七夕の思ひ出
『星をめぐる舟』 脚本より派生。
相方に捧ぐ。
誰もがひとりで生きているんだ。
同じクラスの女の子たちは、いつも誰かと一緒にいたがる。誰でも良いわけではない。自分に反対せず、否定せず、可愛いと言ってくれる女の子と一緒にいたがる。
私はそんな彼女たちをずっと理解できなかったけれど、最近になって解った気がする。
誰もがひとりで生きているんだ。お母さんのお腹から出てきて、へその緒を切られたら、ひとりきりだ。誰も繋ぎとめてくれる人はいない。そのままひとりで生きてたら、少しの風で飛ばされてしまいそうで、心細くて。死ぬときも、ひとりきり。人生は常にひとりなんだ。
それが、堪らなく怖いのだろう。子供も女子高生もサラリーマンも老人も、生きている人は皆、孤独をその心の中に飼っている。孤独はみるみる肥えて、いつか飼い主を食べてしまう。
だから彼女たちは友達を欲しがる。否定されるのが怖い、孤独になってしまう。誰かに肯定されることで、自分を繋ぎとめておくのだろう。
それは何も女子高生に限った話ではないし、私にも容易に想像できる。今まで斜に構えて、そんな彼女たちを馬鹿にしていた私だって、孤独は怖い。ひとりきりは怖い。現に私も、普通の女子高生になることで、クラスの輪から外れないようにしている。馬鹿なのは私じゃないか。
「最近学校は楽しい?」
「何、いきなり」
母は弁当を保冷バッグに入れながら、柔らかく笑った。
「いきなりって、いつも思ってるわよ。訊かないだけ」
幼さの残る暖かい笑みは、私ではなく妹に受け継がれた。思うに、この人は若い頃綺麗だったのではないだろうか。妹が羨ましい。
「ん、まあ、ぼちぼち」
「何よそれ」
「だって何もないんだもん。しょうがないじゃん」
心がちくちくするので、一刻も早く家を出たかった。今さっき用意してもらった弁当を掴む。
大分色褪せたローファーを履いて、扉を開ける。光が家の中に入り込む。
「行ってきます」
梅雨ももうすぐ明けるようで、陽射しが痛いほど肌を刺す。自転車を急がせる。空気を切るように走ると、冷たい風が頬を、髪を撫でて気持ち良い。それが楽しくて、意味もなく急ぐ。冬になると、逆にのろのろとペダルを漕ぐ。
学校はそんなに好きじゃない。中学生の頃は、高校に入れば世界が変わると本気で思っていた。もっと綺麗な世界を見るために、受験を勝ち抜き、無事第一志望に受かった。
だけど、高校生になっても世界は何一つ変わらなかった。相変わらず教室は息がし辛いし、制服は身体の自由を奪う。もちろん、不良になったり不登校になったりする勇気は無いので、ごくごく一般的な女子生徒を目指す。
クラスで浮くのが一番苦痛だ。幸い私は今までに経験は無いが、そういう人は目撃した。いじめというには大袈裟だが、いつもひとりで黙っていた。地球の不幸を全部背負ったような顔をした彼は、孤独に喰われてしまったのだろうか。そこで声をかけられない、そんな自分が大嫌いだった。
夏は基本的に嫌いだが、夏の夕方が特に嫌いだ。橙色の陽射しが肌を溶かす。脳まで溶けてしまいそうで、どうしても好きになれない。
部活に休みの連絡を入れて、図書室に向かった。重たい扉を開けると、ひんやりとした空気が溢れ出した。
小説の本棚に向かって、色とりどりの背表紙を眺めた。最近は部活をさぼって、よく此処で時間を潰す。大会も近付いているのに無責任な話だが、どうせお呼びでないだろう。私がいなくたって、やっていける。
しばらく本棚を睨んで、選ぶのをやめた。あまり読みたい気分ではない。かといって部活に行くのも早く帰るのも気が引けるので、備え付けの椅子に腰掛ける。
「最近、よく会いますね」
頬杖を付いてぼんやりしていたら、急に声をかけられて驚いた。見上げると、男子生徒がひとり、立っていた。私が図書室に行くと、必ずいる人だ。
「前の席、いいですか」
「え? あ、どうぞ」
彼の細い腕が椅子を引いて、目の前に座った。お互い顔は知っていたが、会話したのは初めてだ。いつも静かに本を読んでいるので、彼が喋るところに慣れない。
近くまで来た彼は、いかにも文学少年、という雰囲気だ。黒い髪は少し長く、黒縁の丸眼鏡の奥の瞳は、やはり真っ黒で大きい。線も細く、色も白い。
「どうして私なんかと相席しようと?」
「だって、今日は七夕じゃないですか。織姫と彦星が一年に一度出逢える日ですよ」
