後は一体、どうなることか
本日二話目。
手入れの行き届いた屋敷を見下ろす小高い丘の頂に、草の上に直に座り込み、使い古したノートにペンを向けている女性の姿があった。
「よし。原稿完成。
後は印刷にまわして世界中にばら撒けば、私の役目も終わりね。」
胡坐を組んで地面に座り込み、今まさに書き終わったページをビリビリと破り捨てると、空へと放り投げる。
空中を舞う一枚の紙は、一瞬駆け抜けた突風に流され青く広がる空の何処かに消えていった。
けれど、大切な原稿が流されたことに別段慌てることもなく『書の精霊』リリーナは凝った肩をポキポキと鳴らしている。
「にしても、今までの原稿量考えると広辞苑並みのぶ厚さになるんじゃ・・
まぁいいや。そこは『伝達の精霊』の役目。
書くのが役目の私には関係ないわ。」
印刷所を仕事場にしている男の、これからの忙しさに手を合わせながらも、リリーナは9年にも及ぶ執筆期間に思いを馳せ、体を大きく伸ばして仕事からの解放を全身で喜んだ。
「母さん、お仕事終わった?」
「しばらく休み?」
腕を空に上げ身体を伸ばしていたリリーナの身体に、駆け寄ってきた子供たちが勢いよく抱きついてきた。
「ケホッ」
子供たちのタックルのその勢いのまま背中から緑鮮やかな草の中に倒れ込み、リリーナの口からは咳が零れた。
「モント、ステラ!こういうことは、お父さんにしなさいよ。
私は完全文系なんだからね。」
「は~い!」
「ごめんなさ~い」
完全に父親に似た色合いをしている息子と娘に文句を言いながら、リリーナは二人の頭を優しく撫でてやる。
父親と母親、二人して計画の首謀者クロノスに振り回されていたせいで寂しい想いをさせた子供たちに、それなりの罪悪感があり、世界の再生が終わった後は多少の我侭などは許してしまっている。
「それで、お母さん。
お話はめでたしめでたしで終わったの?」
興味津々に聞いてくる息子・モント。
「モントは馬鹿ね。めでたし、めでたしなわけないじゃない。」
双子の兄を鼻で笑ってみせる、ちょっと大人びた感が出てきた娘のステラ。
「なんだよ。全部終わったってことは、めでたしめでたしだろ!?」
「終わった無いじゃない。
お父さんや皆の話、聞いてなかったの?
マリアンナおばさんの返事は・・・・」
『保留!!!』
『はぁ?そんなの駄目に決まってんだろ。』
『うるさいわね。
これだけ世界をひっちゃかめっちゃかにしておいて、はい、そうですか、になると思ってるの!?
全部、綺麗に元に戻してからやり直しなさい。
大体、前といい今回といい、もうちょっと色々考えて告白出来ないの?
地下に引きずりこんで押し倒すとか、この状況とか!!
それに、誰が精霊に戻るって言ったのよ。
私は人間であることを気に入っているのよ。
このまま、人間として、普通の女の子として生きていくわ!!』
「まぁ、確かにハッピーエンドにはならなかったわね。
特に、クロノスさんからしたら。」
世界を包み込んだ再生の光が消え去り、人々が眠りから覚めた頃。
その頃になってもまだ、クロノスとマリアンナの攻防は続いていたという。
これには、告白テロをやり逃げした『闇の精霊王』も呆れ、早々にリリーナと双子たちが待つ家に帰ってきたという。
他の精霊王たちも自分達のことで手一杯、関わる気にはなれなかったらしく、そんな二人を横目に帰っていったという。
風の精霊たちは主の心配をしながらも後始末におわれ、その場には留まる事が出来ず、地の精霊たちは経験からこういう時のクロノスに関わるべきではないと逃げるように去っていった。
だから、その後の決着がどうなったかは本人達以外知るものはいない。
「でも、精霊っていうのは一度執着すると二度と離さないし、逃がさないし、諦めないっていうところがあるから。この先は書かなくてもいいんじゃない?」
今まで、その権能を物語に記すために多くの精霊を関わってきたリリーナだからこそ、精霊の愛情が如何に重く、しつこく、変わらないものなのかよく知っている。
もちろん、自身の経験談としても。
まさか、リリーナまでも精霊にしてしまうなんて全然気づかなかった。
『闇の精霊王』のリリーナに向ける愛情はしっかり理解しているが、時折無性にイラっときたり逃げたくなったりするのは許して欲しいと、リリーナを思っていたりする。
そこまで、彼の愛情は重いところがあるのだ。
「母さん、頑張って。」
「ファイト!」
それは大人びているとはいえ、生まれてから8年しか経っていない子供たちでさえも理解できてしまう程に重い。
「何言ってるの?
言っておくけど、あんた達も関係あるのよ。」
「「えっ・・・えぇ~ぇ?」」
物心ついた頃から目の前で繰り広げられる父親から母親に対するスキンシップとかを見ている双子は、リリーナの言葉にそれを父親にされている自分達を想像し、苦虫を噛み潰した上に追加の苦虫を入れられたような顔で嫌がった。
「あのお父さんが、家族を手放すようなこと許すと思う?」
母親にする程ではないが、子供たちにもベタベタとしてくる父親を思い出し、リリーナの言葉に納得する。
「だから、何の精霊になるかさっさと決めておきなさいよ。
じゃないと、無理やり精霊化させられるわよ。」
「そんなの決められないよ!」
「でも、まだ人間の私から生まれたあんた達は、何の精霊になるか決めて精霊譚に記さないと精霊になれないじゃない?ちょっとでも早い方が浸透しやすいもの。」
「まだ、いいよぉ。私達、まだ子供だよ?」
面倒くさい話になったと思ったのか、子供たちは押し倒していた母親の上から起き上がると、子供特有の身軽さで丘の坂を駆け、逃げ去っていった。
白い雲を流し広がっている青空にも、
大地に広がる緑の草花にも、所々に見える木々にも、
遠くに見える小さな湖にも、
地平の先に朧気に見える山々にも
死後精霊になる事を約束されているという、精霊に近い存在となったリリーナには、そこに宿る精霊たちの姿が見えていた。
精霊たちの顔にも、精霊たちが見守っている人々の顔にも、笑顔が溢れている。
そこにはもう、あの時の崩壊の気配は感じられない。
リリーナの知っている世界とは全然知らない世界になってしまったけれど、まぁこれは、これでいいと思っている。
リリーナの知っている世界は、たった一人の彼女の為に彼女だけの愛が捧げられた世界だった。
だから例え過程がはちゃめちゃだったのだろうと、あらゆる所に互いを想い合う愛が生まれて育っているこの世界こそ、リリーナには一番、最良の世界なんだと思えた。
『分かった。
いいや。いいよ。
人間として生きたいっていうんだったら、そうすればいい。』
『えっ?』
『だったら、また口説き落とすだけだ。
マリアンナの生を終えて生まれ変わったとしても、また会いに行く。
そして口説く。
お前が頷いてくれるまで、それを続けてやる。
今度は余る程、長い時間があるんだからな。
何度でも、何度だろうと、お前に愛を捧げてやるさ。』
散々言い争った後、
誰にも周囲からいなくなった後にクロノスから出た宣言は、『風の精霊王』だけが聞いていた。
これにて、完結となります。
お粗末さまです。
これまでお付き合い下さいまして、誠にありがとうございました。




