第二十八話 本気のオタク
※大幅な修正の必要あり(2022年現在)
修正が完了したら前書きの文言を消します(前書きのないものは基本的に修正の必要なしです)。それまでは隙間時間でちょこちょこ修正するので、修正完了版のみ読みたい方は前書きの有無で判断してください。よろしくお願いします。
「――お、あれかぁっ!」
ゼウスは店に入ると、テレビの前に人だかりが出来ている様を目撃し、
「邪魔だぁキモオタ共! どけどけぇっ見えねぇだろうが!」
と、人をかきわけあっという間に最前列に躍り出た。
そして、画面に写し出されたPVを観るや否や、
「うぉおおおおぉおお! これマジ? 新しいゲーム出んの? きたぁああぁあ!」
と、後ろにいる者などお構いなしに小躍りを始めた。
「お色気システムもあるとかたまりませんなぁ……グヘヘヘ――あっ! 新キャラ登場ってまじか……いや、これ以上増やすとモエミちゃんとキチナちゃんの出番が減るしな~、うーん」
(――――何だこのおっさんっ!? 見えねぇんだけど、なんなの……)
(うわぁ……邪魔だなぁ。こんな非常識なやつがいるとか……家帰って、ちゃんと観るか)
ゼウスの自己中心的で迷惑な振る舞いに嫌気をさした人が一人また一人と徐々に減っていき、PVが再び繰り返される頃には先程までの人だかりが嘘のようになくなってしまっていた。
それでもゼウスはお構いなしに一人で勝手に盛り上がっていた。そんな彼の行為を隣で見ていた男が、たまらずゼウスに怒号を浴びせた。
「キチナちゃんやっばっ――おっぱいの揺れやべぇ……ふぅ」
「……おいおまえ、少し黙れよ! お前が自分中心だから周りに迷惑かけてんのが分かんねぇのか?」
「イェイイェイイェ……あ? なんだお前? はっ? 今、せっかく盛り上がってたのになに邪魔してくれてんの、おい?」
「別に喜ぶのは構わねぇけど……俺も嬉しいからよ。だけど、少しは周りにも気を使えよ」
「は? なんで俺がお前らみたいなキモオタ共に遠慮なんかしなくちゃいけねぇんだよカス。おとといきやがれ!」
「……あ?」
ゼウスのバカにしたような物の言い方に、冷静に注意した男は頭にきたのか、彼をするどくにらみつけた。
「中川君、やめときなよ」
「そんなやつほっとこうよ中川君……そいつ明らかにヤバイやつだよ」
中川の隣にいた二人の連れ添いは、彼の少しイラついた様子を見て心配したのか、口々にゼウスと関わらないように彼に勧めていた。
「いや、こういうやつは痛い目に合わせないとまた迷惑をかけるだろ」
「あ? なんだお前、キモオタの分際でこのおれっちに物申すつもり?」
ゼウスはズボンに手を突っ込みながらチンピラのような振る舞いで中川をにらみ、威嚇した。
だがそんなゼウスにも中川は一歩も引かなかった。
「……お前――あれか……いわゆる隠れオタクってやつか? オタクっぽい顔して、そんなモエミちゃんのTシャツまで着てるけど……裏ではオタクのことバカにしてんのか、あ? お前みたいなハッキリしない中途半端なやつが、俺は一番むかつくんだよ。どっかいけよ!!!」
「そ、そうだそうだー中川君の言う通りだ!」
「……なんだよこいつ。あんだけデカイ態度とってたくせに、にわかか。あっちいけよはんぱもん!」
ゼウスのオタクを侮辱する言動に我慢できなくなった彼らは、ゼウスを次々と責め立てた。
「う……んだとぉ! このっ――」
ゼウスは痛いところを突かれると、なにも言い返す言葉が見つからずに力で彼らを黙らせようとした――が、その前に逆にリーダー格の男である中川に胸ぐらをつかまれてしまった。
「――っぁ!? おめぇ、人間の癖にこのゼウス様に……生意気だぞっ離せっ!」
「ゼウス……お前らこいつ知ってる?」
「中川君が知らないなら僕は……」
「いや、全然。……どうせ底辺ユー○ューバーかなんかでしょ?」
