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光となりててらすもの -外伝・神奈-

作者: 魔王

初投稿になります。

今回は、初投稿ということもあり、短編です。外伝としてあるのは、執筆中作品の世界観と同一のため、外伝にしました。本編に登場するかは未定です……。

 古来、その大地一帯に住んでいた人々は、大陸の中央に年中雪をかむり、

日の光を帯びては光り輝き、大陸中を見渡すほど高くそびえる 山岳のこと

を「大光山」と呼び、「神々の住む山」とたたえた。

 大光山の山岳の周囲にはいくつもの国々が栄え、共存し、時には争いを起して

は滅亡していた。自然は彼らの隆盛など知った風もなく、時の移ろいだ けを伝

えていた。

 そんな「大光山」の北端に位置する国、胡地こちは「神々の聖域」と呼ばれ

ていた。神代の聖獣、光鱗の竜一族の末裔まつえい達が、神代の 頃より存在

する光鱗の聖剣を守っていると伝えられていたからだ。

 大自然の環境厳しく、冬は早く長く、夏は遅く短い土地柄ではあったが、神々

の祝福されし土地であるかのように自然の恵み溢れ、大きな争いもなく 人々は

穏やかに暮らしていた。

 そんな土地の山岳側には、広大な森林が広がっていた。森は神聖視され、むや

みに人が近づくことは無く、生活に必要なものだけを森の恵みとして受 けてい

た。森には竜一族の番人が居るとされ、聖剣を守っているとされていた。胡地の

聖域とも呼べる処である。

 物語は、そんな森の一角より始まる。


 深く、白濁とした霧の中を少年はうつろな瞳で歩いていた。

 少年の名は神奈かんな。先月10になったばかりの胡地の王子であった。だ

が、柔らかな栗毛も血と泥と雨に濡れ、絹の衣も所々破けて裂け、表 面も粗く

ささくれ立ち、その瞳にはまるで輝きが見られなかった。

 まとわりつく霧は雨を含み、やがて霧雨となって尚も少年に降りかかる。

加えて数歩先も見えぬほどの白い闇――濃霧が行く手を遮っている 為、どこをど

う歩いているのか、どれだけの時が過ぎているのか、何もかもが白い闇の中に

あった。

 神奈は剣を持っていた。だらりと下げた両腕で柄を握り持ち、地面を引きずっ

ていた。自らの血ではなく、他人の血で彩られたその剣は少年には大き い代物

である。にも拘わらず、少年はそれを捨て去ろうとはしなかった。少年は、ただ

ひたすらに歩き続けた。

 まるで、そうしなければならないかの様に。


「小さき者よ――」

 低く、響くような声。それは、神奈の頭の中に直接語りかけてくる様であった。

 無気力に顔を上げた神奈は、そこに燃え盛る炎の揺らめきを見たような気がし

た。炎に見えたのは、深紅に輝く2つの瞳であった。

「小さき者よ、ここはそなたらの領域ではない。早々に引き返すがよい――」

 暗い闇の中で瞬くようにそれはあった。

 語りかけてきたものは、人ではなかった。無機質な黒色の鱗にその身を包み、

巨大な口からは鋭い牙を覗かせる巨大な竜であった。白い霧の中からそ の巨体

を現した黒い竜を目前にして、呆然と立ち尽くす神奈に苛立つ様に竜は繰り返す。

「立ち去れ、小さき者よ。ここは……」

 クワッとその大きな口で咆哮ほうこうすると同時に、額からも赤い光を放

つ。神奈は瞳かと思ったが、それは瞳ではなく深紅に輝く玉石であっ た。

 言葉を続けようとして、ふと、竜は神奈の瞳にあふれ出る涙を視界に捉えて言

