第三十八話 永遠のライバル前編
ゼウスは咳払いをして痰を吐き捨て、薄れる煙に映る人影を睨み付けた。
「お前、、、」
「よう、久しぶりやなゼウス。いや、今は人間やったか?」
完全に視界が晴れた後に姿を現したのは、茶色いハチマキを頭にまとった中肉中背の初老の男だった。頭頂部はほぼ毛がなく、黒く汚れた短パンとTシャツ姿はどことなく哀愁漂うみすぼらしさだった。
「生きとったんかワレっ! と思ったけど、あれっ。う~ん、君誰だっけw?」
「はぁっ!!? ちょ待って、うっそだろおま! ワ、ワイの顔を忘れたとは言わさへんでっ!」
「はっ、ジョークだよジョーク! てめぇの豚面とそのハゲ散らかした頭頂部。それと意味分かんねぇ言葉遣いを俺が忘れるわけねぇだろうが! 忘れたくてもキモ過ぎて忘れらんねーよなぁ? ヘパイストスッ!!!」
「は、はは。ガチで忘れたんかと思ってほんま焦ったわ~百回しばいたろか」
「てめぇみてぇな低級ゴッドがこの俺様をしばくとかwww。相変わらず冗談だけは一流ですな!」
「お前の減らず口も相変わらずやなぁ? ある意味安心したわぁ」
「はぁ? 安心て、何がだよハゲ?? 天界一のうんこハゲがこの俺様に何の用だよ?」
ゼウスはヘパイストスの発言の真意が掴めない。
「何の用かやとぉっ? いいか、あのなぁっ! 今日はなぁ。お前をマジで『殺しに来た』」
ヘパイストスは額に青筋を浮かべ荒々しく言葉を返した。
「殺す? この俺様を? お前が??? へぇー」
「なんだなんだ~ビビっとんのか? 声が小さくなっとるで! あ、もしかしてワイの言葉を聞いてションベン漏れそうなくらい怖がっちゃったんかな?」
「んなわけ。もしかして、アテナが言ってた奴ってお前のことか?」
「は? 何の話だよ?」
「いや、なんでもねぇ」
「ふんっ、お前はいっつもなー。ごちゃごちゃごちゃごちゃうるさいねん! どうや。死ぬ覚悟は出来たか?」
ヘパイストスはそう言うと、両手の指の関節を一つずつ鳴らした。
(くそっ、このハゲ好戦的な奴じゃねぇのになんでこんなにキレてんだ? ひとまず話を聞いてみるしかねぇな)
突然のヘパイストスの出現により面を食らったゼウスではあったが、彼は冷静だった。なぜなら彼の特殊スキル『エンバイロメンタル』が密かに発動していたからだ。
しかしこの時ゼウスは、まだそのことに気づけずにいた。
「とりあえずここは場所がよくねぇ! 移動するぞヘパイストス。そこの公園で話くらいなら聞いてやる」
ゼウスは目と鼻の先にある公園を指差し、ヘパイストスに提案した。
「ふん。まぁええわ」
………………
「ねーねーママぁ! あそこにいるおじちゃん達、何かぶつぶつ言ってるけどどうしたのかなぁ?」
「――しっ、見ちゃいけませんっ! 家に帰りますよ!」
「えぇ~気になるよぉ~!」
突然物々しい顔つきで公園に入ってきたゼウス達は、公園の日常的な風景にそぐわない異質な存在であり、周囲の者に威圧感と嫌悪感を与えていた。
「おい、ヘパイストスよ。久々の再会だってのに、お前何でそんなにキれてんだよ? あ?? 俺を殺すとかなんとかほざいてたが、ちゃんと説明しろ!」
「なぜキレてるかやとぉ? おまえほんまに分からんのかアホ!」
「わっかんねぇよ」
「そうか、お前はそんなことも忘れてしまったんか。いいやろ、教えたる!」
ゼウスはヘパイストスの言葉を固唾を飲んで見守る。
「ゼウス、、、貴様ぁあっヘラさんをどんだけ悲しませれば気が済むんやっ!!!」
しばしの沈黙の後にヘパイストスは、両手の拳をグッと握りしめ大声でゼウスに訴えだした。
「ん? えっ――ちょっと待って、は? 意味が分からないのですが」
ゼウスはヘパイストスの予想外の言葉に眉をひそめた。
「分からんのか!? いっつもいっつもお前はホンマに浮気ばかりしよって、その度にあの人がどれだけ泣いとるかお前は分かっとるんか、あぁん!?」
「いやいやそんなの今に始まったことじゃないじゃん? 長い付き合いだからそこんところ分かんだろ」
「いーやワイはいつも言っとるはずやで。ヘラさんを泣かせるようなことはするなってな! それに、今回は何なんや!? 勝手に誰にも告げんと天空神を辞めよって、お前ちょっとふざけ過ぎやろ! オリュンポス神舐めとんか??」
