めて訪問してどうぞ」
ゼウスは手を前後に動かして、ヘパイストスに帰るように促した。
「いや、ワイだって誰もお前に会いに来たんちゃうでホンマ。隣人の挨拶に来たんやが、ハーデスさんにこの部屋を紹介されて、、、隣人がお前とかまじか」
ヘパイストスは予想の斜め上を行く展開に呆然とし、言葉を失っていた。
「あのホモガイコツ余計なことしかしねぇなマジでw! ん~つーかお前名刺なんか生意気なもん持ってんのかよ? なになに? 『有限会社ヘパイ商店』だぁ~? だっさwww設立初日に潰れそう」
ゼウスはヘパイストスの名刺を奪い取ると、頬を緩め嘲笑した。
「余計なお世話や!」
「なになに、資本金30円? 子ども銀行か何か??」
「金ネンだわwww」
「大貧民ワロスwww。そもそもギリシャ神の癖に日本で働くのかよ」
「そりゃ、おもろい場所やからなここは。そのために日本国籍も取得したんやぞ」
「二重国籍ハゲじゃんwwwwwww」
「聞いたことないわwww」
「はぁ~腹痛い。にしてもさ、なんだこのしけた紙は? こんな小さくて硬い紙だと尻拭きにも使えねぇな」
「そりゃあ名刺やからな」
「尻すら拭けぬ物なんぞ紙資源の無駄だ! この環境破壊野郎がっ! お前のようなやつが地球温暖化を進めてるんだ、地球に謝れ! あと俺にも謝れ!!!」
「なんでやねんwww意味分からんわ」
「こんなもんはん~こうだっ! オラっ!!!」
「――――あっ!」
ゼウスはヘパイストスの目の前であっさりと名刺を破いた。
「な、何するんやゼウスぅぅぅうううっっ!!!」
「そもそも俺に名刺などいらん、なぜなら覚える気がないからだ」
「覚える気がないって、、、あのなぁゼウス。そうは言っても公的な場では、名刺交換はよくやるコミュニケーションの一つなんやでぇ」
「俺は名刺など作らん、なぜなら有名すぎて作る意味がないからだ。自己紹介は『俺ゼウス、お前誰?』で終わる」
「いや、あのさぁ、お前なぁ……はぁ。もうええわ」
ヘパイストスは破られた名刺の残骸に目を向けると、諦め気味に言葉を吐いた。
「文句があるなら、このゼウス様の知名度を超えてから言え!」
「それは無理だwww。分かった、認めよう」
「分かればいーんだよタコ。身の程を知りたまへ! そんなことより話を元に戻すぞ。おめぇがこの高貴で全知全能の俺様の隣人だとぉ? 断固拒否する!」
「それはこっちのセリフやぞ! お前こっちでめっちゃ引きこもって怪しいことばっかりしてるらしいやないか! この髭ニートが!」
「はぁ? 引きこもりの何が悪いんですかね? 大体よぉ、ヘパイストス。おまっ、さっきからその口のききかたは何なの?」
「口のきき方って、何が問題なんや?」
「え、お前まさか人間界のルール知らないの!? えっ、ちょっと待って! まじありえないんだけどっ!!!」
ゼウスは手のひらを口に当てて大げさに驚いてみせた。
「な、なんや?」
「あのなぁ。人間界ではな、先に住んでる人の方が偉いんだぞ? 後から来たやつは隣人の奴隷っていうしきたりなんだぞ」
「初耳なんやが??」
「あ~ハーデスニキそういう大事なこと教えないからな~。じゃあこの際そのチンケな脳みそにしっかり記憶させとけよ! あのな、つまり分かりやすく言うと、お前は何でも俺様の言うことを聞く奴隷ってことになるな!」
「は? んなはなし微塵も聞いたことねぇぞっ!」
「えっ、嘘でしょ知らないのっ!??!? そりゃいかんなぁ君ィ!!! 時代遅れとかいうレベルじゃないよ。ルールに従えないなら今すぐ故郷に帰った方がいいよ!」
ゼウスはここぞとばかりに大声を出してヘパイストスの不安を煽る。
「う、嘘やろ?」
「嘘つくわけないじゃん? 俺今までに嘘ついたことなくね?」
「もうそれ自体が嘘なんやがwww。ちょ、ちょっと今聞いてくるから待っとれアホンダラ!」
「あっ、おい!」
