第三十七話 メガネウス 後編
※大幅な修正の必要あり(2022年現在)
修正が完了したら前書きの文言を消します(前書きのないものは基本的に修正の必要なしです)。それまでは隙間時間でちょこちょこ修正するので、修正完了版のみ読みたい方は前書きの有無で判断してください。よろしくお願いします。
「加藤様、大変お待たせしました。オーダーメイド品は後日店頭での受け取りとなりますが、見たところお客様のメガネはだいぶ破損していらっしゃるようですので、商品が届くまでの代替品を持ってまいりました」
店員は浮かない顔でうつむきながら待つゼウスに、黒ぶちのシンプルなメガネを持ってきた。
「お、気がきくじゃあ~ん、、、と思ったけどなんかこれ普通過ぎじゃね?」
「そ、そうですか? 最近とても人気のシリーズとなっていまして、御客様にとても似合うメガネだと思うのですが」
「いやぁ、人気だから良い色っていう短絡的な思考はまずいよ君! そんなことじゃ目まぐるしく変わりゆく時代の流れに置いてかれちゃうよ??」
「は、はぁ……なるほど」
彼女はゼウスの自信たっぷりな言葉に圧倒されると、ただなすすべもなく頷いていた。
「だいたいさ~黒って、その辺の一般人がよくつけてるやーつじゃん! さっきも言ったけどおれっちは燃えるような友情の赤とか、もえみちゃんのイメージカラーの『ファッキンクレイジーショッキングピンク』が良いと何回言えばいいのかな? このオタンコナスメガネは!」
(えぇ~さっきそんなこと言わなかったと思うんだけど……オタンコナスとか生まれて初めて言われた)
「なんだよ? 客に向かって物申すつもりか店員!?」
「い――いえ。……ただその~、あまり気をてらったタイプよりも、真面目で落ち着いたタイプの色がやはりお客様には似合うと思いましたので……」
「――いやいやっ! それはおれっちのことをまだよくわかってないよ君ぃっ! いいかい、例えばさぁっ――――」
ゼウスは彼女の言葉を聞くと、小走りで少し離れた女性用のメガネ置き場に行き、展示されているメガネを指差しながら
「このピンクとか黄色とか、そっち系のやつのほうがやっぱり俺には合ってるでしょ? そういうのないの??」
と言い出した。
「一応ございますが。しかし、失礼ですがお客様の頭のサイズですと……明らかに小さくて合わないかと思います。何分、それらの色は女性用のタイプが多いですので」
彼女は目を細めながらゼウスの頭のサイズを目視で測ると、控えめながらも彼の意見に否定的な態度をとる。
「えぇ~やだやだっ! おれっちピンクとか黄色がい~い~黒とか普通なのやだぁやだぁっ!!!」
「――――お、お客様少し落ち着いてください他のお客様のご迷惑に……」
「やぁ~だ~! やぁぁああだぁあぁっ!!!」
「わ――分かりました! そこまで強く要望されるのであれば、私がいくつか候補を持ってまいりますので、今しばらくお待ちください!」
彼女はこれ以上ゼウスを刺激すると何をしでかすか分かったものじゃない――と危機感を募らせ、慌てて店の奥へと向かった。
「早くしろよ~」
………………
「お、お待たせしました。御客様のご要望に近いものですと、女性用ではございますが、ピンクの品がいくつかありました。黄色は残念ながら生産中止のものも多く……在庫にはございませんでした」
「……おぉ~、この濃いピンクとかなかなかええ色しとるやん! あー、そーゆー言い訳とか聞きたくないからw! 言い訳をするくらいなら品物を用意するほうに全力を注いでくれるかな?」
「は、はい。申し訳ありません」
「ま――いいけど。おれっちすこぶるイケメンだから! 感謝しろよ~?」
「あ、ありがとうございます」
「そんで~……ふーん。どれもなかなか良いじゃん? そうだね~、俺だったら普通に考えてこれかな?」
ゼウスは並べられた五個のメガネの中から、一番派手でピンクの色彩が強いメガネを選んでいた。
(……あー、やっぱりそれ選んじゃいましたかー。もしかしたら、もしかするとそれ選ぶと思ってましたけど、それ選んじゃいましたかー)
彼女は口には出さなかったが、ゼウスが選んだものを見てあちゃーと苦笑いしていた。
「いいな~これ! 早速つけてみっかーへへっ。……んー、なんかちょっときついかなー?」
ゼウスはメガネを無理矢理装着すると、顔の側面に働く圧迫感に困惑の表情を浮かべていた。
明らかに小さなメガネは、彼の顔によって横へと押し広げられ、耳かけの部分の大半は宙に浮き、かろうじてかかる程度になっていた。
「……なんかちょっといてぇけど、慣れるだろ! ――――どう! 似合ってる??」
「あ、あのー……やはりそのメガネですとサイズが合っていませんので、メガネが固定されずグラグラしてしまって良くないと思いますが……」
