そして、全ては光の中へ
ちょっと長くなってしまいました・・・
「さぁ、『光の精霊王』の最初で最後の大役を果たしてしまいましょう!」
堂々と宣言してみせた『光の精霊王』。
その姿は、その体から漏れ出す彼女の力によって光輝いている。
姿形は多少変ってしまっているけれど、光を纏うその美しさだけは私が知っているもの、そのままなのね。
マリアンナの中で、『風の精霊王』であった頃の思い出で輝く『光の精霊王』が浮かび上がり、目の前に立つ女に完全に重なって見えた。
何百、何千の年月の間使われることなく溜め込まれていた精霊王の力は他を圧倒し恐怖を覚えさせる程だった。己が処遇と配下の裏切りに呆然としていた『火の精霊王』も、頭を抱え己の過去の所業に思いを果てる『水の精霊王』も正気に戻り恐怖に体を固まらせ、成り立ての精霊という曖昧な存在と成り果てたアリシアは放たれているその重圧に耐えられず床に倒れ伏せた。
真実『風の精霊王』であるマリアンナも、ただの人の身体を纏っているせいで必要以上の重圧を受け、身体の軋む痛みと呼吸もままならない苦しさに喘いでいた。
そんな彼女を助けようとクロノスが傍に寄り添うが、赤子くらいの大きさしか無く中位精霊程の力しか今は持たない彼にはどうすることも出来ず、その二人の前に『地の精霊王』が立ち塞がることで重圧は緩められ、マリアンナは呼吸をすることを許された。
「ありがとう、エザフォス。」
自身も青褪めながらも二人の壁と化してくれている『地の精霊王』の背中へ感謝を投げかけた。
「いや。根本的な原因は馬鹿息子だからな。
それに、嫁を助けるのは舅として当然だろう?」
「馬鹿息子ってヒデーな、親父。」
「嫁って言うんじゃないわよ!」
背中から飛び上がる怒声に、状況も鑑みずついつい淡い笑みを溢す『地の精霊王』。
妻や息子、娘が関わると振り回されてばかりではあるが、知識の王と呼ばれる彼には先程の息子や『闇の精霊王』の言葉を一文字とも聞き逃していなかった。
彼の中では、息子が企てている計画の全貌がすでに見えていた。
この先に待ち受ける未来を思い浮かべ、『地の精霊王』は心が逸るのを感じている。
ただ一人、『闇の精霊王』だけが『光の精霊王』の傍で彼女を睨み続けている。
光とは相反する存在である闇にとっては彼女から零れ出る僅かな力でさえも猛毒に等しく、高位精霊たちでさえも顔を青褪め部屋の隅にまで後退していっている。
ただ、誰よりも純粋な闇である『闇の精霊王』だけは一歩も足を下がることを許さず、まるで何も感じていないかのように立ち尽くしていた。
「自分が何を言ってるんのか分かっているの、馬鹿女。
死にたいの?
君に自殺願望があったなんて、言ってくれれば僕が手を下してあげるのに」
荒れに荒れ果て、崩壊しつくそうとしている現状の世界を救う。
そんなことをすれば、例え精霊王だとしても消滅は免れない。
世界の根源を司る精霊王だからといって消滅しないわけじゃない。核だけを残し消え失せ、その核から新たな、まったく今とは異なる真っ白な精霊王が生まれるだけのことだろう。『風の精霊王』封印の際にそうなった風の高位精霊第五位のように。
「あらあら、『闇』たら一体何を言っているのかしら?
これは全て計画の通りではないの。」
『光の精霊王』は本当に分かっていないようで、首を傾げている。
その僅かな動きでさえも周囲には多大な重圧を与えるものだった。
「止めてくれないかなぁ。僕の名前を呼んでいいのは家族だけなんだから。
なんで、君が知っているのさ。
僕が聞いていた計画は、冥府を作って死者を戻すことだけ。
君がしゃしゃり出てくるなんて聞いていないよ。」
「双子達が教えてくれたのよ。
それに、私は貴方の姉なのだから呼んでも構わないじゃない?」
『地の精霊王』を兄、他の『精霊王』たちを弟妹と昔から公言している彼女は、当然のこととサラリと言ってのける。気に食わない返答を受け『闇の精霊王』は『光の精霊王』を見る目を釣りあげた。
「それにしても、計画を心に留め置くなんていけない子ね、クロったら。」
「だって、言ったら反対するだろ?
でも、せっかく実験で光の精霊に新しい力を加えたんだし、
使える時に使わないと、さ。」
悪びれることなく笑うクロノスは、『闇の精霊王』に睨まれ、そして背後から伸ばされたマリアンナの両手の中に再び握りこまれ、その口を強制的に閉ざされることになった。
「クロの頼み行った実験で私達『光』に属する者が得た、《再生・治癒》の力。
本来持っていた《育み》の力とは似て否なるその力のおかげで、人間達のより一層の信仰を得ることが出来たし、私の息子の一族は懐を潤せてきたわ。
これも全て、クロのおかげ。
協力するくらい、軽いものでしょ?