「……そうか。おいお前、そんだけデカイ口叩いてモエミちゃんのファンを気取ってるのはいいけどよ。お前――モエミちゃんのアニメの初回放送日がいつか、答えられんのか?」
リーダー格の男は胸ぐらを掴む力をさらに一段強めると、ゼウスに顔を近づけ真剣な表情で尋ねた。
「はなせ――はっ? ……そんなん……知らねえょ」
ゼウスはモエミちゃんに関する質問だったので答えたやろうじゃないかっ!――と思っていたが、全く知らなかったため答えられずに下を向いた。
「……お前、常識も知らねぇのかよ。じゃぁ、モエミちゃんのアニメの聖地巡礼はもう済ませたのかよ?」
「……セイチジュンレイ? ……何だよそれ、意味分かんねえよ!!」
ゼウスは彼の言っていることが理解出来ずイライラを溜め込むと同時に
(こいつ……おれっちより遥かにモエミちゃんについて知ってる……ぽい)
と、少し負けた様な気分になっていた。
「……ふん、所詮その程度の愛か。あのな、俺はな、テメェみてぇな玄人気取りの半端者が見ていて一番イライラすんだよ。分かるか、あ? お前にわかのくせにオタク気取ってんなよ。……本気のオタクなめんなよ?」
「お、おれっちは……ぐぬぬぬぬ」
リーダー格の男の気迫溢れる言葉に気圧されたゼウスは反論できずに、ただ顔を歪め睨み返すことしかできなかった。
そんな彼等の真剣な様子を、少し離れたところから楽しんで見ている者が一人いた。――アレスである。
(……なんだこれ……超面白いぞw。あのオヤジが言い返せずにめっちゃ悔しそうにしてるなんて……傑作なんだがwww)
彼はこの状況を楽しんでおり、助けようか少し悩んだがもう少し様子をみることにした。
「お前さっきPV観てるときに言ってたが、もしかしてキチナちゃんも好きとか抜かすんじゃねぇよな?」
「えぇっ!? 中川君、さすがにそれは……」
「さすがに、ない……でしょ?」
取り巻きの二人は、有り得ないといった様子で中川の言葉を信じられずにいた。
「……いやさっきこいつキチナちゃんが出てくるところですげぇ喜んでたぞ。――おい、どうなんだよ?」
「あ? あんなパイオツデカくて可愛い女の子嫌いになる要素がないだろぉがっ!」
「……それだけか?」
「っ――。……」
ゼウスはここぞとばかりに反論しようと試みるも、それ以上言葉が出てこなかった。
「お前、嫁を複数持つタイプのやつか……最低のゴミクズ野郎だな。浮気者がデカい面してんじゃねえよっ! お前にモエミちゃんのファンを名乗る資格はない!」
「――なっ……俺は、ただ……」
「そうだそうだー! 中川君の言う通りだ!」
「モエミちゃんに謝れ! このクソユー○ューバー!」
「あんなキチナとかいう悪の女に魂を売った恥知らずが、お前は二度とオタクを名乗るな、このはんぱもんが!」
ゼウスは周りから口々に罵倒を浴び、言い返せそうとするも言葉が見つからず、ただ唇を噛み締めることしかできずにいた。
(……くそっ。確かにこいつには返せる言葉がない。……そうか……おれっちのモエミちゃんに対する愛は本物じゃなかったのか……)
ゼウスは中川の言葉を聞くと、確かにそうかもしれないと思うようになり、ガックリとうなだれてしまった。
(おぉ……凄いなこれ、ガチのオタクぱねぇw。……さすがに、オヤジのやつあんな涙目になっちゃって可哀想になってきたな……しょうがない。ここはこの俺が――――っ!?)
父のトラブルを見かねたアレスが、手助けをしようと行こうとしたとき、彼の横をもの凄いスピードで銀髪ショートカットの小さな子が通り抜けていった。
「――――好きなキャラが何人もいたっていいじゃないかっ!!!」
「「「――――っ!?」」」
そして、その子は店中に響き渡るような声でそう言い放った。
半分ショックで放心状態だったゼウスは、そんな自分のことを必死で擁護する幼き容姿の者の姿を見て
(……これが、天使か?)
