第十話 全知全能の娘 前編(挿絵あり)
※大幅な修正の必要あり(2022年現在)
修正が完了したら前書きの文言を消します(前書きのないものは基本的に修正の必要なしです)。それまでは隙間時間でちょこちょこ修正するので、修正完了版のみ読みたい方は前書きの有無で判断してください。よろしくお願いします。
「オラオラオラァッ!!!」
護送されるパトカーの中、ゼウスは手錠を相手にしつこく抵抗を続けていた。
「おい、お前いい加減にしろっ! 観念して、おとなしくしてろ!」
「頼むから、暴れないでくれよ」
警官等は暴れるゼウスの両脇をがっちりと固めると、身動きが出来ないように懸命に抑えこんだ。
「うぉおいっ! このクソ暑い中密着すんじゃねーよマジでw。もしかしてお前らホモっ!? ホモはあのガイコツ一人で間に合ってるんだよなぁ」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ! 俺らだってこんな密着したくないんだよ!」
「ちょっと、言い過ぎだよ! ごめんね~お願いだから少し静かにしててね」
ふくよかな警察官は同僚の口調をたしなめると、ゼウスに優しくお願いをした。
ゼウスはこれ以上密着されるのも嫌だったので、ひとまず抵抗を止めると顔をしかめた。
(おれっちの有り余るカリスマ性は、時としてホモも呼び寄せちまうけどさぁ。あーあ、まさかこんなキモイやつらに捕まっちまうなんてなぁ。あ~ほんとカリスマって『諸刃の剣』だわぁ)
………………
(んぐぅあっぐっ! ふぃ~はぁっ、なんなんだこの手錠とかいう拘束具? 外れないんだけど? マジックアイテム? くそがっ! やってられっかよバカ野郎。もうやーめた。どうしてこうなるのかなぁ)
一旦は抵抗を止めたゼウスだったが、ただじっとしているのが苦痛になってくるとまた手錠を外そうと腕を動かしてみた。
しかし、きつく手首を締め上げる金属の輪には現状到底叶わない。彼はようやく諦めると、しばらく窓から見える景色をボーっと見つめながら時間をつぶした。そうこうしているうちに、パトカーはようやく警察署の入り口で止まった。
………………
警察署に入るとゼウスは、取調室に案内され尋問を受けさせられた。
「じゃあ、まずは事情を聞かせてもらえるかな? なんであんなことしたの?」
太った警察官はムスッとした表情のゼウスに、優しく問いを投げかけた。
「だってよぉ、オティンティンがイライラしてたんだもん~しょうがなくね普通に考えて? あの女がエロい格好してるのが悪くね? 僕悪くないもんっっ!!!」
ゼウスはあくまで自分に非はないと主張した。
「気持ちはすごく分かるよ! あの娘凄く可愛かったし。それに、僕もメイドコスプレ大好きなんだ! 秋葉原勤務にしてもらったのも――」
「おい、田中ぁ! 余計なことしゃべってる場合かっ」
細身の警察官は、同僚の発言を聞くや否や制止した。
「おぉっとそうだった、ごめんごめん。実は、あの女性からさっき連絡があってね。君の行いは本来捕まるはずなんだけど、なぜか不問にしてくれるみたいだよ。普通なら訴えられてもおかしくない話なんだけどね~不思議だ」
「へー、そうなんだ。……まぁぶっちゃけ俺もさ、ちょっとは反省してるんだよね。暑さと性欲で頭がおかしくなっちまってさ。ちょっと品格に欠けてた感は否めないんだよねぇ。だからさっ、次からは口説いてから襲うわwwwてへっ」
ゼウスは頭をかきながら、舌を出しウィンクをしてみせた。
(このキモオタの、余裕と自信はどっから来てるんだ?)
細身の警察官はゼウスの余裕な様子が不思議で仕方がなかった。太った警官も苦笑いをしていた。
「ははは。あっ、それからさ、薬物は使ってるのかい? 今はさっきと違って大分落ち着いてるみたいだけど、もし使ってたら厳重注意だけでは済まなくなるよ」
「薬物? 何の話??? 言いがかりはよしてもらえるかなデブ!! あ~でも、そういえばちょい前までケツの穴がクソ痛くて、ハーデスニキからもらった痔の薬は飲んでたっけ? クソを出すたびに痛みで『ケラウノス』発動しちまいそうになってさ、『全宇宙がヤバイ』ってあのガイコツくそ慌ててて傑作だったなぁw。それ以外は特に何も使ってねーよカス」
警官達はゼウスの言っていることがほとんど理解できず、顔を見合わせると困惑した表情をした。
彼らは、ゼウスのことを"頭のおかしいやつ"もしくは"精神的に病んでいる可哀想なやつ"と暗黙に判断することにした。
「いきなり連れてこられて、君も辛かっただろうね。今日はここ最近で一番の暑さだったし、少し休む? それに何か悩み事でもあるなら、僕なんかで良ければ相談に乗るよ? あっ、ていうかまず名前を教えてもらえるかな?」
太った警察官は、不遜な態度のゼウスに対しても親身に接していた。
(なれなれしいな、なんだこのデブ? 良い子ぶってんじゃねえぞカス。この全知全能の俺様に、上から目線でものを言ってくるとかwww。はい、こいつ冥界行き決定!)