それに、安心しなさいな『闇』。
何も、世界を全て再生し元に戻そうなんて思ってないもの。」
腰に手を当て胸を張った『光の精霊王』は、身を硬くして睨みつけてくる弟から、『地の精霊王』の背から様子を窺っていたマリアンナへと視線を移した。
「『風』いえ、今は・・・そうそう、マリアンナだったわね。
私は、否定するつもりは無かったのだけど貴女の、民への接し方に理解があったわけではないのよ。
だから私はあの当時、私の民が望むのならば恩恵を与えたし、息子が望むのなら何でも与えてあげたわ。
でも、貴女が封じられてからは理解できたのよ。
貴女のやり方こそが望ましいものだって。」
「ルーチェ」
「望めば、どんなものでも用意される。
望めば、動かなくても相手の方からやってくる。
望む前から整えられていく環境。
その結果を、嫌という程実感したわ。」
アハハハ 『光の精霊王』が笑いながら叩いてみせたのは、自身のふくよかなお腹。
「まったく、本当に出来た息子だったわ。
気まぐれに子供を拾って育てただけなのに、世話なんて部下たちに任せっきりにしていたのよ?
なのに、死んだ後にまで私が部屋に篭ったままで不自由ないようにって自分の子供やら孫にまで厳命していくし、光の民たちの前に出なくてもいいように、御言葉を伝える『巫女』なんて制度作るし、精霊たちと協力体制作るし、
おかげで、何の疑問もなく、こんな姿にまでなっちゃって。」
少しだけ潤む『光の精霊王』の目には、遠い昔にシワシワな顔に笑顔を浮かべていなくなった息子の姿が浮かぶ。
「だから、最低限の再生で留めることにするわ。
そうすれば人々は、自分達で立ち上がって乗り越えていけるもの。
・・・そのくらいなら、しばらく眠るくらいで大丈夫でしょう。
ダラダラするのは慣れたものだもの。
私が寝てても支障はないだろうし、ね。」
「そうっすよ、御主人様が寝てるくらい今まで通りです。
ということで、御主人様。準備整いました。」
「そう。じゃあ始めましょう。
『地』貴方そんなに疲弊していないでしょ。
大地を均すくらいして頂戴な。」
「老体に鞭打つくらいには努力するよ。」
この未来に幸いを見出していた『地の精霊王』は、マリアンナの手の中でぐったりとしている息子の頭を一撫ですると、配下の精霊たちを引き連れ、己の役目を果たす為に地上へと降っていった。
「『火』外に放たれた火の塊を地の底に送るくらいは出来て?
私の弟となったのだから、それぐらいの気概を見せて頂戴な。」
「御期待に沿えるよう努力しましょう。」
一瞥をかつての主へと向け、深深と頭を下げて別れとする。そして、新たに精霊王として立った元・第一位は部下となった同胞たちを引き連れ島を去った。
誰一人として、『元・火の精霊王』を振り返ることはなく。
怒号があがる。
目を血走せた『元・火の精霊王』がその身を黒い炎に呑まれ、己を裏切った火の高位精霊たちを追おうと足を進ませようと、身体を傾かせた。
「止めておけ。」
しかし、その身が去っていく彼等に近寄ることはなかった。
黒い炎の呑まれた、その上から動きを止めようと絡みついているのは水で造られた鎖。
言葉にもならない奇声を発し、絡みつく水の鎖によって地に伏せもがくその姿は、獣にも劣るものだった。
「私はこれを抑えよう。
第一位、風の者たちと協力して天候を抑えてくれるか?