葉を切る。その涙は、伝説の竜を目の当たりにした狂喜の涙でもなけれ ば、恐

怖の涙でもなかった。瞳に溢れるものは、深い悲しみの涙である事を竜は感じ取る。

「なんて、あたたかい眼差し……」

 神奈はつぶやく。その黒い竜の深紅の瞳をみた瞬間、少年は、その張詰め

た糸を切ってくれるモノの出現を知ったのだった。その竜の恐ろしい 容貌も、

鋭く睨みつけるまなざしも、少年の瞳には映らない。

 ようやく、神奈の中で凍っていた時間が流れ始めた。後から後から涙が溢れ出

て、霧雨のなか歩き続けてきた疲労と、その身に降りかかった不幸が一 度に押

し寄せる。

「ぅ、ぅぁぁあぁぁ……」

 せきを切った様に泣き続ける神奈。少年は黒い竜に泣きすがったまま、や

がて疲れから眠りに就いていった。

 眠りにつく刹那、神奈の身体がぽっと光り、やがてその光が人の形をなす。

「あとを、よろしく……」

 竜の目の前で一礼をすると、すぅっとその光は消え去っていた。

「……残滓ざんしの法」

 目を細めながら竜が呟く。残滓の法とは、己の命と引換えに対象を守る自己犠

牲魔法である。しかし、古代呪であるその術の効果は永くは続かないう えに、

術者は確実に死を迎える事になる。

「……」

 竜はおもむろに人の姿に変身すると、神奈を抱いて森の奥へと消えていった。


「そ・れ・で、連れて来ちゃった訳なの?」

 呆れた様な女性の言葉に、何の返答もできずに男はつっ立っていた。

「そ・れ・で、どうするの?ここに置いとくのは反対だよ。正体がばれたら、め

んどうじゃない」

 女性の名は樋代ひしろ。金髪をポニーテールに束ね、白い肌、威嚇するよう

に男を見つめる瞳はサファイアのような美しい輝きを見せていた。年 の頃はま

だ十代にみえるうら若き乙女である。

 男性の方の名は斎垣いがき。赤毛の長髪に黒鋼の額宛をつけ、長身の筋肉質

な肉体をこれみよがしに誇示しているものの、いまは萎縮していた。 年の頃は

二十代前半くらいか。

「ドウシヨウモナイダロ」

 負けじと返す言葉には力は入っていなかった。

「早いとこ追い出しちゃうんだよ。ああ、記憶消すのもわすれずにね」

 言い切ると、樋代はさっさと食事の準備に取掛かった。

「ドウシロッテイウンダヨ……」

 斎垣は自分のベットを占領している少年をみやるのだった。そこには、疲れ果

てて眠り続ける胡地の王子、神奈の姿があった。

 森で神奈が出会った黒色の竜は斎垣であり、人の姿は彼の生活体である。本来

は姿は竜であるが、彼ら古代竜は様々な動物に変化ができ、そのまま生 活を営

むことができた。むろん人間にも変化することができ、生活体であれば食事をさ

ほど取らなくても暮らす事が可能なのである。

 彼らはこの森を守護しており、人が入り込んで来た場合や食料の問題など、

様々な理由があるが、好んで生活体を人間で営んでいた。彼らには希薄な 様々

な感情を持つこの人間という種が愛おしいと感じているのだ。

 神奈が、本能で悟った斎垣の優しさは、彼の本性である。竜の姿の自分に、恐

れる気もなく、逆に安心して気を失った少年を彼は見捨てることができ ず、居

住している小屋まで連れ帰ってしまったのである。気を失われた事は何度もある

し、怯えて逃げられる事しかなかった彼は、この少年に興味を 持ったのかも知

れない。しかし、彼ら2人の使命はこの森を人間や『魔』から護ることである。

