第二十七話 親子ゲンカ
「おいっす~」
オラの穴へと着いたゼウス。彼は入口から恐る恐る店内を覗き、息子の姿がないことに安堵した。
「なんだ、あいつ今日はいねぇのかぁ。じゃ、謝る必要もねえよな? だっていないほうが悪いもんね」
ゼウスは約束をすっぽかした後ろめたさを持ちつつも帰ろうとしたその時、ちょうど後ろからやってきたアレスと目が合ってしまった。
「ぁああぁああぁっ!!! オヤジってめっ昨日はよくもぉぉふざけんなよおいぃっっ!!!」
「うわぁああぁああぁっ!! お、お前! いやっめんごめんごっ! アラーム16時にセットしたんだけど起きれなくてwww。あれだよほら、低血圧だからさ」
アレスは言い訳を並べるゼウスに目を吊り上げると、胸ぐらを掴み詰め寄った。
「何で16時に待ち合わせなのにその時間にセットしてんだよ! 遅れんなよタコとか言っといて、どっちがタコだよ、あ?? 遅刻する気満々かよw。血圧以前の話だからっ! この落とし前どうつけてくれんだよっ!」
「おいおいそんなに引っ張んなよ、服が伸びるだろーがっ! 悪かったってほら、小遣い千円やっから! これで機嫌直せよ」
ゼウスは物凄い剣幕でまくしたてる息子に圧倒されると、ポケットから折り目の多くついた千円札を苦し紛れに渡した。
「千円? はっ、何これ小学生か??? 今どきそんな額じゃ小学生も喜ばねぇよっ! ざけんなクソオヤジ!!!」
「てめっ、千円なめんなよっ。うんめぇ棒何本買えると思ってんだ!」
「うんめぇ棒なつかしいなw。いや、そんなもん買うか!」
「これで満足しないとか、てめぇもずいぶん欲深なガキになったもんだ」
ゼウスは到底怒りの収まらないアレスを見ると、リュックサックの中から百万円の札束を出し、彼の手に置いた。
「なんだよこれ。えっ、何よこれは? いやいやちょっと待って、小遣い少ないとは言ったけど」
「まぁまぁ、取っとけって」
「えぇっ、いやいやっさすがに。こんなところで渡していい額じゃないし、なんかヤバイ取引してるみたいじゃね」
「うるせぇなぁ~やるったらやるって。それにそれ、俺の金じゃねぇしな」
「俺の金じゃないって、誰の?」
「ハーデスニキ」
「あー、おじさんのか。いや、余計まずいだろそれは」
「いいんだって、あいつは吐いて腐るほど金もってんだからよ」
「いやでも、親族での金の貸し借りはトラブルの元になるぞ」
「ぴーちくぱーちくうるせえなぁ! もらった金だからこまけぇこたぁいんだよ! はやくしまえよ」
「そ、そうかっ? じゃあ、遠慮なくもらっとくわ」
アレスは遠慮がちにそう言うと、ポケットに急いで札束をしまいこんだ。
「大事に使えよカス。じゃ、これで昨日の件はチャラな」
「ああ、そうだね。何て言うと思うか?」
アレスは不敵な笑みを浮かべると、指の骨をポキポキと鳴らし始めた。
「は?」
「それとこれとは話が別なんだわー。そんな簡単に終わらせようなんて、ちょっと虫がよすぎるんじゃないかオヤジ? この問題は、アンタをぶっ飛ばすまで終わらねえのよっ」
「おめぇ、どんだけ器の小せぇ男なんだよwwwやっぱりその金返せっ!」
「やだねっ、もうもらったし! あのね、もはや金だけで解決できるラインをとうに超えちゃったのよオヤジは! 俺のバイトの邪魔をして。おかげで店長にめちゃくちゃ怒られたんだぞっ! その上決闘まですっぽかすとか!」
「そんな固いこと言うなって〜固くしていいのはおにんにんだけだぞ」
「うるせぇよwww。あ~昨日のこと思い出したらマジでイライラしてきたわぁ、昔の血が騒ぎそう。今のオヤジならたぶん瞬殺出来ると思うんだけど、してもいいか?」
「あ? 雑魚の癖に粋がんなよ? ケラウノス使うぞおら!」
「どうせ今ケラウノス使えないんだろw?」