第五位、お前も協力してくれるか?」
部下に対し頼むなんてことを、協力を呼びかけるなどしたこともない『水の精霊王』の問いかけに、口出すこともなく傍に控えていた第一位も、全てが見渡せる場所で『森の姫』に映像を送る為にただ見ていた元・水の第五位、現『森の泉の精霊』コラルも、目を見開き、時が止まったかのように体を固まらせていた。
「っ・・・はい。『森の姫』様も協力すると仰っております。」
「御命のままに。
風の第一位、協力を御願いできますか?」
「よろしいでしょうか、マリアンナ様。」
「死なない程度にしなさい。」
「かしこまりました。第二位、第三位、第四位。
行くぞ。」
風の高位精霊たちもマリアンナへと頭を下げた後、かつての姿、アリシアと会う以前に戻った主からの命に喜ぶ水の高位精霊第一位と共に飛び立っていった。
『森の泉の精霊』もその後に続いていく。
そして、気を失ったアリシアの傍に控えていた第五位は、どうしたら良いのかと不安げな顔で周囲を見回していたところを、第二位に首元をつかまれ連れられていった。
「これからも風の精霊でありたいのなら、ここで体を張ってみせろ。」
「あ~ぁ、ラティゴったら子供に甘いんだからぁ」
「私やアルコは甘くはないわ。きりきり働きなさい。」
「あらあら、『水』ったら。やれば出来るじゃない。」
「・・・まだ分からないこともある。
だが、そうだな。こうやって部下を頼れば良かったのだな。」
「これからは、そうすればいいわ。
貴方はまだ、配下たちに完全に見捨てられた訳じゃないみたいだし」
消滅し核へと戻った第四位も、眠りについている第二位・第三位も、嘆きや苛立ちを滲ませながらも、クロノスに対して主の助命を願っていた。『火』のように見限られたわけではないのだ。
「それじゃあ、最後は『闇』。
世界を再生させている間、人々を眠らせておいて頂戴。
出来る、でしょう?」
「侮らないで欲しいな。
そんなことくらい簡単に決まってる。」
挑発するような『光の精霊王』の物言いに睨み返すことを忘れることなく、『闇の精霊王』は配下の精霊たちに命令を下した。
そして、彼等が闇に紛れて消えていく中、マリアンナの前に体を向けた。
「『風』、僕は君を愛していた。
他には何もいらないと思う程に愛していたんだ。
でも、あれからの永い間に僕は多くのものを手に入れた。
いや気づいたことがあったんだ。
馬鹿な話が出来る友人を手に入れた。
くだらない話を溢せる配下がいたことに気づいた。
なにより、君を忘れることが出来るほどに愛せる人を見つけた。
家族が出来た。
だから、ね。
愛していたよ、『風』。
君もどうか、幸せに。」
息をする暇もない程の早口で言い募った『闇』は、逃げるように闇に溶け込み消えていった。
「ふふふ。最初で最後の告白、素敵ねぇ。
あの子に教えてあげましょうっと。」
「止めとけって、おばちゃん。
そんくらいで夫婦喧嘩するような奴じゃないけど、おばちゃんが『闇』にド叱られるぜ?」
弟をからかう気満々の『光』に、これまでに無い突然の、真面目な告白に驚いたマリアンナの手から逃れたクロノスが呆れた声を上げる。
そういう無駄にからかおうとする所が嫌がられていると、『光』は全然気づいていない。
クロノスは、姉と弟が仲良くなることはまだまだ訪れそうにないと感じた。
「さぁ!それじゃあ、いくわよ。
皆の後押しがあるのだもの。世界そのものに干渉する必要が少ないから、私は今回のことで傷ついた生態系を癒すだけ。簡単、簡単。」
その日
荒れ狂う自然に恐怖し慄き逃げ惑う人々が目にしたのは、
安穏と、まるでそこだけが過去の映像を映し出しているように、空を漂い続けていた天空の島から放出されていく様々な色の幾つもの光の筋
そして人々は眠りに落ちた。
眠りの中で、精霊王と始めとするあらゆつ精霊たちが全力を尽くした世界を救おうとする夢を見た。
光に包まれ真っ白になった空間に、彼女は彼と二人きり。
光に宿る再生や育みの力のおかげか、
それとも眠る人々の夢の中、語られている精霊の話のおかげか、
マリアンナの目の前には、昔と変わらないクロノスの姿があった。
「それで、全ては貴方の悪巧みのまま、世界に変革がおこった。
最後に笑うのはあなたってことなのかしら?」
あの時からそうだった。
ただのヤンチャな悪ガキだと思っていたのに、
何時の間にやら私の背を追い抜かしたと思ったら、馬鹿みたいに愛してるだの言って来て人の気持ちを揺さぶって、
気づいたら子供まで出来て、
なのに一人で何か悩んでいると思ったら何にも言わずに姿を見せなくなって、
自由である風であるはずの私を、どれだけ振り回せば済むというのかしら。
「ん~いや、まだ。まだ笑えないな。」
「呆れた。まだ、何かするつもり?」
これだけの事をして、まだ何が足りないと言うのか。
「愛してる。
貴女を始めてその時から、俺は貴女だけを見てきた。
貴女と永遠に在りたいと思ったからこそ、俺は精霊になった。
あのままだと、俺は貴女の傍にい続けることが出来ないとわかっていたから。
シスネ。
今度こそ、永遠に一緒にいることを誓える。
永遠の愛を、貴女に捧げたい。」
「・・・・私は・・・」
随分と無理やりな決着になっているかも知れません・・・
あと一話で本編終わりとなります。これまで、このような拙い話にお付き合いくださいまして、本当にありがとうございます。本当に恋愛ジャンルでいいのかと悩みながらも、カップリングを仄めかしながらも書いたので、まぁいいかとか思って続けてきました。
そこらへんは、本編終了後にちょっとずつ回収していきたいです。
あと一話、どうぞお付き合いの程、よろしく御願い致します。