閑話:封印の顛末と闇の想い
ある日、嫌な予感がして最奥の間に行くと、そこに彼女はいなかった。
彼女が眠る棺は、溶けぬ氷に包まれ、炎の鎖を纏い、闇が覆い、土で出来た部屋の中心に安置されていた。
そうしなくてはいけない程に、この封印を成さなければいけないとあいつらは考えていた。
馬鹿な奴等。
こんな事をしても、無意味だと何故気づかないのか。
水の奴は、火の精霊王が生み出した炎の鎖がまとわりついても溶けぬ氷だと言ったが、彼女を、何だと思っているのか。
火を助けるのは風の力。火の精霊王でなせぬのなら、火と風の、二人の精霊王の力が合わさった、存在そのものを燃やし尽くす炎ならばどうだ。
彼女程に細やかな力を得意とするものはいなかった。
風が些細な隙間に吹き抜けるのと同じように、彼女は些細な隙間から逃げてしまう。
何より、己の居城という司る力に満ちた場所で、彼女を讃える民たちの変わらぬ心を注がれ続けた彼女を、長い年月で疲弊した封印が抑えきれる訳がない。
島という地の中とはいえ、ここは天空の島。彼女の方が地の精霊王より分がある。
気づいたのは、僕だけだ。
悲しい。
もう彼女と二人きりで過ごせない。
彼女に寄り添えない。
分かっていた。
当の昔に答えは出ていた。
彼女には、愛する相手がいた。
封印される少し前、子供が生まれていた。
初めは狂うかと思うくらいに心が荒れ狂った。
彼を、殺してしまおうとした。
けれど、出来なかった。
彼女は彼を見て、笑っていた。
滅多に見ることがない、笑顔。
世界に命が増え、崇めてくる人間たちが増えて以降、
『風なんて目に見えないもの、軽んずる者は多いでしょうね。』
そう言って、誇り高くみせようと口調や身ぶりを装っていた。
久しぶりにみる、本来の彼女の姿はとても美しかった。
僕には引き出せない美しさが、そこにはあった。
何より、彼は言った。
彼女の為に今までの自分を捨てる、と。
その為に知恵を絞り、あらゆる方法を試していた。
僕には出来ないことだった。
彼女の事を愛している。
けれど、闇の精霊王としての役目を優先してしか行動出来ない。それが僕の誇りだから。
だから僕は、彼と彼女の幸せを祝福しようと思えたんだ。
彼女か封印された時、僕と彼はいなかった。
彼女に内緒で実験していた彼に付き合い、海の向こうの大陸に行っていた。光の精霊王も彼の別の実験に協力し、動けない状態だった。いくら引きこもりとはいえ、そうでなければ出てきた筈だ。地の精霊王は、人間である妻を亡くし放心状態の最中。
完全な、火と水の独断だった。
僕が見たのは、水と火で封印された棺の中の彼女だった。
棺は、風の民の若い男の言葉で、天空の島の中へと運ばれた。
風の民が島を去るという条件と交換で。
それが、火と水の民たちの願いでもあった。
人間たちは、自分達を見下ろしながら豊かな生活をする風の民を羨んでいた。空にありながら豊かな島が欲しかった。
その願いと、自分達のやり方を否定し、ただ1人力を保持し続けていた彼女を疎ましく思った奴等の思いが一致しての戦いだった。
彼は、僕と魔王の協力を持って実験を進めた。
彼女を封印から助ける方法も考えた。
僕は、彼と魔王という友を得た。
彼と彼女の娘は、僕によくなついた。
時には母子に間違えられたのは楽しい思い出だ。
そんな娘も、彼も、時間によって奪われた。
実験は順調だったが、時間が足りなかった。
僕はそれを引き継いだ。
その時の為に、彼の魂を保管した。
娘は夫と共に死ぬからいいと言って、それを許してくれなかったけど。
誰も居なくなった長い年月は、彼女に寄り添うことだけが心の慰めだった。
それが、とても虚しいものと分かっていても。