「んーそうかもだけど、めんどいからこれでいいやw!」
「そ、そうですか。……では、あまり激しい運動をされると外れてしまいますので、お気をつけください」
「――――はぁ? そんなん言われんでも分かってるわ! このボケナスが――――あぁっ!? ……うっ、くそっ! また……」
ゼウスはまたもや罵倒の途中で左胸の痛みに驚くと、体をうずくめるようにしてしゃがんだ。
「お客様っ!!! 大丈夫ですかっ!?」
(……うへぇ~、またこれ力失った感じっスか? あ、そっすかーふーん……)
「お客様! お客様っ!! ……大変、救急車呼ばないと――」
「――――どーどーどー大丈夫大丈夫~!」
「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」
「余裕のよっちゃんだおwwwははっ……。と、とにかくさ! この俺様のような究極のイケメンに似合ってるだろこれ??」
「え、えーっと……その……」
「あぁっ!? 似合ってないっていうのか? ハッキリしないやつだなぁっ! 似合っているのかそうでないのか、YesかNoで答えろや!」
「の……いや、Yesで……」
「――だよねっw! 良くできました!」
ゼウスは彼女を勢いでねじ伏せると、満足げな顔で笑う。
(……なんかサイズも色も合ってないものを売っちゃうなんて、私最低だなぁ。でも、この人このメガネ気に入っているみたいだし……それに、この感じだと持病もあるよねきっと? これ以上刺激したらヤバいよね……)
彼女は自分の不甲斐なさとゼウスへの罪悪感に心を痛めていたが、彼の意見を尊重することに重きを置くことにした。
「……すみません。お客様が気に入った商品を購入されるのが一番です。さしでがましい事を何度も言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「……いや、この全知全能の俺様に怖じ気づかずに進言するなんて、なかなか出来ることじゃないよ? 自分を褒めてやってもいいんじゃない? なかなかやるほうだと思うけどねー人間にしては!」
(この人のこの自信は一体……もしかして、芸能人とかどこかの会社の社長さんだったりするのかなぁ? 何者なんだろう……気になるなぁ)
店員はゼウスの余りにも自信過剰な態度に驚嘆すると、彼の正体についてあれこれ想像をしていた。
「あぁ~、それにしてもこの色いいなぁ~嬉しいなぁ? ――あ、そういえばこのメガネってさ、常識的に考えてもらってもいいんだよね? アリガトウゴザイマ~スwww!」
「えっ……い――いえいえ違います違いますっ! そのメガネは御客様が注文された商品が届くまでの代替品となりますので、受け取りの際には返却して頂ければと思います」
「つまるところ、レンタルってことっすか?」
「そ、そういうことになるんですかね? レンタル料はかかりませんが」
「ふ~ん……じゃあ一生レンタルしていい?」
「――ええっ!? そ、それは困ります。……そうなりますと購入して頂くことになりますが、まさかそんなことは――――」
「ふーん……じゃぁ、しょうがねぇからこれも買うわ! いくら?」
「――ええぇえっ!? か……かしこまりました。えっと……お値段は32560円です、ね」
「ふーん、そんなもんか。はした金だな!」
「で、ではこちらも購入されるということでよろしいですか?」
「よろ!」
「は、はい! かしこまりましたぁ……それではこちらも、金額に含めさせて頂きますので、少々お待ちください」
彼女はゼウスの正体についてあれこれ考えていたが、確証を掴むことはできなかった。しかし、少なくともこの男は只者ではないということを、彼女はこの時感じたのであった。
………………
「お待たせしました。後はクレジットカードの暗証番号かサインを頂いてもよろしいでしょうか?」
「暗証番号は忘れちったからサインで……って言いたいけど、またサインか~めんどくさっ! ……どうせないと思うけど、羽根ぺんは?」
ゼウスはうんざりした顔で、よこせと言わんばかりに手を彼女に差し出す。
「あ――はい羽根ペンですね? 少々お待ちください」
「あーやっぱりねー。ほんとこれだから無能は……えっ? 羽根ペンあんの??」
ゼウスは信じられないといった様子で彼女に聞き返す。
「えっ、羽根ペンですよね? 鳥の羽根がついた……?」
「そ、そうだよ。そうだけど……あんの?」
「もちろんございますよ!」
「――――あんのかよwwwwwwワロタ。何であんだよwww」
「羽根ペンなら普通どこにでもありますよ! 当然です! 私も『マイ羽根ペン』持っていますし……ないほうがむしろおかしくないですか??」
「えっ……お、おう。……や、やっぱりそうだよな、きちがい多くて困ってたんだよなぁ、うん。ほんとそう……うん」