彼に言われて、嗚呼そういえば七夕だったと思い出す。変な理屈だ。
彼が持ってきた本に目線を落とす。
「いつも何読んでるんですか?」
「うーん特に決まりは無いけど……最近は宇宙とか、星とか」
「へぇ、好きなんだ」
「好きです」
彼は幼い子供のように笑った。誰かに似ている。そして、彼の左目の下に黒子を見つけた。
「じゃあ、何か面白い話してくださいよ。宇宙とか、星の」
「あなたも無茶言いますね」
そう言いながらも、彼は嬉しそうだった。可愛い人だな、と思う。
「じゃあ、冥王星の話を」
「冥王星?」
「ええ。冥王星は太陽系のひとつだったんですが、その軌道が他の惑星とはあまりにも違っていました。そのことを話し合う会議で、冥王星は太陽系から外されてしまったんです」
「ひとりぼっちになっちゃったんだ。可哀想ですね」
本当に、心の底から可哀想だと思った。軌道から外れたせいで太陽系から追いやられるなんて、クラスの輪から外れてしまったようだ。ひとりで回り続けるのは、どんなに苦しいだろう。
「でもね、冥王星はひとりぼっちじゃないんです」
「そうなの?」
「冥王星にはいくつもの衛星があるんですよ。その中には凄く大きいのもあって、直径が冥王星の半分くらいあるんです」
「それって、衛星だと大きいんですか?」
「かなり大きいです。冥王星は変わった奴だけど、仲間がいるからひとりじゃないんです」
私に話しているあいだ、彼は瞳をキラキラと輝かせていた。まるで瞳の中に宇宙が広がっているようだ。
「その、大きい衛星、なんて名前ですか」
「……内緒」
「えっ」
「ハハ、だって少しは自分で調べないと。面白くないじゃないですか」
彼は無邪気に笑い、席を立った。
「あ、僕からもひとつ質問が」
「何」
「お名前、なんていうんですか」
「……澄花です。伊藤澄花」
「良い名前ですね」
ずっと微笑んでいたのに、急に真面目な顔をするので、可笑しくなって笑った。彼が不思議そうな顔をするので、もっと可笑しくなった。
「あなたの名前は?」
「僕ですか?」
「そう、あなた」
「僕の名前、必要ですか」
「……あなたって、ほんと変な人」
「そうですかね」
「私だけ名前を教えて、あなたに教えて貰えないなんて、不公平じゃないですか」
彼は背筋を伸ばし、口を開いた。
「僕はーーー」
自転車で風を切って、坂道を駆け登る。
今日は、久し振りに綺麗なものを見た。彼の名前は、私だけの秘密にしておこう。
坂の上に立ち、自転車を降りて小さな町を見下ろす。少し暗くなり始めた世界は、やっぱり綺麗ではない。それでも、捨てたもんじゃないな、と思った。
やっと私も繋がりを見つけた気がする。何百年、何千年もの昔から、誰かと繋がっているような、そんな予感がした。
人間はみんなひとりぼっちだけど、ひとりぼっち同士が何処かで接触して、繋がって、ひとりぼっちの集合体ができる。そうやって社会が生まれて、世界が生まれて、やがて死ぬときに再びひとりぼっち。きっとそれを繰り返しているのだろう。
今日の夜は、久し振りに星を見たいと思った。天気予報は晴れだ。
はじめまして。あきらと申します。
この話は、かえりの会の旗揚げ公演『星をめぐる舟』から生まれました。
かえりの会とは、小生が所属する演劇ユニットです。高校生2人で結成した、ふたりぼっちの小さなユニットです。
小生は俳優と、脚本を担当しています。
『星をめぐる舟』(以下、星舟)は、小生が相方のいろはを口説き落とすために書き上げた、いわばかえりの会の原点です。
稽古の際、いろはの役作りの材料に、と書いてみたのがこの話です。少し修正して、此処に掲載します。
主人公ーー伊藤澄花は、『星舟』の主人公でもあります。
『星舟』は、若くして死んだ少女が、冥府の渡守ーーカロンの漕ぐ舟に乗って旅に出る話です。
つまり、澄花はこの後死んでしまうわけですね。
そんな彼女の、生前を描きました。
束の間の日常ですが、彼女の内省が色濃く現れています。彼女の性格を大切に書きました。
そして、図書館で会った少年。彼は何者なのでしょうか。それは、小生しか知り得ません。
どうぞご自由に想像なさって下さい。
公演を観てくださった方も、そうでない方も、何かを感じて下されば幸いです。
ご精読有難うございました。