まして、進入を防ぐ役目の斎垣が、その人間の子を連れ 帰ったのである。樋代

が怒るのも無理らしからぬことであった。


 魔とは――

 その昔、神代に於いて地には光と闇があった。闇は混沌を意味し、光はその中

に芽生える誕生を意味した。生である。地上は闇から光によって芽生え た生に

よって創造され、やがては地上を覆いつくした。すると地上には新しいものが生

まれなくなり、面白みがないと神々は落胆した。そのうちに神々 はそれまでは

相容れぬ存在であった闇と光を、つまりは混沌と誕生を1つのものとして平衡す

ることにし、混沌に全てを無に帰す力を与えてみた。死の 定義である。これに

より、生まれたものには必ず死が訪れるが、死によりまた新たな芽生え、生もあ

ることになり、世界は今まで以上に美しく彩りを繰 り返すようになった。そし

てただ繰り返すのではなく、その出来栄えを楽しむ間が必要とされ、時が生まれ

た。こうして世界は時をもつに至り、光によ り生が生まれ続け、時は世界を進

め、闇により死が訪れるようになったのである。こうして神代は終わりを告げ、

伝説の時代に入っていった。

 その闇の全てを無に帰す力は、次なる生の為の死であったが、その死の力だけ

を利用するモノが現れたのは伝説の時代である。死が訪れれば、そこは 混沌と

化す。混沌からは生が生み出されるが、しかるべき順序というものが神々によっ

て決められていた。その順序を狂わし、自らは死を超越して自分 の領域を広げ

るモノが現れ始め、魔と呼ばれる様になって行った。

 世界のことわりを狂わすものとして魔は誕生したのである。この魔に対抗

出来るのは、その闇より大きな光の力か、あるいは、より大きな闇の 力である。

 人間は生まれもって光と闇を備えている。生まれた時に光を受入れ、死ぬべき

時まで闇をもつがゆえである。動植物や岩石鉱物、あらゆるものは全て 持ち合

わせていた。しかし、その大きさは様々ではあったが、その力は大きなものでは

なかった。それは、生と死の輪廻の中で必要とされる量のためで ある。それ以

上の力を得ようとするならば、他の処から集めてくるしかない。動植物や岩石鉱

物、あらゆるものは全てからかき集めるか、それこそ創生 より存在する万物の

精霊等や神々に頼る術である魔法である。しかして魔法は魔に近いものとされ、

時とともに忘れ去られ始めていたのである。


「あー、もー。よく寝る子だね、3日目だよ。そろそろ起きればいいのに」

 寝る子は育つと言ったのは、何処の言葉であったろうか。そう愚痴る樋代の言

葉が聞こえたのか、少年は堅くとざしていた瞳を開けた。

 目に入るは見知らぬ男女。男性は戦士なのか、赤毛の長髪に黒鋼の額宛をつ

け、赤い瞳に長身で筋肉質な肉体をしている。年の頃は二十代前半くらい か。

女性は金髪をポニーテールに束ね、白い肌、瞳はサファイアのような美しい輝き

を見せていた。年の頃は自分よりも5つ6つ上であろうか、快活と いう印象を

受ける。

「ここ、は……?」

 ぐぅ、と食欲をそそる匂いが鼻につき、神奈の意志とは無関係に少年の腹時計

が鳴り響いた。

「まず、食事をしなさい。話はそれから、いいわね」

 顔を赤らめながら神奈は差出されたシチューを受け取った。

「なによっ」

 にやにやと自分の顔をみつめる斎垣に気付いて、樋代は赤くなりながら言った。

「いーや、べっつに。野菜シチュー《・・・・・・》か、ふーん」