と、救われた気持ちになっていた。
「な、何だこの女の子は!? いきなり出てきて大声出しやがって――なんか文句でもあんのかよ!?」
「好きなキャラクターがたくさんいたっていいじゃないかっ! その人からは、本当にモエミちゃんが好きなんだなって気持ちがひしひしと伝わってきたよ!」
彼女は、全身を大きく震わせながら必死にゼウスの味方をしていた。
「な! こんなやつがか? こいつはあのイカれたキチガイのキチナちゃんに浮気をするようなやつだぞ!?」
「確かにあのキチガイっぷりは他に類を見ないけど、そこがいいんじゃないか! 彼女がいるからこそモエミちゃんがより引き立つんだから!」
「そ、それは……そうかもしれんが」
「むしろ、僕は君に聞きたい。本当に君は……モエミちゃんが好きなのか?」
「はぁっ!? 俺よりモエミちゃんについて詳しいやつなんて」
「うん、そうかもね。でも僕は好きかどうかを聞いたんだよ? ……僕には、君が周りに知識をひけらかして優越感に浸るためにモエミちゃんを利用しているように見えてならない」
「――ちがっ、おれはそんなんじゃ! こ、こここ――こいつは聖地巡礼もしてないにわかのクソ野郎で――」
「知識がなくたって、聖地巡礼をしてなくたってその人の愛情は本物だよ! 少なくとも今の君よりは、彼のほうがモエミちゃんのファンとしては上だと思う」
「お、お前ふざけんなよっ! いきなりしゃしゃり出てきて、さっきからわけわからんことばっかり言いやがって――ケンカ売ってんのかぁっ!? 女だからって容赦しねぇぞっ!」
「そ、そうだよ! 中川君やっちゃえ!!」
「ぶっ飛ばしちゃってよ中川君!」
「――うっ」
イライラしていた中川は、たまらず彼女の胸ぐらをつかむと手を大きく振り上げた。
(――あ、あわわわ。どうしよっ……思わず飛び出ちゃったけど――殴られる!)
中川のビンタが縮こまり怯える小さな者に襲いかかろうとしたその時――、
「食らえっ、オナニーパンチ!!!」
「――ぐわぁっ!」
ゼウスの拳が中川の左頬を強打していた。
「ぅ……てめぇなんのつもりだ!?」
「お前、こんないたいけな幼女に手を出すとか正気か?」
「くっ……」
ゼウスはキリッとした表情でそう呟くと彼女の方を向いた。
「……ありがとよ。お前のおかげでおれっちは気づかされたぜ。大事なのは頭じゃない……」
ゼウスは感謝の微笑みを携えながら小さな子の肩にポンッと手を置くと、中川等の方を振り返り――
「心臓だってな!」
と、親指で胸の辺りを指さした。
「……くそっ、なに格好つけてやがんだ! 元はといえば全部お前が悪いんだ――ふざけやがって、死ねやぁにわかやろぉおぉっ!」
「――――ハイパー~~オナニーパンチ!!!」
掛け声と共に繰り出されたゼウスの体重を乗せた渾身のボディブローが、中川に容赦なく炸裂する。
「――うぶぉぁあっ! う……」
「「――中川君っ!!!」」
中川はたまらず膝を地につけると、うずくまった。
「……正義は必ず勝つ!」
さっきまでボロボロに打ちのめされていたゼウスは、自信を取り戻すと中川を見下ろしてそう言い放った。
「……くそっなんでこんなわけのわからんやつに……。俺はぜってぇ、認めねぇからな……覚えとけよっはんぱもんがっ!」
中川はお腹をさすりながら店を出ていった。
「あっ、待ってよ中川君っ!」
「中川君大丈夫っ!」
そして中川の連れの二人も後を追って店を後にした。
………………
「人間相手にあのパンチは、ちとやりすぎじゃねオヤジ? あれ大分痛そうだったよ……」
「あ、あぁアレス見てたのか。……なんかおれっちを身を呈してかばってくれたこの娘がやられそうになってたから、いてもたってもいられなくなってさ。気がついたらとっさに体が動いてたんだが――もしかしたら、力が少し戻ってるのかもw」
「あーやっぱり力ほとんど、封印されてたんだ」
「なんだお前、気づいてたのか?」
「う~ん、なんとなくだけどね。なんか、覇気っていうかキレっていうか……そういうのだいぶ減ったなと思ってさ。最初オヤジ見たときもすぐには気づかなかったし」
「……まぁ、そうかもな。おれっちもそれなりに歳だし、中身は永遠の20代なんだけど、体はもうなかなかついてかないのよ。昔はキレッキレだったんだけどなぁ」
(中身は10以下だろ?)