ゼウスの目には太った警官の純粋な優しさが、胡散臭く映っていた。
昔から彼は、周りの男達から目の敵にされることが多く、優しくされることに慣れていなかったのだ。
「後でフルネームは書いてもらわなきゃだけど、ニックネームでも何でもいいよ。君のことが知りたいんだ」
「はぁ? まずはてめえから名乗れやデブwww」
「デブ!? あ、あぁそうか。そうだねすっかり忘れてた。というか、僕より君の方が太ってると思うんだけど、、、まぁいいや。私はね、田中って言います。そんで、ついでにこっちのひょろっとしてるのが鈴木」
「ふんっ」
鈴木は田中から紹介をされると鼻を鳴らし、ゼウスを睨みつけた。
正義感の強い鈴木は、罪を犯しているにも関わらずヘラヘラしているゼウスの態度が気に入らなかった。また、同僚の田中の甘さを自分が補わねばとゼウスを厳しく監視していた。
(……おいおい、ガリガリ君うんこ味がなんか俺の方をにらんでるんだけど! 目つき鋭すぎワロタwww。俺決めたわ。力が戻ったら、まずこいつらからつぶすっ!)
ゼウスは心の中で密かに誓いを立てると、徐に立ち上がり大声で叫びだした。
「田中だぁ? 鈴木だぁ?? どいつもこいつもモブみてぇなくそだせぇ名前してやがって。いいかぁっ! 耳の穴かっぽじってよぉ~く聞いとけよぉっ!! 俺様はなぁ、全知全能! あらゆる神々の頂点に立つ宇宙を支配する神々の王ゼウス様だぁっ! あ? わかるかカス共www。ゼ・ウ・ス!!!」
「ちょ、ちょっと声が大きいよ。落ち着いてっ!」
「お、おいっ!? もう少し静かに喋れよ」
ゼウスの自己紹介は、取調室の外に響き渡るほどのやかましいものだった。
二人はゼウスの大声に肝を冷やすと、慌てて落ち着くように促した。
「なんだなんだ~おめぇら。男たるもの声が小せぇようじゃ、厳しい競争社会に勝っていけないじゃん? だからお前らは見るからに負け組なんだよwww。その点、俺様はゼウスだからさ! 時給でいうと三億円くらいなんだけどね。君達みたいな一般人の相手をしているほど暇じゃないのよ~分かるぅ??」
「ゼウス?? ……田中、やっぱり精神科に連絡したほうが良くないか? 俺達の手に負える案件じゃないよこれ」
「ははは、何言ってるのか全然わからないや。う~んそうかぁ、ゼウスか~。ゼウスなぁ~ギリシャ神話の。うーん、確かに鈴木の言う通りだなぁ。病院に電話するかぁ」
ゼウスは複雑な表情を浮かべる二人の顔を見ると、自分の自己紹介が全然伝わっていないことを感じたのか、不機嫌な顔をし――
「精神科? は?? 聡明な俺様でも流石に頭こんがらがってきたわー。あのさぁ、もうお前らと話すの飽きたからさ。帰っていい?」
と言って、取調室から出ていこうとした。
「あっ、ダメだよ! 君が反省して、もう路上で女の子を襲ったりしないって約束してもらわないと」
「それは約束出来ないなぁ? 性欲なんて抑えてたら頭おかしくなるわ。てめえらもチンコついてんならわかるだろ? あ、ごめんごめんうっかりしてたわ! キチガイ童貞共には分からなかったかw」
ゼウスはそう言うと、二人を指さしながらバカにした。
「はははは、まいったなこりゃあ。――ゴホン、というか私にも一応妻と娘がいるんだがね」
田中は目線をそらすと、軽く頬をかきながら少し照れ臭そうにつぶやいた。
「おぃおぃうそつけよお前www。嘘はついちゃいけねぇって、ガイアのクソババアがいつも言ってたぞ! ……まぁ、あいつが一番の嘘つきで、まじぶっ飛ばしたいランキングトップ3には入るくそビッチなんだがよぉwww」
「んーちょっと何言ってるか分かんないけど、嘘じゃないよっ! なんなら写真もあるけど、見るかい?」
「本当かよwww。じゃあ、見してみろや!」
ゼウスの返事を聞いた田中は、待ってましたとばかりに内ポケットから、警察手帳を素早く取り出した。
「田中、お前いっつも写真見せびらかすよな」
「なっ! いいだろ、別にー」