 人間の食べ物など考えもしなかった斎垣は、わざわざそれを作って待っていた

樋代が、決してこの少年を気に入らないわけではないことを知った。樋 代も斎

垣同様、人間に対して慈しむ面を持っていた。また、斎垣が拾ってきた人の子は

まだ年端も行かぬ様子で、この森の奥まで来たのである。気にな らないはずが

ない。


 食事の後、神奈は丁寧に礼を言い、今までのいきさつを2人に語った。少年

は、倒れているところを斎垣に拾われた事になっていた。どこか森で遭遇 した

竜を思い起こさせる青年らには、少年を安心させる何かがあった。命の恩人でも

あり、この2人になら何もかも話していい様に思われるのだ。

 それは、紛れもなく竜と対峙した、優しげな瞳の記憶に相違なかった。

「ボスピリア帝国が「魔」に侵され、我が胡地を攻め滅ぼしました……」

 神奈の祖国、胡地は、一夜にしてボスピリア帝国に滅ぼされてしまった。決し

て大きくは無いが、騎士団もあり、大自然の恵み豊かな美しい王国だっ た胡地

は、神代より栄える古王国としても知られる。すなわち、今や希少となった大き

な力を持つ魔術師・魔法使いも幾人も居たはずであったし、堅固 な城砦も機能

していた筈である。にも拘わらず、一夜のうちに滅ぼされてしまったのである。

神奈を残して。

 魔に侵されるとは、生と死の輪廻の中で死ぬのではなく、生とは隔絶され、魔

の勢力拡大をうながすす所業を行うということである。


 胡地はボスピリア帝国の北東側に隣接する国であった。元々ボスピリア帝国は

この大地の征服を掲げた国であり、絶えず隣国と争っていた。胡地とも 緊張状

態でいつ戦争になってもおかしくない状況にであったし、領土侵犯等の小競り合

いは起きていた。しかし、あくまで「人間」の国としてであり、 魔に侵されて

勢力を拡大していた訳ではなかった。

 斎垣と樋代は古代竜である。古代竜は光の使徒と呼ばれ、魔を駆逐するために

神々が創り出されたとされる種族でもあった。伝説の時代から云われて いた事

でもあり、もはや正確なとこは不明であるが、現実に古代竜は魔がいればその絶

大な力でこれをほふり、世界の生と死の輪廻を崩さないよ うにしてきた事

実があった。その2人が気付かぬうちにボスピリア帝国が魔に侵され、しかも隣

国まで滅ぼしたことに驚愕していた。


 経緯を語り終える時、神奈はある決意をしていた。外見から、男性は戦士と知

れる。もしかしたら魔法も使う騎士かもしれない。もう一人の女性はわ からな

かったが、こんな森の奥深くで暮らしているのだ。きっと只者ではないと感じて

いた。

 ここでいう騎士と戦士の違いとは、魔法の力を使用して戦うか否かにある。

 祖国が滅びた今、行く当ても無く、神奈は戦士になる事を決意していた。戦士

になれば1人でも生きる術はある。このままでは、生きることもままな らない

かもしれない。それに、戦士になれば聖剣を探し出したときに自ら使えるではな

いか。

 神奈は、ためらいもなく、2人に自分の思いを告げていた。

「ええ、あなたのいうとおり、私とこの娘は騎士ですよ。ですが、騎士や戦士に

なるのはそんなに易しいものではありません。騎士は魔法を覚えなけれ ばなり

ませんし、戦士でも君が思っている以上に辛く厳しい鍛錬が必要です。しばらく

身体を休めたら、隣国にでも送り届けてあげますから」

 斎垣は諭すように神奈に話しかける。しかし、少年の決意は固いものであった。

