そして月日は流れ②
「あの後はどうなったのか、説明してくれるかしら?」
真実を飲み込めたルーチェのその驚きが収まり、落ち込んでいたモントが気を取り直した頃には、光の精霊たちがルーチェの身なりなどを整え、寝台しか置いていなかった部屋の中に机や椅子、そして温かなお茶を用意し終わっていた。
そして、アウローラたちに促されるままに席に着き、お茶を一口だけ口にする。
そうして、ルーチェは自分が眠りについた後の世界がどうなったか、当事者であった精霊王たちがどうなったかが気になり始めた。
「親父たちの計画通りって感じだな。」
「リリーナの『精霊譚』は上手くいったのね。」
「おう。再生させている間に見せた夢に、出版っていう形で世界中に広げられた精霊の話の効果は抜群だったよ。それぞれの精霊の在り方に司る権能、世界の新しいシステム。人々に周知されて上手く機能してる。」
母親を褒められ、それを自分の事のように喜ぶ姿は昔のままのよう。ルーチェは僅かに見つけた面影に小さく笑いを零した。
「皆は元気にしていて?」
実を言うと、ルーチェは世界の心配をあまりしていない。
目覚めた直後は朧気だった意識を落ち着かせ、自分の手足を意識するように世界を感じようと思えば、光を司る彼女には世界の光が届く隅々までを感じることが出来るのだ。そこには、昔とは変化したものも変わらずに時を刻んでいる世界の姿があるし、その上で生活を営む人々の姿もあった。
彼女に分からないことは、光の届かぬ領域、そして他の精霊王たちが司る領域だけだった。
「全員、それぞれに元気にやってるよ。あんまり変わってない。
あの人らも、罰を受けてはいるけど生きてはいるし。
あの後完成した『冥府』も、それを司る精霊『冥府の女王』もちゃんと機能して、魂の輪廻も始まってる。」
「あら、それじゃあ、エザフォスが喜んでいることでしょうね。
本当に、クロは親孝行な子だわ。」
クロノスから最初に計画について相談された時は本当に驚いた。
幾つもあった計画の一端の中で、一番に驚いたことは、人として死んでいった母親の魂を保管し、冥府という新しい領域の支配者にしてしまおうというものだった。
他の事には特別驚くことはなかった。クロノスが幼い頃からシスネに執心していることに気づいていたから、彼が永遠に彼女の傍に在れる精霊になりたいと思うことは予想がついていたし、精霊の在り方を人と寄り添うものにしてしまおうというのも、人間のもつ心の力を傍で過ごすことで見知っていたルーチェにとっては、手を加えなくても何れはそうなるだろうと思っていた。
だから、ルーチェが一番に驚き、成功するかどうかを疑ったのは『冥府』の創造。
ユージェニーを溺愛していた『地の精霊王』の目から、母の魂を霞め取り、長い年月をかけ少数民族や精霊王があまり関わらない地方などから『冥府』という認識を植え付けていくという壮大な計画は、ルーチェの目からは僅かな成功率しかないように感じられた。
最後の最後に現れたリリーナという物語を綴る転生者という存在があって、なんとか成功することが出来たことだった。
「毎日、仕事を終わらせて『冥府』の奥さんの所に帰っていくんだってよ。
フィーリさんが、妹か弟がその内できるかもって喜んでる。」
「あら、それは地の精霊たちが大変そうなことになるわね。
クロやフェーリの時も胃を抑えながら世話していたから。」
クロノスでなら想像がつくが、あのお淑やかな『森の姫』からは想像もつかないと、モントは首を捻った。
「『火』や『水』はどうなったのかしら?
受けた罰というのは?」
精霊王たちが意識を持った始原の時代から、時に協力し合って、兄弟のように存在してきた精霊王たち。例え、世界を危険にさらしたのだとしても、完全に見捨てることは出来ないものだった。真面目すぎた為に狂った『水』ならいざ知らず、世界を顧みることなく自分勝手をした『火』に関してはどうしようもないと当の昔に諦めていたし、新しい『火の精霊王』が生まれる協力もしたルーチェだったが、それでも生きていると聞かされて心の隅でホッとした自分を感じた。
「『火の精霊王』・・・『精霊譚』には、無慈悲な火を放つ『黒焔の精霊』って記されているんだけど、あの人は封印された。あの後、完全に話を聞いてくれる感じでもなく、ただ周囲にある全てを燃やし尽くそうとしたからさ。本当は殺してしまおうって話にもなったんだけど、世界の再生したばっかで一応は精霊王だった精霊を倒すなんて余力、全員残してなんか居なかったから。
山々に囲まれた広大な森の中央にある大きな湖の中に封じられてるよ。」
「それじゃあ、封印を管理しているのは」
『風の精霊王』に施されていた封印の方法と同じ。
『地の精霊王』に属する山、『森の姫』に属する森、空からは『風の精霊王』に属する風が見張り、
その封印を包み込むのは火とは相反する『水』。
「『水の精霊王』が直接管理している。おかげで年中、血反吐吐きながら調子悪そうにしてるし、封印の湖から離れられないみたいだ。『水』に関する仕事は高位精霊たちが代行してる。
まぁ、フェーリさんに直訴した『森の泉の精霊』のコラルさんが傍にいるし、核から新しく生まれた『水の第四位』を育て直してるから、傍から見たら幸せ家族やってるよ。」
己とは相反する属性である狂った炎を取り込むということは、猛毒をその身に取り込むのと同じこと。その苦しみは想像するだけで恐ろしく感じた。
「それでは『風の精霊王』になろうとしていた、あのアリシアという子供は寂しがっているでしょうね。
『火』や『水』がベッタリだったし。
そういえば、あの子も元気にしているの?一度、精霊になってしまったのならば人には戻れないでしょう?」
「元気にしてるよ。彼女は『学び舎の精霊』ってのになってる。
無理やりに近い形で精霊になった彼女は、あの後記憶を失ってた。だから、風の管轄にある天空の島の学園を司るようにした。これは、学習しない彼女に学び続けろっていう意味らしい。」
これを決めたのは、クロノスだった。
妹であるフェーリを殺されかけたことを許すことが出来ていなかったらしく、けれど一応は自分の娘の子孫であった事から、その程度の罰で済ませると言っていた。
「そうそう、なんか彼女の近くに『異世界からの転生者』ってのが居て、いらない助言とかをしてたらしいけど、これは生涯監視下において生活させたって言ってたな。」
「あら、そんな子がいたのね。気づかなかったわ。」
アリシアの友人として様々なアドバイスを送っていたユリアという少女。誰一人、そんな小さな存在には気づくことなかったが、あの後の混乱の最中「こんなはずじゃない」「どうしてシナリオとは違う」と呟いている姿を偶然にも、彼女と同じ『異世界からの転生者』である『極める者の精霊』『伝達の精霊』の二人に見つかったことで、アリシアをシナリオ通りの行動へと導いていた存在が明るみに出た。
『異世界からの転生者』という、変化という影響力を与えられた存在を放置することも出来ず、ユリアは人としての生涯を『極める者の精霊』『伝達の精霊』によって監視・管理されることとなり、その死後も輪廻することを許されず、冥府に留め置かれることになった。
次は、『風』『闇』たちのその後。