第二話 冥界一ダサい兄貴
「天空神の名の下に出でよ、ライトニング・クレストッ」
彼は立ち上がると、勇ましい掛け声と共に片手を素早く振りかざした。するとゼウスの目の前に巨大な稲妻の紋章が出現した。
「久しぶりだな~この呪文使うの」
彼は感慨深そうに呟くと、紋章の上に飛び乗り瞬時に冥界へとワープした。
――――ぷぅんぷぅんぷぅぅうん~~ボバッ……!!
「はぁ、この効果音でワープ呪文作ったやつマジでセンスねぇわ」
冥界にたどり着いたゼウスは、眉間にシワを寄せ不満を口にした。
この呪文、ウラノスのじいちゃんから教えてもらってさぁ。超便利だから、お気に入りの魔法の一つなんだけど。音が屁みたいじゃん? この一点だけはマジで嫌なんだよねぇ。
なんていうかさ。俺みたいなガチの美男子が屁をこくのって、常識的に考えてあってはいけない行為だし、マイナスのイメージも半端ねぇじゃん? まっ、それを補って余りあるほど俺様ってイケメンだから、別に関係ないんだけどさっ。
まーさすがに健康のために屁はこくんだけどね。でも、普通に屁をこくと、ケツから放出される膨大なエネルギーで軽く銀河系が消滅しちゃうのね? ガキの頃から”銀河系に迷惑がかかるから、すかしっ屁しかだめっ!”ってしつこく注意されてて、マジむかつくんだよねぇ。人間の常識じゃ考えられないことだと思うけど、神ってそんなもんなのよね。ほんと神話って疲れるわー。
ゼウスは身体についたホコリをはたき落とすと、短いため息を一つ漏らし、周囲を見渡した。
「はぁ、、、やっぱ結構暗いねここ」
辺りは目と鼻の先ですらまともに見ることが出来ないほどの深い闇に包まれていた。自分がどの場所にいて、どの方向を向いているのかさえ分からない。常人であれば数分と持たずにパニック症状を引き起こす場所である。
この闇は、並の神では太刀打ち出来ないほどに強力なものであり、古より『冥界攻略が不可能』と謳われる所以の一つとなっている。だが、そんな究極的な闇も天空神の加護があるゼウスの前では無意味だった。
「じゃ、行きますか」
………………
「しっかしここは相変わらず不気味なところだなぁ。ひょぇ~この穴深すぎだろ。気色悪い亡者共もウヨウヨいるし、、、気のせいか前より増えてない?」
ゼウスは冥界最深部より、遥か高くに設置された階段の上にいた。彼は目を何回かこすり、眼下に蠢く亡者達を見て冷や汗をかいた。
「この先がタルタロスか。落ちたら流石の俺もシャレになんねーなここは」
暗黒の中、ゼウスは階段を一段一段足を踏み外さないよう慎重に下っていき、ほら穴へと入る。そしてさらにその先の蛇行した道を歩いていった。
「こんなめんどくさいところによく家を建てたよなぁ~ほんと」
半時の後にようやくほら穴を抜けると、冥王の館が彼の目と鼻の先に姿を現した。
「うっわぁ~なにあれっ!!! いつ見てもうんこでコーティングしたみてぇな汚ねぇ家だなw」
ゼウスは年季がはいったこげ茶色の館の外観を見ると、鼻で笑った。このセリフを口にすることは、彼の中でハーデスに会う前の一種の恒例行事のようなものだった。
「直接ワープで来ても良かったけど、やっぱり笑えるから歩いてきてよかったわ」
ゼウスは今にも崩れそうな門を素早くくぐり抜けて玄関についた。
「あのハゲのことだから、俺が来てることはもう知ってんだろーな。どうせいつもみたいに玄関にいて――」
期待をしながら扉を開けると、そこは恐ろしいほどの静寂に包まれていた。まるで元から誰も住んでいないかのように、生き物の気配が全くない。
「ん? 留守、か?」
ゼウスは以前来た時と様子が違うことに気づくと、警戒しながらハーデスの部屋へと向かった。
………………
「ここだったよな?」
おぼろげな記憶を頼りに、ゼウスは兄の部屋の前へとたどり着いた。
「ん~何も聞こえねぇな? いないのかな兄貴」
ゼウスは扉に耳を当てて中の様子を伺うも、何も情報を得ることが出来ない。
「まさか死んでねぇよな。大丈夫か?」
彼が恐る恐る扉を開けて中を覗くと、そこにはハーデスが机にうつ伏せいびきをかきながら居眠りをしている光景があった。
「んごぁおぉん~がぁ」
「ややっ、なんだよいるじゃねえかっ! 死んだかと思ったわびっくりさせんなよタコ」