「あ? なんか言いたそうだな極悪人」
「……あ、あのぉ~」
少女はゼウスに声をかけていたが、小さいのか彼は全く気づかずにアレスとの会話の世界に入り込んでいた。
「いやっ別にw。……やっぱりオヤジは結構凄いなと思ってさ」
「んだろぉw? まぁ、宇宙を救ったレジェンドなんで」
「――あ、あのっ!」
少女は今度は少し大きめに声をかけてみた……が、これでもまだゼウスだけにとどまらずアレスも彼女の呼び掛けに気がつかない。
「でも、オヤジのその技――オナニーパンチだっけ?――単に力に任せて殴るだけじゃねぇかwww。魔力も使ってなかったし」
「そうだよ、バレたかw。まぁ、あの程度の雑魚にはこの技で十分だしな! それにしても、あいつの帰り際の言葉聞いたかっ? 『覚えとけよ』だってよw。マジで小者のセリフ使うやつがいるんだなwww」
「あ~言ってたなw。んまぁ~、こんなふざけたくそダサい名前の攻撃でやられたらむかつくだろうから、そう言っちゃうのも無理はないと思うけどねー」
「あ? てめぇも味わっとくか??」
「遠慮しとくわ、なんかきたねぇしw」
「は? 調子のんなよ極悪人の童貞野郎が!」
「――んだとっ!? さっきまで半べそかいてた泣き虫ジジイが!」
「あのぉっ!!!」
いつまで経っても話を聞いてくれない二人に、思いきって少女は大声で話しかけ、存在をアピールしてみた。
するとようやく二人は彼女の存在に気づいた。
「やんのか――ん?」
「決闘だ――あっ!」
「あ、やっと気づいてくれた。――あのっ! 助けてくださってありがとうございました!」
彼女は頭を何度も下げてお礼の言葉を述べた。
「……あぁ、すっかり忘れてたすまんすまんwww。大丈夫かいお嬢ちゃん? ヌヒヒ、なんならこのおれっちが熱い介抱を――」
「こぉっらっ!!」
「いってぇ~、邪魔すんなよ極悪人」
「助けられたのはオヤジのほうだろうがっ! それにいくらこの子が可愛いからってすぐに手を出すのはオヤジの悪い癖だぞ! ……ここはまずは慎重に、連絡先の交換からだな――」
「ファーッwww、おまっ恋愛初心者かな? そんな生ぬるいこと言ってっからお前はいつまでたっても、『童貞の青二才』なんだよタコ」
「あ、ふーん――オッケー! そしたら母ちゃんに連絡しとくわ!」
アレスはゼウスの言葉を聞くと、徐にスマートフォンを取り出した。
「おまっ――あぁっ!? てめっ――それだけはマジでやめてwwwほんとお願いだから殺すよマジで?」
「あ? じゃあさっきの侮辱、撤回しろや? 土下座だよ土下座www誠意見せろよクソオヤジ」
「は? だれが謝るかよタコwww。時には残酷なことでも真実を正しく伝えてやるのが、神としての務めなんだよ――分かるかタコ?」
「じゃあ俺もその『お務め』とやらを果たさないとな~母ちゃんの電話番号はっとw」
「あっ! このっ――ふざけんなクソガキッ!」
「あの……」
二人は彼女をおいてけぼりにすると、再び二人の世界でのやりとりに没した。
「おぃっオヤジやめっ――スマホ壊れんだろ! 離れろよっ!」
「やだぁっ!! 君が電話を止めるまでこの手を離さないw」
「うっざwwwありえんくらいうざいんですが」
「あのっ―――!!!」
そんな彼等に少女は再び勇気を振り絞って、大きな声で話かける。
するとさすがの彼等もその声に思わず、
「「あぁんなんだよっ!?」」
と大きな声で反応していた。
「――っその、大変申し上げにくいんですが……僕、男です」
「「…………えっ」」
………………




