第十四話 青天の霹靂 後編
「アテナちゃんは健気でがんばり屋さんだよなぁ。初めてこちらに来た時からけっこう時間が経ったが、元気にやってるみたいで何よりだ」
「――ん? その口ぶりだと、兄貴もしかしてアテナがいるの前から知ってたの?」
「あぁ。アテナちゃん平和になって仕事ないからって、こっちにきたんだ。悪事を働くやつから、善良な人々を守りたいって、ポリのとこ行ったみたいだぞ」
「そうなのか。あいつ変わってんなぁ……他にもこっちに来てるやついんの?」
「いや、どうだったかな~。特に覚えてないが何人かいたと思うぞ」
「まじかよっ! この俺様がこんなに苦労してこっちに来たっていうのに、むかつくなぁ? こりゃ見つけたらしめあげないとな?」
ゼウスは、ぷよぷよの太い二の腕にふんっと力を入れると、弱々しい力こぶを見せつけた。
「今のままじゃ、しめられるのは確実にお前のほうだがなwww」
「それなw。あ~早く力戻んねえかなぁ?」
ゼウスはベンチに腰掛け、足をぷらぷらさせながらそう言った。
「あ、力で思い出したけどよブラザー」
「――あん? なんだよ?」
「ポリに捕まる前にお前、力使っただろ? 俺あんときトイレ行ってたから見てねぇんだけどよ。何に使ったんだよ?」
「何だよ見てねぇのかよ。俺がごみを華麗に蹴散らす姿は爽快だったのによ! ……おいおい、なんでそんなマジな顔してんだよハーデスニキwww。クソガキから飲み物ぶんどっただけだぜ?」
ハーデスのマジ顔ににたじろいだゼウスだったが、自分が悪いことをしたとは微塵も思っていなかった。
「はぁ~。こんのばかちんがぁ!!」
「は? なんだよ!? 俺は神々の王ゼウスだぞ!! 飲み物くらいぶんどって何が悪いんだよっ!!」
「お前、もしかしてまだ気づいてないのか? この全知全能の無能がぁっ!! おまえの能力はなぁ、悪いことに使うとさらに失われるんだよっ!」
「はぁっ何でだよ? 意味わかんねぇよwwwどうゆうことだよwww」
「知らねーよwww。ポセイドンのやつがそう言ってたんだもん。そういう兆候があっただろ?」
「知っとけよwww。確かに、グラサンを投げた後に体が重くなった気がしてたが、、、ポリにも簡単に抑えられちまったしな。あれがそうだったのか?」
「それだな」
「あのデブ、ほんと余計なことしかしねぇな! いつかこの仮は一億倍にして返すわ!」
腑に落ちた様子のゼウスに、ハーデスはさらにこう付け加える。
「ポセイドンのやつが言っていたが、良い行いをすれば少しずつ力が戻るらしいぞ」
「は? なにそれ意味不明なんだけどwww良い行いってなんだよ」
話が見えないゼウスはつい声を荒げてしまう。口調も自然と速くなる。
「俺もよく分からんが、人助けとかそういうやつじゃね?」
「この俺様が、地球の人間共のために何かしなきゃいけないと?」
「いや、最終的にはお前が決めろ。俺も人間なんかは、はっきり言ってどうでもいい。人助けしたからっといって力が戻るかは分からん。だが、郷に入れば郷に従えという言葉があるだろう? 善行は置いとくにしても、面倒なことは起こさないでくれよ」
「えぇ、、、どんな縛りプレイだよ」
「とりあえず、注意すべき点はその袋に入ってるマニュアルを見てくれ」
「マニュアルって――――これか??」
ゼウスが袋の中をまさぐると書類がいくつか入っていた。その中で特に分厚い3cmほどの冊子を取り出す。
「それだ。お前はこの世界の常識を知らなさすぎだからよぉ、そのマニュアルを見てよく確認しておけ! それ徹夜で作ったんだぞ? ありがたく思えよw」
「この量をか? うっそだろwwwすげぇな」
