★ゼウスとヘラの日常~その1~(挿絵あり)
~天界でのとある一日~
「くそっ、まだ来ないのか」
ゼウスは落ち着かない様子で、自室を歩き回っていた。
「ヘラが部屋にいる間に受け取らないとヤバいのに、まだか?」
ソワソワし、イライラを募らせること半時――ゼウスの元に1本の電話が入る。
「きたかっ!」
彼は早足で音の鳴る方へ向かい、受話器を勢いよくつかんだ。
「おほんっ、合言葉は?」
<お前>
「きちがい」
<お前がな!>
「わっはっはっは、よくきたぞヘルメスッ!」
ゼウスは約束した合い言葉を聞くと、喜びの声をあげた。
<めんどくせぇけど持ってきてやったぞ~。もう持っていっていいのか?>
受話器の向こうからは幾分か、けだるそうな声が聞こえてくる。
「あぁ。今ヘラは部屋にいる! すぐに持ってこいっ!!!」
<はぁ、めんどくせ>
………………
控えめなコツコツっという音が玄関から聞こえてくると、ゼウスは急いで扉を開ける。するとそこには背丈の低く金髪で髪の短い少年が小包を抱えていた。
「ほらよ、持ってきたぞ」
「うひょーー待ってたぞ、よく来たな! ……おい。そんなラフな感じで配達に来てるけど、誰にも見られてないよな?」
「大丈夫だ、問題ない」
「なんかそのセリフ聞くとすげぇ不安になってくるんだけど――ま、いっか!」
ゼウスはヘルメスの配達員に似つかわしくない軽装に不安を少し覚えるも、小包を受け取った。
「これで配達完了っと。それにしてもゼウス。お前、相変わらずそんな半裸の格好してんの? ダサいとか言うレベル超えて、こっちが恥ずかしくなってくるんだが」
「あ? この格好のどこが恥ずかしいんだよっ!!」
ゼウスの頭から足下を何往復かして見た後に、ヘルメスはゼウスを小馬鹿にした。
「いや、どう見ても恥ずかしいでしょ。ファッションのファの字もないような、ただの布をまとっただけじゃん。これがあの天空神とか」
「お前、また減らず口を。ハーデスニキを呼んでもいいんだぞクソガキィ?」
「お、おい。それはやめろ! あの人、俺にいつも抱きついて来て気色悪いんだからさ!」
ヘルメスはハーデスの名を聞くと、顔を歪ませた。
「分かればいいんだよガキ。お前は黙って言われた通りに物さえ運んでりゃいいんだよ!」
「はぁ、まだ運びがいのあるものならいいけどさ。いっつもくだらないエロ本ばっか俺に運ばせやがって」
「な、何故それを知っているんだ!?」
「俺は運ぶ物の中身が透けて見えるんだよ、お前も知ってるだろ?」
「知ってるけど、プライバシーも糞もねぇなマジでw。それに、お前のようなおこちゃまにはまだ早い!」
「なっ、見た目で言うなぁぁ俺は大人だ!!!!」
ヘルメスはゼウスの言葉に納得がいかず、地団駄を踏んだ。
「おうおうそんなに興奮するなよ」
「はぁ、時間の無駄だな。帰る」
「おう、帰れ帰れ。また頼むぞ~」
「あーおいおい、ちょっと待て。その前に忘れてないか?」
「ん?」
ヘルメスは思い出したかのように、右手を差し出した。しかし、ゼウスはとぼけた様子で首をかしげた。
「え?」
「金」
「……ん?」
「ん?じゃねーよひげ!金だよ金ぇ!」
「は? やだよ」
「は??? 何でだよ払えよくそひげっ!」
「はぁあああああっっ!!!!!!!!!!ふざけんなよてめぇぶっ殺すぞっ!!!!!!!!」
「何でだよwww何で逆切れしてんだよwww金払えよwっww」
………………
「はぁ~~っ。俺っちのなけなしの小遣いを、何であんなクソガキに与えにゃぁならんのか!」
ゼウスは渋々ヘルメスにお金を払い、彼の姿が見えなくなると文句を口にする。
「そもそも普通さ、常識的に考えてこういうのは元払いだろうが! なぁっ!? 常識だよなぁ? 非常識だなぁまったく! あの糞鍛冶屋着払いとか舐めたまねしてくれたなマジでwww今度あったら潰すっ!!!」
ゼウスはヘパイストスへの復讐を心に決めたのだった。
………………
「おぉ~このエロ本なかなかええやん! あのハゲのセンスwww。これは夜のお供に使えそうだな! ガハハハハハ」
おれっちは居間にあるソファーでくつろぎながら、貧乏鍛冶屋馬鹿が速達で送ってきた天下に名高い秘蔵のエロ本である『天界お色気ムンムン特集』を読み、悦に浸っていた。
「いやぁ~この本に出てくるオナゴはほとんど外れねぇからなぁ! 愉快愉快――っ!??」
俺が次のページを開こうとしたその時、目の前が急に真っ暗になった。それと同時に背中に暖かくやわらかな膨らみの感触が伝わってくる。
「ゼェ~ウスっ! だーれだっ?」
「あのなぁ、俺とおめぇしかいねぇんだから分かるに決まってるだろ?」
「えぇ~そういうのつまんなーいっ! ふふふっ」
は? な~にが『つまんなぁ~い』だよ。脳みそ壊死してんのかなこいつ?? くそっ、せっかく良いところだったのにこのイカレ糞ババアが邪魔しおってからに!