「そうですよ! 今持ってきますね~」
「お――おう」
ゼウスは店員のさも当然と言わんばかりの堂々とした予想外の返答にたじろぐと、彼女のことを只者ではないやつと感じていた。
………………
「これですよね!」
「あーこれこれ、やっぱり古よりサインするペンは、羽ペンて決まってんだよなぁ! 古き時代の良きものを忘れちゃだめだよね!」
「全くもってその通りです!」
「お前いろいろとうるせぇメスガキだと思ってたけど、なかなか見込みはあるやつだな! ――どう、今夜あたり一杯?」
「は、はぁ……い、いえいえ――遠慮しておきます」
「ちぇっ、つまらんのぉ! ……うーん、新しいメガネかけて見えやすくなったからか、よく見ると……お前なかなかメガネ似合ってて可愛いな? ……うん、メガネかけてる女ってのも悪くねぇもんだな?」
「――えっ!?」
ゼウスは目をパチクリと何回も瞬きさせると、彼女の顔を見つめだした。
「いやぁ、前まではメガネかけてるとかないわ~とか思ってたんだけど、意外といけるかもしれん! 毎日かけてるせいか、メガネにだんだん愛着もわいてきててな! メガネ系女子か~、今おれっちの中でホットなものの一つになりそうだわwww」
「そ、それは良かったですね」
「よ~し、じゃぁサインしてやっか!」
ゼウスは羽ペンを彼女から受け取ると、自身の名前をサインの枠を無視して大きく書いた。
「――ふふん、どうよおれっちの字は?」
(うわぁ……枠はみだして書く人初めて見た)
「何だぁ? あまりにも上手くて声すらでないか?」
「は、ははは……えぇ。それではこちらが控えと領収書になります。およそ一週間ほどで出来ますので、出来ましたら連絡をさしあげますね! それから代替品……いえ、こちらが購入された商品になります」
「おっ――さんきゅー。ははっ、これでトーマもおれっちの魅力にメロメロだな! そんじゃ、またくるわ~。最高級のメガネを用意しておけよ!」
「はいっお気をつけて! またのご来店を心よりお待ちしております」
「お待ちしてて~ばいび~べいび~」
………………
「がははは! いや~まじ、俺様おしゃんてぃ~すぎて笑うわぁwww」
ゼウスは新しく購入したメガネを高々と掲げると、スキップしながら帰っていた。
「燃える赤……もいいけど、やっぱもえみちゃんのピンクも捨てがたいよな~? これ選んで良かったわ~――おっと!!!」
上をみながらスキップしていた彼は足元の石につまずき転びそうになったが二、三歩片足で前に進みながらバランスを保つと、なんとか転ばずにすんだ。
「ふぅ~、あぶねぇあぶねぇ! 危うく新品のマイメガネに傷がつくところだったぜぇ~」
ゼウスはうっすらとにじみ出た油汗を手の甲で拭い去ると、鼻歌を歌いながら再びスキップをする。
「ふ~んふ~ん。もっえ~もえもえもえみちゃ~ん、ふふふ~んいけいけもえみちゃ~ん~。……いやぁ~嬉しいなぁ? これでおれっちのイケメン具合にさらに磨きが――――ん? ……何だあれ??」
上機嫌でいたゼウスだったが、自分の進行方向の上空に何やら黒いものが飛んでいるのを確認すると眉間にシワを寄せる。
「ん~? 度があってないからかなー、なんだあれみえなぃ……って、えっ――ちょっ! 何か近づいてくんだけど――うわぁっ!?」
ゼウスが何かを口に出そうとする前に、それは彼のほんの五メートル先に物凄い勢いで落下した。
「――オッホゴホッコホォッ――ゥオ~ホッホッ! 何だよいきなりっ!?」
舞い上がるアスファルトと砂ぼこりが勢いよく巻き上がって視界を遮り、ゼウスをむせさせる。
「――ゥオッホッホッウッホッホ! んん゛んっ! くそっ一体何が――――あれっ? ま、前が見えない! ちょっとまってメガネメガネ――どこっおれっちのオニューでおしゃんてぃーなメガネはっ!?」
ゼウスはメガネが衝撃でどこかへ行ってしまったことに気づくと、ボヤけた視界で懸命にそれを探し始めた。
「あぁあっ! ……くそっ! どこだぁ~……あっ、うっすらピンクっぽいやつ……これかっ!? これだよな――――あーっ!!! あっ、あっ、あぁっ……お、おれっちのおニューのレンズにヒビがぁっ!」
ゼウスがやっと見つけ出したメガネは、買ったばかりにも関わらず無情にも右側のレンズに大きな亀裂が入ってしまっていた。
「――――もう許さんっ!!! これめっちゃ高かったんだぞ……俺の金じゃないけどw! ――やいっ! ふざけんじゃねぇぞ、誰だてめぇはっ!!!」
ゼウスは、煙の立ち込める中に浮かび上がるシルエットに怒りの言葉をぶつける。すると、それは乾いた笑いを含みながら
「……はっ、相変わらずのマヌケで笑わせてくれる。――――やっと見つけたぞ、ゼウスゥッ!」
と、力強い声で彼に反応していた。
「その声は……お、お前は――――」
………………