「でも、僕は戦士、いや騎士にならなきゃいけないんです。帝国から胡地を取り

戻すことは無理でも、どうしてもこの手で魔を滅ぼしたいんです。胡地 に言い

伝わる光鱗の聖剣さえ探し出せば、この僕にも!お願いです。僕に騎士になる為

の力を貸して下さい」

 祖国を、おそらくは近しい人たちを失ったばかりであろうこの少年は、固い決

意でそう訴えるのであった。

「ふーん、仇討ちの為に、騎士になりたいだって?甘いよ、きみ。王子様だか何

だか知らないけど、魔や魔に侵されたモノの強さは身にしみてわかって る筈

だ。第一、聖剣ってなんだい。そんなあやふやなモノに頼るようじゃ先が思いや

られちゃうよ。その聖剣とやらは何処にあるの?必要な時に天から 降ってくる

ようなものなのかい?」

 樋代が強い口調で神奈を制する。

「そ、れは……」

 つい先日まで、王宮の奥で何不自由なく育てられていた神奈に、その場所や探

し出す術もあるわけも無く、聖剣の事だって御伽噺程度の知識しか無 かった。

「いいでしょう。あなたが、本当に魔を討ち滅ぼすだけの騎士を目指したいのい

うのであれば、ここに居ても構いません。ただし、僕たちが騎士として 認める

まで、この森を出る事は許しません。それでもいいですか?」

 うつむきかけた神奈に、斎垣が厳しい口調で語りかける。彼の言葉を真剣に聞

き、深くうなずく神奈に、斎垣は付け加えるように言った。

「騎士になるのならば、魔法も使えるようにならなければなりません」

 魔法、と言うのは簡単でも、使うとなれば相当量の修行が必要になることは勿

論、素質も重要な要素となった。修行さえつめば万人が魔法を使えるよ うにな

るが、戦いの中でつかうとなれば素質が必要となるのだった。

「……ふん、そこは大丈夫だよ。たぶんね」

 樋代が言う。もちろん、根拠なく言っている訳ではない。彼女にはそのあたり

の事が話してるだけで分ってしまうのである。

「反対じゃなかったのか?」

 神奈をここに置く事を、はじめ樋代は反対だといっていた件の事を斎垣はいっ

ているのだ。

「んー、なんていうのかな。気に入っちゃった。面倒は斎垣が見るんでしょ?私

は魔法を教えるだけだよー」

 反対してたことなど、どこふく風のように宣言する。

「……と、いう訳で、よかったな。はじめ、ここに置くのも反対してたんだぞ、ア

レは」

 斎垣はくいっと樋代を親指で指しながらウインクしてみせる。

「もー、いいじゃない。そんな昔のコトは忘れましたよー」

 樋代は、食べ終わった食器を片付けながら、神奈に近寄る。

「昔のコトって、おまえ……」

「あはは、昔のコト、昔のコトー」

 まるで兄妹喧嘩のような2人の会話に、思わず笑いが漏れる神奈である。

「もう、きみは王子じゃない。ただの騎士見習いの神奈だ。私は光撃の魔術騎

士、樋代。こっちは黒竜騎士の斎垣。字はこう書くんだ。樋代と斎垣と呼 べば

いい、よろしくね」

 字を書き示しながら説明する。

「いや、師匠と呼んでもらおう」

 腕組をしながら、斎垣が言う。

「斎垣でいいよ」

「……」

 さらりと樋代に流されて、斎垣は黙り込んでしまった。

「黒竜騎士……」

 ふと、神奈の脳裏に深紅の瞳の黒い竜が浮かぶ。あの竜はどうして僕を見逃し

たんだろう、とふと疑問がよぎる。それが斎垣の真の姿だと今の少年に は知る

術はなかった。

 こうして、神奈は騎士となるべく、神代の聖獣、光鱗の竜一族の末裔の2人の