ヘパイストスは顔を烈火のごとく真っ赤にして怒ると、艶やかな頭頂部から高温の熱気を放出する。
(キレすぎワロタwww。あぁーそっか、そーいうことね)
一見かなり緊迫した状況にも関わらず、ゼウスは全く動じていなかった。なぜならゼウスはヘパイストスが怒っている本当の理由が、彼のヘラに対する『不純な気持ち』にあると気づいたからだ。
(そーいえばこいつヘラに惚れてたなぁ~w)
ゼウスはヘパイストスの怒りの原因が分かると、緊張感が薄れていくのを感じていた。
「あんな可愛くて一途でバリ巨乳!の嫁を泣かすとか、ワイはもう我慢ならん!」
「欲望だだ漏れでクソワロタwww。やっぱりそれが理由か。いいじゃねぇかよ別に~俺の勝手だろ! それにお前の嫁はあの天界一の女神アフロディーテなんだからさっ!」
「そういう問題ではないんだよっ! アフロがどうとかこうとか関係ないねん! ワイの気がすまんのやって言っとんねんっ!!!」
「も、もしかしてそれが今回の殴り込みの理由!? フハハハハハ! くだらなさすぎて流石に笑うわwww」
「なにわろとんねん? こちとら真剣なんじゃあっ! 今日という今日はホンマに許さんからな。本気でいくぞうぉおおおおおっ!!!!!」
ゼウスの馬鹿にしたような笑いは、ヘパイストスの怒りの炎にさらに油を注いでしまう。
(――ファッ!?? 嘘だろこいつ。くそ、マジでこんなところで戦うつもりか?? 賞味期限切れのババア共はどうでもいいが、小せぇガキ共もいやがるな)
ゼウスは公園を一通り見渡し人の存在を確認すると、ヘパイストスに
「ヘパイストス、とりあえず結界を張れ!」
と告げる。
「は? 何でワイがそんな糞めんどくさいことせなアカンねん??」
「いや、ガキ共がちょろちょろとウザったくて気が散るんだよっ! これじゃ戦いに集中出来ねぇからよ、はよ結界張れやタコ」
「しゃーないな」
なぜ人間に気を使う必要があるのかと腑に落ちなかったヘパイストスだが、ゼウスの提案の通り結界を張る。
「はぁぁあああっディアスティマッ!!!」
ヘパイストスが両腕を空に掲げると、彼を中心とした半径100メートルの半円形空間が形成される。
(よし。こいつ腕はなまってなさそうだな。これでひとまず周りへの影響は最低限にとどめられる)
「こんな無意味なことなんでワイが――あっ! お前、ワイに力を使わせて魔力を消費させようっちゅう腹か! この卑怯もんが!」
「はっ! てめぇが言えることじゃねぇだろ! なぁヘパイストスよ、俺は気づいたぞ! お前、俺様の力が弱まってるからここぞとばかりに来たんだろ? 違うか、あ??」
「――ギクッ! ち、ちげぇしw」
ヘパイストスはゼウスに痛い所を突かれたのか、先ほどの険しい顔は焦りの表情に変わっていた。
「やっぱそれもあったかwwwバレバレなんだよタコw! なーにがヘラさんが悲しんでるだよwwwお前はあのババアを口実に俺に仕返しがしてぇだけだろ、あ?
「――――ギクッギクッ!!!」
「バレバレなんだよタコ! てめぇみてぇな低級貧乏神風情が、この俺様に勝とうと思ったらそれしかないもんなぁ?」
「――――ギクッギクッギクッ!!!」
「ハハハハハ! ほんとお前はどこまでも小物だなぁw? ハーハッハッハッハ!」
「もう怒ったぞ、喰らえっ! ブレイズブラストッ!」
馬鹿にされてとうとう我慢できなくなったヘパイストスは、ゼウスめがけて炎の塊を放出した。
「――っうぉあぶねっ!??」
ゼウスは予期せぬ突然の攻撃に反応が少し遅れたが、間一髪でそれを避ける。
「ほう、一瞬で終わると思ったんやが。まぁこうでないとつまらんよな?」
「おいっ、ざけんじゃねぇよおらぁ! おめぇあぶねぇだろおぉがっ」
「う、うるさいうるさいうるさい!!! 今回はマジのガチなんやぁ! その身体になったことを後悔するんやなぁ、いくぞぉぉおおおボルケーノヘパイストストライク!」
ヘパイストスは紅蓮の炎を身に纏って鎧を形成すると、ゼウス目掛けて突進する。
(だっさwwwどうせ大したものじゃ――――は、はやっ!??)
