そして月日は流れ①
本編から100年余り未来の事。
あの後一体どうなったのか。
『光の精霊王』が愛した息子が始祖となったトゥルネソル皇国には煌びやかな装飾が施された王宮がある。広大な敷地を用いて、広間や廊下などの天井や壁の一部に薄く削られ磨かれた水晶を使うことで王宮の内部は太陽の光で万遍なく照らされる、光の精霊王の加護を受ける国として相応しい造りとなっている。
そんな王宮の奥深く、王族だけが入ることを許された区域がある。
立ち入ることは許されないが、そこが何なのかは王宮に仕える者達だけでなく国の民、他国の者たちでさえも知っていた。
世界に崩壊が迫った時、命の危険をも顧みず持てる力を放出し世界を救った『光の精霊王』が眠る、彼女の部屋が、王宮の奥深くに位置している。
王宮を目にした人々は、その奥の部屋で眠る『光の精霊王』に必ず感謝の祈りを捧げている。
当時を知る人々はもう残ってはいない。
けれど、その恐怖と精霊たちへの感謝は語り継がれていた。
「眠い」
そんな人々の感謝の祈りが集まる部屋の中央に配置された大きな寝台の上で、一人の女性が起き上がった。
それは、長きに渡る眠りから覚めた『光の精霊王』ルーチェその人だった。
たった今、目覚めたばかりだというのにルーチェは数度目を瞬かせると、再び柔らかな寝台の中へと沈んでいこうとした。
「待て、待て、待てって!!!」
ルーチェが顔を埋めようとした白く大きなクッションは、ドカドカと重低音な足音で駆け寄ってきた男に奪い去られ、眠りを妨げられたルーチェは眉間に皺を寄せ、クッションを持ち上げた男を見上げた。
ルーチェのその視線に、丸太のように太い片膝を寝台に乗せた男の全身が晒された。
前を肌蹴た黒い軍服のようなものを着ているが、その風体は戦場の荒くれ者のよう。
日に焼けた肌が所々覗き、筋肉が盛り上がったその全身は大木の枝のようで、ルーチェの倍以上あるだろう。年のころは30代後半のようだった。
「・・・・ガチムチ系のおっさんは好みじゃないの。チェンジで。」
大人の女性たちが見れば頬を染めて見つめるような男の色気に溢れる存在だったが、ルーチェには気に入るものではなかったらしく、彼女は取り上げられたクッションを諦め布団の中へと潜っていく。
「チェンジじゃねぇよ。寝ぼけてんのか?
っていうか、100年近く寝てた癖になんでまた寝ようとしてんだよ!!」
潜ろうとするルーチェの全身を使った力、布団を剥ごうとする男の人並み外れた力、その二つの力によって悲鳴をあげていた王族御用達の高級布団に限界が訪れようとしていた時、男の轟くような怒声にルーチェが布団を持つ手を離し、今後こそまっすぐに男へと顔を向けた。
手加減していたとはいえ、引っ張り合う力の片方が無くなったせいで、反動によって後ろに倒れ掛かった男だったが、一瞬でバランスを整え寝台から一歩下がるだけで倒れることは無かった。
「100年?
私ったら、そんなに寝ていたの。」
ようやく完全に目を覚ました様子のルーチェに、男は溜息を吐いて布団を寝台の上に放り出した。
「もう少し早く起きる予定だったのに。」
「二十年くらい前に、一瞬だけ起きたのに『もうちょっと』って二度寝したのを覚えてねぇのかよ。」
「・・・・そうだったかしら?」
ルーチェは首を傾げ、思い出そうとしてみるが全然覚えがなかった。
「たく。俺が『光』の奴等に用事があって顔を覗かせなかったら、また二度寝に突入してたのかよ。良かったよ、まったく。」
ルーチェが悟られないよう横目を向け、頭をかいて安堵している男を見た。
先程は好みかどうかで判断したが、この皇国で皇王よりも尊重されている『精霊王』であり、初代皇王の母であるルーチェの部屋に、ましてや無防備に眠っている状態の時に入ることを許される者は限られている。光に属する精霊たち、兄弟である精霊王たちにその配下の高位精霊たち、そして皇国の一部の王族たち。ルーチェが起き抜けの頭をフル回転しながら思い出そうとしても、男のような存在に心当たりはなく、ましてや男から皇国の王族の気配は感じられなかった。
ルーチェが考えに没頭している中、男は扉に向かっていき、扉から頭だけを廊下へと出して、お腹の底に響くような声を上げた。
「お~い。おばちゃんが起きたぞ!!!」
その重低音の大声は、広大な王宮の壁という壁を反響し、王宮全体へと響き渡っていった。
一瞬の静寂。
王宮の庭に住んでいる鳥たちでさえも鳴くことを忘れたようだった。
そして、バタバタと慌しく駆ける幾つもの足音が段々と大きく、そして数が多くなっていく。
「御主人様!!」
「ちょ、大丈夫!?また二度寝してない!!?」
「モント様。冗談じゃないですよね!!」
部屋の中、三つの燐光が集まり、三人の人影が生まれていく。
それは段々とはっきりとした形となり、光の高位精霊、第一位、第四位、第三位となった。
「モント?」
ルーチェは懐かしい配下たちの姿に安堵と喜びを覚えたが、それ以上にミノワールが読んだ名前に心を奪われた。
「・・・もしかして、おばちゃん。
俺が誰だか分かってなかったのか?」
ルーチェとしては、可愛がっていた甥っ子の名を懐かしさのあまり声に出してしまっただけだった。けれど、それに対して男が反応したことによって、彼女は驚愕の真実に気づくことになった。
「・・・まさか、貴方がモントだというの?」
ルーチェの記憶に残る『闇の精霊王』の長男モントは、色合いこそ父親に似たものの顔立ちは母親に似ていた、双子の妹と共にやんちゃをしながらも大人びた様子も見せ、忙しい父母を気遣ってみせるような幼子。
この、綺麗に整えられた服を着ていなければ山賊とも見えるような荒くれた様相の男とは何一つ重なるところは無かった。あるとすれば、その黒い髪と目くらいだ。
「うそ・・・」
「御主人様、信じられないのは仕方ないことでは御座いますが。
わたくし共も何時見ても信じられないのでは御座いますが、
こちらは『闇の精霊王』様の御子息、モント様で御座います。」
主人に対して一切の偽りを言った事がなく誰よりも信頼している第一位の肯定の言葉ではあったが、ルーチェはそれでもまだ信じられずにいた。
幼い頃『おばさん』と懐いていたルーチェのその様子と、アウローラの言葉に頷く光の高位精霊たちの姿に、肩を落として落ち込むモントの姿に、誰も気づくことは無かった。
ずっと成長を見守ってきた精霊たちも驚きのビフォーアフター。