下で暮らし始めたのである。



 6年後、神奈は逞しく成長していた。

 体躯も男らしくなり、背などは斎垣に並ぶほどになっていた。まだ成長期の途

上である。数年の内には斎垣の背も超えるであろう。

 その日は、斎垣と樋代の2人は調べ物があると言って朝から出ており、神奈は

1人修行をしていた。

――……けて――

 そんな時である、か細い声を神奈は聞いた気がした。修行を止め、耳を済ませ

ていると何やら頭痛とめまいを覚えた。

 意識も朦朧としてきて、よろりと近くの壁にもたれかかる。何やら甘い香りが

漂ってきている気がする。

「ツっ、なんだ、これ……」

 神奈の意識は深遠の淵に引き込まれていった。


 何故、我々はこうも人間に魅かれるのだろうか。全ての点において、人間に劣

らぬ所は無い我々が、弱く、そして愚かな人間に、こうも寛大で慈しみ を与え

るのだろうか。

 薄れ行く意識の中で、斎垣は、一つだけわかったことがある。優しさとは、慈

しみ、育む事であるが、人間は時には厳しいことも必要であるとゆうこ とだ。

 その優しさ故に惑わされるか弱き人の子を、きっと我々は愛し過ぎるが定めな

のかもしれない。

 闇に呑まれ行く自分を感じながらも、斎垣は愛弟子の名を呼んだ。

「か、んな……」

 背も体格も、斎垣に勝るとも劣らぬ程に成長した神奈は、今、恩師であり、良

き理解者である養い親の青年を、一刀の下に切り伏せたのである。

 光を湛えぬ虚ろな目で、その瞳には血まみれの斎垣は禍々しい魔に侵されたボ

スピリアの兵士にしか見えなかった。

「目を覚まして、神奈。取り返しのつかないことをしてはいけない!」

 悲鳴に近い声で、樋代が叫ぶ。しかし、今の神奈にその声は届かなかった。


 斎垣がその身を呈して守った女性は、やはり虚ろな目にはボスピリアの兵士に

か映らない。襲ってくる気配は感じられなかったが、相手はボスピリア 軍である。

――殺して……――

 誰かがささやく。

「ソウダネ……」

 呟きながら神奈はその手にした剣を振りかざした。ボスピリア軍は許せない、

心の中でちりちりと何かが叫ぶ。

――そうよ、早く……――

 若い女の声の様だった。頭の中に響く声と、何やら耳に届く声があった。頭の

中に響く声は、ひどく懐かしい声であった。神奈には、一つ下に妹が居 た。声

の主は、6年前のあの夜、魔に侵されたボスピリアの兵士に斬殺されたはずの妹

のものに相違なかった。

「よく見るのよ、神奈。きみにはその力があるのだから!」

 不意に声が聞こえたきがした。みると、ボスピリアの兵士が、少女に今にも襲

い掛からんとしているところだった。その少女こそ、妹であると思っ た。

――お兄様、助けて!――

 あの夜に死に別れたはずの妹が、助けを乞うている。あの夜と同じように。妹

に、尚も切りかかろうとするボスピリアの兵士。妹を守ろうと、神奈は その剣

を振り下ろした。鮮血が頬を濡らす。

「平気か……」

 振り返って見たその妹の姿は、みるもおぞましい腐肉をぶら下げた死者の姿で

ある。

「目を覚まして……神奈……」

 足元に崩れ落ちる樋代の身体を抱きとめた神奈は、その時に森に響き渡る魔の

歓喜の叫びを聞いた。

「ひ、しろ?」

 傍らには既に息絶えた斎垣が伏していた。その彼の身体は光に包まれ始め、光

の粒子となっていっていた。

 何が起こったのか。いったい何が!

