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七夕の思ひ出

作者: 橋本あきら
掲載日:2016/09/03

『星をめぐる舟』 脚本より派生。


相方に捧ぐ。

  誰もがひとりで生きているんだ。

 同じクラスの女の子たちは、いつも誰かと一緒にいたがる。誰でも良いわけではない。自分に反対せず、否定せず、可愛いと言ってくれる女の子と一緒にいたがる。

 私はそんな彼女たちをずっと理解できなかったけれど、最近になって解った気がする。

 誰もがひとりで生きているんだ。お母さんのお腹から出てきて、へその緒を切られたら、ひとりきりだ。誰も繋ぎとめてくれる人はいない。そのままひとりで生きてたら、少しの風で飛ばされてしまいそうで、心細くて。死ぬときも、ひとりきり。人生は常にひとりなんだ。

 それが、堪らなく怖いのだろう。子供も女子高生もサラリーマンも老人も、生きている人は皆、孤独をその心の中に飼っている。孤独はみるみる肥えて、いつか飼い主を食べてしまう。

 だから彼女たちは友達を欲しがる。否定されるのが怖い、孤独になってしまう。誰かに肯定されることで、自分を繋ぎとめておくのだろう。

 それは何も女子高生に限った話ではないし、私にも容易に想像できる。今まで斜に構えて、そんな彼女たちを馬鹿にしていた私だって、孤独は怖い。ひとりきりは怖い。現に私も、普通の女子高生になることで、クラスの輪から外れないようにしている。馬鹿なのは私じゃないか。



「最近学校は楽しい?」

「何、いきなり」

 母は弁当を保冷バッグに入れながら、柔らかく笑った。

「いきなりって、いつも思ってるわよ。訊かないだけ」

 幼さの残る暖かい笑みは、私ではなく妹に受け継がれた。思うに、この人は若い頃綺麗だったのではないだろうか。妹が羨ましい。

「ん、まあ、ぼちぼち」

「何よそれ」

「だって何もないんだもん。しょうがないじゃん」

 心がちくちくするので、一刻も早く家を出たかった。今さっき用意してもらった弁当を掴む。

 大分色褪せたローファーを履いて、扉を開ける。光が家の中に入り込む。

「行ってきます」


 梅雨ももうすぐ明けるようで、陽射しが痛いほど肌を刺す。自転車を急がせる。空気を切るように走ると、冷たい風が頬を、髪を撫でて気持ち良い。それが楽しくて、意味もなく急ぐ。冬になると、逆にのろのろとペダルを漕ぐ。

 学校はそんなに好きじゃない。中学生の頃は、高校に入れば世界が変わると本気で思っていた。もっと綺麗な世界を見るために、受験を勝ち抜き、無事第一志望に受かった。

 だけど、高校生になっても世界は何一つ変わらなかった。相変わらず教室は息がし辛いし、制服は身体の自由を奪う。もちろん、不良になったり不登校になったりする勇気は無いので、ごくごく一般的な女子生徒を目指す。

 クラスで浮くのが一番苦痛だ。幸い私は今までに経験は無いが、そういう人は目撃した。いじめというには大袈裟だが、いつもひとりで黙っていた。地球の不幸を全部背負ったような顔をした彼は、孤独に喰われてしまったのだろうか。そこで声をかけられない、そんな自分が大嫌いだった。



 夏は基本的に嫌いだが、夏の夕方が特に嫌いだ。橙色の陽射しが肌を溶かす。脳まで溶けてしまいそうで、どうしても好きになれない。

 部活に休みの連絡を入れて、図書室に向かった。重たい扉を開けると、ひんやりとした空気が溢れ出した。

 小説の本棚に向かって、色とりどりの背表紙を眺めた。最近は部活をさぼって、よく此処で時間を潰す。大会も近付いているのに無責任な話だが、どうせお呼びでないだろう。私がいなくたって、やっていける。

