そして月日は流れて③
「マリアンナはどうかしら?
幸せになることが出来た?」
そう聞かれても、モントは答えることが出来ず無意識に目を遠くに飛ばしていた。
「あら?あらあら。
またクロったら馬鹿をやらかしたのかしら?」
あの後、宣言通りに事あること、いや何にも無くても、マリアンナに対して愛を囁き続けたクロノス。
そして、貴族令嬢として生を受けていたマリアンナに訪れる婚談を妨害し続けた。
人の体であるが故に、時を進め続けたマリアンナ。
クロノスが姿を変え続けた昔とは反対に、マリアンナが姿を変え続ける中で、他にも目を向けることなく、ただ愛を囁き続けたクロノスの姿は、次第に周囲のものたちからの生暖かい応援を受けるようになり、マリアンナの顔や手に皺が目立つようになった頃に、ようやくマリアンナが折れたのだった。
それまでに、クロノスが人の世に干渉して大事を起こすという馬鹿をやったり、クロノスがマリアンナを喜ばそうとやったことが、とんでもない事に発展したりと、色々あり一進後退を繰り返し、マリアンナを怒らせ、周囲を呆れさせ、本当にようやくと言った感想が近しいものたち全員から漏れ出したことは言うまでもない。
だが、クロノスはやっぱりクロノスだった。
マリアンナが、その生を終わらせた後に精霊に戻る事を受け入れ、これで円満解決だと皆が安堵していた中、最後の最後でクロノスが大馬鹿をやらかし、被害者は出ていないまでも大きな被害をもたらし災厄とも記録される事件を引き起こした。
『風の民』も被害にあい、年甲斐もなく激昂したマリアンナは、息子の所業に同じく激怒した『冥府の女王』ユージェニーと『地の精霊王』エザフォスを味方につけ、再び人の輪廻の中に紛れていったのだった。
そして、やっぱりクロノスはクロノスだった。
マリアンナの魂を追い、探し出し、彼はマリアンナの転生先のすぐ傍にあった死んだばかりの子供の中に入りこんでしまった。
「マリアンナと対等に、一から愛を育むのも楽しいだろうな」
クロノスから最後に放たれたその言葉は、家族達の頭を抱えさせ、彼に関わったことのあり彼の奇行にも慣れたと思い込んでいた精霊たちの顔さえも引き攣らせた。
「幼馴染、禁断の恋、紫の上計画!どれにしようか」
その言葉を聞いた『闇の精霊王』プルートが、しばらくの間、思考の海へと意識を潜らせていたのは、リリーナの為にも見なかったことにしようとは、闇の精霊たちと子供たちの意見だった。
「それで?
クロの今度の計画は、どんな風?」
「身分違いの年の差幼馴染による紫の上計画。
公爵家の子供の体に入ったらしくって、転生先である子爵家の令嬢と9歳差。溺愛して愛を育むんだって。周りを色々煽って妨害とかさせたりして盛り上げるんだって言ってた。」
ルーチェは堪えきれずに大きな笑い声をあげた。
「はぁ。あぁ、お腹が痛いわ。」
モントの感覚で5分以上、ケーキを頬張り茶を飲んでルーチェが笑い終わるのを待っていた。
「それで?
プルートは、クロみたいに馬鹿な計画を実行したのかしら?」
「それは全力で止めたよ。」
本当に全力だった。
三人の兄弟で涙ながらに止め、そんな事したらグレてやるとか、父さんなんて嫌いになるからとか言い募った。
最終的には、プルートやクロノスの悪友ともいえる『極める者の精霊』タグと『伝達の精霊』タイチが説得して事なきを得た。
-元々精霊王という存在であるマリアンナと違って、リリーナはこれから精霊になろうとしているのだから、それを転生させるとなると、記憶も精霊になろうという事実も吹き飛んで、永遠に別れることになるかもな。
聞いた途端に、秘かに企んでいたことを破棄したプルートの姿に、子供たちは安堵したのだ。
ただ、その後しばらく憂さ晴らしといわんばかりにイチャつきまくっていた(一方的に)両親の姿に、三人の子供たちは居た堪れなくなり家出したのは、今となっては良い思い出だった。
家出から帰ってみれば、リリーナのお腹に弟がいた事には驚いた。だが、それも良い思い出だった。いくら、精霊化の影響なのか若さを保ったままの母親ではあるが、高齢出産も真っ青な実年齢に周囲が心配に心配を重ねて、ようやく生まれた弟は可愛かったのだから。
「じゃあ、リリーナは幸せにやっているのね。」
「いやぁ?」
ホッとしているルーチェには悪いが、そんな事は言えない。
モントの反応に、ルーチェは猫のようにニマリと笑みを浮かべた。
面白そうな事が起きていると察したのだろう。
「おばさんが眠ってから、妹と弟二人が生まれたんだけどな。
下の弟、お袋が死んで精霊になった後に生まれた末っ子をさぁ、親父の奴、窓から放り出しやがったんだよ。それで、親父は家から追い出された。現在進行形で。」
面白いといえば面白いけど、
予想以上に馬鹿なことをしたものだと、ルーチェは嘲笑った。
「たった5歳の子供を、闇の中を移動している家から追い出したんだぜ?
いくら転生者っても大変だって、今探してる最中なんだよ。」
「あら?転生者だったの?」
「お袋が気づいたから間違いないんじゃね?
驚かしたら面白そうって言って、転生者の話とか世界の話とか、自分が精霊だって話とか黙ってたんだよ。そしたら、親父がやらかしてくれて、さ。
今日、俺が此処に来たのも、光の精霊の力で弟探してもらおうと思ったんだよ。
そしたら、おばさんが目覚ましたってとこ。」
「まぁ、大変じゃない!!?」
ルーチェが椅子を倒して立ち上がった。
「のんびりしている状況じゃないわよ、モント!
まったく。アウローラ、末の子は見つかったの?
まだなら、私が探すわ。モント、末の子について教えなさいな。」
目覚めてから時間もそう経っていないというのに、ルーチェはバタバタと元気に駆けていく。
昔よく遊んでもらった叔母の元気な姿を、モントは嬉しくなりながら追いかけた。
末っ子を見つけ出して、早く妹と弟たちに叔母を会わせてやりたいな、と思いながら。