「ねーねーアタシが誰だかさ~名前を呼んで当ててみてよ!」
「はぁ……ヘラだろ?」
「きゃぁあーーーっ!!! あぁったりぃ~~さすがアタシのゼウス!」
(絵師:None*(ノネー))
ヘラは俺の返答を聞くと顔から手を離し、その場で飛び跳ねて笑顔を弾けさせた。テンションたけぇな~。
「ねぇねぇ! 何でアタシって分かったの?? やっぱりゼウスの嫁だからかなぁ? ふふっ、アタシたちってやっぱりラブラブラブ~んよね!」
――は? 何言っちゃってんのこのおばはん!? まじでそろそろいい加減にしてくださらんかなぁ? TPOをわきまえようよほんとに! 病院にでも連れていったほうがいいかなこれ?……とかいうと、顔面パンチされるから言わない。
「んー、まぁ普通に乳の感触で分かったわ」
「いやん、ゼウスのえっちぃ! そんないやらしい目でアタシの事見て~またえっちしたいの??」
ヘラは俺の言葉を聞くやいなや、勝手に盛り上がるときめぇ顔をしながら目の前でくねくね踊り始めた。
「はぁ」
俺はつい溜息を漏らさずにはいられなかった。毎日こんなだからな。実際マジめんどくせぇもんだぜ? 読者の皆もそう思うだろ? ――そうでもない? 贅沢?? ふーん、そういうもんなのかねぇ、俺は全然そう思わないけど。
「ふふふふ~~あっ、ところでさぁ。ねぇーねぇーゼウスゼウス~何を読んでたの~?」
「えっ、あっ――あぁこれかっ? これはまぁ何でもねーよ」
こんな時のために俺は、雑誌の表側はいつも『今週の髭メン特集』にして中身だけを入れ替えているが、見られるとやっかいなので念のため雑誌をソファーと背中の間に押し入れ、ヘラには見せないようにした。
「ふーん、、、そうなんだー。ねぇねぇ~それよりさぁっ! ゼウス~ふふっ」
ヘラは一瞬隠した本を鋭く見つめていたがすぐに興味を無くし、俺の隣に勢いよく座ると腕を胸に密着させて頭をこすりつけてきた。
「っおい! くっつくなよあちいなぁ――――あんだよぉっ!? 何か用かよ??」
「うぅん! 用なんかなぁ~んもないけど、ただ一緒にいたいな~と思って、ふふゅっ」
出たよこいつ。ほんと外ではくっそ根暗のコミュ障のくせして家だとこれだからな! 猫被るってレベルじゃねぇぞこれ!
「みゅ~幸せぇ。あっ、ねーゼウスぅ?」
「はぁ。今度は何だよ?」
「みゅふふっ呼んだだけぇ~」
――――――は? は?? ごめん――――はw??? 理解に苦しむんだけど! ついに痴呆でも入ってしまったのかなこのおばはん!? 用事もねぇのに名前を呼ぶとか、バカじゃねぇのこのぽんこつ!!! 今のくだらない愚行のせいで、おれっちは人生における貴重な5秒の時間を無駄にしたんだけど! ほんとふざけんなよこのイかれクソロリババア!!!……って言ったら飛び膝蹴りされるから言わない。
「……ふーん」
「ひゅひゃふひゅ~。あっ、そうだ! ちょっと待っててゼウス!」
「あ、ちょっとおい!」
ヘラは急に何かを思い出したかのように、自分の部屋に走って向かっていった。自由だなぁ~ほんとあいつ。と思ってたら、すぐに何やら本を持って戻ってきた。
「あのさーあのさー! 今読んでるBLの新刊がさ~うんたらかんたらちんたらかんたら~びびでばびでぶーでねーでゅふふっ。これっ、これっ見てよゼウス! このページぎゅふふへへぇぇ」
うっざwwwwくそうぜぇwww! 何言ってんのか全然分かんねぇし、ほんとこれ重症だろ。
俺は本気でヘラのことが心配になったが、一応言われた通りそのページを見てやった。すると、そこには裸の男が二人いて、なにやら片割れの男がもう一方の男の顎を指でくいっと持ち上げていた。
「What is this?」
「ふっふ~ん! これめっちゃそそるシチュエーションなんだけど、あごくいっていうの――どう? まじヤバくない?? 超きれいなんだけどこの絵~きゃぁっ!!!」
「……へーん、やるじゃん。ふーん、すごいじゃん」
俺は付き合いきれなかったので、ヘラの話を聞き流すことをこのとき決めた。