鈴木の冷やかしに田中は、笑ってごまかしていた。彼は大事そうに手帳から写真を取り出すと、ゼウスに堂々と見せた。
「ふふん。これが僕の奥さんで、こっちが3歳になる娘だ! 良いでしょ?」
写真には田中とその横に小さな女の子を抱きかかえた女性が、笑顔で写っていた。
ゼウスは写真を提示されると、身を乗り出して覗きこんだ。
「ん~どれどれ――っ! うわっこれはわろたwwwくそぶすやんけっ! ……ねぇねぇってか――ヘラよりブスじゃね?ww。あいつけっこう可愛かったんだなって錯覚しちゃうレベルのぶさいくwww。……あ~でも女の子はかわいいなっ! ちなおれっち守備範囲広いんすよ~ま、神なんでw!」
御世辞というものを全く知らないゼウス。彼はその瞬間瞬間思ったことを、正直に口に出してしまう性格なのである。
ゼウスの容赦ない言葉に、温厚だった田中の顔は、鬼の顔に豹変した。
「――――ぶっころすっっ!!!」
「――っおいおい田中! 仕事中だぞっ、落ち着けよっ! お前、『仏の田中』だろぉっ!? そんな安い挑発に簡単に乗るなよっ!」
鈴木は、田中がゼウスに殴りかかろうとするのを必死に抑えた。
ゼウスはというと、そんな田中には目もくれず写真をじっと見ていた。
「……良い写真だなぁ」
ゼウスは、写真に心を奪われていた。純粋に田中の家族の幸せそうな様子に惹かれていたのもあったが、それだけではなかった。彼は、田中に自分自身を投影することで、心の奥底に眠っていた過去の記憶の中の、自分を見ていた。
(ヘラは嫌でも毎日顔を合わせるけど、ガキ共には最近全然会ってねえなぁ……。あいつら、元気にやってんのかな?)
ゼウスは、しばらく顔を会わせていない子供たちの様子が気になった。
「……まぁ、たしかに良い写真だよな」
鈴木は、うんうんとうなずきながらゼウスに同意した。
二人の感想に鬼の形相だった田中は――――
「……やっぱりそうでしょ~w? そう言うと思ったんですよね~www。いや~、貴方も人が悪い! てっきり本気で言ったのかと思って、マジになっちゃいましたよ~w」
と、すっかり機嫌を直し、ゼウスの肩を激しくバンバンと叩いた。
「――うおっ! 痛い、痛いってっ! おいデブ、あまり調子に乗んなよ?w」
「田中、お前……」
鈴木は、田中の単純さに呆れていた。
(さっき嫁をバカにされたくらいでくっそキレてたくせに、なんだこいつw。ま、おれっちはヘラが誰にバカにされても何とも思わないけどな! つーかたぶん、あいつの悪口一番言ってんのおれだわwww。……あいつ、今何してんのかな? 食べ過ぎで、お腹壊してなきゃいいんだけど)
ゼウスがそんなことを思っていると、奥の方から長い髪をなびかせながらスタイルの良い女性が歩いてきた。
「ちょっとぉ~。二人とも~まだ取り調べしてるの? 早く次の見回りに行ってきてちょうだい!! 今日は人手が足りないんだから~」
「宛名警視長!」
「――あっ、宛名警視長っ!?」
田中と鈴木は声を聞くと即座に立ち上がり、談話室の外へ足を運ぶと、姿勢を正し敬礼した。
(絵師:S式)
「もう! 『警視長』は、堅苦しいから止めてって言ってるでしょ田中君っ鈴木君っ!!」
女性は照れながらそう言い放った。
「「はいっ!! すみませんっ!!!」」
二人は勢いよく頭を下げた。
「本当にもう~。あっ、田中君! 君の送ってきた書類なんだけど、また宛名が間違って違う部署に行ってたよぉ~もう!」
宛名は腰に手を当て、ムッとした顔で田中を見た。
(あっ、顔が近い! 良い匂いがする)
田中は宛名に詰め寄られると、微かに香るシャンプーの匂いに興奮していた。
「い、いやぁ宛名さんって珍しい苗字だから。その~ははは。書類送るときに宛名のとこに『宛名』って書くとややこしくて困るんですよね~ははは」
「なにそれっふざけてるのっ!? 前も同じようなミスしてたでしょっ! 言い訳しないのっ!!」
「――――っはいっ! すみませんでしたぁっ!!」
田中は彼女に怒られ、ペコペコと何度も頭を下げた。
