どうか全てが夢であったなら。
風の民が集まった、セイルーシュ帝国ルイーズ辺境伯。
辺境伯の屋敷に続く小道で、運び屋の青年は屋敷の使用人と出会う。
あぁ、丁度いいところに。
今から向かうところだったのよ。
お嬢様がお手紙を出したいって。
あなたなら、こんな情勢でも無事に届けてくれるでしょう?
ヴァルト王国の、霊廟の森に行ってくれる?
さあ?
この前避難してきた風の民たちの一部があそこから来たみたいだから、誰か残っている人がいるんじゃないかしら…
それにしても、凄い数の風の民が避難してきたものね。
皆、すごい礼儀正しい人たちで領民たちの手伝いも進んでしているそうだし、
混乱も騒ぎもないのが救いよね。
そうよね。
どうして風の民たちはここを避難先に選んだのかしらね。
帝国有数の貴族が治めているっていったって、そんなこと知っている人なんて少数よ?
みんな、他国の人たちだってルイーズ辺境伯は変人奇人一族って認識でしょ?
別に不敬じゃないわよ。
本人たちが言っているもの。
旦那様も奥様も、四人のご子息たちも。
えっ。
駄目よ。
それは領内に知れ渡ってるだろうけど、公然の秘密なの。
あなた、他で言いふらしてないでしょうね。
実は、子供は七人だなんて。
そうだけどね。
しょうがないでしょ。
奥様のご趣味なんだもの。
生粋の一族ではないのに、本当嫁ぐべくして嫁いだ方よね。
趣味に人生を捧げた一族。
趣味の為なら主君にも逆らう、なのに功績を挙げ過ぎて切り捨てることもできない伯爵家。
おかげで、嫌われてはいないまでも巻きこまれたくない領民たちは滅多に館に近づかないどころか住む場所まで離す始末。
そのせいで使用人も少ないし、ちょっと買い物行くにも一苦労よ。
見てる分には楽しいでしょうね。
奥様のご趣味は私も嫌いじゃないから別にいいんだけど?
ほら、お子様方は全員奥様のお子さんじゃないでしょ?
で、演劇好きな奥様は継子につらくあたる継母を演じていらっしゃるんだけど・・・
・・・・・・奥様、演技下手なのよ。
激昂して叩くってシナリオでやろうとしても叩けない。
罵倒するんだけど、声は震えるわ、目は泳ぐわ。
お子様方も私たち使用人も呆れながらも楽しんでいるのよ?
その点、旦那様のご趣味は困ったものよ。
女の人を影から見守る。
これって、女好きっていうのかしら?
七人のお子様全員母親違いにはなるけど、大抵は見守るだけでそのうち心が離れられるし・・・
そういえば、旦那様付きのメイドに相談されたんだけど・・・
『淑女を見守る騎士の会』っていう会報があったんですって。
これってどう思う?
世の中には、旦那様みたいな趣味の人って多いの?
えっ?
お嬢様の趣味?
あぁ、古書を研究するのよ。
だから、他のご兄弟とは違ってあまり外に出られないから知られてはないわね。
そういえば、この前お嬢様に小包が届いてね。
中には、とても古い本が入っていて『愛しい貴女に』って。
お嬢様にも春が来たってことかしら?
でも、お嬢様・・・普段なら手袋をはめて慎重に古書を扱うのに、あの時は端っこを持って顔も引きつっていらっしゃったわね。
どんな方からの贈り物なのかしら?
そうそう、この前可笑しなことがあったのよ。
朝いつもようにお嬢様を起こしに行ったらね。
寝台に腰かけられたお嬢様を中心に犬やら狐、小さいものでリスやネズミがお腹を見せて輪を作るように寝転がっていたのよ。
ちょうど皇国にいる双子の姉が普及活動?とかで遊びに来ていたんだけど、指を差して『反転五体投地』って笑ってたわ。
鉄面皮のお嬢様も流石に顔を引き攣られて
私まで笑っちゃった。
そういえば、その後珍しく外に出られたお嬢様、何かを燃やしていたわね。
尋ねたら『悪の書よ』って。
あぁ、ごめんなさい。
無駄話に付き合わせて。
気をつけてね。
色々な所で川が干上がったり、地から炎が吹き上がったり・・・
荒くれ者や魔物が増えたって話も聞くわ。
手紙を届けたら、一緒にお茶でもしましょう。
姉が仕事先から美味しいお茶とお菓子を貰ってきてくれたの。
いってらっしゃい。
『淑女を見守る騎士の会』
名誉会長は、皆さんもご存知の御方。