「はぁ~こんな髭野郎のためにここまでしてやるとか、俺まじ良い兄貴じゃね? 過労死してもおかしくないくらいの働き者だよなぁwww」
「いや、なんかわりとマジですまんw。つーかハーデスニキは死なないだろw?」
「いや、いつか死ぬかもしれんぞ。お前とポセイドンがやりたい放題だからなwww。そのしわ寄せが全部俺に来てるんだが、お前らもう少しちゃんとしてくれよ……胃に穴が開いちまうぜ」
「胃なんかねぇくせによく言うわwww」
「まぁ、そうなんだけどそういう問題じゃないんだよ!! クソガキどもが!」
「いやぁ、いつもお世話になっておりますwww」
ゼウスは頭の後ろに手をやると、にやけた。
「あ、それから忘れてたけど人間界でのお前の名前適当に決めといたから」
「は? なんで?? 俺はゼウスだぞ」
「あのなぁ、ゼウス一本でまかり通るわけないって分からないかなーこのばかたれ髭野郎はwww? 家借りる時とかに名前が必要だったから、その書類の名前が今日からお前の名前な!」
ゼウスは書類の名前欄に目をやると、数秒硬直した。
「加藤、もこみち……は??」
「それで登録したからよろしくっ!」
「ダサすぎワロタwww。んーありえないwww。冗談にも限度があるぞ、ふざけんなよ! こんなだせぇ名前使えっかよ」
「そうか? 俺はいい名前だと思うが……その名前でやってくれや」
「やだよ、こんなイカれた名前!」
「イカれたとか言ってやんなよ。"お前の体の名前"だぞ?」
ハーデスは一瞬悲しげな表情をすると、諭すようにゼウスに言った。
「はっ!? マジ……?」
「マジマジ」
「えぇ……こんなキモオタのデブでこの名前とか、いじめ不可避www。ふ~ん、へぇー。ま、どうでもいいや。とにかく俺はゼウスでいくからよろしく!」
「……まぁなぁ。ちょwwwお前ゼウスで押し通そうとしてさっきばかにされたろ? ここじゃあお前のそのご自慢のかっこいい名前は通用しないんだよ!」
「あ~もうわかったわかった! 一万歩譲ってまだ、加藤はいいけど~もこみちは絶対やだっ! 仕方がないから、これから加藤ゼウスでいくわ!」
「加藤ゼウスはさすがにワロタ。キラキラネームにもほどがあるぞwwwwww。お前ってやつは、、、もうめんどいからそれでいいお」
ハーデスは弟のわがままに付き合うのがだんだん面倒になっていた。
「だって、ゼウスって名前ほどかっこいい名前なんてあるわけないんだよなぁ」
「自分の名前に自信ニキかな?」
「あーん?? いまなんて言った???」
「いや、お前の名前は宇宙一かっこいいなって話だよw」
「そんなこと宇宙が始まる前から確定してることなんだが」
「はいはい、そうだなw。――よし、じゃあ渡すもんも渡したし、俺はそろそろ帰るわ」
「えっ、もう行くのかよ……そっか」
久しぶりの兄との会話に名残惜しさを感じていたゼウスは彼を引き留めそうになるも、恥ずかしさがまさり気持ちを抑えた。
「こう見えても俺は忙しいんだ、すまんな。それにこのゲートを開くのはかなりのエネルギーを消費するんでな。ちょっと休ませてくれ」
「そっか……あのな、そのなんだ……ありがとよっ!」
「――っあ、あぁ」
「ん? どうしたよ兄貴?」
「いや、待たなブラザー」
「お、おう!」
「またな」
ハーデスはポツリとそう言うと、再び冥界へのゲートを開けて行ってしまった。
ゼウスは帰り際のハーデスの曇り顔が気がかりだった。だが、きっと自分の見間違いだと思いそれ以上考えないことにした。
「……気のせいか。それにしても、今回ばかりは本気で助かった。ありがとうな兄貴」
ゼウスはハーデスからもらった袋を握りしめ、公園を後にしたのだった。
………………