(ははっ。田中のやつまた宛名さんに怒られてやがんのw)
鈴木は隣で怒られている田中を内心嘲笑うと、ニヤニヤしていた。
「それから、鈴木君もだよっ!」
「は、はぇっ!!」
まさか自分が怒られると思っていなかった鈴木は、意表を突かれ声が裏返ってしまった。
「ニヤニヤしてちゃダメでしょっ! 田中君がミスをしないように鈴木君も協力してあげないと!! 仲間なんだから、支え合わなきゃでしょ?」
「は、はいっ! 肝に命じておきますっ!!」
鈴木は深々と頭を下げると、威勢の良い声で謝罪をした。
(おいおいあいつら、女になんかへーこらしてんぞまじワロスww。ってかおれっちを放り出して、なに勝手に会話してくれちゃってんの? は? これっておれっちに対する不敬罪じゃね? 罰として、冥界のホモのとこに送ってやろうかな? つかアテナって――)
蚊帳の外に置かれていたゼウスは、聞き覚えのある名前と声に違和感を感じていた。
「まぁ、いいわ。それで? なんか大きな声が聞こえたけど、さっき電話で言ってた人は?」
「あっ、こちらになります」
「ありがとう」
田中に誘導され談話室へと入った宛名。ゼウスのもとへと歩いていき、彼と目が合うと彼女は驚いた。
「あなたが、、、えっ!? おとっ――」
「お、おまっ!」
二人はびっくりし、お互いをしばらく凝視していた。
「お知り合いの方ですか?」
鈴木が訝しそうに宛名に聞いた。
「――ふぇっ!? えっええっ!!? あっ、まっ、まさかぁ。ちょ、ちょっとやめてよぉもうっ! そ、そんなわけないでしょ! ――あ、そうだ! 二人ともいつも頑張ってるし、この人は私が代わりに、事情を聴いておくわよっ?」
「え、でも宛名さんみずからそんな! しかも、婦女暴行未遂の危険な奴ですし」
鈴木が心配そうな顔を見せると――、
「あらぁ? 私、鈴木君より強いんだけど??」
と、どや顔で彼女はそう口にした。
「た、確かに、宛名さんこの前も柔道と剣道の大会で連覇してたしなぁ~」
鈴木はうんうんと頷き、納得している。
「お、オホン! 田中君、鈴木君。この人は私が担当するわ。君たちはまた見回りに行って来てちょうだい」
宛名は凛々しい顔でそう言い放った。
「おい、鈴木なにボ~ッとしてんだいくぞ! 宛名さんがいうんだからまちがいないだろっ!」
「あ、あぁ!」
鈴木は美しい彼女に見惚れていたが、ハッと気付くと急いで田中の後に続いた。
「あっ! 二人とも、ちょっと待って!!」
見回りに行こうとしていた二人を、彼女は引き留めた。
「あっはい!」
「なんでしょうかっ?」
「あの、ありがとう。あなたたちはいつも本当によく働いてくれています。ケガだけはしないように、見回り気を付けていってきてね!」
アテナは笑顔で二人にお礼を言ったのだった。
「はい! もちろんです、行ってまいります!」
「こちらこそ、ありがとうございます! 行ってきます!」
二人は元気よく返事をし、走っていった。
………………
「宛名さんって厳しいけど美人で仕事できるし、ほんとかっこいいよな!」
「あぁ、可愛いしおっぱいでかいし。俺、あの人のためならまじで死ねるわ」
鈴木の顔は妄想で緩みきっていた。それに気づいた田中は――
「おいっ鈴木! あの人をそんな汚らわしい目で見るなよ! 殴るぞ?」
と、荒々しく言った。
「は? やんのかこら?? つーか田中もあえてドジって、あの人に怒られてんだろ。俺はしってんだぜぇ? お前のほうが変態だろうぉがぁ! まぁ気持ちは分かるけどよ、奥さんにバらしてもいいんだぜまじで? あ~んw?」
「――っお前それガチでやめろぉっ! そのことはあとでじっくり話そう」
田中は自分の性癖を鈴木に見抜かれ、取り乱していた。
「はぁ? じゃぁ今日はお前のおごりだからな? 俺、今日まじ飲みの気分だな。マジがぶ飲みだわー財布スッカスカにしてやんよ」
「お前、ちょっとは遠慮しろよ鈴木……」
二人は言い合いになりながらも、会話を弾ませながら見回りに向かった。
………………