 しばらく本棚を睨んで、選ぶのをやめた。あまり読みたい気分ではない。かといって部活に行くのも早く帰るのも気が引けるので、備え付けの椅子に腰掛ける。


「最近、よく会いますね」

 頬杖を付いてぼんやりしていたら、急に声をかけられて驚いた。見上げると、男子生徒がひとり、立っていた。私が図書室に行くと、必ずいる人だ。

「前の席、いいですか」

「え? あ、どうぞ」

 彼の細い腕が椅子を引いて、目の前に座った。お互い顔は知っていたが、会話したのは初めてだ。いつも静かに本を読んでいるので、彼が喋るところに慣れない。

 近くまで来た彼は、いかにも文学少年、という雰囲気だ。黒い髪は少し長く、黒縁の丸眼鏡の奥の瞳は、やはり真っ黒で大きい。線も細く、色も白い。

「どうして私なんかと相席しようと?」

「だって、今日は七夕じゃないですか。織姫と彦星が一年に一度出逢える日ですよ」

 彼に言われて、嗚呼そういえば七夕だったと思い出す。変な理屈だ。

 彼が持ってきた本に目線を落とす。

「いつも何読んでるんですか?」

「うーん特に決まりは無いけど……最近は宇宙とか、星とか」

「へぇ、好きなんだ」

「好きです」

 彼は幼い子供のように笑った。誰かに似ている。そして、彼の左目の下に黒子を見つけた。

「じゃあ、何か面白い話してくださいよ。宇宙とか、星の」

「あなたも無茶言いますね」

 そう言いながらも、彼は嬉しそうだった。可愛い人だな、と思う。


「じゃあ、冥王星の話を」

「冥王星?」

「ええ。冥王星は太陽系のひとつだったんですが、その軌道が他の惑星とはあまりにも違っていました。そのことを話し合う会議で、冥王星は太陽系から外されてしまったんです」

「ひとりぼっちになっちゃったんだ。可哀想ですね」

 本当に、心の底から可哀想だと思った。軌道から外れたせいで太陽系から追いやられるなんて、クラスの輪から外れてしまったようだ。ひとりで回り続けるのは、どんなに苦しいだろう。

「でもね、冥王星はひとりぼっちじゃないんです」

「そうなの?」

「冥王星にはいくつもの衛星があるんですよ。その中には凄く大きいのもあって、直径が冥王星の半分くらいあるんです」

「それって、衛星だと大きいんですか?」

「かなり大きいです。冥王星は変わった奴だけど、仲間がいるからひとりじゃないんです」

 私に話しているあいだ、彼は瞳をキラキラと輝かせていた。まるで瞳の中に宇宙が広がっているようだ。

「その、大きい衛星、なんて名前ですか」

「……内緒」

「えっ」

「ハハ、だって少しは自分で調べないと。面白くないじゃないですか」

 彼は無邪気に笑い、席を立った。

「あ、僕からもひとつ質問が」

「何」

「お名前、なんていうんですか」

「……澄花です。伊藤澄花」

「良い名前ですね」

 ずっと微笑んでいたのに、急に真面目な顔をするので、可笑しくなって笑った。彼が不思議そうな顔をするので、もっと可笑しくなった。

「あなたの名前は?」

「僕ですか?」

「そう、あなた」

「僕の名前、必要ですか」

「……あなたって、ほんと変な人」

「そうですかね」

「私だけ名前を教えて、あなたに教えて貰えないなんて、不公平じゃないですか」

 彼は背筋を伸ばし、口を開いた。

「僕はーーー」



 自転車で風を切って、坂道を駆け登る。

 今日は、久し振りに綺麗なものを見た。彼の名前は、私だけの秘密にしておこう。

 坂の上に立ち、自転車を降りて小さな町を見下ろす。少し暗くなり始めた世界は、やっぱり綺麗ではない。それでも、捨てたもんじゃないな、と思った。

 やっと私も繋がりを見つけた気がする。何百年、何千年もの昔から、誰かと繋がっているような、そんな予感がした。

 人間はみんなひとりぼっちだけど、ひとりぼっち同士が何処かで接触して、繋がって、ひとりぼっちの集合体ができる。そうやって社会が生まれて、世界が生まれて、やがて死ぬときに再びひとりぼっち。きっとそれを繰り返しているのだろう。

 今日の夜は、久し振りに星を見たいと思った。天気予報は晴れだ。



はじめまして。あきらと申します。



この話は、かえりの会の旗揚げ公演『星をめぐる舟』から生まれました。

かえりの会とは、小生が所属する演劇ユニットです。高校生2人で結成した、ふたりぼっちの小さなユニットです。

小生は俳優と、脚本を担当しています。



『星をめぐる舟』(以下、星舟)は、小生が相方のいろはを口説き落とすために書き上げた、いわばかえりの会の原点です。

稽古の際、いろはの役作りの材料に、と書いてみたのがこの話です。少し修正して、此処に掲載します。


主人公ーー伊藤澄花は、『星舟』の主人公でもあります。

『星舟』は、若くして死んだ少女が、冥府の渡守ーーカロンの漕ぐ舟に乗って旅に出る話です。

つまり、澄花はこの後死んでしまうわけですね。

そんな彼女の、生前を描きました。

束の間の日常ですが、彼女の内省が色濃く現れています。彼女の性格を大切に書きました。

そして、図書館で会った少年。彼は何者なのでしょうか。それは、小生しか知り得ません。

どうぞご自由に想像なさって下さい。


公演を観てくださった方も、そうでない方も、何かを感じて下されば幸いです。



ご精読有難うございました。

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