その計画も、あと僅かだ。
彼も最近は魂だけでほんの少しだけ行動出来るようになり、実験を進めている。
それくらい局面に差し掛かっている。
あと少しだけ決定だに欠けるが、それを補うものも彼が探しているからどうにかなるだろう。
そういう男だ、彼は。
なのに…
「彼女を探せ。」
配下へ命令を下す。
けれど、見つからなかった。
何処にもいない。
何処かに隠れている。命の中だろう。
何度か、ほんの僅かに彼女の気配を感じる時があったから、彼女は何度か生まれ変わっているんだろう。
「ほっとけよ、今は。
最後に捕まえれば、丸く収まるだろ。」
あっけらかんとして、本当に愛しているのかと言いたくなる。
だけど、僕が保護しているからといって魂が損なわれずに今までの存在できているのだから、その想いはとても強いものなのは間違いない。
「最後のピースを見つけた。
ちょっと行って来てくれよ。」
彼の指示で向かった場所。
人間は僕を恐れるから、まずはこっそりと覗くだけにしようと思い闇に隠れて近づいた。
普通の人間だった。
ちょこちょこと動いて、時折物陰に隠れて何かをしている、ただの女の子供。
どうして、この少女が最後のピースなのか不思議だった。
それが分かったのは、少女に姿を見られた時だった。
彼女が何時も持っている物が何故か気になり覗いて見て、僕は驚愕の余り姿を表し、少女に疑問を投げ掛けてしまった。
少女が最後のピースだと納得がいった僕は、少女と作業することが多くなった。
計画の全てが整った後に、彼女を探せばいい。何なら、引き釣り出してもいい。
彼がそうやって笑う時は嫌な予感しかしない。
けれど、彼女に会いたいという僕個人の思いと、世界が軋み始めた様子に危機感を覚えた精霊王としての思いに、それでも良いかと思ってしまった。
少女は闇を恐れなかった。
死を恐れなかった。
変わった考えと魂の持ち主だった。
いつしか、彼女の事を考えているのと同じ気持ちを、少女に抱くようになっていた。
彼に相談してみた。
「まぁ、あれって16歳になったらしいから大丈夫だろ」
彼は祝福してくれた。
それから僕は少女に愛を囁いた。
配下のものたちや『森の姫』が協力的で、人間の愛に関する情報を教えてくれた。
無事に少女を妻にすることが出来た時は、配下の者たちも泣いて喜んでくれた。
子供が出来た時には、世話をするのは自分だと、計画の為に忙しい両親の代わりを進んでしてくれた。
妻は、僕の彼女への愛にも理解を持ってくれた。
ただ、視野を広くしてみろとだけ言って。
彼女と再び会うために
大切な家族を守るために
計画を成功させなくては。
世界は荒れ果てることになるだろうけど、彼と彼女、家族がいれば怖いものなんてない。
あと少し
「おとうさん、おかあさん。いってらっしゃい」
「がんばってね」
地の精霊王に訪ねてきて、からかいを混ぜた答えを返したあの日から僕は家族の元にいた。
計画を完璧にするために。
これから天空の島へ、妻と二人で向かう。
再会と断罪と、罰を下す為に。
世界を救う為に。
幸せを掴む為に。
「良かったですね。
これで、私が死んでも寂しいなんてことないでしょ?」
やっぱり勘違いしている。
どうして、そんな勘違いが出来るんだろう。
この計画は、僕と君の為でもあるのに。
僕が、君を逃がす訳ないじゃないか
まだ僕の愛を信じきれていないのかな?
驚く君の顔も、きっと可愛らしいんだろうな。
察しの良い方は、計画の内容とか旦那さんの正体とか闇の奥さんの正体とか気づいてくださるでしょうか…
一応、匂わせているつもりで今まで書いたつもりなんですが、
未熟者なりに…(´д`|||)




