第一話 おっすオラ天空神!
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――――オリュンポス山の遥かなる頂きにて。
「あーあ、やることねぇなぁ」
髭を胸のあたりまで蓄えた筋肉隆々の男は、人間界を俯瞰していた。
オッスおらゼウス! ギリシャ神話に出てくる超絶イケメンのモテ男。非の打ちどころのない神々の王だ。
最近仕事なくてさぁ。退屈なんだよね。退屈過ぎてその辺の虫けら蹴散らしたい気分なんだけど、立場上そうもいかなくてさ。弱い者いじめしても仕方ないっていうか~? 毎日ストレスマッハなんだよね。わかるかなぁ、俺の気持ち?
「よっこらせっと」
心の中のモヤッとした感覚に苛まれていた彼は、手を頭の後ろで組むと地面に寝そべった。
ここだけの話なんだけどさ。俺様『天空神』ってやつなんだけど、ビビるくらいマジでやることなくてさ。名前だけっていうか、全然楽しくないのね? どいつもこいつも俺にびびって喧嘩すらふっかけてこねぇしよぉ。はーぁ! 骨のある挑戦者はいないもんかね? ほんと、腰抜けの雑魚しかいねぇもんな。
マジで数多の神話の中でもさぁ、俺様って天上天下唯我独尊って感じなのよねぇ。張り合いのねぇクソみてえなやつばかりで退屈だなぁ。
「あ~あ、つまんないー!」
特にこれといって仕事があるわけでもなく暇を持て余すゼウス。彼は頭上に広がる宇宙を眺めると、考え事に耽りだした。
ゼウスの住む天界は平和そのものだった。激しい戦乱の時代は遠い昔に過ぎ去り、今の天界は争いのない楽園となっている。
しかし、平和な日々も長く続けば退屈になってしまうものだ。彼は代り映えのしない生活に飽き飽きしていた。
あっ、そういえばこの前さ。嫁のヘラがさ、BLとかいうなんかやべぇ本読みながらニチャッてて、マジでドン引きしたんだけどね。
その本どうしたの?って聞いたら、キモオタの聖地"秋葉原"から通販で取り寄せたーとか、うんたらかんたらぴーちくぱーちくほざいてやがんのね。
あいつってどうしようもねぇバカのくせに、インターネットとかいう小賢しいツール使いこなすからなぁ~マジワロスwww。
最近は俺様が構ってやらないと、すぐ部屋に引き込もって自分の世界に入っちまうんだよね~ほんとウンチだわ。今朝なんか根暗な性格を少しいじっただけで、拗ねて閉じ籠っちゃったし。まったく、ストレス耐性のないババアは困りますねぇ。ま、俺もちょっとは悪かったんだけどさ。ちょっとだけね。
まーこんなの日常茶飯事だからどうでもいいんだけどねー。でも、割とマジで秋葉原ってところは超面白そうなんだよねーん?
「人間掃除も兼ねて、ちょっくら下界に行ってみっかぁ?」
彼は自慢の髭を撫でると、人間界に思いを巡らせた。
ゼウスは自他共に認める全知全能の神であり、全ての神々の頂点に君臨する存在である。だが、それも今や遠い昔のことになりつつあった。
今のゼウスは人間界ならいざ知らず、天界の情勢でさえも知らないほどの無知であり、全盛期と比べれば天と地程の差があった。
そんな彼が最近気になっている場所が秋葉原である。きっかけは彼の妻であるヘラから聞かされた他愛もない話であった。彼は当初、人間界という言葉を聞いただけで怪訝な表情を見せ、話を聞こうともしなかった。
しかし彼女の話を何度も耳にするうちに、いつしかゼウスは秋葉原に行きたいと思うようになっていた。ここ最近は特に、寝ても覚めても秋葉原のことを考えるようになってしまった。
けれども、そんなゼウスが人間界に行くには一つ大きな問題があった。
「はぁっ」
あのさぁ、話聞いてくれる? ほんと意味が分からない話なんだけどね。俺がこのまま人間界に行くと"力が強すぎる"みたいで、地球が跡形もなく消えちゃうみたいなんだよねぇ~。マジで地球雑魚すぎワロタwww。
ハッキリ言って地球がどうなろうが本気でどうでもいいんだけどさ。もしも地球が消えると、BLの新刊が買えなくなるからって"ヘラにブっ殺される"んだよねぇ~。ほんと意☆味☆不☆明!
そんでこの前ヘラがさぁ。どうしても人間界に行きたいなら、ハーデスの兄貴が人間に転生させてくれるとかなんとかかんとかほざいてたんだよね。ふはははっ、マジで冗談は顔だけにしとけよ。この全知全能たる天空神の俺様が下等な人間に転生とか、都落ちっていうレベルじゃねぇぞっ!
彼は寝そべったまま傍らに生える草を無造作に抜いては、あーでもないこーでもないと文句を口にした。
実際、ゼウスの心は大きく揺れ動いていた。彼が人間界へと行く方法はたった一つ、"転生"を除いて他にはないとされている。自分が毛嫌いし見下している人間に転生することなど万に一つあり得ない。彼はそう思っていた。
だが今は違った。天界での退屈な日々よりも、人間界へ行った方が面白い。それならば嫌いな人間に転生するのも致し方ないと彼の心境は変化していた。
「転生してみっかぁ?」
ゼウスはゆっくりと上体を起こしてあぐらをかくと、頬杖をついた。
「人間に転生するってのは癪に障るんだけどさ。でも、さすがに飽きたなぁ。嫌になったらすぐ戻れるだろうし、リスクなんてねぇよな?」
ゼウスの頭にふと、あるイメージが浮かんでくる。それは彼の兄である冥界の王ハーデスの顔だ。
転生の術は簡単ではないことをゼウスは理解していた。この術は神々の中でも唯一ハーデスのみが扱える最上級魔法であり、彼の協力がなくてはゼウスが人間界に行くことなど夢のまた夢の話であった。
「兄貴のやつなにしてっかな? そういえばしばらく"クソ骸骨"の顔見てねえなぁ。元気にしてんのかな?」
しばらく兄と会っていなかったゼウスは、彼が何をしているか気になっていた。そのことだけでも、ゼウスの足を冥界へと運ばせるには十分な理由となった。
「しょうがねえなぁ。転生ついでにちょっくらあのバカの顔でも見に行くかぁ。うっし!」
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