「カカカカ、死人使いの幻術とは、まこと面白き術よのう」

 今度こそ、生ける屍の姿をしたモノが、その焼け爛れた様な妹の顔で笑うのが

神奈にも見えた。

 あの夜に死んだ筈の妹が、神奈の前に姿を現し、助けを乞うた。ボスピリアの

兵士に追われているから助けてくれと。傷だらけの痛々しいその姿を 見、神奈

は父の形見の剣を持ち出し、妹の言う兵士を捜した。小屋を出て少し行った場所

に在る泉のほとりに、2人のボスピリア帝国軍の甲冑を纏った 兵士をみつけ

た。妹が言うがままに、神奈はその兵士を切り伏せたのである。

 それが、斎垣と樋代だとも気付かずに……

「お、おれ……」

 2人の血に汚れた剣を投げ捨て、神奈は樋代を必死で揺り起こす。

「どうして、どうして反撃しなかったんだ!森を護るのは2人の仕事じゃない

か。どうして俺を殺さなかったんだよ、斎垣ッ!樋代ッ!」

 魔に惑わされた神奈に、2人とも刃を向ける事は出来なかった。この6年間、

この人間の子と過ごした時は、想像以上に2人は幸せだった。愛するが 故に、

使命を捨てても、神奈を倒すという選択肢は選べなかったのである。

「案ずる、事は、無いよ、神奈。我々は竜だ……いつか時が来れば、再び生を受け

る事が出来るんだ。神奈とは、もう、あえないかも、知れないけど、 ね……」

 息をするのも苦しそうに樋代が話す。そんなこと、神奈はもう知っていること

だった。6年前のあの時から。

「樋代、俺はどうすればいい?どうすればこの罪を償えるんだ?2人を殺して、

俺は生きていく事なんて出来やしないっ!」

 涙を流しながら、必死に叫ぶ。刹那せつな、斎垣の額から赤い光が離れ、樋

代の胸元に集まって1つの形を成して行く。神奈はその光景を呆然と 見つめて

いた。

 そんな神奈に、樋代がそっと水晶の欠片を差し出した。

「神奈、これ、を……」

 とぎれとぎれの息で呟き、樋代はその欠片を手渡した。樋代の身体もまた、光

りだしていた。

「これ、は……?」

 美しい金色に輝くその水晶の中に、小さい一振りの剣があった。

「きみには、わかるだろう……」

 それは光鱗の聖剣だ。

 斎垣と樋代は、この森とその剣を護っていたのであった。

――お兄様、それを私にくださいまし――

 不意に、死者の姿のまま、妹が笑いかけてくる。何時の間にか姿を現した本物

のボスピリアの兵士達が、じりじりと神奈に近付いて来る。

「よるなっ!化物共っ!これだけは、命に代えても守ってやる」

 光鱗の聖剣は、月の光を受けて光を放ち始めていた。

 だが、光気が足りない剣は、その本来の姿を現す事が出来ない。時も光気もま

だ満ちていない聖剣は、十分にその力を発揮することは無い。

 それでも、襲い来る兵士に傷付きながら必死で神奈はあらがった。

 多勢に無勢。遂には神奈は力尽き、やがては浅いその泉の中ほどまで追い詰め

られたとき、彼は最初の魔法を試みた。

「聖剣よ!月よ!どうか、この愚人たる我が願いのため、その聖なる力を御貸し

下さい!」

 呪文を唱え始めた神奈の身体を、まばゆい月の光が覆い始める。

「俺は死にかけていた所を斎垣に救われた。俺が騎士になる為に、竜である2人

はずっと人の姿のままで、食事も一緒にとってくれていた。その2人を 手にか

けた俺に出来ることは……」

 光鱗の聖剣をぎゅっと握り締めて抱き込むと、その場にうずくまる様にしゃが

み込む。

「2人に代わって、いつか……時が来るまで……」

 そのまま、神奈の身体は、やがて、光が通り始め、一塊の水晶へと変貌して

いった。

――せめて光鱗の聖剣だけは、守り続けるよ――

 残滓の法である。自らの命と聖剣の僅かな力で発現したその術は、今この森で

十二分に効果を発揮し始める。

 神奈の妹の姿を模した魔が聖剣に手を伸ばすが、その腕は光を受けて消滅する。

「ええぃ、そのまま、打砕いて剣を持って帰るのだ!」

 ボスピリアの兵士たちは、水晶となった神奈に近づこうとするが、激しい光気

のために近づくことさえ出来なかった。神奈の術により大きな光の力を 発する

こととなった聖剣を抱き抱える神奈に、魔に侵されたボスピリア軍は手を出せな

かった……。


 こうして、光鱗の聖剣は守られることとなる。大地や大気からその力を蓄えて

いき、いつか時が満ちその役目を果たすため。その聖剣を使う主人を待 ち続け

ながら……。


作品を楽しんで頂けるような小説家になりたいです。

その思いで、投稿したいと考え、短編を仕上げてみました。

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