そして終局に向けて
以前なら世界中を駆け巡っていた風が少なくなった。
雲が生まれず、風の精霊王封印後に天候を担ってきた水の精霊たちが奮闘しようと雨を降らせることが出来なくなった。
大地も水も枯れ、火は止まることなく暴走を続け、
人々の混乱、恐怖により生まれた歪みは、多くの魔物を生み出した。
人々が魔物の潜む闇を恐れ、拒絶し、苦しみや傷を癒そうと光へと群がった。
荒れ狂う世界に翻弄され、疲れ果てた精霊たち。
常ならば滅多に歪みに取り込まれる筈がない精霊たちが、己を守れず邪精霊へと堕ちていった。
そんな中、空を漂う天空の島だけは変わらずに運行している。
その内に住まう風の精霊王が、島にだけ風を届けているからだ。
そう、人々は空を仰いだ。
精霊王の加護を受け栄えてきた大国たち
力ある精霊の名を与えられ、健やかな暮らしを与えられていた穏やかな国たち
その蓄え続けた力を解放し助けを求める人々を救っていたが、それらももう尽きようとしている。
新しい風の精霊王が生まれ人々が安堵してから、たった一年の事だった。
「貴女にお願いがあるの。」
そう『森の姫』様が仰いました。
何時もなら柔らかく微笑みを湛えていらっしゃる翡翠の目に強い光が瞬いている。
「計画を成す時が来ました。
今、精霊たちが必要な方たちを集めています。
場所は、天空の島の最奥の間。
火や水の方々が動きたがらないでしょうから。
それにあの御方が封印されていた場所、そして幼き御方が生まれた場所ですもの。
これ以上にふさわしい場所もないでしょうね。」
「あの方が・・・」
脳裏に浮かぶのは、最後に見た水の御方の姿。
「貴女には、つらい事を頼みます。
水の御方と見えねばならぬのですから。
けれど貴女には、わたくしの目となって欲しいのです。
このような時でさえ動けないこの身の代わりに見届けて欲しいのです。
頼めませんか?」
私の答えなど決まっています。
「分かりました。お任せ下さい。
私が見たものを全て、姫様が与えてくださった池に映るようにいたします。」
御恩ある『森の姫』様の願いを叶えるのは当然のことです。
そして、何より私はあの方にお会いしたい。
例え、どんな目で見られることになったとしても。
もしもの時、私の願いの為に動く為にも、私は行かなくてはならないのです。
「大丈夫よ。
絶対に上手くいくわ。」
痛む程に手を握りしめていると、『森の姫』様がその手を優しく包み込んでくださった。
目の端に流れるように揺れる深緑の髪が写る。けれど、それも随分とぼやけている。
どうやら、私は知らずに涙を流していたようだ。
「横暴で自己中心的で、俺様で。そんな人だけど、やる時は必ず成し遂げるのよ。
どんな手を使っても、どんなに時間がかかっても。
だから大丈夫なのよ。」
全てが終わったら、皆でお茶をしましょうね。
もちろん、薬は入れないから安心してね。
そう見送ってくださった、『森の姫』様。
森の中の池と繋がることで存在することが出来ている私だけれど、水は何処にでも在ることができる。だからこそ、森を出て天空の島へと赴くことが出来る。
けれど、確固とした一つの森を司るあの方はどんなに望んでも森から出ることが出来ない。
今、一番お辛いのは『森の姫』御本人だ。
それなのに私のことを案じてくださる。
なのに私は、まだあの御方のことを・・・
天空の島へ向け空を飛ぶ中、私はずっと許しを請うていた。