「あっ、しまった! はっはっは、今日のところはこれで勘弁してやるよ、ありがたく思えよカス」
図星を突かれたゼウスは威勢の良さだけは保持しつつも、今にも息子が襲い掛かってくるのではないかと内心ビビリながら伺っていた。
感情を高ぶらせていたアレスではあったが、そんなへっぴり腰な父を見てしまうとすっかりと責める気力を失い、
「はぁ、もう帰れよ」
と言い放った。
「おまっそんなひどいこと言っちゃうの? すげぇ傷ついたぞ。どーしてくれんだ!」
「元はと言えば全部アンタが悪いんじゃねえかっ!」
「何だとぉっ! クソ童貞のくせに父にむかってその態度は何だぁっ!」
「んだとおらぁ、やんのかぁっ!」
二人は唾を激しく飛ばしながらお互いを罵りあった。
「いいかアレス! ひとつ言っとくがな! 俺様はお前の鏡だ」
「あ? 鏡??」
「お前がもしも俺様を攻撃するなら俺も遠慮なく反撃するからな! 俺様に歯向かい続ける限り、可及的速やかにお前をつぶす! 分かったかこんのやろぉっ!」
ゼウスは早口でまくし立てるとアレスの頭をはたいた。
「いって! 俺、手を出してねぇのに何で鏡が先生攻撃してくんだよ。は?キレそう」
「あぁっ!!! ちょっと待って! あんなとこにヘラがっ! えっ、どうしてあいつがっ!?」
「なっ――母ちゃんっ!?」
「馬鹿がwww隙ありっ、先手必勝アタック!!!」
「どうせそんなことだろうと思ってたぜ、よっと!」
アレスはゼウスの卑怯な手に引っかかったふりをすると、右ストレートを華麗にかわし彼の右腕を左手でつかむ。そして、不敵に笑うとゼウスの二の腕を強く握りしめた。
「オヤジの考えることなんてバレバレなんだよw! わりいな、今のオヤジじゃ不意打ちしたって俺には勝てねえよ。諦めて降参しろ。ふんっ!」
「いででででで、痛い痛いっ! 腕がつぶれるっ!! ふざけんなよっこのやろぉっ、これでも食らえっ!」
ゼウスは腕を強く握られたまらず悶絶の表情を浮かべたが、そこで降参するような潔い男ではなかった。
ゼウスは左足に力を集中させると、勝ち誇った顔をしていたアレスの右のスネを思いっきり蹴り飛ばした。
「ぅぐっ! このっ、どこまで卑怯なんだアンタはっぉらっ!」
足のスネを思い切り蹴られたアレスは、するどい衝撃と痛みに前のめりになりそうだったが、ぐっとこらえると右手でゼウスの頬を思い切りつねった。
「あでででえででぇっ! ほっぺたほぉんなに強くつねったら後遺症が残るだほぉが! 手加減しろやカス」
ゼウスは強い痛みに涙目になりながらも、負けじとアレスの髪をわしづかみにして反撃に出る。
「あぃだだだっだぁっオヤジこそ髪引っ張んなやボケ!」
「おべぇがはきにはなせあほんだらぁ!」
「あっ、痛いっ! 本気で痛いっ!! 禿げる! 禿げるっ!」
負けず嫌いの二人はどちらも攻撃の手を緩めようとはしなかった。小競り合いが20秒ほど続いた後、突如店の奥から大きな歓声が沸き起こった。
「ほぁ?」
「えっ?」
取っ組み合いに集中していた彼らは一瞬、何が起きたのか全く分からずお互いに顔を見合わせると首をかしげた。
「なんだ今の? なんかすげぇ声が聞こえたぞ」
「いやわかんね。なんだろ?」
「もしかして、イベントかなんか今日あんの?」
「んー、、、あぁ。そういえば、大したことじゃないけどモエミちゃんの新しいPVが先行配信とかなんとか」
「邪魔だっ!!!!!どけぇっ!!!!!」
「うわっ!?」
ゼウスはモエミちゃんの単語を聞くや否やアレスを盛大に突き飛ばすと、目にもとまらぬ速さで店内へと突入していった。
「……マジか」
アレスはゼウスのあまりの速さに呆れ少しの間その場に立ち尽くすと、一つ短いため息を吐いて父の後を追いかけた。
………………