「それでさぁ~この後がめっちゃすごくてさぁ~なんとなんと! まさかのゼウスが登場するのっ!!! もうアタシほんとこの作品神かよっ!ってネットにコメントもさっき送ったんだけどね! なんかぁ~ゼウスがバビューンって飛んできて、悪いやつらをボカスカッってこてんぱんに倒すの! ほんと超かっこいいっ!!! でゅへへもへへへきゃはっうーぁ~しゅごいいぁぃっ!」
「へぇーそうなんだぁー」
「でねっでねっ! そしたらこの巻の最後のほうでなんとなんと! アタシも登場しちゃったりするの! ヤヴァくね??? もうほんとこの作品神超えてるぜって感じで、さっき出版社に電話したんだけど留守だったんだよね~。そ、それでさ。な、なんかゼウスがあ、アタシのほっぺに、ちゅ、チューを、きゃーっ!!!」
よくもまぁこんだけ一人で盛り上がれるなぁ~と思いながら、俺は天井のシミを見つめながらぼんやりと話を聞き流していた。
「はーん。へぇーいいね」
「そ、それでね! この後さらにしゅごぉい展開があってね」
「ふーん。ははーん、やるじゃん。すごいね、へぇー」
その後、小一時間延々とBLの話を続けたヘラだったが、急に黙ると上目遣いで俺を見つめてきた。
「ん、どうした?」
「あっ、あのねゼウス! アタシはねっ」
「うん」
「ゼウスのことがぁ~」
「うん」
「だぁぃしゅきなのぉてへっ☆」
「あ、そっすかw」
「そうそう~それでね、アタシはぁ」
「うん」
「ゼウスだけの~」
「うん」
「ビッチなんだから、キャー」
「あーそっすかw」
――――何言ってんのこのババアwwwマジで理解不能で草。いやぁきついっすねぇマジで。年齢考えてくれないかな。
俺はその後も、ハナクソをほじくりながら相槌を打ち、適当な受け答えをしてこの場をやり過ごした。
………………
~次の日~
「はぁ~あ! よく寝たなぁ?」
「あっゼウスーおはよぉ!」
「おう~おはよす! ――ん? 何だよ、随分とご機嫌そうじゃん!」
「だってさぁ~ゼウスが昨日あんなに相槌を打って、熱心に話を聞いてくれてたから、アタシほんと嬉しくなっちゃって! それでさぁ~昨日のBLの話の続きなんだけど」
「……ん? えっ?? BLって、、、何の話だっけ?」
「何で聞いてないのよっ!!!」
「――――ぐわぁあぁあっ!!!」
言い訳する間もなく高速のヘラのビンタが俺の頬を打ち砕く。
「あっ、がぁ、し、死ぬぅ」
「やっぱりそうなんじゃないかって思ってたけど。どうして、どうしていつもアタシの話を覚えててくれないのよぉ!!!」
「ま、待て待て! 話そうジャマイカ! なっ――ぐおっ!」
身振り手振りで必死に和平を持ちかけても頭に血が上ったババアは当然聞く耳など持つわけがなく、ヘラは俺の上にまたがると二発目のビンタをかましてきた。
「ばかばかばかぁ!」
「うごっ! ぐぎゃぁあっ! ――あ、太もも柔らかぎゃあああっ!」
「ゼウスなんかぁ~ゼウスなんかぁ~」
「いたいっいたいっ! ちょ、本気で痛い! マジごめんなさいもうやめて! 許して!!!」
言葉を発する暇もない程の連撃が、俺の顔中にまんべんなくダメージを与えてくる。
「分かった分かった! 俺が悪かったからマジで! 謝るからほんとマジで! これ以上は生命の危機なんですけど!」
「ほ、ほんとぉ? ちゃんと話を聞いてくれる?」
「聞くよ、聞く聞く何でも聞きますとも」
「じゃぁ、許してあげる……シュキ」
ヘラはようやく怒りを鎮めると、小さく俺への好意を口にしながら体を預けてきた。
「んんっ~ゼウスの胸あったかくてたくましくてしゅきしゅきだ~いしゅき!」
「ったくしょうがねぇなぁ~」
俺はヘラの頭を撫でてやった。するとこいつは本当に幸せそうな顔で
「えへへへー」
と言うと、俺の胸に顔をぐりぐりと押し付けて楽しんでいた。
(ちょっ――角がちょくちょく当たってマジいてぇんだけどw。ま、いっか。ふぅ~ババアに好かれんのも一苦労だぜ!)
――――そう、こいつが横にいる日常は常に死との隣合わせといっても過言ではないほど危険だ。死は俺のすぐ傍に横たわっている、と言ってもいいだろう。
でも、こいつといるこんな日常はそこまで嫌いじゃない。それに、こいつには俺様がついててやらないとだめだからな!
「はぁ。今日もほんと、平和だなー」
………………