ゼウスは、兄が寝ていてもお構いなしに大声で文句を口にする。
「おいっ起きろっ! 何寝てんだよカスぅっはよ起きろやっ!」
ゼウスは寝ている兄の肩を強引につかむと、思いっきりゆすった。
「んがぁがぁ~――――ンゴッ!?? な、何事だぁっ敵襲か!」
激しい揺れにさらされて無理矢理叩き起こされるハーデス。彼は飛び起きると周りを見渡し身構えた。
「お、おぉ~んぉ? ゼ、ゼウスじゃねぇかっ!? なんだなんだなんだぁ久々だな~おいおい。お前が来るとは珍しいな……どうしたんだ急に?」
「おいっす~。ちょっと頼み事があってな。ははっ、それにしても相変わらず陰気でだせえ恰好してんなぁ」
ゼウスはハーデスのマントを掴むと兄を煽る。そんなゼウスの冷やかしを聞いたハーデスは
「フッ。お前も相変わらずイカれてるようだな弟よ」
と、片手を静かに顔の横にあげる。
「ふはははっあんたほどじゃねぇさっ! ほんっと久し振りだなっ、元気にしてたかっ兄貴!」
「お前こそっ!」
彼らは互いに顔をほころばせると、気持ちの良いハイタッチを交わした。
………………
「茶葉を切らしていて悪いな。水でいいか?」
ハーデスは申し訳なさそうに言うと、ソファーにふんぞり返るゼウスの前のテーブルに水を置いた。
「普段はちゃんとお茶を用意してるみたいな雰囲気出してるけど、いつも水じゃねーか!」
「おいっ弟よ、なんだその態度は! その水は地中より奥深くに眠る、冥界でしか手に入らないそれはそれは貴重なミネラルウォーターなんだぞ! 飲めるだけありがたいと思えやバカチン!」
「へー。毎度毎度水で面白くねぇなと思ってたけど、この水そんなレアなのかぁ。ちなみにいくら?」
グラスを手に取るとゼウスは中の水に視線を注ぎ、続いてハーデスに目を向けた。
「値段、んー値段か~そうだな。今ならなんと税込29800ゴールド! これはむちゃくちゃ安いっ! この機会に是非”冥界水”をお買い求めください」
ハーデスはゼウスの問いかけに対し親指と人差し指で輪っかを作ると、得意気な顔でそう言葉を返した。1ゴールドは金の重さ約3g程度である。
「高過ぎワロタ。相変わらずボッタクリの詐欺師まがいのことやってんのかーこの畜生ハゲは!」
「そ、そんなことねーわっ! ちゃんと真っ当に稼いどるわボケっ!」
いわれのない言葉を聞いたハーデスは、ワナワナと震えながら反射的に反論する。
「……怪しいな」
「やめてっ! お兄ちゃんをそれ以上いじめないでっ!!!」
「キモwww。その様子だと、相変わらず商売のほうは上手くいってそうだな」
「まぁ、ボチボチとな。そんなことよりっ、いいからそれ飲めやヒゲ」
「えぇ~。ぶっちゃけ水はもう飽きたわ」
「そりゃぁ、なんも味ないからな。俺らの世界だと味ある飲み物って葡萄酒くらいじゃね?」
「あー確かにな。なんか歴史の教科書とか見てても、昔の時代って葡萄酒ばっか飲んでるイメージだよな。それしか飲みもんねーのかよって感じだわ」
ハーデスはゼウスの言葉を聞くと、少し考えながら言葉を返す。
「まぁ、我々が知らねーだけかもしれんがな」
「かもな」
「その点、人間界はいろんな種類の飲み物があるから良いよな~。特にあのぉ、なんだ。あっ、あれだ! サイダーとかメロンソーダとかいうやつバリうまくね?」
ハーデスは目を輝かせながら、飲み物の名前をいくつか挙げた。
「そうみてぇだな。この前ヘラが通販でそれ頼んでたわ。俺には一口もくれなかったけどなっ!」
ゼウスはヘラとのやりとりを思い出して不機嫌になると、一気に水を飲み干した。
「ヘラはケチだからな。よっこらしょ」
ハーデスは彼が水を飲み干す様を目を細めて見届けた後、イスに腰掛け頬杖をつきながらゼウスに問いかける。
「んで、ゼウスよ。今日はまた何のようだ? お前がわざわざ冥界に来るなんて、世間話をしに来たわけではなかろう?」
「あぁっ、そうだ! すっかり忘れてた」
「おう、どうした? どうせまた金とかそこら辺の話だろ?」
「違う違う」
「じゃあ、何だよ?」
「あのさぁ! いきなりだけどさぁっ!! 俺、天空神辞めっからっ!!! そんな感じであとよろしくなっ!!!」
………………