技の名前に気をとられていたゼウスはまたもや反応が遅れた。慌てて倒れこむように左に体を向けるも、ヘパイストスの攻撃は彼の右足に当たってしまう。
「いってぇええええっっいたいいたいいたいっ!!!はっ!? うわっめっちゃ腫れとる! ぷらーんってなってるし……もしかして折れてる?」
ゼウスの足はヘパイストスの突撃により、右足首より少し上のあたりで完全に折れてしまっていた。
「マジでヘラに四の字固めかまされた時並に痛いんだけどwwwいやマジで。あ、なんか痛過ぎて涙出てきた。ふざけんじゃねぇぞくそかじやぁあぁっ!!!」
「ホンマにこんなのも避けられんとは。人間やとこんなんなるんか、、、確かにめっちゃ痛そうやんけ。いやいや、いいんやこれで! こんなクソ野郎には情けなんかかける必要はあらへん! ヘラさんが受けた心の痛みはこんなもんやないはずやで!」
ヘパイストスは痛みにもがき苦しむゼウスを見て一瞬可哀想なことをしたなと思うも、すぐに顔を左右に振って雑念を払った。
「いたいたいたいたっまじでやばいやばいやばいばいっ!」
「ハハハ! ざまぁないなゼウス!」
「お前ガチでふざけんなよっ! あぁっくそ! 毎日おっぱい吸ってカルシウム摂取してるこの俺様の骨が折れる??? こんな不条理あってはならな――あっでも、今はもこみちの体だったかw」
「相変わらず減らず口と下ネタだけはいっちょ前やなぁ。そんだけ下ネタが言えるんやったら、全然余裕やろ?」
「全然余裕じゃねぇわwwwしばくぞカス! いってぇあーくっそ! いつぞやの戦いで、骨折れたやつを治療したことがあったけど、あんとき大袈裟にバタバタしてたやつの気持ちが分かったわ!」
「人の気持ちがようやく分かるようになったんか?」
「うるせぇよハゲwww! お前マジでふざけんなよっ! 俺、最高でも捻挫しか今までにしたことないのにぃっっ!!!」
「あー、調子に乗って馬からかっこよく降りようとして、ぐきってなったやつやろ?」
「あーそれそれ、お前よく覚えてんなぁ! あれ以上の痛みだぞ? どうしてくれんの?」
「ふ、ふん! 全てはお前が悪いんやぞ! お前がヘラさんを困らせたり、天空神を勝手に辞めたのがな!」
ヘパイストスはゼウス怒りに少したじろぎちつも、あくまでゼウスに非があることを主張する。
(くそこいつ、昔から手加減てもんを知らねぇからな。それにさっきのやつ、避けずに直撃してたら普通に死んでたかもしれん。こいつ本気で俺を――――)
ゼウスは、ヘパイストスが本当に自分を殺そうとしているのかはつかめずにいたが、それでもこのままでは取り返しがつかないことになると生命の危機を感じていた。
「くそっ」
「お――おい、ゼウス。マジで大丈夫か?」
「大丈夫かだとぉ!? これを見て大丈夫だと思うのかぁボケがぁっ! あぁ、くそっ『ヒール』が使えた……ら?」
ゼウスが折れた部分をさすりながら思わず回復の呪文を唱えると、手から放たれた光が患部を包み込み、折れた骨は瞬く間に完治した。
「あれっ、力が戻って、、、る?」
「はっ!?? ゼウスっ、お、お前ポセイドンさんに力を封印されたんじゃ??」
「俺もビックリしてる。そうか、良い行い……いや、特になんもしてねぇしなぁ? 何でだ??」
ゼウスは、治った右足を回して治療具合を確認し首をひねった。
「お、おい、聞いてた話と違うぞ! お前がその体で魔法を使えるなんか聞いとらんぞっ!」
「ヒーリングは使えるのか。なんか俺もいまいちルールとかわかんねぇし、まだ全然本調子じゃないんだけどよ。なんか力は少し戻ってるみたいなんだよなぁ? つまり――――」
ゼウスはおもむろに立ち上がると
「これからお前をボッコボコに出来るってことだなぁっ!」
と、ヘパイストスに不敵な笑みを見せる。
「う――うせやろっ!? ちょっと待って!」
「はっはっは、覚悟しろよ! この技でてめぇをぼこってやっからな! いくぞぉおおおおおはげやろおおお!!!」
「くそっ、聞いてねえぞっ!」
「くらえっ、ゼウスエクスプロージョンッ!!!」
………………




