そこには誰もいないよ
私は人の顔を覚えるのが苦手だ。困ったことにその理由は分らない。
では私は人の事をどう判断しているのだろうか。ふと考えてみる。顔が覚えられないならどうやって判断してたんだ?
ああそうだ。パーツだ。私は人の事をパーツで覚えているんだ。例を挙げてみると体型。太っている人なんかは分りやすいね。
え?それくらいじゃ条件が重なる人も出てくるだろって?
大丈夫。なにも体型だけじゃない。声に髪型に身長とまだまだ印象に残りやすいパーツはある。私はそれら全部をふるいにかけるようにして、記憶にある人物へと辿り着けるのだ。
……と、そんな事を考えながら私は教室の窓から見える風景をボーっと眺めていた。そこにはベンチで会話を楽しむ二人の女子生徒の姿があった。二人は互いに顔を見ながら楽しそうに話している。
なんであんな風に話せるのかな?私は疑問に思えて仕方ない。
「ま、いいんだけどね。」
私は誰にも聞こえないように呟き、一つ溜息をついた。
「ねえ吉川さん。」
ふと、私を呼ぶ声がした。この声はクラス委員長か。
「はい。」
私は無視をするわけにはいかないので言葉を返す。
「ねえ次は教室じゃなくて理科室よ。早く行った方がいいわよ。」
「分りました。」
余計な御世話だとは思ったが、確かにそろそろ動いた方がいいか。一応礼を言っておいた方がいいな。
「ありがと」
私は短くそう言った。
「どういたしまして。」
委員長もまた、短くそう答えた。
「ああ、それとね。」
委員長は何か思い出したかのように私に言った。
「人と話をするときは相手の顔を見て話した方がいいわよ。それじゃね。」
そう言い残し委員長は教室を出て行った。
私は視線を窓の外の風景から委員長のいた所へと向ける。
ああ、そうか。
私は人の顔を見ないで話をしていたから人の顔を覚えられないんだ。
私は何か失ったような気がしてまた外を見た。
そこには誰もいなかった。