ゼウスは彼を引き留めようとしたが、ヘパイストスは目もくれず管理人の元へと向かった。
………………
「やいゼウス! たった今管理人さんに聞いたらそんなルールはないって言われたで! なにぱちこいてんだお前しばくでほんまwwww」
管理人の相賀の元から帰ってきたヘパイストスは、ゼウスに詰め寄った。
「あー、あの老害まじで余計なことペラペラペラペラしゃべりやがってw。やはり早々に息の根を止める必要がありそうだな!」
「んなこたぁどうでもええねんっ! 息を吐くように嘘ついとんちゃうぞ? ほんとイカレとんなお前!」
「は? やんのか糞鍛冶屋ぁああっ!」
「やっ――――やめとくわ」
「やんねぇのか~いw」
「だってお前とやると確実に寿命縮むし、めっちゃ疲れんねん。金玉いくつあっても足りんわw」
「それな」
ゼウスはヘパイストスの言葉を聞き、ドヤ顔でうなずいた。
「ってかゼウスよ! お前に会ったら今度こそ言おうと思ってたんやけどな! オリュンポスの名誉に傷がつく行為や言動は慎めよ! 特にあの金玉攻撃やめろって、前に俺が真面目にガチ気味で言ったの覚えてんの?」
ヘパイストスは真面目な顔になると一瞬、関西弁の口調が消えていた。
「なんか顔がめちゃくちゃまじになっててワロタwww。お前真面目になると指名手配中の連続殺人犯みたいな顔になるから、たまに怖くなるんだよねw」
「どんな顔や! 失礼やろwww。はぁ~っ、あのなぁゼウス。ず~っと前から耳にタコが出来るくらい言っとるけどな。あの股蹴りはもうやめよーや、な? あんな卑怯な技使っとったら、お前周りから嫌われるで?」
「うるせータコ」
「は? やんのかゼウス?」
「や――――っ、や、やらない」
「だ、だよなー。無益な戦ほど愚かなことってないやんなw?」
「それなー、平和が一番w」
体力を激しく消耗していた二人に戦う気力など残ってはいなかった。
「まぁまぁ、今日のところは休戦といこうやゼウス。昨日の敵は今日の友っていうやんか」
「そうだな、と言いたいところだが何か勘違いしてないかヘパイストス。日付が変わってないから、厳密に言うとお前まだ敵だぞ」
ゼウスは部屋に戻ると目覚まし時計を持ってきて、指を差す。
「はい、問題です。今何時ですかヘパイストス君?」
「なんやこいつめんどくせぇ。えーっと、最近遠視で近くのものが見にくくてなぁ~」
「お前頭頂部だけじゃなくて、目もじじいになってんのかwww! 救い用のねぇハゲ野郎だな」
「お前ほんと息を吸うように毒を吐くなぁ。えーっと」
ヘパイストスは目を細めて時計の針を注視した。
「大丈夫? 時計の見方分かる??」
「そんなんわかるわ!と思ったけど、うーん。ちょっと自信なくなってきたから解説よろ」
「は? 分かれよハゲwww。しょーがねーな。ウンチ頭の君にも分かるよーに僕ちんちんが教えてやんよ。ここに12個の数字があるじゃろハゲ?」
「うん」
「そんでここに長い針と短い針があるじゃないっすか?」
「うん」
「現在どの位置に針がありますか~ヘパイストス君?」
「うーんと、7と8の間に短いのがあって、長いのが5と6の間やな」
「やるじゃん。じゃあ、今何時ですか?」
「……7時27分くらいか?」
「よくできましたぁっ馬鹿たれwww! 非常識とは思わんのかねーこんな遅い時間にくるなんて! 良い子は歯を磨いてもうお布団に入ってる時間だぞ? てな感じで、日を改めて訪問してどうぞ」
ゼウスは再び手のひらを前後に動かすと、彼に帰るように促した。
「まぁまぁ、そう固いこと言わんと~とりあえず暑いから中入ろうやw」
「え〜貧乏神を家に招き入れるとか、変な呪いもらいそうで嫌だなぁw」
「お、お前」
「お、おい分かったよ。分かったからそんな売られていく豚みてぇな目で俺を見るな! まぁ、上がれよ!」
「へっ、そうこなくちゃな! お邪魔するぞ~」
………………




